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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
30/81

30 ハッピーエンドを迎えた気がした

 だってさぁ。


 自分の考えた駄物語を名作だと思い込むのは好きにしろだし、脳内だけで満足せずに一冊の本という形にして残すのもご勝手にだけど、せめて登場人物名くらいは変更しろって思わない?

 あるいは、


 "この物語はフィクションです"


 の一行くらい入れろって思わない?


 なんでなんの配慮もせずにそのまんま立派な装丁の本にしちゃってんの? こんなのがうっかり後世に残って後の世の人々が本物の歴史書だと勘違いしたらどうしてくれるのよって話。

 表紙と奥付に"門外不出"の文字を入れたのはコーデリア様にも五分の魂があったせいだろうけど、でも門外不出だと逆に重々しいというか、いらぬ誤解を生みそうというか、やっぱそこは"この物語はフィクションです"にすべきだと。


 まぁどちらにしろこんな本はこの世から消え去るべきだけどね。


 しばらく私の青ざめた顔を眺めていた殿下は、ふいっと目を逸らし、遠い目をする。


「…あいつ、あんのかなぁ、人の心」


 殿下、前にコーデリア様の事、"風変わり"って言ってたけど、あれ、一応遠慮した言い方だったんですね。






 私は部屋の隅にある暖炉に薪を敷く。

 殿下はまるで以心伝心のように無言で指先に虹色の火を灯して薪に燃え移らせると、その光はやがてオレンジ色の火になった。

 その火の中にコーデリア様の処女作【ライラよ、震えて眠れ】をくべる。

 すると本は燃えさかり、やがて灰になり、この世から消えた。


「手書き本でしたし、これってきっと一冊っきりですよね? まさか写本なんか無いですよね? こんな駄物語を書き写す物好き、居ませんよね?」


 念のために訊いてみたけど、それは殿下も与り知らぬ事らしい。


「もしも写本があったらそれも焼却しといてやるから安心しろ」

「よろしくです!」


 そう元気よくお願いしたら、


「じゃあ俺、そろそろ皇宮へ戻るわ」


 そう言って殿下はバルコニーに出た。

 殿下をお見送りする為に私もバルコニーに出る。

 夕陽のせいで空が血のように赤黒い。


 殿下の指先から再び虹色の光が生じ、殿下の全身を包みこもうとした―――その直後、ふと気付いた事があった。


「殿下」


 今まさに神力を使って皇宮へ瞬間移動する寸前だったろう殿下をつい呼び止めてしまった。


「どうした?」


 だけど殿下は瞬時に光を霧散させ、私を見る。


「ごめんなさい。今、急に思いついたんですけど」

「なんだ」

「ハノイヴァ王国の痕跡を消してるのはハノイヴァの魔神だって、以前、みんなで話したじゃないですか」

「そうだな」

「私達、魔神と同じ事しましたよ」


 私と殿下はコーデリア様の処女作の存在を隠蔽し、

 ハノイヴァの魔神はハノイヴァの存在を隠蔽した。


 勿論隠蔽の規模が違い過ぎるけど。


「そういえばそうだな」


 殿下が肯く。


「私、ほんっと【ライラよ、震えて眠れ】が後世に残ったらヤダなぁって思っただけに、ハノイヴァの魔神もハノイヴァという国家の存在を後世に残すのがよっぽど嫌だったのかなあって―――ものすっごく共感しちゃいました」


「…まぁ、だからこそなんだろうな」


 世界中からハノイヴァの痕跡を消したいと―――ハノイヴァの魔神自身に思わせる程の何かがあったんだろうと改めて噛み締める。自分達の隠したい事は隠蔽する気満々なのに、魔神の隠したい事は暴こうとしている私達って、ひょっとしてものすごく我が儘なんだろうか。


 すると皆まで言わずとも察したのか、殿下は仰る。


「コーデリアは人でなしだし迷惑なやつだが本人は人生を満喫してるだろ? 俺は生きとし生ける全ての存在は"欲"を追求する為に生まれてくるんだと思うんだが、その観点で見ればあのババアの生き様は、認めたくはないがある意味では"正しい"んだよ」


「つまり?」

「魔神とやらに気を遣うつもりなんざ俺にはねぇってこった」


 そう言って笑うと殿下は全身を虹色に発光させ、ふわっと浮いた。


「魔神に同情するのはけっこうだが、だからってお役御免にはしないからな」


 赤い空の下、虹色に光りながらそう言い放つ殿下の姿はなかなかに幻想的で、いつまでも眺めていたい心地がしたけど、


「じゃあな」


 次の瞬間、消えてしまう。


 そして、丁度その時。


 どこかから誰かの笑い声が聞えてきた気がした。


 私は思わず周囲を見回したけど、聞こえた気のする方向ってどう考えても空の上なのよね。遠くの方に鳥の群れが見えるばかりで。


(空耳?)


 首を傾げる。リグナスの声に似ていた気がした。あいつなら空の上にいても不思議じゃないし。でも今更リグナスが私に姿を隠す必要もないし?


 そんな事よりも。


 沈みゆく夕陽と赤い空を眺める。

 血のように赤黒い不吉な空だというのに私の心は爽快で。

 だって長年の憂いが払拭できたんだもの。


 だけどわずかな罪悪感もあった。


 レジレンス殿下とアイリビィ様のご厚意も意外だったけど、ギーズゴオル殿下のご尽力が実は一番意外だったんだよね。


 こんな事されたらますます好きになっちゃうじゃない?


(殿下、私が殿下を本気で殺さずに済むよう、これ以上惚れさせないで下さいね。惚れさせるなら、どうぞ私を選んで下さい…)


 なんてめちゃくちゃ勝手な事を思いつつ、


(でも殿下、"欲"の追求はいい事だって言ってたし)


 私は免罪符を得られた心地さえして―――。

 しばらくして私は室内に戻り、窓を閉めた。











 年が明け、数ヶ月が経過し、春になる。

 私が皇宮のお茶会に初参加した頃から丸一年と一ヶ月が過ぎて、私は確信。


(まるっと一年、あの悪夢を見なかった!)


 幼い頃から憂い続けてたあの悪夢―――お茶会に悩む未来を私は私の人生から払拭出来たんだって―――そう信じた。

 

 それでようやく両親にも報告をしたのよ。

 コーデリア様の駄物語の件も含めて。


 そうしたら「やっぱりなぁ…」なんて家族3人が言い出した時は「はぁ?」だったけど。


 なんと私の悪夢の件、お父様もお母様も、そしてお兄様すら、コーデリア様が原因である可能性はもともと想定していたんですって。どおりで今ひとつ私の悪夢に対する心配度が低かった筈だわ。

 ただ、家族が想定していたのは、コーデリア様のところで意地悪な侍女にでも"サーレンシス家ご先祖のやらかし"を聴かされてしまったのではないかって程度で、まさかコーデリア様の駄物語のせいだとは考えてもいなかったみたい。


 真相を知ったお父様は眉間を歪めていたし、お兄様も呆れていた。

 お母様に到っては、


「ああ、子守の申し出なんか絶対に断るべきでした。皇女とはいえイトコですもの、断ろうと思えば出来なくもなかったのよ。ああ私が甘かった。ライラ、本当にごめんなさい」


 そう言って泣いてたわ。


 そりゃそうよね。だってコーデリア様のやった事って完全な幼児虐待だもんね。

 まぁでも最早終わった事。

 将来への懸念が無くなった私は毎日心朗らかだったし、夜もぐっすり眠れるしで、なんというか、私の人生の第1章が無事ハッピーエンドを迎えた気がした。


 そんな私の姿に安心したのかな。


 ユーフェの姿を見かける事が激減した。


 久しぶりに見ると、ユーフェの姿は以前よりもずっと透き通っていて、私と眼が合うとじっと見つめてはくれるんだけど、ますます表情を失っていて、私は酷く淋しかった。


 ある日の明け方、私は夢うつつに耳元で『おさらばでございます』と言うユーフェの(かす)かな声を聞き、飛び起きたわ。


 周囲を見回したけどユーフェの姿は見えない。

 だけど気配はまだ感じる。


「ユーフェ?」


 声に出して呼んでみたけど、応えは無い。そのまま潮が引くようにユーフェの気配が遠くなってゆくのを感じた。

 無意識に手を伸ばして気配を掴もうとしたけど、掴める筈もない。

 私はしばらくそのままでいたけど、朝の気配を濃く感じ始めた頃には、ユーフェの気配は完全に消えていて―――ああ、逝ってしまったんだって思った。


 次にリグナスに会った時、ユーフェは無事冥府へ逝けたか訊こうかな…と少し思ったけど止めた。私とユーフェとの絆は誰とも共有したくなかったから。






 それからまた一年と少しが経過して、私とギーズゴオル殿下は14歳になっていた。

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