60話 友情
その日、俺はいつものように親方から指示された仕事を終えた。
仕事の内容は荷物運び。
だがただの荷物でないことは間違いない。
「今回もたんまり儲かるなあ」
ただの荷物なら、親方がこんな笑顔をするはずがない。
親方がこんなにほくそ笑むほどの儲けを生む商品。
どれほどの人が不幸になるのだろうか。
自分がその悪事の片棒を担いでいることを自覚しながら、それでも今日の食い扶持を稼ぐためにと必死で働いた。
親方は終始上機嫌で、渡された駄賃はいつもより気持ち多めだった。
俺は今日もがんばった。
これで今日もサラを食わせてやれる。
そう自分に言い聞かせて家路につく。
だがどれだけ言い訳をしようと俺のやったことが許されるわけではない。
実際に何が行われるかは知らなかろうと、察していたのだから同罪だ。
俺は今日も、自分のために悪事に手を染めた。
サラの笑顔が思い出される。
きっと今日もサラは俺を満面の笑みで迎えてくれるのだろう。
こんな俺を。
無邪気な笑顔で「大好き」と言ってくれるのだ。
そして俺はそのまま道端に崩れ落ちた。
サラに出迎えてもらえる資格なんかないと、脚が家に帰るのを拒否するかのようだった。
道端に人がうずくまっていようと、スラムでは誰も気にしない。
倒れでもしたのならきっと色んな人が駆け寄ってきただろう。
心配してではなく、身ぐるみを剥ぐために。
スラムとは、そういうところだ。
もうすぐ夜になる。
周囲に人はほとんどいなくなった。
サラは寂しがってるだろうか。
いつもより遅いから心配してるかもしれない。
帰りが深夜になることもあるが、それでもきっと心細いだろう。
早く立たないと。
だが脚に力が入らない。
そんなときだ、俺が声をかけられたのは。
「お前、そんなとこで何してんだよ?」
本来ならここは警戒するべきところだ。
だが心が弱っていた俺は、男が隣に座るのをそのまま受け入れていた。
「何かあったんか?せっかくだ。俺に話してみろよ。話してみると、けっこうスッキリするぜ?」
ザッハと名乗る男は不思議な男だった。
こんな見ず知らずの男に心の内をぶちまけるなんてありえないはずなのに、俺はそのありえないことを行っていた。
俺は、心のままに全てを吐き出した。
かつての幸せだった日々があっという間に失われたこと。
目の前で行われた地獄のような光景のこと。
それからは妹を守るため、必死で生き抜いてきたこと。
逃げるようにスラムを転々として、ようやくここで定住できたこと。
だが生きるために汚い仕事に手を染めていること。
それによって大事な人との約束を破り続けていること。
生きるために、妹を守るために、仕方がないと自分に言い聞かせては働き続けていること。
それらを全部、ぶちまけたのだ。
ザッハは黙って全部聞いてくれた。
そして全部聞き終えたあと、ようやく口を開いた。
「お前、よくそんな色んなこと考えて生きてられてんなあ。俺だったらとっくの昔に頭がおかしくなっちまってるよ」
「そ、そうか?」
まるで呆れてるような口調。
だが決して適当ではない。
もっと適当にあしらわれることも覚悟していたのに、ちょっと意外だった。
「そうだよ。どうせ俺達なんてこの世界ではゴミみたいな存在なんだ。ゴミが深刻に考えてもしかたねえ。だろ?」
「そ、そう、なのかな?」
「そうなんだよ。だからお前も、もっと考え方を改めろ」
「改めるって、どんなふうに?」
「そんなん、決まってんだろ」
するとザッハは、これから何度も俺に見せてくる表情を見せてきた。
それは、笑顔。
「もっと気楽にいこうぜ?気楽によ」
まったく真剣味の考えられない、へらへらした笑い。
それが何故か当時の俺には心に染み入った。
それからちょっとだけ、俺たちは何でもないくだらないことを話していた。
それは俺にとって不思議なほど楽しく、さっきまでのつらい思いが消え去ってしまっていた。
「おおう。気づいたらけっこうな時間経ってるじゃねえか。じゃあ、俺はそろそろ行くぜ」
ザッハはそう言いながら立ち上がる。
俺はこの時間が終わるのが正直寂しかった。
だから俺は聞いてみた。
「また、会えるかな?」
ザッハはまたあのへらへらした笑いをしながら答えてきた。
「さあな?でも、縁があったらまた会えるだろうさ」
そう言いながら去っていくザッハの背中を見ながら、俺は友情のようなものを感じていた。
これが俺とザッハの出会いであり
その後も、俺はザッハと幾度も出会うのだった。
俺がザッハに売られたあの日まで、幾度も。
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「もっと気楽にいこうぜ?気楽によ」
ザッハの表情も言葉も、あの日と全く同じ。
だが今の俺には、一切響きはしなかった。
かつて感じていたものも、今は全く感じることもない。
現状を確認しよう。
俺が求めていた、カレンの母親の情報は手に入った。
カレンが母親だと考えていた女性は下民であったこと。
ゆえにカレンの実の母親とは考えられないこと。
そして、クスリと流行病のせいでおそらくこの世にはもう存在していないこと。
最悪だ。
カレンを勇気づけるはずが、絶望的な現実を突きつける羽目になるとは。
顔を歪める俺に、ザッハは面白そうに笑いながら声をかけてくる。
「なんだよソラ、前はさっきの台詞言ったらすぐに機嫌直ったのによお。今はもうあんな単純じゃねえんだな?」
「おかげさまでな。成長したんだよ」
「そうかい。成長してまためんどくさくなっちまったか。そんなんじゃ、生きるのつらくねえか?」
「全然。あれで治ってた昔がおかしかったんだよ」
「ひゃははは!昔のお前のほうがかわいかったのに、悲しいねえ」
笑い声がいちいち癇に障る。
以前感じてた親しみが今は反転して嫌悪になったようだ。
俺の命を奪おうとしたことはまだいい。
スラムでは珍しいことではない。
だが、こいつはサラのことを侮辱したのだ。
許せるはずがない。
「その目をやめろよ」
ザッハの蹴りが顔面に飛んでくる。
「お前、俺のことをバカにしてんだろ?クスリ売りのクズ野郎ってな」
別にそんなことは思っていない。
だが今のザッハには何を言っても無駄だろう。
じっと口をつぐみ、睨みつける。
「やめろって言ってんだろ」
再び蹴りが飛んできた。
インパクトの瞬間に少し体をねじってダメージを最小限にする。
避けたらさらに逆上させることになるので、今はこれが精一杯だ。
「クスリしか売るもんねえんだからしょうがねえだろ。しかも故郷が流行り病で滅んじまって、クスリの目利きぐらいしか能がない俺にはそれでしか食ってけなかったんだよ」
次々と蹴りが降ってくる。
「クスリってのはいいもんだぜ?つらいことをぜーんぶ忘れさせてくれる。あれを吸ってるときが本当の自分で、それ以外はクスリを吸うための準備期間。そうでも考えねえとやってらんねえよ」
今度は逃げることもできず、体を丸めてじっと耐えていた。
「お前が住んでたスラムでもクスリを売りさばいたよ。でもあそこはオババが目を光らせててなかなか大口がつかめなかった。そろそろ街をでようと思ったときにお前がヘマしてくれたおかげであぶく銭が手に入って、助かったぜえ」
オババ。
俺にとってはアコギな商売人だったが、一応あそこを守ってくれていたのか。
「んで生まれ故郷に帰ってきて、人心地ついたと思ったら領主様が変なこと始めてくれやがってよう。下民がどんどん吸い取られていって商売上がったりだよ。しかも女目当てにこんなのもやって来やがって。意味がわからねえよ」
下民が吸い取られる?
これは、下民の街のことか?
「お前も、そこに、行けばいいだろ」
下民の街。
あそこに行けば、下民だって幸せになれる。
だが
「お前、本当に馬鹿だな。お前も俺も、あんなとこに行けるわけがねえだろ?」
ザッハは、下民の街を否定する。
「一口に下民って言っても、一枚岩じゃないことぐらいお前も知ってんだろ?それなりに真面目に素朴に生きてる下民ならあそこでも生きていけるだろうが、俺達みたいにスラムでもさらに闇で生きてる人間があそこで生きていけるはずがねえ。よしんば行ったとしても、俺達に恨みを持つやつらに袋叩きにあうかチクられるかに決まってる。俺たち日陰者は、永遠に日陰に住むしかねえんだよ」
「そんなことはない」
そう言いたかった。
だが、言うことはできなかった。
そういう意見があるのは間違いない。
下民の中でも犯罪者まがいの者を街に入れるのはいかがなものかと。
特に下民の中から反対意見が出て、実際パラディスにはそういう下民は入居が許されなかった。
下民の中でも、さらに差別がある。
下民の街でも、彼らの救いにはなっていない。
次から次へと出てくる問題に頭が痛くなる。
だがそれから目を背けることはできない、つもりもない。
それら全部を受け止めて何とかするのが、俺の役目だ。
かつて下民として最低な仕事に手を染めながら、今は皇帝の兄として至高の地位に就いている
そんな俺だからできる
そんな俺がやらなくてはいけない
役目なんだ。
だから俺は、こんなところで足踏みしているわけにはいかない。
「いいかげん、ねを上げろってんだよ!」
ザッハが俺の頭を割らんばかりに、全体重をかけて踏み抜いてくる。
それを避けると同時に立ち上がる。
「え?あれ?」
何が起こったかわからず呆然と地面と俺を見比べるザッハ
別に簡単な話だ。
スラムにまともな縄がそうそうあるはずない。
あってもこんな俺なんかに使うはずはない。
だから俺を縛っている縄はボロ縄に決まってる。
だから地面の土にこすりつけ、そしてザッハの蹴りに縄を当て、さらにボロボロにしただけだ。
そうすれば、あとは縄を引きちぎるだけ。
昔の俺にはできなかった芸当だが、ビスケッタさんのトレーニングを日々受けている今の俺には造作もないことだ。
そして
「が、はっ…!」
ザッハの腹に思い切り蹴りを打ち込んだ。
そのままザッハは崩れ落ち、胃の中のものをぶちまけている。
「ソラ、てめえ…。こんなことして、どうなるか、わかってんだろうな…!?」
ザッハが睨みつけてくる。
初めて見る表情だ。
こんな顔もできたんだな。
これが、ザッハの本当の表情だろうか。
「お前の仲間が、許さないってか?」
ザッハが口元を歪める。
笑おうとしてるのだろうが、笑みには見えない。
「わかってんじゃねえか。この小屋の、周囲には、俺の仲間たちが、張ってる。なぶり殺しに、されるがいいさ…!」
数人程度なら逃げ出すこともできるだろう。
倒すこともできるかもしれない。
だが窓の外から見える範囲だけでも数名以上いる。
全体では数十人はいるかもしれない。
流行り病というかつての住民しか知らないはずの情報をもって、かつての住民であるカレンという少女を探しにやってきた不審者。
当然警戒されているだろう。
それにザッハがここに来てからそれなりに時間が経っている。
すでに日は頂点に登り、昼時は過ぎている。
そろそろ誰かが訝しんで踏み込んできてもおかしくはない。
「お前は、もう、終わりだよ…」
ザッハがうめき声のような声で勝利を確信した、そのときだ。
周囲が、光りに包まれた。
そして、声が響く。
「我が名はリゼル。我こそはこのマスタング伯領が領主にしてマスタング伯爵家当主、リゼル・マスタングである。我が声を聞く下民に告げる。今このときより一歩たりともその場を動くことは許さぬ。動いたものは理由を問わず、伯爵家に対する反逆として断罪する」
頭に直接響き渡る声は、聞き間違えようがない。
「な、なんで、ご領主様が…!?」
狼狽するザッハ
窓の外では人々が震え上がり、絶対にその場を動かないようにと地面に這いつくばっている。
そして次の瞬間、小屋の中に緑色の美しい少女が飛び込んできた。
「ソラ!大丈夫か!?」
俺の友人
本当の友達
エメラルドが、やってきてくれたんだ。
本当は今週末にもう一話更新したかったのですが、来週末になるかもしれません。
PCトラブルのせいで申し訳ありません。




