67話 みんなでスラム
春が終わり、夏が来た。
あれからも俺たちは週末になると足繁く地上に降りている。
行き先はもちろんパラディスを始めとする下民の街。
日々発展していく街を見るのはとても楽しくて嬉しい。
もちろん出歩く際は、例えそれが勝手知ったるパラディスであろうとカレンともうひとり誰かについてきてもらう。
単独行動は禁止。
同じミスは二度としない。
もちろん一人のほうが気楽だし色々出向くことができる。
そうすればもっと色んなことが見聞きできるのは間違いない。
それは俺にとっても街にとってもいいことはたくさんあるだろう。
だが、それ以上に悪影響が懸念される。
皇帝の兄という存在はそれほど大きすぎるものなのだ。
ちょっとした行動でも多方面に影響を与えてしまう。
その気になれば視線だけで街を滅ぼせるような存在が、気軽に街を闊歩していいはずがない。
言うことを聞かないならもはや監禁するしかないレベルだ。
自重しよう。
そんな感じで今日も街に行こうと思ったが、珍しくカレンが提案してきた。
「今日は、スラムに行きませんか?」
スラムに?
なぜ?
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「ここがスラムか!ちゃんと見るのは初めてだ!」
結局理由はわからなかったが、来ることになってしまった。
今日一緒に行動する予定だったエメラルドが「ああ、いいんじゃないか」と二つ返事でOK出したのが大きい。
むしろ反対するかと思ったのに。
「陛下とソラをお迎えする際に一度来たことがあるが、ほとんど何も見られなかったからな。ちょうどいい機会だ」
とのこと。
別に面白いものでもないだろうに、何が気になるのだろう?
「エメラルドさんが見て面白いものなんてないと思いますが?」
カレンがエメラルドに質問する。
自分の提案に賛成してくれたのに、よくそんなふうに聞けるなと逆に感心する。
喜んでもいいぐらいだろう。
「スラムという場所がどんなところか自分の目で見ておきたいのだ。私の領地からはすでにスラムがなくなってしまったからな。行けるのなら行っておきたい」
「なるほど」
なるほど。
エメラルドは熱心に下民の街をつくってくれた。
おかげでエメラルドの領地からはスラムはなくなったわけだが、逆に下民がもともとどんな暮らしをしていたか知る機会がなくなったわけか。
ならスラム出身者が二人もいるからちょうどいい。
案内してあげよう、と三人でスラムに来たわけだ。
ちなみにエメラルドとカレンは変身魔法で姿を変えている。
どう見ても魔法使いではない。
ただ元が良いので下民視点でも十分な美少女だ。
もう少し美醜具合をマイナス寄りにしてもいいと思ったが、まあいいだろう。
「もっとブサイクにしたほうがいいよ」なんて、言いづらい。
三人でスラムを歩いていく。
すでに何回かスリらしき男や子供が何回かぶつけようとしてきた。
だが俺も二人も全部避けてしまう。
あてが外れ、スリ共はみんな不思議な顔をして去っていった。
また新たな子供がエメラルドに体当たり同然に迫ってきたが、さらりと避けられて転んでしまった。
「今の子供もスリか」
「あっちの子供の集団、あれ全部だよ。よそ者を狙ってるんだ」
俺が指差す先には俺達を忌々しげに見つめる子供の集団がいる。
「あんな子供たちが…」とエメラルドが絶句していた。
子供は体力もなくなかなか稼げない。
だから親がいない子供たちができることなどスリぐらいだ。
親がいてもスリをやらされる子供も大勢いるが。
「スラムに入った瞬間は臭いがすごいと思ったが、中はそうでもないんだな」
「違うよ。鼻が慣れちゃったんだ。俺にとっては懐かしいスラムの臭いだけどね」
「そ、そうなのか。これが、普通なのか…」
スラムには独特な臭いが漂っている。
そもそも清潔な者などいないし、死体だって野ざらしだ。
臭わないはずがない。
ただ腐った食べ物は存在しない。
腐る前にほぼ全て食されるし、腐ったものでも誰かが胃に入れてしまうからだ。
「い、いててててて!」
そんなことを話してる間に、すれ違いざまにカレンのお尻を触ろうとした不届き者がいた。
触る直前に手首を掴み、ひねり上げる。
男はなさけない悲鳴をあげていた。
「俺の女に手を出そうとはいい度胸だな?」
「す、済まねえ!出来心なんだ!」
男は泣きそうな顔で哀願してくる。
関節技をちゃんと習っているスラムの住人などほぼいない。
こんなふうに関節を決められるのは生まれて初めてで、よほど痛いのだろう。
「二度とすんじゃねえぞ」
それだけ言って解放してやった。
男は逃げるように、いや文字通り逃げ去っていった。
お礼を言ってもバチはあたらないだろうに。
「私、先輩の女じゃありませんが?」
カレンが真顔でそんなことを言ってきた。
「もちろんだよ。ただ、ああ言った方が効果があるだけだよ」
周りに対するアピールにもなる。
俺はそこそこやるやつで、この女達に手を出したら痛い目みるぞというアピールだ。
「私一人でも対処できましたが?」
「ああ、カレンが気づいてたことに気づいてたよ。口の中で詠唱してたのもね」
「じゃあなぜあのような?」
俺は苦笑いをしながら答える。
「カレン、あの男がお尻に触った瞬間に丸焼きにするつもりだったろ?」
カレンは真顔のまま答える。
「もちろんです。私とて腐ってもスラムの住民。目には死を、歯には死をというスラムの掟を遂行するまでです」
「俺はそんな掟聞いたことないけどな…」
こんな町中で人が丸焼きになったら騒ぎにならないはずがない。
下手すりゃ魔法使いが来たとバレてしまう。
勘弁してくれ。
さっきの痴漢よ、俺がお前の命を救ったこと気づいているか?
本当に、感謝してくれてもバチはあたらないと思うぞ。
「スリも多いが痴漢も多い。私のことを舐めるように見つめてくる輩が大勢いて気色が悪すぎる。全員切り捨ててやりたいぐらいだ」
エメラルドが全身ぞわぞわさせながらそんなことを言ってくる。
エメラルド、お前もか…。
いや、女性にしかわからない感覚なのだろう。
俺がどうこういうべき話ではない。
いやなものは、いやだろう。
「どこのスラムもこんな感じなのか?」
「だいたいそうかと」
「カレンが幼いころに住んでたところは?」
「こんな感じですね。私は幼すぎましたが、お母さんが狙われてました」
「そうなのか…。やはりスラムはなくすべきだな。秩序と平穏をもたらさないといけない」
エメラルドはスラム廃絶は天命だとばかりに頷いている。
スラムに対する嫌な思い出が下民に向いたらどうしようと思ったが、逆だったようでよかった。
だがエメラルドのような反応が当然だとは思ってはいけない。
スラムを見ることで
「だから下民は下等で卑しい存在なのだ」
と思う者達も大勢いるだろう。
そうではないと
環境のせいでこう行きざるを得ないのだと
下民の街をつくり、成功させることで俺は証明していくのだ。
改めて自分のやるべきことと目標を見つめ直す、いい機会だった。
そろそろ帰るかというころ、カレンがぼそっと呟いた。
「やはり、スラムには住みたくないですね。美しいのは思い出だけです」
それが確認したかったのか
日常回でした。次回更新は木金あたりの予定です。




