26 殺意と乙女心は時々刻々と変動する
<ハノイヴァ王国紀996年4月4日。
怖れていた事が現実になってしまったわ。
ユンライ様が神力持ちだと断定され、有罪になってしまったの。
神力持ちだという証拠はなく、証言すらゼロだったのに、
結局そんなの関係なく、処刑判決は端から決まっていたのよ。
貴族だから斬首刑という事になる。
私がユンライ様を斬首するの?
私があの美しい方の首を切るの?
嫌なんだけど。
そんなの絶対嫌なんだけど。
て言うか、首を切る前にあの方のあの長い美しい黒髪を
切らなくてはいけないのよね?
あの美しい黒髪を私が。あり得ない…。>
「はい、ここ迄」
リグナスは日記を閉じた。
「え、そこまでなの? その後ユンライ様はどうなったのよ」
「それは次回をお楽しみに~だよ」
「えー、気になるんだけどー」
なんて言い合いをしちゃってから、ハッとして殿下を見やる。
殿下は無言でリグナスを見つめてる。
リグナスが「自信あり」と言ってただけあって、前回の色ボケとは比べものにならない濃い内容だったと思うし、正直私としては続きが気になるっていうか。もしも殿下が契約解除したら、ユンライ様がどうなったか永久にわからなくなっちゃうのよね? せめてその辺りだけでも知りたいんだけどなぁ…。
なんて思いながら殿下の様子を窺っていたら、殿下が口を開いた。
「反唯一神ガチ勢の伯爵の名前は?」
「書かれてないね。でも割愛した記事にメリアザンが生前の伯爵から受けた"大恩"について書いてる頁があったけど―――知りたい?」
「教えてくれるのか?」
「まぁ、それこそ"顧客サービス"って事で」
「ふむ。では頼む」
「メリアザンはね、この伯爵に危ないところを救われた上、魔力チャージが百年は尽きない魔道具を譲渡されたんだよ」
え、チャージ百年分の魔道具?
すごくない?
ていうかすごすぎない?
魔道具を使えば魔力のない一般人でも魔法が使えるようになる。ただし、魔道具には予め魔力をチャージしておく必要があるわけで。魔力を持たない一般人が魔力をチャージするには魔塔で魔力の込められた缶詰―――魔預缶を買って定期的に追加チャージする必要があるのよね。
それが百年尽きないってどういう事?
「さっき朗読した頁の時期より遡ること5年前。
メリアザンはある盗賊を広場で公開処刑にしたんだけど、その盗賊は義賊として一部で人気があったみたいでね。大衆の一人がメリアザンに向けて石を投げつけたんだってさ。
そういう輩はこれまでにも沢山いたから、メリアザンはもともと防御用の魔道具でしっかり対策してたんだ。
だけどその時は運が悪かった。
魔道具にチャージしていた魔力が切れちゃってたらしくてさ。
あわや石が直撃か―――という所で、たまたま現場に居合わせてた伯爵がその石を一瞬で粉微塵にしてくれたんだって」
「伯爵さまはひょっとして」
「そう、魔力持ちだった。それも相当なレベルの。メリアザンの魔道具の魔力切れを一瞬で見抜き、すでに投じられた石をこれまた一瞬で粉微塵にするなんて、いつ詠唱したんだって謎な速度だよ。魔力行使に詠唱不要なのは悪魔か魔族くらいだし。まあ、魔族は二万年くらい前に滅んでるから可能性があるとしたら悪魔だけど」
そんな凄い魔力持ちの伯爵の孫が神力持ちだと疑われるなんてなんたる皮肉。
「伯爵が反唯一神ガチ勢だった理由と、悪魔レベルの魔力持ちだった理由は残念ながらわからない。
とにかく事実として伯爵は有名な唯一神嫌いだった為、メリアザンは伯爵への感謝の印に、神殿で"アースタート神像虐待釘打ちセット"を購入し、綺麗に釘打ちした上で伯爵邸へ贈ったらしい」
「え、なにそれ…」
「アースタート神の像と釘が100本入ってるんだよ。神像に釘をセンス良く打ち付けて飾ると魔神の加護が得られるという触れ込みの高額お布施セットで、神殿が販売してたらしいね」
「悪魔限定召喚スクロールを売るだけの事はあるわね…」
にしても、そんな細々とした説明まで日記には書かれてたんだろうか。
それにしてもドン引き。日記の内容から受け取れるイメージでは、死刑執行人とはいえメリアザンさん個人にはそこそこ共感出来る部分があるんだけど、やはりハノイヴァの民。宗教観の違いって侮りがたい。
「ちなみに伯爵はメリアザンからの贈り物を大層喜んで、それで自身の魔力をチャージした防御用の魔道具をお返しに贈ってくれたって流れ。チャージされた魔力の純度が高すぎて、測定したら向こう100年分くらい追加チャージ不要だったもんだからメリアザン、大感激」
大怪我するところを救われて、その上そんな凄いものを贈られたメリアザンさんが伯爵に恩を感じるのは当然だわね。
つか、割愛された頁もけっこう面白かったのかも。
リグナスとの契約、殿下はどんな判定を下すのかな……とお顔を窺うと―――。
「いいだろう。リグナス、契約続行だ」
殿下はサクッとお決めになった。
ついさっきまでリグナスとの契約を破棄する気満々だったのにあっさり手の平を返したぁ。まぁ、序盤の色ボケ部分を除けば今回の朗読内容には終始興味津々のご様子だったもんね。ていうか私もだし。
リグナスは「ホント!?」と声を上げる。
「やったー、大丈夫だとは思ってたけど、万が一ってあるじゃん? ほぼほぼ大丈夫と思いつつも、それでもやっぱりさぁ」
余程嬉しかったのか、浮かれるまま天井に浮かんで猛スピードでぐるぐる旋回する始末。
よく目が回らないなって感心したわ。
「じゃあさ、今日まだお昼を少し過ぎた所だし、早速3体目の成仏にチャレンジしちゃう?」
調子に乗ったリグナスが提案したけれど、しかし殿下は首を振る。
「実に残念だが―――。コーデリアがな」
「殿下、また皇女殿下に何やら雑用の頼まれごとを?」
「あの女、今回は昨日の内に頼んで来やがったんだよ。俺は今日は悪魔蹴り出して、その後はどうせ暇になると見越してたから引き受けちまってた」
するとリグナスが抗議の声を上げる。
「えー、ギーズくぅん、何それぇ。僕今日はめちゃくちゃ意気込んでたのにぃ」
「うるせぇな。俺だってババアの頼み事引き受けたの後悔してらぁ。クッソ、日記の続きが知りたいぜ」
「ざまぁ」
二人の応酬に私も「アハハ」とちょっと笑ってしまった。
「じゃあ私は今日はそろそろお暇を」
そう言って椅子から腰を上げると、
「待て、ライラ」
殿下に呼び止められる。
「前回お前が来ていた事をコーデリアに話したらな」
「はい」
「次はお前も連れて来いって言われたんだよ。水晶宮の雑用」
「え」
「だから今日はお前も水晶宮の書庫整理付き合え。な?」
「は、はい」
えー、
緊張してしまう。
コーデリア様。3歳の頃にお世話になったきりでそれ以降は特にご縁のないまま幾星霜だったのに。
でも皇女殿下は私のことをお忘れではなかったという事よね。
それはそれでちょっと嬉しい気もした。
「ふーん、じゃあ二人とも頑張ってね~」
そう言ってリグナスは指パッチンして消える。
時間的にお昼を少し越えた辺りという事もあり、私は紺碧宮で昼食を御馳走になり、水晶宮へ向かうのはその後という事になった。
食事中、殿下がじいっと私を見つめている事に気付く。
「どうかなさいましたか?」
「……お前。例の悪夢とやらはまだ見るのか?」
「悪夢、ですか」
そういえば皇宮のお茶会に行った直後に2回見たのが最後だわ。あれから五ヶ月近く経つけど一度も見ていないかも。
殿下、ひょっとして心配してくれてたんだろうか。
ちょっと胸が熱くなるのを感じる。
「最近は見てませんよ」
もともと見る頻度は年2~3回だしね。
「え、そうなんかよ」
すると殿下は何故だかつまらなそうな顔をした。
てっきり「良かったな」とか言ってくれるのかと思ったのになんなん?
殿下、ひょっとして私の悪夢の件、面白がってる?
最近はあの悪夢について我ながら懐疑的になってきているとはいえ、それでも実際の所はどうなのかぜんぜんわかってないわけで。だから人の気も知らないでって、ちょっとムカッときちゃったんですけど。
あ、殺意、減った。
殿下への殺意減った。
今なら殿下とベルザ様がいちゃいちゃしてても「けっ」で済む気がしなくもない。いや、わかんないけど。




