61話 二人の差
エメラルドを見た瞬間、その場に崩れ落ちてしまった。
おそらく体にずいぶん無理をさせていたのだろう。
安心して力が抜けてしまったのだ。
「ソラ!?」
エメラルドが慌てて受け止めてくれる。
「大丈夫か!?しっかりしろ!」
そんなふうに声をかけてくれながら。
ずいぶん心配してくれたのだろう。
目が真っ赤だ。
本当に申し訳ない。
「ありがとう、エメラルド。俺は、大丈夫だよ」
俺としては普通に話をしたつもりだった。
だが実際はかすれるような声しか出なかった。
「ソラ!ソラ!ソラ!」
エメラルドが俺の名を連呼する。
本当に申し訳ない。
心配してくれるエメラルドとは対称的に、俺はずいぶんと冷静だ。
エメラルドの顔を見て声を聞くと、不思議なほど心が落ち着く。
安心する。
ありがとう、エメラルド。
来てくれて本当に、ありがとう。
そして俺は、目を閉じる
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次の瞬間、怒鳴り声が響いた。
「ええい!寝るな!今すぐ治してやる!!」
温かい光が俺を包むと、体の痛みが一瞬で吹き飛んだ。
先程まで感じていた倦怠感や眠気も嘘のようになくなっている。
「え?あれ?」
目を開いて立ち上がる。
飛び上がったりしてみるが体は全然傷まない。
先程までどんどん薄くなっていた視界も良好だ。
目の前には機嫌の悪いエメラルド。
「私が回復魔法の使い手なことを忘れていたのか!?この程度の怪我、私なら一瞬だ!」
「さすがエメラルド。すごいな…」
「感謝しろ!そして反省しろ!馬鹿!私がいないからって一人で行動するやつがあるか!?」
「いやそんな、子供じゃあるまいし…」
「黙れ!実際に問題起こしておいてどの口が言う!?」
エメラルドの言うことはもっともだ。
こう言われては黙るほかない。
スラム出身だからと一人でノコノコここに来て、このように捕まってしまったのだ。
文句のつけようがあるはずない。
「ごめん。そして助けてくれてありがとう」
だから素直に謝った。
そしてもちろんお礼も言う。
「馬鹿。私がお前を助けるなんて当たり前だ。そこは気にするな」
エメラルドがようやく少しだけ笑顔になってくれた。
よかった。
やはりエメラルドは笑顔が似合う。
だが、その笑顔は一瞬だけ。
次の瞬間、一切の感情が抜け落ちた表情へと一変する。
「では、断罪の時間だな」
そう言ってエメラルドは小屋の端へと向き直った。
そこにいるのは、一人の下民。
震え上がりながら歯をガチガチ鳴らしている。
さっきまで乾いていた地面が濡れていて、その場に座りこけている。
「なんで、なんで、なんで、なんで、なんで」
壊れたおもちゃのように「なんで」と繰り返す一人の男。
「なんで、ソラが、魔法使い様に、助けてもらえるんだよ!!」
ザッハがいた。
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「おかしいだろ!?なんで魔法使い様が、ソラを助けるんだよ!!俺達下民なんかを、魔法使い様が気にかけるって、おかしいだろ!!」
ザッハが叫ぶ。
魔法使いの前で勝手に口を開くことは、下民にとって死を意味する。
そんな常識も忘れたかのように、叫んでいた。
「ソラを貴様と一緒にするな」
エメラルドの声はまるで氷のようだった。
「ソラをどなたと心得るか?皇帝陛下の兄君であらせられるぞ。貴様ごときと同列に扱うなど、それだけで極刑に値すると知れ」
ザッハはさっきから視線を一切エメラルドには向けていない。
ひたすら俺を見つめている。
最初は「どんなペテンを行ったんだ?」というような目だった。
今は「いったいこいつは誰なんだ?」という目をしている。
別に俺は何もしていないよ。
「ザッハ、俺の妹のこと覚えているか?お前がさっきゲスな妄想をした妹の話だ」
ゲスな妄想、という言葉を聞いてエメラルドの眉間にシワが寄る。
サラにそんなことをしただけで罪になりそうだ。
「あいつが今は皇帝になっていてな。それで、下民な俺がなぜか貴族なんかになっちゃったんだよ」
そう、俺は何もしていない。
ただ妹が皇帝だっただけだ。
それを聞いて、ザッハは口と目を見開いた。
人間、こんなに大きく口と目を開けるんだと驚くほどに。
「このエメラルドは皇帝親衛隊でね。皇帝の兄っていうつながりで友だちになったんだよ。俺の、初めての友達さ」
エメラルドが複雑な表情をしている。
恩人、と紹介したほうがよかっただろうか?
「ここの領主、さっき声がしたリゼルっているだろ?彼女はつい先日までは俺のメイドさんだったんだ。伯爵家次期当主をメイドさんにするって、とんでもない立場だよな」
ザッハは再び歯をガチガチ鳴らし始めた。
自分が生まれた土地の領主の話は何か実感が湧きやすいのかもしれない。
「まあ、今の俺はそんな地位についちゃったんだよ。ちなみにお前の幼馴染のカレン、彼女も魔法使いだ。彼女の母親について知りたくてここに来たんだが、一応目的は達せられたよ。そこだけは感謝する」
カレンという言葉に、ザッハが反応した。
「なんでだよ、なんでカレンまでお前のところにいるんだよ…」
それはほとんど嗚咽だった。
「お前の妹、魔法使い様だったんだろ?なのになんで、カレンまでお前のそばにいるんだよ…。カレンは俺達と一緒にいたんだ。一緒にここで生まれ育ったんだ。なのになんで、なんで、お前はそんな地位にいて、俺たちは、こんな、いつまでも地べたに這いつくばっているんだよ…」
俺とサラ
ザッハとカレン
下民と、魔法使い
同じ組み合わせなのに、両者は対称的だ。
サラは至高の地位につき、俺は皇帝の兄として貴族になった。
カレンは魔法使いではあるが正当に力を評価されずに貴族でもなくなり、ザッハは下民のままだ。
サラとカレンの差は血筋の差。
皇帝とただの魔法使いの差だ。
なら俺とザッハの差はなんだろう?
もし何かあるとするのなら、ずっと隣にいたかどうかだろうか。
流行病がこのスラムに広まり始めた時、ザッハはすぐに街を出た。
カレンと彼女の母親を残して。
そして二人の運命は分かたれた。
孤児院がなくなった時、俺はサラと離れなかった。
サラとずっと一緒にいようと、必死で生き抜いてきた。
そしてサラが雲の上に行ってしまった今でも、俺はサラのすぐそばにいる。
俺とサラの運命は、ずっと一緒だ。
もし差があるとしたらこれだろう。
ずっと隣りにいたかいなかったか。
ただそれだけ。
ただそれだけで、俺とこの眼の前の男の運命は
「なんでだようなんでだようなんでだよう」
ここまではっきりと、分かれてしまったのだ。
今週末の更新は日曜のみの予定です。




