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82話 大公会議③

 セティ・クリマは手を挙げない。

 先程までの発言が幻だったかのように。


 だがあれは決して幻などではない。

 現に今も、満足げなアルヴィスをセリスは睨みつけている。


 我慢の限界が来たのか、席を立って口を開く。


「こんなこと、許されません!」

「黙れ小童!!」


 だが、セティの言葉はアルヴィスに一蹴される。


「大公会議の決議に異議を唱えたければ、貴様の親を超えてから出直せ!我らの温情でこの場にいる分際で、立場をわきまえろ!」


 セティは再びうつむいてしまう。

 歯を食いしばりながら

 無力な己を呪うかのように。


「セティは大公家代表であって、大公家当主じゃないんだよ」


 テーブルに肘を付き、顎を手に乗せ

 いつものように冷笑を浮かべているノヴァ。


 全力で自分の擁護をしてくれた相手の話題なのに、心の底からどうでもよさげに口を開く。


「クリマ大公家当主はセティの親。でも本人はこの大公会議どころか陛下の戴冠式にも顔を出さないようなひきこもりでね。大公家代表なんて曖昧な立場で、息子の彼がいつも代理出席してるのさ」

「戴冠式にすら出ないのに、大公家当主…?」

「僕に言わせればその方がよっぽど不敬だけどね。陛下は何もおっしゃらないし、僕みたいに目障りじゃないからこのウドの大木も何も言わないのさ」


 ウドの大木とはアルヴィスのことだろう。

 目の前でこんなことを言われてアルヴィスは怒るかと思ったが、そんなことはなかった。

 ノヴァなどもう終わった人間だと言わんばかりに、見下した目をしている。


「大公家当主はその一族最強の者と決まっている。セティは十分強いし普通だったら大公になってもおかしくはない実力をもっている。だが彼にとっては残念なことに、彼の親はそれ以上に強いんだよ」


 大公家当主は一族最強の者が就任する。

 ゆえに戴冠式や大公会議に出席しないような人物であっても、引きずり降ろされることはない。


 本来ならそのような人物こそ断罪され終身蟄居のような目に合わされるのだろう。

 だがそうなれば逆にクリマ大公家当主は真面目に出席し始めるかもしれない。

 だからアルヴィスは放置してきた。


 この、大公会議で三票しかないという現状

 自分たちが常に過半数をとれるという現状

 これを変えないために、クリマ大公家当主を放任してきた。

 そしてセティ・クリマの代理出席を認め、形だけの大公会議を開いてきた。

 全ては、自分たちのために。


「大公会議の私物化など、許されません…!」


 セティはなおも口を開く。

 だがこの場で、大公家当主でない彼の言葉を真摯に受け止めるものなど誰もいない。


「無駄なことを…」


 ダインがボソリとつぶやく。

 自分のようにさっさとすべて諦めてしまえと言わんばかりに。


「僕のために発言してくれるのは嬉しいが、意味がなくてはしょうがないね」


 ノヴァは大きく息を吐きながらそんなことを言う。

 全然嬉しそうには見えない。


「恨むなら、親を超えられぬ無力な自信を恨むがいい」


 アルヴィスは心から嬉しそうに、セティを見下しながら口を開く。

 ノヴァの次はお前だと言わんばかりに。


 当然、俺にも発言権はない。

 いや、サラをたてにすれば、できないことはない。

 皇帝の兄として、皇帝と同等の存在としてなら、発言することはできる。


 だが、それでいいのだろうか?

 過去の皇帝達ですら守ってきた大公会議のルールを、俺が破ってよいのだろうか?


 でも、そうしなければノヴァは終わりだ。

 アルヴィス達の思惑通り、二度と帝城に足を踏み入れることはできなくなる。

 一生、自領から出られなくなってしまう。


 会いに行っても面会することはできないだろう。

 あの小生意気な顔を見ることも、声を聞くこともできなくなる。

 いつものいやみったらしい言葉も、聞けなくなってしまう。


 いい事ずくめ?

 そんなことはない。


 ノヴァはいつも俺の悪口ばかりだった。

 だが、それは全部事実ばかり。

 何も知らず、間違ってばかりの俺を正そうとしてくれていただけだ。


 ノヴァがいなくなれば、俺はまた間違ったことをしてしまうかもしれない。

 裁きの光を止めたように、越権行為で暴走してしまうかも知れない。


 悔しいが、俺にはまだノヴァが必要だ。

 ノヴァの力が、必要なのだ。


 だからこの場の全てをひっくり返すため、口を開く。


 だが


「それはよくないよ、親友」


 ノヴァ本人が、俺を止める。


 歴代の皇帝すら行わなかった越権行為。

 それをするのは許されないと、一言だけで俺を諭してくる。


 歯を食いしばる。

 セティに負けないほど歯を食いしばる。


 嘘だろうと俺を親友と呼んでくれる相手に何の手助けもできない

 己の無力さを呪いながら

 何も出来ない自分に絶望しながら

 せめて現実から目をそらすまいと、直視する。


「では、結論はでたな」


 勝ち誇る大公家筆頭


「大公会議の結論として、ガイア大公家当主ノヴァ・ガイア!」


 その姿を、直視する。


「貴様を、終身蟄居の刑に」


 その現実を、直視する。

 自分がやってきたこと、自分の無力さ、全てを直視するんだ。


 そう、思っていたのに


「する必要はないんじゃないかな?」


 それは、聞き覚えのある女の声だった。



 ---



 全員の視線が入り口に向けられる。

 そこに立っていたのは、一人の女。


「私がいないところでこーんな大事な話を決めるなんてひどいじゃないか。なあ、アルヴィス?」


 それは、見覚えのある顔だった。

 だが服装が全く違っており、最初に声を聞いていなければ同一人物とはとても思えなかっただろう。


「貴様、マーラ…!」


 アルヴィスも驚愕している。

 そこにいるはずがない、まるで幽霊でも見たかのような顔をして。


「母上…。お、お久しぶりです」


 セティも驚いている。

 自分の母親だというのに、ずいぶん会っていなかったようだ。


 二人の反応を見て、女は満足げに笑っている。


「アルヴィス、お前は相変わらず暑苦しいねえ。変わってなくて逆に嬉しいよ。セティ、お前はまたいい男になったんじゃないかい?さすが私の息子!」


 だが次の瞬間、一転して不機嫌そうな顔になる。


「でも、私に対する呼び方がよくない。マーラなんてかわいくない名前で呼ばないでくれ。そして母上なんて論外。全然ダメ。まるで私が大きな息子のいるような歳に思えてきてしまうじゃないか」


 いや、実際いるだろうに。

 そう思ったが、口には出さなかった。


 かつて街で見た子供たちと触れ合う姿。

 母親のように見えたあの姿は、実際に母親だったのだから当然だ。


「私のことは、可愛く()()()()と呼んでくれたまえ。セティ、呼び捨てがいやならマーニャさん、でもいいんだからね?」


 踊り子、マーニャ

 いや、クリマ大公家当主、マーラ・クリマ


 最後の大公の、お出ましだ。



明日も更新できればと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・・! あの踊り子がここで来たか・・!
[良い点] ここでマーニャが出てくるとは...!? この伏線回収は思いつきませんでした。 カレンへの助言から、アテネ大公家の関係者かと思ってたらこれですよ! [気になる点] ソラはもっと最愛妹を構っ…
[一言] 大公は痴女(奥様は魔女、のイントネーションで)
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