75話 共生
「つまらない話をしてしまいましたね」
ザウルは打って変わってニッコリとした笑顔をつくっていた。
まるでさっきまでの話題を打ち消すように。
「私は一旦ここらへんで。ジャック、殿下と皆さんの案内を頼みます」
「承知いたしました」
そしてまるで逃げるように去っていってしまった。
ジャックに全部丸投げして。
普通は皇帝の兄、子爵、皇帝親衛隊隊員、侯爵家公女なんて四人組を押し付けられたら戸惑うだろう。
だがジャックはまったく気にする素振りもなく受け入れている。
さすがプラン商会番頭。
肝が座っている。
「では皆様、参りましょうか」
そうして今度はジャックが街の案内をしてくれた。
「とは言いましても、種がわかってしまえば案内するほどのものはないですよね」
ジャックが苦笑している。
それはまあ、当然だろう。
なにせジャックはパラディスの設立時から下民の街に関わってきてくれた男である。
その彼の息がかかった街ならばうちと似通うのは当然だ。
事情を知らなければ驚くが、知ってしまえば「なるほどね」という程度のものだ。
「なのでまあ、新しい街の観光程度に考えていただけますと幸いです」
そして案内が開始される。
何か目新しいものがあればと期待したが、それは早速見つかった。
「街中に、普通に臣民が歩いていますね?」
臣民と下民は基本的に見た目は変わらない。
だがなんというか、雰囲気というか態度というか、俺には誰が下民なのかわかってしまうのだ。
その俺の感覚だと、この街には下民だけでなく臣民もいる。
パラディスにも臣民はいるが、それはそれなりの修羅場をくぐり抜けての成果だ。
なのにこの街ではそれがすでに出来ている。
なぜ?
「そうですね」
「そうなのか?」
「そうなんですの?」
カレンはさすが俺と同じ元下民。
なんとなくわかってくれたらしい。
逆にエメラルドとミネルバは全くわかっていない。
彼女たちはそもそも臣民とすらあまり交流がないのだから当然だろうが。
「さすが殿下。よくおわかりで」
どうやら正解だったようだ。
ジャックはずいぶん嬉しそうだ。
「もともとプラナ公爵領では下民の立場は他地域と比べてずいぶん良かったのです。臣民の所有物として扱われ、スラムで獣のように生きる者はおりませんでした。下民を理由もなしに虐待したり命を奪うことも禁じられていたのです」
「それは、下民にとって、天国みたいだ…」
もし俺が下民時代にそれを知っていたら必死でここに移住しようとしただろう。
「私もそう思います」
ジャックも同意していた。
カレンも黙って頷いている。
「それでは下民がここになだれ込むため、このことは秘匿されていました。我々プラン商会が公爵領と外部のやり取りを一手に担い、情報管理をしていたのです」
なるほど。
それならこのことが広まっていないことも納得だ。
「なので他の地域と比べてここでは臣民と下民が共生するのにそれほど抵抗はないのです。なにせ下民の中には金をためて臣民の地位を買い取る者もいたほどですから。臣民と下民にはそれほど明確な線引がなかったのです」
「下民が臣民になれる!?」
「そのとおりです。他の地域でも稀にあることではありますが、制度化されているのはプラナ公爵領ぐらいでしょうね」
そんなことができたなんて、と驚いた。
エメラルドも驚いてジャックに質問している。
「下民をむやみやたらに臣民にするのは、初代皇帝陛下のご意思に背く行いではないのでしょうか?プラナ公爵はなぜそのような行為を?」
当然の疑問だ。
下民は初代皇帝に逆らった者たちの末裔。
神にも等しい初代皇帝に逆らった罪は、子々孫々まで受け継がれる。
その問いに、ジャックは苦笑いしながら答えた。
「かつて下民が大迫害を受けた際、その実行者は誰かご存知ですか?」
「貴族至上主義の元祖、初代エトナ大公だろう」
アルヴィス、祖先のころから貴族至上主義者とは筋金入りだな。
やつが俺のことを嫌う理由が一つ理解できた。
だが、エメラルドの答えは完全な正解ではなかったらしい。
「たしかに指示されたのは初代エトナ大公です。ですが、実行者は別にいます」
「エトナ大公の指示を受けた魔法使いですの?」
「いいえ、魔法使いの皆様はそんなことで自らの手を汚されたりはしません。娯楽として手を下した一部の方は除いてですが」
大公ではなく、他の魔法使いでもないとすると
「下民に手を下したのは、臣民です」
魔法を使えない臣民が、魔法を使えない下民を迫害する。
魔法使いである貴族至上主義者の指示のもとで。
「その迫害の規模と内容は筆舌にしがたいものだったらしいですよ。男はほとんど殺され、女は口にするのも憚られるような目に合わされました。ですがそれによって下民と臣民の血は混ざり合ったわけです。さらに長い年月をかけ、純血の下民などという存在は絶滅危惧種になりましたよ。今でも存在しているかどうかすら、定かではありません」
下民の女性が受けさせられてというのは、そういうことなのだろう。
エメラルドとミネルバが口を抑えている。
想像するだけでも反吐が出る、ゲスの極みだ。
「こうして今では臣民と下民を入れ替えようと、初代皇帝陛下のご意思に背くわけではなくなったわけです」
ジャックはニコリと笑う。
「殿下も自領で罪を犯した臣民を下民にしようとされていたかと存じます。逆の行いも可能なのですよ。もちろん陛下の寵愛を受けていらっしゃる殿下ならば、何をされても問題にはならないのでしょうが」
「まあ、ね…」
俺がサラに頼めばだいたいのことは二つ返事OKをもらえてしまう。
逆にダメと言われることがいまいち想像つかないが。
「そういう経緯で、プラナ公爵領の下民の街では臣民と下民が共生できているわけです。それなりの年月はかかっていますが、他の地域でも同じことができるのではないでしょうか?」
「ああ!そうだな!」
臣民と下民の壁を取り払う。
魔法使いでない者同士が相争う今の状況を打開する。
それは決して夢物語ではない。
だって、ここに現実にあるのだから。
不可能ではないと、実証されたのだから。
俺達にでもできないはずはない。
そんな希望が芽生えた瞬間だった。
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街を一通り巡り、大通りのカフェで少し休憩することにした。
「この紅茶、とても芳醇な香りですのね。産地はこちらですの?」
「そのとおりでございます。ミネルバ様のお眼鏡にかなうとは光栄ですね」
「とんでもございません。これは素晴らしいものですわ。お土産にしたいぐらい」
「喜んで。後ほど包ませましょう。もちろん皆様方にも」
「ありがとうございますわ!」
「私も気に入ったのでありがたい。喜んで」
紅茶を飲みながらの談笑。
実に平和だ。
俺は会話に混じらずじっと街中の人混みを見つめている。
臣民と下民が共に生きる街並み。
もちろん二者の間には差がある。
だが、他の地域ほど明確な差ではない。
断崖絶壁の崖ではなく、ジャンプすれば飛び越えられる程度の差。
これが他の地域でも実現できればと、そう思わざるを得ない。
「殿下、ずいぶんと嬉しそうですね?」
そう言うジャックが一番嬉しそうだ。
「きっと会長もお喜びでしょう。憧れである殿下にそんな憧れのような眼差しを向けていただいているのですから」
「ザウルが?俺を?」
臣民と下民の共生
そんな偉業を成し遂げたプラナ公爵家の当主がなんで俺なんかに憧れるんだろう?
「昨年の晩餐会で会長が殿下にお声をかけたのを覚えていらっしゃいますでしょうか?」
「もちろん」
「より深いお話を」というやつだ。
もしかしたら下民についての話だったのだろうか。
「殿下が元下民であることを知って、会長はずいぶんお喜びでした。「これで始祖の悲願が達成されるかも」と」
始祖の悲願
下民に対する罪滅ぼし
「夏季休暇あとにお話をと私と話をされていたのですが、殿下はその夏季休暇中にパラディスを作られてしまいました。下民の街をつくるという発想はなかったと、嘆いておられましたよ。そして同時に、殿下の偉業を讃えておられました」
「偉業、なのかな?」
あまりそんな気はしないが。
「偉業ですとも」
ジャックは断言する。
「誰もが心のなかで考えていたのでしょう。下民は臣民の庇護下で、臣民と関係して生きざるを得ない者たちだと。実際、今の下民の環境は世界中のどこでもそうでした。だからその発想は当然。ですが、殿下は違った!」
言葉にどんどん熱がこもる。
「殿下は下民の、下民による、下民の街をつくられた。下民を自主独立させ、下民だけで生きることができる環境を作り上げられた。これを偉業と言わずして、何と言いましょうか!?」
「い、いや、俺じゃなくてセリスの案だから…」
俺はただそれを採用しただけ。
なのに俺が褒められてしまっては、手柄を取るようなものだ。
だが、ジャックは否定する。
「違います。実行に移されたのは殿下です。どのように素晴らしい案であろうと、実行されなければ意味はない。もちろんセリス殿は素晴らしいお方です。彼女のアイディアは素晴らしく、彼女の功績も忘れることはできないでしょう。ですが私は、その実行する決断を下した殿下、あなたにこそ御礼を申し上げたいのです」
こんな感情の入ったジャックを見たのは、初めてだった。
「この街には老いた私の両親も住んでおります。二人が言っていました。「下民同士で手を取り合って生きるのが、こんなに楽しいものだとは思わなかった」と。個々に断絶され仲間同士で生きることができなかった我ら下民に、下民の街という安住の地を与えてくださったのは殿下です。心より、感謝申し上げます」
今までの俺とジャックの関係は商売相手だった。
だから商売のプロである彼は、俺に対して常にビジネスライクに相対してきた。
だが今ここでの彼はただの案内人。
だからだろう。
このように感情を発露してきたのは。
このように俺に頭を下げてきたのは。
プラン商会番頭ではなく、一人の元下民として
ジャックは俺に感謝してくれているのだ。
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「非常に冷酷だが、統治の考え方としては正解なのだろうな。魔法使いでない人々を臣民と下民に分断したのは」
ジャックからの感謝の言葉を受けた後、みんなで臣民と下民の話をし始めた。
エメラルドの意見は残酷だが的を射ている。
「魔法使いは数が少ない。臣民と下民が力を合わせて数に物を言わせてきたら困ったことになる」
「だから皇帝がいるんじゃないの?」
「神の如き初代皇帝陛下や今上陛下ならば話は別でしょうけど、他の皇帝陛下ですとどうなるか…」
「私やノヴァ大公でも、世界中の下民と臣民となるとめんどいことになりそうです」
「なるほど」
魔法使いといえど万能ではないということか。
寝る間もなく襲われてはいつか体力が尽きてしまうのだろう。
数は力、というわけか。
それすら超越する初代皇帝やサラは別格すぎるので無視。
「下民はなんだかんだで数を増やして臣民の10倍はいますからね。下民をスラムのような劣悪な環境に住まわせお互いに争わせるのもある意味策略だったのかもしれませんね」
かつてスラムに住んでいたジャック。
彼の言うことはもっともだ。
俺もスラムに住んでいたからわかるが、あんなところでは下民同士で協力するなんて夢のまた夢。
俺のように寝首をかかれそうになるのが落ちだ。
「弱いから群れるのか、群れるから強くなるのか、微妙な話だねえ」
全くだ。
「そういった意味で、初代皇帝陛下の時代からの名門にして貴族でも指折りの資産家でもあるプラナ公爵家当主のザウル・プラナ。彼が群れたのは驚きだよ」
本当に。
俺も驚かされた。
「皇帝の兄たる君は本来群れる必要がないんだけど、なのに群れるのはより強い力が欲しいからかな?」
いや、別にそんなつもりはないけど…
って
「なんでお前がここにいるんだ!?」
「ん?私が下民の街にいるなんて、いつものことだろう?」
誰が見ても魔法使いだと断言するであろう美貌
褐色の肌がエキゾチックで、面積の小さい衣類はいつも目のやり場に困らせてくる。
「しばらくぶりだね、ソラ。夕日はきれいだったかな?」
踊り子マーニャ
彼女はいつもどおり、その魅力的な笑顔を俺に向けていた。
明日も更新の予定です。




