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66話 領地交換

 カレンは騎士になったので領地を持った。


「はい。これで完成です!」


 そして当然のように下民の街の建設が行われた。

 ユキあっという間に作ってくれた。

 最近ではずいぶん慣れたものだ。


「本当に良かったのか?」

「はい。良かったです」


 別に俺の護衛だからうちの派閥に入る必要はない。

 だがカレンは騎士になった歓迎会のその最中に俺に言ってきたのだ。

「私にも領地が下賜されるかと思いますので、そこに下民の街をつくってください」と。


 俺は一瞬どうしようかと思ったが、周りが放っておかなかった。


「じゃあ私にお任せですね!」


 やる気満々のユキ


「僕たちの派閥にようこそ!実力者は大歓迎だよ。君からは伸びしろしか感じないしね」


 有無を言わさずカレンを派閥に加入させるノヴァ


 カレンとは派閥のことについてちゃんと話すこともできず、こうして街づくりまで終わってしまった。

 本人がいいのならいいのだが。

 自分で望んでいたのか、なすがままに周囲を受け入れてるだけなのかが心配だ。


 今目の前ではセリスとカレンが話をしている。

 街の運営方針をカレンから聞き取り、セリスが具体案を練るらしい。

 だがカレンの意見は「意見は特になしです。おまかせします」ばかり。


 ここでも自分の意志はなし。

 カレンが珍しく己の意見を強く出したのは領地のことぐらいだ。


「お母さんと暮らした、あのスラムとその周辺を領地にしたいです」


 これにはみんなびっくりした。

 一つ目はもちろん、カレンがこんなに強く主張したこと。

 二つ目は、そこはリゼルの領地であり、割譲を要求していることだ。


 通常、他の貴族の領地に対して割譲を要求するなんて喧嘩を売っているに等しい。

 上位の貴族が下位の貴族に対し、見せしめのために行うようなことだ。

 決して成り立て騎士が、名門伯爵家に要求するようなことではない。


 本来なら舐められていると考え、リゼルは激怒してもおかしくない。

 だが、リゼルは冷静だった。


「母親との思い出の土地が欲しい、そういうことかな?」

「はい。そうです」


 リゼルの顔はとても優しかった。

 それに対し、カレンも真剣な表情で頷く。


 それを見たリゼルは少し息を吐き、ちょっと困っているけど優しい顔で口を開く。


「わかったよ。あの周辺の土地は決して豊かではないけど、本当にいいんだね?」


 カレンは即答だった。


「もちろんです!ありがとうございます!」


 そして領地の割譲は決まった。


 もちろんリゼルには代わりにカレンが手に入れる予定だった領地が与えられた。

 海沿いの豊かな土地で、飛び地にはなるがリゼルにとっては決してマイナスではない。

 純粋に土地だけ比較すればリゼルの方がずいぶん得をしている。


「マスタング伯爵家としての面目は何とか保たれましたよ」


 リゼルが苦笑している。


 領土の割譲要求を受け入れたのはマスタング伯爵家にとって恥となる。

 だがそれがより良い土地との交換となれば話は別なのだろう。

 リゼル個人の意志だけでなく、常にマスタング伯爵家としてのメンツも考えないといけない。

 貴族とは、難儀なものだ。


 こうしてカレンが生まれ育ったスラムの近くに下民の街はできた。

 どのような街にするかはカレンの意志を尊重したかったが、おまかせするというのならまかせてもらおう。


「この周辺はクスリの産地だ。クスリの栽培を抑え、関係者を別の道に更生させるような街づくりを行っていこう」

「しょ、承知しました…。すでに計画は練ってありますので、お任せください…」


 さすがセリス。

 頼もしい。


 カレンに資金はないから俺から援助も行う。

 うちの派閥に入れば超低金利で融資もしてもらえるいい宣伝になるだろう。

 これもセリスが代官のダグエルと一緒に健全な領地経営をしてくれてるからだ。


 その後もその他諸々の話し合いや相談が行われていた。

 そして気づけば夕方。

 夕日の見える時間帯。

 

 カレンはじっとあの夕日を見つめていた。

 もうすぐ季節が変わり、この夕日は見えなくなる。


 来年まで目に焼き付けておこうとするように、カレンは日が沈むまで夕日を見続けていたのだった。



 ---



 最近うちの派閥は調子がいい。

 新規加盟者がどんどん増えているのだ。


 まず大きかったのがリゼルの影響だ。


 今までうち貴族社会の中で「貧乏貴族達が皇帝の兄とガイア大公に助けてもらおうとする互助会」程度の認識だった。

 気になっていても、プライドが邪魔して加盟を躊躇する貴族が大勢いたらしい。

 だがリゼル・マスタングという名門伯爵家の当主が入ったことで話が変わる。


「マスタング伯爵家が入るなら…」という言い訳ができたのだ。

 爵位貴族も加盟者が出始め、話が聞きたいという伯爵も現れ始めた。

 貴族至上主義者、というかアルヴィスに反感をもつ貴族たちがうちに関心を持ち始めてくれたらしい。

 アルヴィスが地団駄踏んでる姿が目に浮かぶようだ。


 そしてカレンの影響だ。


 やはり超低金利での貸付というのは魅力的だったらしい。

 地位に関わらず、金のない貴族達がこっそり話を持ちかけてきた。

 中には貴族至上主義派に加盟している者までいた。


「今はまだ大手を振って加盟とは言えませんが、そのときが来れば必ず…」


 嘘くさい話だ。

 だが政治とはそういうものだと割り切って笑顔で話を聞いた。

 誰も彼も証拠を残すのは嫌がったので、だいたいは口先だけだろう。

 こんなこと繰り返したら人が信用できなくなりそうだ。


 ただ領地がアルヴィスのエトナ大公領に接していたりして、あちらを無下にできない理由がある者もいた。

 そういった者には念書を書いてもらい、その日が来るのをお互い待つことを確認した。

 口だけでない貴族もいて安心する。



 今日も貴族と話をしてきた。


 今回は前者。

 貴族至上主義派との二重加盟を提案してきたので念書を書くよう伝えたら


「いや、今はまだ…」


 などと言ってのらりくらりと拒否してきた。

 成果はなく、結果的には無駄足だった。


 まあ、こういう日もある。

 たまに当たりもあるから根気よくいこう。


 そんなことを考えながら歩いている帰り道

 突然声がかけられた。


「これはこれは殿下、ご機嫌麗しゅうございます」


 声をかけてきたのは知らない男だった。

 ただ大貴族特有の自信がみなぎっている。


 だが後ろで一緒に頭を下げてきた男は知っている。

 真っ白い髭と髪の、ロマンスグレーという言葉が相応しい大貴族。


 アテネ大公家当主、ダイン・アテネ


 貴族至上主義者のNo2が、俺にいったい何のようだ?



 ---



 俺に声をかけてきた方の貴族はサピロス伯爵を名乗った。


 ダイン・アテネの従兄弟。

 熱狂的な貴族至上主義者。

 そして、カレンの養父母だったペラス家の女当主を愛人にしていた男だ。


 俺に声をかけたが、目的はカレンの方だったらしい。

 一通り俺への挨拶を終わらせると、カレンに話しかけ始めた。


「カレン。ペラス家のことは残念だったな」

「いえ、別に」

「養父母を失ってお前も悲しかっただろう?」

「いえ、別に」

「私はお前を実の娘のように思っていてな。お前もそうだろう?」

「いえ、別に」

「だからこれを機にお前を引き取ろうと考えていてな。我が家においで」

「いえ、お断りします」


 どうも断られていることは想定していなかったらしい。

 笑顔のまま一瞬硬直してしまった。


「なんだと?カレン、お前、今何といった?」


 口元がヒクヒク動いている。

 怒る一歩手前と言ったところか?


「お断りします、と言いました。私はあなたのところなんかに行きません」


 そして隠れるように俺の後ろにさっと移動する。


「今の私は先輩の護衛です。もうペラス家とは何の縁もありませんので、軽々しく話しかけないでもらえませんか?」


 さすがに言いすぎだろう。

 実際、サピロス伯は顔を真赤にして怒っている。

 俺がいなければ怒鳴り散らしていることだろう。


「恩知らず」「誰のおかげで」「私を誰だと」


 そんなことをブツブツ言っている。

 こわいこわい。

 少しフォローに入ろう。


「サピロス伯、俺の護衛の無礼を謝罪いたします」


 俺が口を開くと、怒っていようとサピロス伯はさすがに反応してくれた。

 会話ができるようでよかった。

 

「い、いえ、殿下のせいでは…」

「無礼は無礼です。申し訳ありません。ただ、サピロス伯の無礼も、私は見過ごすことができません」

「私の、無礼ですと?」

「はい。カレンはすでに陛下から騎士の位をいただいており、今の彼女はペラス家の一族ではなく貴族家の当主です。その彼女に対して引き取るという表現は、無礼ではないでしょうか?」

「いや、それは…」


 貴族の一族ならば引き取るという話がでるのは仕方がないだろう。

 だが今のカレンは騎士。

 小さいながらも貴族の当主だ。


 そんな彼女を引き取るなどという表現は、無礼となる。

 カレン本人にとっても無礼なのはもちろんだが、上位の貴族ならばそれを無視することも可能だろう。

 だが


「カレンは世襲貴族として騎士になったわけではありません。皇帝陛下がカレンに騎士の位を叙勲された。つまり、カレンは皇帝陛下に騎士として見い出された者。彼女を軽々しく扱うのは、皇帝陛下への無礼にあたる、そう思いますが…」

「ご、誤解でございます!」


 皇帝が直々に貴族位を与えた者は、別格だ。

 その地位を軽々しく扱うことは、皇帝の判断を軽く扱うことに等しい。


 サピロス伯もそんなことは百も承知だったろう。

 だが今までカレンは彼やペラス家に従順だったから、言えば従う程度に考えていたのかもしれない。


 残念だがそれは大いなる勘違いだ。

 カレンが彼らに従順だったのは母親が人質にとられていると考えていたから。

 現実を見つめるようになった彼女に、もはやそんなことは意味をなさない。


 自分は皇帝陛下に心から忠誠を誓っていると必死でアピールするサピロス伯

 そんな彼をすっと後ろにやり、ダインが前に出てきた。


 大公家当主、ダイン・アテネが。


 いったい何を言ってくるのかと思ったが、彼はすっと頭を下げてきた。


「我が従兄弟の無礼、申し訳ございません。どうか私に免じて、この場はご容赦を」


 大公家当主の謝罪。

 貴族的に考えると、これ以上の追求はNGだ。


 皇帝に直接無礼を働いたならまだしも、あくまで間接的だ。

 これ以上追求したら、逆にダインに対して俺が無礼を言うことになる。

 大公が頭を下げるというのは、それほどの意味を持つのだから。


「いえ、最初に無礼を働いたのはこちらです。こちらこそご容赦いただければ幸いです」

「もちろんでございます。こんなことになってしまいましたが、お話できて光栄です。殿下」


 そう言いながらダインが手を差し出してくる。

 もちろん俺はそれを握り返す。


 無骨な手だった。

 そして何よりその瞳


 後ろでまだ悔しそうな顔をして感情的なサピロス伯の瞳とは対称的に

 その瞳は、空虚だった。


 まるで、全てがどうでもいいように



ソラも貴族のことが少しわかってきました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] (カレン)  護衛なのに積極的にサピロス伯を煽って行くスタイルw  笑うw [気になる点]  ソラ派閥への恭順を渋っているとはいえ、敵対勢力の 貴族達でもお金を貸してしまえば借用書を盾に相…
[一言] 薬と毒は紙一重、有効活用出来ればいい産業になるんだがなあ(目反らし
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