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59話 昔なじみ

 かつて俺とサラが住んでいた孤児院。

 そこでは俺達のような親なしの下民の子供たちを、シスターが一人で育ててくれていた。


 シスターは本当の親のように俺達を愛してくれた。

 厳しいことも言われたが、それは全て俺達のためだった。

 俺達も、そんなシスターを本当の親のように慕っていた。


 決して豊かではなかったが幸せだった日々。

 だが、それは突然終わりを告げる。


 シスターの死によって。


 まず最初に孤児院が襲われた。

 すべてを奪われ、命を奪われた子供もいた。

 命は助かっても人としての大事なものをめちゃくちゃにされた、そんな子供もいた。


 俺は瓦礫の中で小さな体をさらに小さく縮こませ、サラの目と口を抑えて必死で耐えていた。

 目の前で行われる地獄のような光景を、決してサラには見せないようにと。


 地獄は日没から始まり、夜明けまで続いた。

 日が空のてっぺんまで昇った頃、ようやく瓦礫の下から出てきた。


 俺は胃の中のものを全て吐き出し、涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。

 心配そうに「何があったんですか?みんなはどこに行ったんですか?」と尋ねてきたサラ

 俺の大事なたった一人残された家族を安心させようと、俺は必死で笑顔を作り、胃液で焼かれた喉から言葉を絞り出した。


「大丈夫だよ、サラ」


 たった一人しか守れない己の非力さを呪いながら

 逃げ隠れることしかできない現実に打ちのめされながら

 それでも、絶対にサラを守り抜くんだと誓いながら


 そんな言葉を、必死で絞り出したんだ。



 それからは生きていくだけで精一杯だった。

 いくつものスラムを転々としながら、ときにはシスターの教えに反するような行いもしながら、生き抜いてきた。


 そんな生活はサラの小さい体には負担だったのだろう。

 寝込む日数がどんどん増えていき、俺が背負いながら新しいスラムに移動することもあった。

 なんとか定住できる場所がほしい。

 そんなとき、親方に出会った。


「お前、俺のとこで使ってやるよ」


 たまたま親方の依頼を俺がこなし、その結果が評価された。

 結果的に親方とはああいうことになったが、この時点ではこれは俺達にとって望外の幸運だった。


 安いとはいえ一定の収入が確保できた。

 そして何よりサラをずっと寝かせてやれる場所が確保できた。

 孤児院がなくなってから初めての「自分たちの家」ができた。

 天にも昇る心地だった。


 それから俺は必死で働いた。

 親方の命令なら何でもやった。

 家族のためだと自分に言い聞かせ、どんな裏仕事でも黙々とこなしていった。


 そんなとき、いつも俺の頭の中にシスターの声が響く。

「ソラ、人に愛され人のためになるような仕事をするようになってくださいね」


 シスターが俺を想って発してくれた言葉。

 だが、今ではそれは呪いのように俺の心を蝕んだ。

 思い出すたびに自己嫌悪で頭がおかしくなりそうになり、それでも生きていくために仕事に打ち込み、そしてまた言葉を思い出す。


 俺の心が壊れそうになったとき、あいつは現れた。

 そいつの名前はザッハ。


 俺がスラムで唯一、友情を感じた男だ。



 ---



「い、いてて…」


 目が覚めたとき、俺は地面に転がされていた。

 手足は縛られており、身動きはできない。


 ゴザもなく、本当にただの土の上。

 濡れていないのがせめてもの救いか。


 体の状態を確認する。

 頭痛はするが、出血等はないようだ。

 他に目立った外傷はなし。

 床に転がされたときにできたような擦り傷はあるが、この程度なら問題ない。


 状況は理解している。

 俺は一人でスラムに来て、カレンの話を聞こうとしたら頭を殴られて昏倒した。

 殴ってきたのはザッハ。

 そういえばさっき、ザッハと出会った頃の夢を見た気がする。


 しかしまさかザッハがいるとは想定外だった。

 スラムは俺の故郷だから多少の危険は乗り切れる自信があった。

 実際話をしていた相手はもう少しで完全に手玉に取れていただろう。

 それに周囲の気配も感知していて、逃げる準備もできていた。


 ただあの中にまさかザッハがいるとは。

 そして俺のことを危険だと合図を送っているとは…。

 あの芝居がかった仕草の時点で気づけていれば話は違っていただろうに、自分を過信しすぎていたようだ。

 反省しないといけない。


 命がまだあるとはいえ、いつどうなってしまうかはわからない。

 窓から見える日の高さを見る限り、まだあれから数時間しか経っていないだろう。


 ザッハや仲間たちが俺のところに来るうちに何とかしたい。

 縄抜けを試してみるが、ガチガチに結ばれているようで効果はなし。

 関節を外してみたがやはりダメ。

 おとなしく関節を入れ直す。

 地味に痛い。


 さて次はどうするかと思い、縛られつつもなんとか立ち上がる。

 このままジャンプして移動することはできそうだ。

 この調子でここから出られれば、何か道は開けるかもしれない。


 そう考えたが、残念ながらここまでのようだ。

 人の気配が近づいてきた。


「あれ?もう気がついたのか?」


 俺にぶっかけて目を覚まさせるつもりだったのだろうか。

 水がたっぷり入った桶を手に持っている。


「なかなか丈夫じゃないか、ソラ。さすがあの騒動を生き抜いただけのことはある」


 結局桶は俺の頭の上で逆さにされて空っぽになった、

 そしてその桶に腰掛けながら、ザッハはそんなことを言ったのだった。



 ---



「あの騒動って、どの騒動だよ?」


 孤児院のことか?

 親方たちに襲われたときのことか?

 それとも、サラのところにオスカル達が来たことか?


「ギースにお前の居場所を売った時、絶対に死んだと思ったよ。ギース、無駄に大枚はたいて殺し屋共を雇ってなあ。あいつらだったら瓦礫ごとお前らを消し飛ばせただろうに」


 ギースとは親方の名

 この話か


「しかもあのあと魔法使い様が降臨されたってな。俺はすぐに逃げたから良かったが、色々たいへんなことになったらしいぜ?”浄化”されるって、一目散にみんなあそこから逃げ出してな。お前の家周辺に降臨されたって話だが、どうやって生き残ったんだよ?」


 オスカル達のことか。

 まあ、魔法使いがスラムに来れば当然の反応だろう。

 魔法使いにとって下民なんて虫けら同然。

 逃げ出さないほうがおかしい。


 結局孤児院の話ではなかったらしい。

 まあ、当たり前だが。


「で、その騒動を生き抜いた俺は今からお前に殺されるのか?」


 挑発するような俺の物言い

 だがザッハはへらへら笑いながらそれを受け流す


「こええこと言うなよ、ソラ。どうなるのかはこれからの話し合い次第さ」


 否定はしてこない。

 話し合い次第、とはそういうことだろう。


「まあ、どうやって生き残ったとかはどうでもいいさ。興味もねえ。俺が知りたいのは、お前がカレンを知ってることだ。どうして知った?なんであいつに興味もってる?」


 ザッハはカレンのことを知っている。 

 ある意味俺がここに来た目的そのものだ。


 色々聞きたいことはあるが、今質問されているのは俺の方。

 だがどう答えるべきか?

 正直に答えてもいいが、どう考えても信用されるはずがない。


 適当なことでも言うかと口を開こうとした時

 先に話しだしたのはザッハの方だった。


「正直、察してはいるさ。お前、女衒なんだろ?カレンは愛想は悪くても顔はめちゃくちゃ綺麗だったからな。その評判聞いて、自分もおこぼれに与れないかってここに来たんだろ?」


 女衒?

 俺が?

 意味がわからない。

 頭が混乱する。


 そんな俺をよそに、ザッハは言葉を続ける。

 その言葉は、俺の頭を真っ白にさせるのに十分すぎた。


「お前、妹がいるって言ってたけど、結局は売りをさせてたんだろ?で、他にも売る女を探しまわってあちこち旅してる。そんなとこだろ?」


 コイツハイッタイ、ナニヲイッテルンダ?


「妹を守るなんて、そんなことバカ正直にするやついるわけねえもんな」

「妹を昼間はひた隠しにしてたのって、客とらせてたんだろ?」

「自ら妹の女衒やるなんてお前も本当にやるよな」

「さすがギースの下で働いてただけのことはあるよ」

「妹のこと可愛がってたみたいだけど、実際可愛いのか?」

「兄妹でも盛ってんのか?犬みてえだなあ。ひゃははは!」


 虫唾が走る。

 早くこいつの口を閉じてやらないと。

 こいつがこれ以上しゃべるのを、一分一秒たりとも許すことができない。


 体当りして顎の骨を叩き割ってやろうとしたそのとき


「カレンのおふくろはヤク中だったからなあ。今頃あいつも同じくクスリでボロボロになってるかね?本当に顔だけは綺麗だったのにもったいねえよなあ」


 カレンの母親の情報

 俺がここに来た目的


 感情に流されそうになった自分を必死で制する。

 怒りをぶつけるのはいつでもできる。


 今最優先すべきは自分の安全確保。

 ザッハの顎の骨を砕くのは簡単だが、その後俺はこいつの仲間たちに始末されるだろう。

 軽挙妄動は絶対に慎むべきだ。


 そして可能なら、当初の目的であるカレンの母親の情報も取得する。

 ここでザッハを襲う選択肢はありえない。


「カレンの母親は、ヤク中、だったのか?」

「母親のことはさすがに知らなかったか?ああ、そうだよ。クスリはここの名産品だからなあ」


 クスリとは麻薬のことに間違いない。

 生活が苦しい下民はクスリに溺れる者も多々いるが、ここがそこの生産地だったとは。


「じゃあ、今頃母親は…」

「なんだ。母親の方にも興味あったのか?まあ、たしかにけっこうな美人だったんだけどな。でも男に捨てられてからはクスリ漬けになっちまってボロボロよ。容姿は見る影もねえし、まともに歩くこともできやしなかった。あれじゃ流行病のときにここから逃げられなかっただろうよ。まあ、生きてはいねえだろうな」


 唇を噛みしめる。

 せっかくここまで来て得られた情報がこんなものとは。

 カレンに何と言おうか。

 もちろん、ここから無事に出られればの話だが。


「何怖い顔してんだよ?ソラ。俺ばっかり話をして不公平じゃねえか?そろそろお前も教えてくれよ」


 無造作に俺の頭を蹴り上げながら、ザッハはそんなことを言ってくる。


「おうおうおう、こええ顔だなあ」


 へらへら笑いながら


「もっと気楽にいこうぜ?気楽によ」


 かつて俺に言った言葉を繰り返しながら、ザッハはずっと笑っていた。



更新遅れてすいません。

ノートPCを落として破損させてしまってたいへんでした。。。

明日も更新の予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 関節を外すとか入れるとか当たり前みたいにやってるけど、これもエメラルドに教えてもらったんだろうか
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