25 死刑執行人の裁量
紺碧宮でリグナスの帰りを待つ事1時間ほど。
ふいにパッチンという音が鳴り、
「お待たせ~」
天井から声が降ってくる。
私と殿下はすっかり凪いた表情で見上げた。
幽霊狩り第三回目は大成功と言えるだろう。なんせ今回は二体の幽霊を成仏させる事が出来たのだから。ただ、第四回があるかどうかはメリアザンの日記の内容次第。もっと正確に言うと、リグナスが選んで読む箇所がギーズゴオル殿下の意に適うか次第…
―――と言うのは建前で、殿下も私ももうすっかり悪魔とは手を切るつもりなわけで。
「冥府に着いたらガンダール君が20代後半くらいの男前になってさぁ。ディアナちゃんは7歳のままだったな、そういえば。そこにマグナキア56世が大喜びで駆けて来て、これは感動的な再会だなぁと見守ってたら。マグナキア君、『300年も待たせやがってクソがぁ』とか言ってガンダール君にドロップキックしてたよ。あはははは」
なんか色々しゃべってるリグナスに私は生暖かい笑顔を向ける。内心では無事成仏したお二人に微笑ましい気持ちは抱いていたけどそれは後でじっくり噛み締めるとして。
殿下も不自然な笑顔を作ってる。
不穏な空気を察したのか、リグナスはスンッと真顔になったけど、私達は張り付いた笑顔を崩さない。
「リグナス、わかってるよな?」
殿下はわざとらしくも艶然と微笑む。
「一応事前に言っておくが再挑戦は無しだ。お前なりに絶対にこの俺を惹き付けられると感じた頁を厳選して読め。そしてその厳選頁が俺の興味を惹かなかったらそこで契約は終わりだ」
終わりにする気満々の癖に体裁だけは繕うその姿、
ふふふ、殿下ったらしらじらしーい。
言われたリグナスは少しだけ顔を青ざめさせて、
「は、はぁ~い」
と自信なさそうに返答する。
「自信があるって言ってた癖に」
突っ込みを入れると、
「あるよ。あるけど何か、ほら。誰だってここまで威圧されたらそれなりに緊張するってば」
リグナスは軽く深呼吸をする。
「今日は二体成仏させたから、2頁分読むよ」
そしてメリアザンの日記を開く。
横目で窺う限り、日記の真ん中より少し後ろ辺りの頁だ。
リグナスは翻訳&朗読を開始した。
<ハノイヴァ王国紀996年1月1日>
前回は王国紀988年だったので、丸8年後のようだ。
<今日も王子はステキ。めっちゃくちゃステキ。
あんなにステキでとっても綺麗なのに、
でもまだ結婚してないのよね。
恋人もいる様子なし。
自惚れかもしれないけど、
ひょっとして私の事を想ってくれてたりして?
だって最近よく話しかけてくれるの。
なーんちゃってね。
たとえそうでも、だからって死刑執行人のお婿は
一般人にはハードル高いよね、きっと。しょんぼり…>
リグナスがそこまで読んだところで、
「おい、クソ悪魔」
殿下がジト目で睨めつける。
「ここから! ここからだから!」
リグナスは叫び、続きを読む。
<死刑執行人はさ。
裁判所が下した命令通りに刑を執行しているだけなのに、
なんでだか世間的には死神か殺人鬼かって目で見られるの。
こっちは仕事でやってるだけなのによ?
むしろ、個人的に刑を執行したくない死刑囚だっているわけよ。
たとえば先月処刑した女の子。
"隠れ神力持ち"って罪状で絞首刑になったあの子。
あれは辛かった。
だってまだたった9歳の女の子だった。>
そこまで読み上げたところで「待て」と殿下がまたリグナスを止める。
「神力ってのはつまり?」
「普通に唯一神の神力の事だよ」
「ハノイヴァでは神力持ちは罪なのか? 神力持ちのライラの先祖は観光旅行に行ったんだろ?」
「今日読む箇所にその辺についても書かれてるから。まぁ、続きを読ませてよ」
「了解だ」
そうしてリグナスはまた朗読を再開する。
<そもそも"隠れ神力持ち"ってのがオカシイよね。
三ヶ月前に刑法が変るまでは神力持ちは別に罪じゃなかったわけで。
精進潔斎して魔神様の高額免罪符を買えば終わりだったじゃないの。
わざわざ隠れる意味なんか無かったわけだし。
精進潔斎歴のある神力持ちの国民は先々月、
全員私が処刑したわけだけど、
精神的にけっこうキツかったなと思ってた。
でも本当の地獄はそこからだったと思うわ。
先月辺りから各地で隠れ神力持ち狩りが始まっちゃって。
でもあの9歳の女の子、本当に神力を持っていたのかしら。
だってあの女の子、なんらの抵抗も出来ず、ただ泣くだけだった。
精進潔斎歴を元に逮捕され処刑された本物の神力持ち達は、
能力差もあってピンキリではあったけど、多少の抵抗はしてたのよ?
神力で縄目を解いて脱走を謀ったり、
処刑人である私を神眼で洗脳しようとしたり、
中には時間停止しようとした人もいたわ。まぁ、失敗してたけど。
全員、逮捕の時点でデバフかけられてたからね。
でも女の子はデバフもかけられていないのに何もしなかった。
しないというより、本当に何も出来ないという感じで。
だから私は女の子の為に絞首用の縄をながくながーくしたのよ。>
ここで私が挙手をした。
「あの。縄が長いとどうなるの?」
問うとリグナスが答える。
「苦しむ時間が短くて済む」
「え」
「縄が長いと落下の衝撃度がその分強くなるから、うまくすれば即死出来るんだよ。だからって長すぎると衝撃強すぎて首チョンパになっちゃうから、その辺の調節も必要だけどねぇ。火刑の時は点火前に見物人に気付かれないようにこっそり殺してやったりもするよ。
まぁ、罪人に温情を掛ける価値を見出すかは執行人の裁量次第だけどさ」
「なるほど…」
て言うか、リグナス。さっき―――皇宮内の処刑場でも思ったけど、妙に処刑とかのあれこれに詳しいのなんなんだろう。
戸惑ってる間にリグナスが続きを読み始める。
<ハノイヴァ王国紀996年2月2日。
先日王子と町角で会った時、
王子が「大丈夫?」って声かけてくれたわ。
大丈夫よって答えといたけどホントは大丈夫じゃなかった。
だって罪悪感がハンパない。
ただの犯罪者の処刑なら私も慣れてるわけよ。
神力持ちを処刑するのも、
それがこの国の法だと言うんなら仕方ないと思ってた。
でも"隠れ神力持ち"はホントに神力持ちなのか疑わしい。
あの9歳の女の子のお家もそうだったけど、
他の"隠れ神力持ち"もみんな揃ってそこそこの財産家ばかりだったし、
ご親戚の少ない方々ばかりで抗議の声も小さいし。
しかもその財産はなんでだか王家の懐に没収だし。
国庫に入れるならまだしも何なの? 王家の私有財産って。
単に王家が私腹を肥やしたいだけなんじゃないかなぁ……。
自国民にこんな事してる一方で外国の神力持ちは特に問題無く、
普通に入国させて、安全に観光させて、無事に出国させてるのよ?
外貨を落としてくれるお客様だからってね。
この国―――いえ王家。ヤヴァくない?>
リグナスが日記の頁を捲る。
「さっき迄のが1頁分ね。ここからは2頁分目に入るよ」
<ハノイヴァ王国紀996年3月3日。
今日、"隠れ神力持ち"疑惑で新たに出た逮捕者、どなたかと思ったら吃驚。
私にとって大恩あるあの伯爵様の孫娘様だった。
伯爵様は一昨年に亡くなって、
孫のユンライ様が莫大な財産をお一人で全て受け継いだ筈で、
正直、少し前から危惧してた。
伯爵様のところはお身内がほとんどいらっしゃらなかった筈で、
王家が狙う条件は整っていたんだもの。
ただ、故伯爵様が有名な反唯一神ガチ勢だったし、
なにより王子殿下が―――。
あ、私の"王子"の方ではなく、本物の王子殿下の方ね。
ユンライ様は目の覚めるような美女なんだけど、
王子殿下がそんなユンライ様にご執心って噂があったから、
きっと大丈夫だと思ってたというか、思いたかったというか。
ひょっとしてあの王子殿下、振られた腹いせでユンライ様に
神力持ち疑惑をかけたのかも?
ああ、なんだかこの国、日に日におかしくなってるわ。
大恩ある伯爵様の孫娘様を処刑するなんて、私絶対に嫌なんだけど。
ああ、魔神様。
この国が、いいえ王家が正道に立ち返りますように。
今日の仕事。
情夫と共謀して夫を殺害した廉で情夫と女を絞首刑。
縄、短めにしといたわ。
処刑もこういう普通の犯罪者ばかりなら心も痛まないのになぁ。>
「3月3日の記事はここまで。
同一頁内に4月4日の記事があるから続けて読んでいい? それとも、現時点で質問ある?」
「ない。続けろ」
殿下が間髪入れずに促すと、
「はーい、いくよ」
リグナスは再び続きを読み始めた。




