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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
24/81

24 ここらが潮時

「ハノイヴァ? おお、知っておるぞ」


 エクスノヴァ将軍は事もなげにそう仰った。

 リグナスの通訳を聞き、

 ギーズゴオル殿下は見るからに目を輝かせる。


「滅亡の理由? なんじゃ、あの国。本当に滅亡したんかい」

「将軍のご生前、すでに滅亡し掛かってたんですか?」

「ああ、そうじゃ。儂が生きとった頃はまだなんとか存続しておったがの。危ないとは聞いておったが…」


 すると将軍の肩に乗っかっているディアナさんが言う。


「ハノイバ? 私、そんな国は聞いた事ないわ」


「ディアナさんは自分が帝紀何年に亡くなったか憶えてます?」

「ディアナが歳とってから死んだのはね、帝紀4504年よ」

「帝紀4504年ということは」


 うーむ、成る程。


 私は振り返って背後の殿下に訊く。


「私のご先祖の手記って年月日とか書いてありました?」

「ああ、帝紀4520年とあったな。ハノイヴァはその時点から約30年前に滅亡したとあったから、つまり―――」


 △帝紀4476年 庭師ルーキットさん事故死

 △帝紀4479年 エクスノヴァ将軍閣下刑死

 ※帝紀4490年 ハノイヴァ王国滅亡

 ▽帝紀4500年 マグナキア56世陛下崩御

 ▽帝紀4504年 ディアナさん死去

 ▽帝紀4520年 ご先祖グランディル、手記を残す


 ルーキットさんや将軍が亡くなった頃はまだハノイヴァは滅亡していなかった。だから霊体となって皇宮の結界に護られていた二人はハノイヴァの事を憶えてる。

 一方、ハノイヴァ滅亡後も14年間生きていたディアナさんは、生前中に脳内からハノイヴァの記憶を奪われている為、当然死後も憶えてない。


「時系列及び辻褄合ってます、殿下」

「うむ」


 殿下が大きく肯いたのを見て、私は再び将軍に向き直る。


「将軍閣下はハノイヴァ滅亡の理由をご存じですか?」

「……滅亡時にはすでに儂は故人じゃろ。だがまぁアレが原因なんだろうなぁとは思うが」


「アレ?」

「呪いじゃ」

「呪い?」


「最初に呪いの噂を聞いたのは儂がまだ現役引退前であったかのぅ。その頃、ハノイヴァが呪われたという噂が流れてきたんじゃよ。

 最初は大して気に留めておらなんだがな。呪いの内容を伝え聞いた時には男女の区別なく、勿論この儂とて―――戦慄したものじゃ…」


 え、どんな呪い?

 この将軍も戦慄する程の呪い?


「一体どんな呪いなんでしょうか」

「呪いの内容か…」


 将軍は眉間を歪め、考え込むように空を見上げたり、地面を見つめたりを繰り返す。そのせいでしょっちゅう首が外れそうになるんだけど、ディアナさんはその都度、将軍の首の位置を直す。ニコニコしながら。


 やがて将軍は絞り出すように「(はばか)られるのぅ…」なんて仰る。


「えっと。憚られるような内容なんですか?」

「うむ、言いづらい。人として」

「人として!?」


 え、何?

 人として口にするのは憚られるような呪いって何?


 ふと庭師のルーキットさんの台詞が脳裏に浮かぶ。



―――僕はあの国のせいで死んだんだぁぁぁ


―――遠因はハノイヴァです。断言出来ます


―――理由は絶対に言いませんっっ! 言うくらいなら! 死にますっ!


―――僕がハノイヴァ帰りって事、内緒にして頂けないでしょうか…



 ギーズゴオル殿下の恫喝にも屈せず冥府に旅立っていったルーキットさん。


 チラリと殿下を見ると、ものすごい目で私に圧を加えてきた。私だって屈せずに在りたいけど、でもルーキットさんと違って私には逃げ場がないんですけど。


「あの、閣下。ハノイヴァ滅亡の理由ってそんなにヤヴァイ感じなんですか?」

「ふむ、どうじゃろうかのう。とりあえず命には別条ない呪いじゃが…」

「え? ええ?」


 命に別条はない呪いなのに千年続いた国が滅びるってどんなん?

 もうわけわかんないな。


「すまんなぁ。なんせ本当に憚られるのじゃ。ハノイヴァには知人もおったしなぁ…」

「そこをなんとか…」


 もうなんでもいいからヒントが欲しい。

 殿下の為にも。

 殿下に視線で恫喝されてる私自身の為にも。


 だけど将軍は困り顔のままだ。


「…そうさの、お嬢ちゃん。これはあくまで似て非なる例じゃが。―――誰でも良いから一人、知人の姿を思い浮かべてみよ。若い男性が良い」

「はい」


 とりあえず我家の私人魔術師ミグリットさんを思い浮かべてみる。


「その知人が実はヅラで、つるっつるの若ハゲである事をお嬢ちゃんは偶然にも知ってしまったとする」

「は、はい?」


 どういう例え話ですか、将軍。

 うう、ごめんなさい、ミグリットさん。


「きっとお嬢ちゃんは見なかったフリをするし、誰にも話したりはせんじゃろう?」

「そりゃあ、まあ…」


 言えないよ。

 心の中に納めておくわよ、人として。


「まあそういう感じじゃな…」


 将軍は遠い目をしながら小さく呟く。


 いやあの、ホントにどんな呪い!?

 ハノイヴァの男性達は全員ハゲる呪いでも受けたって言うの?

 ハゲたからってどうして国家が滅ぶのかなぁ。 

 さすがに無理がありすぎるような。

 ああでもこれは例え話なんだっけ。


 背後を見ると殿下は視線で人を殺せそうな眼力を放っていた。

 真横にいる本物の悪魔なんか目じゃないくらい禍々しかった。

 あれで神力持ちって意味わかんないなってちょっと思ったわ。






 ルーキットさんに引き続き、殿下は最終的に将軍の口を割らせる事を断念した。

 よってハノイヴァに対する将軍への質問は終了。


「もう用は済んだようじゃのう」


 そう言うと将軍はきょろきょろと周囲を見回し、首がズレかかる度にディアナさんが楽しそうに戻す。やがて将軍はギーズゴオル殿下の横にいたリグナスに目を留めた。


「のう、お嬢ちゃん。前に儂を冥府へ連れて行こうとしてくれたのはあの者であったか?」

「あ、はい。今呼びますね」


 振り向いて呼ぼうとしたら、リグナスは将軍の声にすぐに反応し、瞬時にこちらに移動してきた。


「おお。少年。先だってはすまんかったのう」

「ガンタール君、今度こそ逝けそう?」

「ああ。今度こそ本当に逝けそうじゃ」


 私とギーズゴオル殿下が見守る中、リグナスがディアナさんと将軍を光の球体に変える。そうして指パッチンをする。

 ディアナさんも成仏したし、エクスノヴァ将軍も今度ばかりは二度と戻っては来なかった。


 なお、殿下は勿論仏頂面だった―――。






 紺碧宮に続く通路を歩く間中も殿下は無言。

 私としてもどう話しかけたものかとしばらく考えていたんだけど、いまひとつ思考がまとまらないので、とりあえず口火を切る事にした。


「殿下」

「なんだ」

「ルーキットさんと将軍のハノイヴァ関連の発言と件の例え話から察するに―――」

「ああ」

「ひょっとしてハノイヴァの滅亡原因って」

「ああ」


「えっとう…」


 どう表現したものか。ひょっとしてだけど、殿下が期待するようなロマンだのミステリーだのは特には満ちあふれてない可能性が出てきたような―――て、正直に言っていいものかどうか。


 うーんうーんと呻っていると、私の言いたい事を察したのだろう、


「ライラ、気に病むことはねぇよ」


 眉間の皺を緩め、フッと笑ってくれた。


「世の中には知らないままでいた方が良かった事ってのはザラにあるが、ハノイヴァの件もそうなんかもしんねぇなって。俺は今、そんな気がしてきてるよ」


「ですよねー…」


 だって"呪い"の内容に関する例え話がハゲなんだもんね、ハゲ。いや、将軍曰く、あくまで"似て非なる例え話"だから実際の所ハゲは無関係の可能性もあるけどさ。それでも殿下の感じていた興味を破壊するには充分だったんだろうね。


 私は少しばかり斜め前を歩く殿下の横顔をチラリと覗う。

 長い睫が普段より斜め下を向いてるのが見える。


(これはもう本気でテンション下がってるわ…)


 前に将軍が成仏するする詐欺をやった時やリグナスが色ボケ日記を読んだ時の、期待が裏切られた事での不機嫌オーラとはぜんぜん種類が違う気がする。なんというか、ハノイヴァへ向けてた感情の湿度が本気で乾いている感じ。


 殿下は仰る。


「ハノイヴァの事なんざ所詮は偶然と気まぐれから始まったちょっとした興味だ。綺麗さっぱり忘れてやらぁ」

「申し訳ございません。元はといえばうちのご先祖が妙な手記を残したせいで…」


 殿下は私の額を人差し指で優しく突く。


「気に病むなって言ってんだろうが。ここ数ヶ月、それなりに楽しめたのは事実だしな」


 怜悧な顔で優しくされるのってけっこう破壊力あるな。

 でも殿下は次にはとても悪い表情を浮かべた。


「今日、リグナスにはメリアザンの日記を一応は朗読させてやるが、どうせ大した内容じゃねぇだろうし。ほぼほぼあいつとは今日でアバヨだろうよ」


 フンッと鼻を鳴らし、以降は黙々と歩き出す。


(と言う事は―――殿下に喚び出されるのは本格的に今日が最後になるのかぁ…)


 想定はしていたし、覚悟も決めていたし、

 望むところだとも思ってたのにね。

 いよいよとなると、ちょっと、いえ、かなり淋しいかな。

 どうやら遅効性の毒がかなりまわってきてるみたい。


 でもだからこそ。


 ここらが潮時。

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