23 バではなくヴァだけどバで良いと
―――お婆さんを肩車。
将軍に掛け合うにしろ、現在は幽霊性連呼症状態の筈。またマグナキア56世陛下のお名前で一旦正気に戻って頂こうと考え、スゥッと息を吸ったのだけど、
「お嬢ちゃんは… 以前に見た覚えがあるのう」
(え? あれ?)
よく見ると将軍の目にはほんのり光があって、どうやら正気に戻っていらっしゃるような。
将軍の幽霊性連呼症は前回結局ぶり返していたけど、その後どうやらご自身で克服していらっしゃったご様子だ。
「閣下。私はライラ・サーレンシスと申します」
改めてご挨拶をする。
「サーレンシス。おお、あの神力持ちのグランディル・サーレンシス侯爵か。その娘さんかな?」
「グランディルから300年後の子孫に当たります」
「そういえば儂の時代から300年経っておるのであった。…して、今日はどんな用向きで声を掛けてくれたのかのう?」
「はい、あの。あちらにいるお婆さん、お見えになりますか?」
そう言ってお婆さんに視線をやると、
将軍も小脇の首を掲げてお婆さんの方を見る。
「うむ、見える」
「閣下、もしもよろしければですが、あのお婆さんを肩車してみて下さらないでしょうか」
「肩車?」
「はい、あの。閣下はご生前、バイビリカ…」
言ってる途中で将軍はいきなりくわっと目をカッ開いた。
「肩車!」
「は、はい、肩車を」
「肩車! 肩車! 肩車! 肩車! 肩車! 肩車! 肩車! 肩車! 肩車! 肩車! 肩車! 肩車! 肩車! 肩車!」
うう、将軍がバグりだしちゃった。
恐る恐る背後を見ると、お婆さんは「なんだいこの爺さん」って顔で眉間を歪めている。
「肩車! かたぐる… ―――待てよ、お嬢ちゃん。今なんと申した?」
あ、またちょっと正気に戻った?
「は、はい。お婆さんを肩車…」
「そっちではなく。村の名前だ」
「バイビリカ村?」
「そうだ、バイビリカ村だ!」
将軍の瞳に完全に光が宿る。
「儂はな、お嬢ちゃん。ことごとくにケジメをつけたつもりで処刑に臨んだ。勿論死んだ後、幽霊の身になってから後悔する事は多々あったが、少なくとも死の直前までは何らの憂いもないつもりでおったのだ」
「はい」
「しかし、だ。よりにもよってと言うべきか。処刑人に最期に言い残す事はないかと問われ、無いと答え、そうして潔く断頭台に首を乗せた、まさにその時。脳裏に閃く事があった」
「はい」
「儂が30代半ば頃、凱旋した折り立ち寄った村にて、村の女児を肩車したのだが。その女児は肩車を大層喜んでな。後で村長に聞いたら父親のいない子だったと知った。これからは儂を心の父として支えにすると言っておったと聞かされ、息子しかおらなんだ儂はちょっと嬉しかったんじゃ」
えー、そうだったんだ。
そういえば将軍の二回目の幽霊性連呼症で繰り返していた言葉って、確か。
―――この結末を
―――あの娘は
―――どう念うのだろう
でも肝心のお婆さんは相変わらず将軍を「なんだい? この爺さん」って顔な件。
「それでな、お嬢ちゃん」
「はい」
「儂、しばらく前に成仏しかかったのじゃが」
「はい、あの時、近くにいたので存じてます」
「成仏の寸前になってまーたあの村娘の事を思い出してのう」
「あ、それで」
それで寸前になって成仏を拒んだって事か。
「死ぬ寸前に思い出した割に、死後の300年間は少しも思い出さなんだ。なのに成仏の寸前になってまた思い出したというわけじゃ。どうもあの村娘とはおかしな縁があったとみえる」
「そうですね……」
本当にそうだわ。
「マグナキアは冥府で儂を待っておるそうだが、あの村娘はどうかのう。さすがにとっくに転生してしまったかのう」
そう言いながら、小脇の首が淋しそうに目を伏せる。
「えっと、将軍、頭を両肩の間に乗せてもらっていいですか?」
「ん? 別によいが」
そう言って将軍はご自身の頭部を正常な位置にポンと置く。
それを見届けると私は後ろを振り向き、お婆さんに手でおいでおいでした。
「なんだい? ったく。いつになったら将軍閣下に会わせてくれるんだい?」
言いながら歩いてくる。
「閣下が肩車した女の子は閣下に会わない限りは成仏しないと思い定めてこの世に居坐る事300年。その女の子が今、ここに来ていまーす!」
私はお婆さんを将軍の前に押し出す。
すると将軍は両目を見開き、腰を落として片膝立ちをし、しげしげとお婆さんの顔を眺める。
「……儂が肩車をしたのは7歳くらいの女児じゃったが」
ええぇ? 将軍も相手が当時の外見年齢じゃないと駄目な感じィ? と途方に暮れかけたんだけど。
「ずいぶんと立派に歳を重ねたのじゃなあ、ディアナ」
そういってシワシワの顔を更にシワシワにして笑った。
だけどお婆さんはまだわからないらしい。
「あんた誰だい? なんで私の名前を…」
「エクスノヴァじゃ。ガンダール・エクスノヴァ」
「将軍閣下はあんたのような爺さんじゃないよ。もっとずっとお若くて男前でご立派で」
お婆さんは相変わらずの仏頂面だ。
将軍は目を細めて笑う。
「生涯連戦連勝だったに、最後にしくじった男であるぞ? 立派か?」
「最後くらいどうだってんだい? 誰だって失敗くらいする。むしろ生涯ただ一度しか失敗なさらなかったと賞賛すべきさ。それにそれに、しっかりと責任をお取りになったじゃないか。ご立派という言葉以外に相応しい言葉なんかないさ」
将軍は一層目を細め、そうして。
「……ガンダールエクスノバさま―――幼いそなたは儂をそう呼んだ。バではなくヴァだと何度か突っ込みを入れたが、最後に屈したのは儂じゃったのう。もうエクスノバで良いと言った事を憶えておるか」
「…なんで爺さんが私と閣下のあの時の会話を知って…」
仏頂面から不思議そうな顔に変わる。
そうして将軍の目尻に手を当てる。
「この黒子…」
よくよく見ると将軍の目尻には小さな黒子が二つならんでいた。
間近でじっくり見ないと見落としそうなくらい小さな黒子だ。
「儂はな。生前、そなたの事は正直言うと忘れておった。それがの。よりによって首が落ちる寸前に思い出したのじゃ。
あの村娘が無事成長しておれば50代半ば頃になっていたろうと思った。心の父と呼んでくれたあの村娘がこの儂の最期をどんな心地で聞くだろうかと―――あの時、咄嗟に危惧したのだよ」
「あ、あり得ない。かの大将軍が今際の際に私なんかを」
「お前だとてあり得んだろうよ。幼き頃にたった一度会っただけのおっさんの為に300年もこの世に居座り続けたのか。儂があの日肩車してやった娘は大した執念の持ち主だったんじゃのう」
「だってだって」
だってもう一度お会いしたかった―――。
そう小さく呟くと、お婆さんは。
「あ、」
思わず声を上げてしまった。
たった今まで偏屈そうなお婆さんだったのに、ふわっと空間が揺らいだかと思ったら、7歳くらいの女児の姿になっていたんだから。
将軍は女児を抱え上げ、肩車をする。女児は嬉しそうに将軍の首に縋り付く。とてもとても微笑ましい光景で、思わずしみじみと眺めてしまった。
けど、
「おい」
ギーズゴオル殿下の声。
振り返るとニコニコと笑ってたけど、
目は―――。
早くハノイヴァについて訊けよ、オラァ
と訴えていた。




