76話 群れ
突然のマーニャの登場。
だが驚いているのは俺ぐらい。
他のみんなは全く動じていなかった。
「ソラから見ると死角だが、私からは真正面だ。そりゃ気づくだろう」
「こちらに気づかれたときに手を振ってくださったので私達も振り返しましたのよ。ソラ、気づきませんでしたの?」
「二人ともありがとうね。かわいらしかったよ」
エメラルドとミネルバは普通に見えてたらしい。
たしかにそれなら動じるわけもない。
「気配も魔力も消されて見事な隠密でした」
「君に褒められるとは光栄だねえ」
一応こっそり近づいてきていたらしい。
だがカレンは俺とは違い、死角でも気づいていたと。
さすがだ。
「突然のお客様程度で驚いていては、商人はやってられませんので」
ジャックは俺と同じく全く気づいていなかったようだ。
でも彼は突然人が現れた程度では動じない。
骨の髄まで商人なんだと感心してしまう。
「たまには驚いてくれたら面白いのに」
「ご希望に添えられず申し訳ございません」
ジャックとマーニャは元々顔見知りらしい。
この口ぶりだとパラディスで知り合ったわけではなく、マーニャは元々ジャックの顧客だった感じがする。
「やはりマーニャさんはどこかの貴族のご令嬢なのでしょうか?」
「おそらくな。ただプラン商会の番頭が相手をしていたとなると、大貴族なのは間違いない」
エメラルドとミネルバの実家はそれぞれ伯爵と侯爵。
プラン商会ほどの規模になると、そういった大貴族でなければ番頭本人が出張ることはないらしい。
正確には複数名いる番頭、その筆頭であるジャックが動くことがない、というわけだが。
そんな二人の会話が聞こえていたのだろう。
「私はただの踊り子だよ。そんな過大評価はやめてほしいな」
そんなふうにマーニャは笑い飛ばしてくる。
そして実際、事実なのだろう。
彼女は踊り子だ。
色んな街でその美貌と踊りを振りまく、立派な踊り子だ。
だが、それは彼女の一部でしかない。
「すごく生まれのいい、踊り子ってことかな?」
それはただの人間ではなく魔法使いであること
魔法使いの中でもさらに選ばられた貴族であること
生まれのいい、にはそんな意味をこめている。
俺の言葉にマーニャはニヤリと笑った。
「ソラ、いいつっこみだよ。そこを否定すると嘘になってしまう。ソラの言う通り、私はちょっぴり生まれのいい踊り子だよ」
「ちょっぴり、ね…」
ちょっぴりという言葉は定性的なものだ。
その塩梅は本人次第。
彼女の出身が下級騎士であろうと伯爵であろうと、本人にとってはちょっぴりなのだろう。
あくまで正体を明かすつもりはないらしい。
俺達としてもこれ以上詮索することに特に意味はない。
これでこの話は終わり。
話題を戻そう。
「強くなるために群れる、だっけ?」
さっきマーニャが言った言葉だ。
皇帝の兄たる俺は強い。
なのに群れる。
これはより強い力が欲しいからなのか、と。
「そうだよ。獣は弱いから群れる。そして群れることで強くなる。だったら元々強い者たちが群れるのはどうしてだろう?って思ったわけだよ」
マーニャは表情を変えなかった。
面白そうな笑みを浮かべたまま、彼女は語りだす。
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プラナ公爵、ザウル・プラナ
彼は今まで群れてこなかった。
理由は簡単。
群れる必要がなかったからだ。
彼に限らず、公爵というのは群れないものなんだ。
誰も彼もが強力な力を持ち、自主独立して好き勝手生きている。
群れなどつくらない孤高の存在、それが公爵たちだ。
だが公爵以外の貴族たちは話が変わってくる。
自分に自信がないんだろうね。
成り上がるため、追い落とされないため、群れを作って力をつけようとする。
でもザウルは今、君の派閥へと入った。
「いったい何故!?」と社交界では話題になっているよ。
公爵家の中でもトップクラスの力を持つ彼が派閥に入る理由が理解できなかったわけだ。
まあ、私に言わせると単純だよ。
彼は力が欲しかったわけでも群れになりたかったわけでもない。
単に、君の仲間になりたかっただけだ。
プラナ公爵家の悲願
下民への贖罪
それを実現させるために、ソラ、君という存在は天恵だったんだよ。
元下民にもかかわらず、貴族となった。
それも皇帝の兄という、埒外の存在。
戴冠式で初めて出会い、昨年の晩餐会で初めて言葉をかわした。
これから共に活動しようと思ったら、逆に君は一歩先に行ってしまった。
それを聞いてザウルは歓喜しただろうさ。
取り残されて悲しいどころか、君の牽引力に羨望すら覚えたことは想像に難くない。
彼にとっては君こそ希望
そんな君の仲間になりたい。
ただそれだけのために、彼は君の元へと馳せ参じたんだよ。
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マーニャの言葉をジャックは否定しなかった。
むしろよくそこまで自分の主人のことを理解してくださっているとでも言うように、満足そうな顔をしている。
「ちなみに大公が群れる理由も簡単だよ。大公家ってのはどの時代でもいがみ合ってるからね。他の大公達に負けないために、群れを作って対抗するんだよ」
貴族の頂点、四大公家
今の時代だけでなく、いつの時代もこのように相争っているらしい。
「公爵が群れない理由、逆に他の貴族たちが群れる理由、そして公爵より上の大公が群れる理由。これらはわかったね?」
「あ、ああ」
教師みたいな口調でちょっとびっくりした。
「よろしい。では次はこちらから質問だ。皇帝と同等の存在たる皇帝の兄。そんな至高の地位に就いている君がどうして群れるんだい?」
俺が群れる理由
俺が弱いから?
たぶん違う。
俺にはサラがついている。
極論でもなく事実として、サラさえいれば俺には敵がいない。
じゃあ本当に俺は強いのか?
絶対に違う。
俺は全然強くなく、ものも知らない。
一人では何も出来ず、みんなの力を借りることでなんとかやっている。
なるほど。
これが理由か。
「俺が群れを仲間を作ったのは、俺一人ではできないことを実現させるためだ。一人じゃ出来ないことでも、みんなで頑張ればなんとかなる。だから俺は、俺たちは、力を合わせてるんだ」
下民の街のアイディアは元々セリスのもの。
彼女がいなければパラディスは生まれなかった。
実際に魔法で街を作ってくれたのはユキだ。
彼女のおかげで俺たちは街を大量に作り出すことができている。
街を作っても物資がなくては人は生きていけない。
プラン商会が全面的に支援してくれたおかげで街に人を集めることができた。
どれも俺だけじゃ出来なかったこと。
そして他のみんなだって自分だけじゃできなかったこと。
みんなで力を合わせたからできた、奇跡なんだ。
「なるほどね」
俺の答えに満足したのだろうか。
マーニャはそれだけ言って立ち上がる。
「自分の中に答えができたのなら何よりだ。自分ひとりで拳を振り回していた頃からずいぶん成長したようで嬉しいよ」
パラディスでの俺の大立ち回りの話だろう。
あのときは、まあ、若かったのだ。
今より一歳しか違わないけども。
「私はそろそろ失礼するよ。またしばらくすれば会えるだろうから、その際はよろしくね」
またどこかの街に入り浸るんだろう。
実家の人は心配しないのかと、他人なのに気遣ってしまう。
「そういえば、カレン」
「はい」
カレンが返事をする。
以前二人が会ったとき、カレンはマーニャのことを強いと言っていた。
それなりに気にしているのだろう。
「君に聞きたいことと伝えたいことが一つずつあってね」
「はい」
「夕日はきれいだったかい?」
「はい。最高の夕日でした」
「それはなにより。おすすめしたかいがあったってものだよ」
そういえばカレンが目にして涙を流したあの夕日。
どうしてマーニャは、あの夕日のことを知っていただんだろう?
「じゃあ次は伝えたいことだ」
一瞬だけ、マーニャの表情が真剣なものになる。
「もうすぐ君は、実の両親に出会うだろう」
カレンの、実の両親?
「え…?」
カレンが思わず声を漏らす。
だが何か問いかける間もなく、次の瞬間マーニャは転移魔法で飛び去っていった。
意味深な言葉だけを残して、消えていったのだった。
次回更新は来週末を予定しております。
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