29 他言無用
「ふーん、ここがライラの部屋か」
殿下は私が勧めた椅子にも座らず室内を歩き回り、物珍しそうにじろじろ眺める。
「御用があったのなら紺碧宮に居る時にお話し下されば…」
そう言うと、
「もう夕方近かったしな。あんまり遅い時間まで宮に女を留めておくわけにはいかねぇだろ。俺とお前の婚約が決まっちまう」
「はあ…」
私は構いませんし、むしろ大歓迎ですけど?
クッ、殿下、私に脈無しィ。
「それにしても殿下、移動神術? 瞬間移動? お出来になったんですね」
「出来ねえと思ってたか?」
「皇宮ではリグナスの指パッチン以外では基本徒歩でしたのでてっきり…」
ついさっき、紺碧宮から表門までの道中もそうだったしね。
そう言うと、
「まぁ、出来るようになったのは最近っつーか。でもお前、あんまり口外するなよ?」
なんて仰る。
「なんでです? 瞬間移動なんて高度な神力をお持ちの皇子殿下ってかなりイカシてるような」
「俺は徒食の皇子って気楽な立場が気に入ってんだよ。能力がバレたら便利に使われて忙しくなっちまうだろうが。お前だって普段は霊力持ちなの隠してるんだし、そういうのわかるだろ?」
「なるほど」
霊力持ちだってバレたせいでまさに殿下に便利にこき使われてる現状なだけに納得しかなかった。
「神力持ちは神殿勤めの義務があるだろ? 俺の場合は皇子だし後天性だし、初めの頃は神力のレベルもそう高くなかったしって事で神殿から見逃されてんだよ。だから、な? ライラ」
殿下は笑う。
「俺の"実力の程"は他言無用だ。お前の胸にしまっとけ」
「了解です」
なんだか私と殿下の二人だけの秘密感あってイイな。
「ま、それは置いといて。こっからが本題だ。ライラ、お前が踏んでるその本」
今更ながらハッとした。
殿下から預かった本を破損してしまった上、私は本に足を乗せて無意識に踵でぐりぐりしてた。
だけど殿下は本の扱いに関しては特にどうとも思っていないらしい。
「その本のカバー、外してみろ」
「は、はい」
私は踏んでた本を拾い上げ、着せられていた無地のカバーを外す。その途端、カバーは虹色に発光し、空気に溶けるように消えてしまった。
「これって殿下の?」
「ああ。俺が神力で作ったカバーだよ」
カバー下の表紙にも【ライラよ、震えて眠れ】のタイトルがある。
だけどそのタイトルよりも大きく、
―――門外不出
の印が押してある。
奥付にもあったけど、表紙にも押されてたのか。
「殿下、これって」
殿下はコクリと肯く。
「その本―――【ライラよ、震えて眠れ】はな。コーデリアの処女作なんだ」
「処女作…」
「ろくでもねぇ内容だったろ?」
「全くろくでもない内容でしたね、はい」
「ブハハッ。アイツはよ。3歳児のお前の子守をしてみたものの、お前の泣き声に心底参って、ストレスのあまり、そのろくでもない内容の物語を即興で作った挙げ句、3歳児のお前に寝物語や子守歌替わりに何度も何度も聞かせたらしいぜ?」
「何度も?」
「何度も」
私は思わず白目を剥いた。
「マジですか」
人でなしですか。
「ていうか、こんなの聞かされたら余計に泣くんじゃないでしょうか…」
「まぁ、さすがのコーデリアも処刑宣告云々以降の下りは可哀想になって話さなかったらしいがな」
「ワア、ゴハイリョ アリガタイ デェス」
思わず片言になったよね。
「コーデリアはな。【ライラよ、震えて眠れ】を作った事で、自分には物語を作る才能がある―――と思い込んだらしい」
「えー…」
斜め読みながらもけっこうあちこち破綻してた印象だけどなぁ。
伏線未回収だったり、無駄なエピソードや説明が満載だったし、なにより主人公の筈のアイリビィ様の存在感がかなり薄かった。悪役令嬢ライラのウザイ泣き声ばかりがやたらと具体的かつ詳細で、一体何読まされてんだって気が終始してたような…。いや、斜め読みしといてこんな言い草は失礼かもだけど、正直目が滑って… まぁいいや。
「コーデリアはせっかく作った自称"名作"を幼児への配慮で最後まで語り尽くせなかった事が心残りだったんだとよ。本当は最後の"御馳葬"まで語り尽くしたかったんだと。『素晴らしい文学作品の総仕上げであるのに情けが邪魔をして充分には語れませんでした』とか、レジレンス相手に大真面目なツラで力説した事もあるらしいな」
文学かー。
大きく出たな、
片腹痛いわ。
「数年後、字の上手い侍女や絵の上手い侍女と組んで一冊の本に仕上げたのが今お前が手に持ってる【ライラよ震えて眠れ】だよ。
出来上がった本に大満足したコーデリアはそれ以来、物語作りにハマっちまった。そんで婚期まで逃したというわけだな」
私、知らない間にコーデリア様に復讐してた?
「お前は気付かなかったろうが、水晶宮の書庫にあった本の何割かはコーデリアの自作本だぜ? 他は侍女とか、同好の貴族令嬢の自作本とか、他にも共同製作の本とか」
ずいぶんとご趣味を満喫してらっしゃるような。
それなら復讐になってないわ。
それにしても、どうして。
「どうして殿下は私にこの本を?」
「お前に必要な本だと思ったからだ」
「確かに必要ではありました」
お陰で私はもうあの悪夢に怯えなくても済む筈。
あれはやっぱり前世の記憶でも先祖の記憶でもなく、そして未来の記憶でもなかった。元凶は全てどこぞのクソ皇女殿下だった。
私はもう普通にギーズゴオル殿下を狙ってもいい。もしこの場に殿下がいなかったらひゃっほぅと踊り出してたかもしれない。
でも今はそれは横に置いとくとして。
「殿下。以前、私の見る悪夢についてお話しましたが、ひょっとして」
「ああ」
「けっこう大雑把なあらすじしか言わなかった気がするし、それなのにどうしてコレだって判ったんです?」
悪夢の中の登場人物の名前だって伏せていた筈。
「あん時はわかんなかったさ。だがな、あの後アイリビィとレジレンスに雑談のつもりでお前の悪夢の話をしたら」
お二人は―――
『それってコーデリア様の【ライラよ、震えて眠れ】よ!』
『それは叔母上の【ライラよ、震えて眠れ】だね、飽きるほど聞かされた…』
そう異口同音に声を上げたのだとか。
「俺もそのトンでもねぇ駄物語、一緒に何度か聞かされてたらしいな。ただ、残念ながら覚えちゃいなかったが」
殿下は笑う。
「とにかく、レジレンス達が言うんだよ。ライラが3歳からそんな夢を見るって事は、明らかにコーデリアのせいだろうってな。そんで、3歳だったからこそ、そんな悪夢を見る理由も自身ではわかってないかもしれないって心配してたんだ」
「レジレンス殿下とアイリビィ様が…」
なんていい方達なんだろう。
て言うかアイリビィ様、ごめんなさい。
過日のお茶会の折り、
馴れ馴れしいだのなんだの、
ヒドイ事思っちゃっててホントごめんなさい、
ううっ。
「2~3年前、レジレンスが水晶宮の書庫の掃除に駆り出された時にその駄本を目撃した覚えがあると言う。だからここ最近の俺はコーデリアに喚ばれたら断らずに書庫整理に付き合ってこっそり探してたってわけだ。
で、実は俺があの本を発見したのは前回に手伝った時だ。だが、あん時はコーデリアの目が光ってて持ち出せなかったから、とりあえず目印替わりに俺の神力で作ったカバーを着せといたんだ」
俺には見えるがあいつらには見えなくなる仕様でな、と殿下。
そうして今回、うまい事持ち出すことが出来たのだと。
「そうだったんですね。……つまり」
私は殿下を見上げる。
「私の為に動いて下さっていたという事なんでしょうか」
殿下はフッと笑う。
「ま、そういうこったな。心当たりがあったからそうしてやったに過ぎねぇが、幽霊狩りの助っ人なんて気軽に頼んだ身としては、ある程度は報いてやんねぇとなぁと俺なりに思ったわけだ」
殿下、私の悪夢を気にしてご尽力下さってた。
別に面白がってなんかなかったんだ。
「ありがとうございます、殿下。私、なんてお礼を言ったらいいか… でも」
「でも?」
「ひとつお訊ねしたい事が」
「言ってみろ」
「他言無用で。ほんっと他言無用でお願いしたいんですが。大変に不敬な事とは承知の上で」
「おう。俺の心にしまっといてやる」
「コーデリア様、人としてどうなんでしょうか」
私は思いっきり眉間を歪めていたと思う。




