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70話 御前

「それでは皆さん!かんぱーい!」

「「「乾杯!」」」


 晩餐会が始まった。

 ちなみに皇帝、サラの挨拶はさっきの乾杯のみ。

 ありがたいお言葉などはなく実にあっさりしたものである。


 形式も立食パーティーで実に楽なものである。

 基本的に挨拶も形式も皇帝によるものらしく、長々しい挨拶とガッチガチに席順まで決められた晩餐会を好んだ皇帝もいたとか。

 サラがそんなのが好きなタイプじゃなくてよかった。

 席順とかテーブルマナーとか、考えるだけで疲れてくる。


 そうは言っても貴族社会というのは序列や形式が重要だ。

 まずは皇帝に挨拶をしようとサラの前には長蛇の列ができている。


 この挨拶の順番は貴族の序列によるもので、最初は大公

 そして公侯伯子男と続いていく。

 同じ爵位の場合は家の格式や当主の実力などで順序が決まるらしい。


 ちなみにうちの派閥から参加した騎士たちは、通常なら列の最後尾。

 時間内に挨拶ができるかどうかもわからない位置だ。


 だが今回はちょっと話が違う。

 彼らは俺、皇帝の兄が連れてきた客だ。

 しかも付添人はガイア大公家当主、ノヴァ。

 並み居る貴族を一気にごぼう抜きし、列の先頭近くですでに挨拶を開始している。


「兄さんのために働いてくれてるんですね!素晴らしいことです!」

「はははは、はい!光栄でございます!」


 騎士たちはガッチガチ。

 皇帝をこんな至近距離で見たこともなければ、そもそも会話することも初めてだろう。

 無理もない。


 一番手だったアルヴィスはそれを苦々しく見つめている。

 だがサラが嬉しそうにしているので文句は言えない。


 ノヴァはいつもどおりの皮肉な笑みを浮かべながら、小声で何かアルヴィスと会話している。

 聞き取れはしないが、たぶんお互い罵詈雑言言い合ってるんだろうな。

 怖い怖い



 ---



「いやあ、実にいい時間だった」


 挨拶を終えたノヴァがスッキリした顔でやってきた。

 本当に気分がよさそうだ。


 騎士たちも一緒に来て、俺に挨拶とお礼を言ってくれる。

 選んだのはノヴァだから気にしないで欲しい。


 サラの方に目をやると、俺の視線に気づいたのか手を振ってくれた。

 俺ももちろん振り返すと、一気に満面の笑み。

 この程度のことでこんなに喜んでくれるのが可愛らしい。

 嬉しいな。


「本当に君は皇帝陛下に愛されてるねえ」


 いつの間にかノヴァが隣りにいた。


「愛されてるって…。家族だからだよ。別に普通だろ」

「違うね。僕は憎しみあってる家族をいくらでも知っている。家族なんて、血縁だけで結ばれているだけの集団にすぎないよ」

「いや、血縁って、重要だろ…」

「そうかい?君と陛下は血縁関係だっけ?」

「いや、それは…」

「違うだろ?血縁関係だろうと憎しみ合うものはいるし、君と陛下のように強く結び付けられているものもいる。前者は当然だが、後者は僕には理解できないよ。どうやったらここまで無条件にお互いを信頼し、愛し合えるのかがね」


 反論したいことは山程あるが、ノヴァの言にも一理ある。


 俺とサラは血などつながっていない。

 だが俺とサラは普通の家族よりも強く結びついている自覚はある。


 逆にノヴァ。

 会ったばかりの頃の言葉を思い出す

「自分の立場が脅かされるかもと、実の息子を手に掛けようとする親とかね」

 これがもしも実体験から来たものだとしたら…。


 親兄弟も信じられない大公家という伏魔殿

 そんな家で生まれ育ったノヴァからすれば、俺とサラの関係は理解不能だろう。

 家族の愛など信じられなくても無理はない。


 俺が何か言おうとする。

 だが家族についての話題はこれまでと言わんばかりに、ノヴァが先に口を開いた。


「陛下の君への愛情、当初はペットを愛する程度だと思っていた貴族は大勢いたようだよ」

「ペット…」


 よりにもよって次はそんな話題かよ。


 だがまあ、内容は理解できる。

 皇帝が気まぐれで愛玩動物に爵位を与えたという感じかな?

 下民の扱いを考えれば妥当というか上等か。


「だがこの一年とちょっとで陛下の君への想いは本物だと、大半の者は理解したよ」

「そうかな?」


 全く実感はない。


「そうだよ。邪魔な君をどうにかしようとか考えてたやつらもいたけど、そんなことをしたら陛下の逆鱗に触れると理解したんだろうね。君の周りはずいぶん安全になったよ」

「安全…。全然身に覚えがないんだけど」

「君が気づかなかっただけだよ。例えば去年の晩餐会。あのときは色々と罠や暗殺者が潜んでいたけど、今日は全然いない」

「え…。そんなの、いたの?」

「ああいたさ。おそらく貴族至上主義者、もしかしたらそれこそアルヴィス本人が仕掛けてたかもしれないね。僕を狙ったものかと思っていたが、罠のレベルが低すぎた。あれでは僕の足止めもできはしないし、この晩餐会に出席するような貴族だったら致命傷を与えるのは難しいだろう。つまり」

「狙いは、俺…」


 貴族には無意味な罠であろうと、魔法が使えない下民にとっては十分だ。

 そんな罠を仕掛けられているとなれば、標的は俺以外にありえない。


「そういうこと。理解したかい?」

「い、一応は。でもそんな、晩餐会で殺人とか、ありえるのか?」


 俺の問いかけに、ノヴァはいつもの皮肉な笑みをつくる。


「この晩餐会の主催者はどなただい?」

「そりゃ、皇帝だけど」

「そう、つまりここは皇帝陛下の御前。ここで行われる戦いは必然的に御前試合となる。勝敗に有無を言わせたくない者にとって、ここは格好の場だとは思わないかい?」

「…過去にも、実例が?」


 ノヴァが手のひらを開いて見せつけてくる。


「五回。大公同士の闘いだけでもそれだけある。ときの皇帝は派手な催しだと大喜びだったそうさ」


 皇帝は最強の魔法使い

 目の前で殺し合いが行われようと、それは下級の魔法使い同士の闘いにしか見えず、己に被害は及ばない。

 ならばそれを非日常的な催しだと考える者もいたのだろう。

 理解はできる。

 納得はできないが。


「去年は記念すべき六回目のチャンスだと思ったんだけどねえ。オスカルの邪魔が入ったし、何より腰抜けのアルヴィスでは僕の喧嘩を買うわけがない。残念だよ」


 まるで殺し合いをしたかったかのような口ぶり。

 いや、実際にしたかったのだろう。


 皇帝の目の前でアルヴィスと決着をつける。

 それがノヴァの強い望みなのだろう。

 なんと返答すればわからず、俺は苦笑いするしかない。


 そんなときだ。

 横から声がかかったのは。


「誰が腰抜けだと?」


 それは威厳のある声だった。


「ガイアの小僧風情が、大口を叩くでないぞ」


 広い肩幅に分厚い胸板。

 魔法使いとは思えないほど立派な体格は、威厳の塊のようだった。


「アルヴィス…」

「ご無沙汰しております、殿下。ご挨拶が遅れ、申し訳ございません」


 頭を下げてくるその姿も絵になる、大公家筆頭

 エトナ大公家当主、アルヴィス・エトナ本人のご登場だ。



 ---



「僕がガイアの小僧なら、お前はエトナの老害かな?」

「ぬかせ。存在自体が害悪の貴様に言われたくはない」

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ。お前がさっさと死ねば、貴族社会も少しは良くなるんじゃないかい?」

「貴様が死ねば貴族社会どころか世界がより良くなる。下民の街のようなくだらないものをあちこちにつくって、壊すのにも手間がいるのだぞ?」

「使えるものを使って何が悪いんだい?これだから頭の固い老人は困るよ」


 ノヴァとアルヴィスのやり合い。

 先程のサラの目の前での小声のものとは違い、周囲にも聞こえる音量で言い合っている。


 一年ぶり二回目。

 全く慣れはしない。


 周囲に貴族たちが集まり始める。

 二人の会話を聞こうとしているのだろう。


 しかし貴族が集まったせいで俺は避難しそびれた。

 この二人が殺し合いでも始めれば、俺はただではすまないので逃げたかった。


 そう思っていたらカレンが俺を守るように前に出てくれた。

 何かあったら防御魔法を使ってくれるのだろう。

 ありがたい。 


 そんな周囲のことなど気にもせず、二人の大公の会話は続く。


「伝統と秩序を無視するガキに言われたくはない。下民などを重宝して、初代皇帝陛下に顔向けできると思っているのか?」

「初代皇帝陛下に逆らった者の子孫が下民だったっけ?でもそれからどれだけ時代が経ったと思ってるのさ?臣民も下民も血が薄まって混じり合って、どれだけ先祖の血が残っていることやら」


 下民のルーツ。

 学院の歴史の講義でも習った。

 初代皇帝に逆らった、魔法も使えない蛮族の子孫。それが下民。

 その罪は永遠に消えず、獣として生まれ獣として死んでいく者たち。


 だが、今は下民は関係ない。


「そもそも貴族だって血が薄まって力が弱まっているやつらがごまんといる。例えばどこかの貴族の当主、とかもね?」

「…歴史と伝統を重んじる貴族を、馬鹿にするつもりか?」


 あくまでこれは大公同士の会話。

 下民のことなど相手を攻撃するための手段の一つにすぎない。


 血が薄まって弱くなるという話は初めて聞いた。

 もしかしてこれはアルヴィスのことなのだろうか?

 アルヴィスは強力な魔法使いだと聞いているが、ノヴァからすればたいしたことはないと?


「馬鹿になんてしてないさ。ただ、弱い貴族なんて意味がないって言ってるだけ」

「力だけ強い、無礼な小僧にも意味はないな」

「おやおや?力を持つ魔法使いは陛下に見いだされ貴族になるこの世界で、まるでそれを否定するような発言だねえ?僕みたいな小僧に論破されかかって、恥ずかしくないのかい?」


 魔法使いはただの人間よりも遥かに強い力をもつから世界に君臨する。

 そしてより強い力をもつ魔法使いは貴族としてさらに強い権力を与えられる。

 つまりこの世界において、魔法の強さは地位に直結する。

 

 アルヴィスの発言はそれを否定するもの。

 ゆえにノヴァに付け入るスキを与えてしまった。


 ノヴァは嬉しそうにアルヴィスを罵倒する。


「今日はいつもの護衛たちもいないし、さすがに見限られたのかい?それとも自分より強くなりそうで恐れた?大公は一族で自分より強いやつが現れたら引きずり降ろされちゃうからねえ。力を比べられるのが怖くて、隠しちゃったのかな?」


 以前にもノヴァに聞いた、大公家のルール

 大公家は一族で最も強い魔法使いが自動的に当主となる。

 もしエトナ大公家でアルヴィスを超える力を持つものが現れれば、アルヴィスは当主の地位を失う。


 護衛のほうが強いというのは大公家ではありえない。

 だから自分の驚異になりえる護衛を消し去ったのか、とノヴァは言っているのだ。


 アルヴィスはさすがに怯むだろうと思った。

 だがそんなことはなく、堂々と宣言する。


「馬鹿にするな。私がエトナ大公。私こそがエトナ大公家最強の男だ」


 その顔は自信に満ちていた。

 ノヴァはそれを見て、自分の発言は違っていたようだと少しだけ残念そうな顔をする。


 まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、アルヴィスは反撃を開始する。


「私は己の実力と一族の総意でこの地位に就いている。実の父と母を手に掛け、血まみれな手でその地位を手に入れた貴様と違ってな」

「…なんだと?」


 ノヴァの声は、少しだけいつもと違っていた。



 ---



 アルヴィスは言葉を畳み掛ける。


「私が知らないとでも思っていたのか?」

「お前の父親は貴様の力を恐れた」

「己の地位を脅かされると恐怖したのだ」

「だから実の子である貴様を始末しようとした」

「だが貴様はそれを返り討ちにした」

「騒ぐ一族を力で抑え込み、箝口令を敷いたのだ」

「この親殺しめ」

「ガイアの家にお前の母親らしき女がいないことも知っているぞ」

「どうせ母親も殺したのだろう?」

「父も母も殺すなど、獣でもしない」

「貴様は獣以下だ」


 ノヴァは黙って聞いていた。

 そして、突然口を開いた。


「そんなに死にたいなら、殺してやるよ」


 いつものノヴァの声に戻っていた。

 だがその殺気は見たことがないほど。


 絶対に目の前の男を殺すという殺気が発せられ、強大な魔力が展開される。

 それは今まで俺が見た魔法の数々が手品に見えるほどのものだった。


 これでアルヴィスは死ぬだろう。

 周囲の貴族も死ぬだろう。


 俺はどうだろう?

 貴族が死ぬんだから、俺が生き残れるはずがない。

 そんな俺に、カレンが一瞬顔を向けて頷いてくれる。


「先輩は下がっててください」


 そんな言葉をかけてくれながら、防御魔法を展開する。

 怒りに満ちたノヴァの一撃をカレンが防ぎきれるかはわからない。

 でもカレンならやってくれる。

 不思議と、そんな気がした。


 会場がパニックになるのも気にせず、ノヴァとアルヴィスはお互いから一切視線を外そうとしない。


「やってみろ、ガイアの小僧が」

「言われなくてもやってやるよ」


 そしてノヴァが魔力を解き放つ。


「死ね」


 俺は魔法が使えない。

 そんな俺でもわかった。


 この魔法は、この帝城をも消し去るほどの威力をもつと。

 それほどの魔力が、放たれた。


 だが


「やめなさい」


 その言葉で、一瞬で魔力が消え去った。


 そう、消え去ったのだ。

 大公家最強が大公家筆頭を殺すために放つ魔法が、ただの一言で。


 そんなことができるのは、この世で唯一人。

 それは、世界最強の存在。


「兄さんの前での無作法は、私が許しません」


 皇帝


 いつの間に来ていたのか。

 俺の隣に、サラがいた。


「もう大丈夫ですよ?兄さん」


 そんなふうに、俺へと笑いかけながら。


 

胃腸炎で倒れておりました。少し回復してきたので更新いたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「兄さんの前での無作法は、私が許しません」 皇帝が『兄の方が上の立場』と公言した瞬間である
[一言] いつも読みやすく物語に引き込まれます。 お体を大切に。 休むことも大切ですよ
[一言] 胃腸炎…お体お大事にして下さい。
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