72話 晩餐会の反省会
「本当に、肝が冷えたぞ…」
エメラルドが疲れ切った顔でうなだれている。
晩餐会では会場警備を担当していたらしく、全部見ていたらしい。
「ノヴァ大公の魔法、あれが展開されていたら帝城は消え去っていただろうな。ノヴァ大公、恐るべしだ」
「おお…。そんな気はしてたが、やっぱりそうなのか…」
「ソラもあの威力を理解できていたのか。成長したじゃないか」
「いや、ただの勘だよ」
「勘は己の経験から生み出されるものだ。やはり成長したよ」
エメラルドが褒めてくれる。
俺の成長が嬉しいのか、うんうんと満足そうに頷いていた。
「しかし、そんな強力な魔法を一言で消し去るサラは、洒落にならんな…」
昨日のことを思い出す。
サラは「やめなさい」のただ一言だけでノヴァの魔法を消し去り、全貴族を床に縛り付けていた。
尋常ではない。
「陛下と他の貴族を比べること自体が間違いだ。魔法使いと臣民や下民を比べるようなものだぞ」
エメラルドはさらりとそんなことを言ってくる。
でも不思議と納得できてしまう。
それほどまでの差が、あそこにはあった。
「ソラは陛下に回復魔法かけていただいてただろう?」
「え?まあね。なんか色々たくさんかけてくれてたよ」
サラは心配そうに俺の体のあちこちを触って魔法をかけてくれていた。
温かく、優しい魔法だった。
「あの一回一回に、ユキが街をつくるとき以上の魔力が込められてたぞ」
「…マジで?」
「マジだ。たぶん伯爵や侯爵以上の貴族なら理解できていただろうが、尋常ではなかったぞ。逆にソラの体に悪影響がないかと思ったぐらいだが、そこはさすが陛下だ。完璧に魔法をコントロールされていらっしゃる」
思わず昨日サラが触ってくれたところをあちこち触ってしまう。
俺には何も変わりはないが、実は一つの街をつくるほどの魔力が込められていたとか言われたら驚いてしまう。
悪影響などは一切なく、最近重かった肩が軽いなど逆に調子は最高だ。
「やっぱサラって、すごいんだなあ…」
思わず感嘆してしまう。
すごいすごいと色んな人が言っていたが、実際にすごさを見せられたのは初めてだ。
本当ならここでビビってしまうのかもしれない。
だが、俺の中のサラは未だにあのスラムで一緒に住んでいたころのまま。
可愛らしい、俺の妹なのだ。
「そんな陛下の寵愛を一身に受けて平気なソラも十分すごいと思うぞ」
エメラルドは変なところで感心してくれていた。
「晩餐会は、意図せずして二年続けてソラがいかに陛下に慕われているかを見せつける場になってしまった。もはや貴族の中でソラの立場を理解していない者はいないだろう」
俺は魔法も使えないただの下民。
サラの兄、皇帝の兄だから貴族になっているだけの存在だ。
だからサラの気分次第でいかようにもなってしまうわけで、俺のことを侮ってる貴族も多くいる。
だが、去年今年とサラが自ら俺との関係を貴族たちに見せつけた。
今年にいたっては俺のために大公を処罰しようとすらした。
もはや俺とサラの関係を疑う者はいないだろう。
俺に手を出すのは皇帝に逆らうことに等しいと、理解したわけだ。
本来ならこれで俺の派閥は盤石になるはずだ。
なにせバックには皇帝がいるのだ。
みんなこぞって派閥に加盟しようとするだろう。
うちの派閥には参加希望者が殺到する、はずだった。
「プラナ公爵に加え、公爵に親しい関係の貴族たちも新規加盟されましたわね!公爵、しかも貴族でもトップクラスの資産家と名高いプラナ公爵が同志になられるとは心強いですわ!おめでとうございます、ソラ!」
「ああ。ありがとう、ミネルバ」
場を盛り上げようとミネルバが明るい雰囲気で言ってくれる。
確かにプラナ公爵の加盟は大きい。
公爵とはそれほどの大物だからだ。
だが裏を返せば、それほどの大物貴族が加盟したのに追随者は彼に親しい者達だけだということ。
決して喜んでいられるような状況ではない。
追随者がいない理由は?
それははっきりしている。
「そういえばミネルバのお父さんもうちの派閥気にしてくれてたよね?状況は、変わらない感じかな?」
「そうなのですわ…。お父様も晩餐会に出席されてまして、ソラがいかに陛下に愛されているか、そしてプラナ公爵が加盟されたこと、両方とも直接目にしたというのに二の足を踏まれているのですわ。私からぜひと勧めてますのに、なかなか決断してくれませんの」
ミネルバが少しだけ残念そうな顔をする。
だがミネルバは悪くない。
バレス侯爵が躊躇するのも当然だ。
「やっぱり、大公同士の争いに関わりたくないって?」
アルヴィス・エトナとノヴァ・ガイア
この二人の大公が殺し合うほどに敵対していること
それが晩餐会で改めて周知されてしまった。
大公は皇帝を除けばこの世界で最強の魔法使い。
そのうちの二人が本気で争うとなれば、その余波は想像を絶するだろう。
一つの都市、一つの地域がこの世界から消え去ってもおかしくはない。
今からどちらかの派閥に加盟するということ。
それはもう片方の派閥、その盟主である大公と敵対することを宣言するに等しい。
こんな危ない橋を渡りたがる貴族はよほどの物好きぐらいだ。
「私が当主だったら今すぐにでも加盟しますのに!」
そんな物好きがここにいる。
俺との友情のためなら大公を敵対することも恐れない、ミネルバが。
思えばミネルバとの関係も、彼女がノヴァに歯向かったことから始まった。
自分の想いのためなら大公にも正面から向き合う。
ミネルバのこの姿勢は見習っていきたい。
「残念だが、今回はプラナ公爵だけでも良しとすべきだろうな。私の父上など、私がソラと仲良くしていることすらいい顔をしないからな」
「俺との仲も?」
ちょっと意外だったが、すぐに納得した。
晩餐会で皇帝、サラの怒りを買ったのはノヴァだ。
ノヴァといえば俺と一緒にうちの派閥のダブルトップを務めている者。
事実はどうあれ、はたから見れば親しい関係だ。
だが、そんな親しい者であろうと皇帝は処罰しようとした。
これは皇帝の寵愛を受けているのは皇帝の兄だけであり、他の者には向けられていないということを示している。
ゆえにうちの派閥への加盟が皇帝の庇護下に入ることとイコールではない。
もちろん俺がとりなせば晩餐会でのノヴァのように皇帝は許しを授けるだろう。
だが、俺がいない場所で何かが起きたら?
誰にも気づかれないまま消されてしまったら?
そう考えるのも無理はない。
当然派閥への加盟は躊躇するだろう。
「皮肉なことだが貴族至上主義派も同じような感じらしくてな。ノヴァ大公を敵に回すのは恐ろしいと色々揺れているようだ」
「いいニュースに聞こえるけど、そもそもの勢力があちらの方が断然上だからね。手放しに喜ぶことはできないかなあ」
「まあ、そう言うな。私なりに一生懸命いい話を探したんだ」
「そうだね。ありがとう、エメラルド」
俺のお礼に、エメラルドが笑顔で「どういたしまして」と返してくれた。
悪いことばかりじゃないと良いことを探すのは大事だな。
これも見習っていこう。
「じゃあ夏季休暇中にやることは、すでに建設済みの下民の街々の発展、そして下民が大勢いる地域での新しい街の建設。そんなところかな?」
「そうですわね。いつもの週末よりまとまった期間がありますもの。もっと気合い入れて活動できますわね!カレンも、頑張りましょう!」
俺の後ろで我関せずとずっと黙っていたカレン。
彼女は子爵という爵位貴族に出世したのに、「私は先輩の護衛ですから」と自分の立場を変えようとはしなかった。
そしてもちろん態度も変えていない。
「そうですね」
全く気のない返事。
だがカレンは本当に興味のない相手なら悪態をついたり無視をする。
ミネルバの言葉にはきちんと返すので、それなりに慕っているようだ。
「ええ、腕がなりますわね!」
「そうですね」
「カレンは子爵になりましたもの。領地も増えたのでしょう?」
「そうですね」
「新しい街をつくるのもいいですわね。夏季休暇中に一緒にやりましょう」
「そうですね」
「そういえば、子爵になったお祝いの言葉をちゃんと伝えられていませんでしたわ。おめでとうございます、カレン!あなたなら、子爵ですらきっと通過点ですわ!」
「…ありがとうございます」
おお、カレンが少し嬉しそうだ。
さすがミネルバ。
こうして俺たちはまもなく始まる夏季休暇の話に花を咲かせていた。
ちなみに今年もエメラルドは特別任務を与えられたらしい。
「陛下からの、勅命だそうだ…。ソラの手伝いをしてあげて欲しい、と…」
去年と同じ状況。
エメラルドはたいへん不本意なようだが、俺としては助かるのでありがたい。
今度サラにまたお礼を伝えておこう。
こうして俺達の夏季休暇が始まった。
ちなみに初日の予定は
「プラナ公爵がぜひ自領にお招きしたいとのことです」
そう言いながらビスケッタさんが持ってきてくれたのは、プラナ公爵からの招待状。
早速向かわせてもらおうじゃないか。
明日も体調が問題なければ更新いたします。




