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58話 スラム

 さすが厩舎長ご自慢の名馬。

 馬になんて生まれて初めて乗ったのに、振り落とされる心配などなかった。

 なのに速度は恐ろしく早く、あっという間に目的地に着いてしまった。


「お疲れ様。戻っていいよ」


 少し撫でてからそう伝える。

 すると返事をするようにブルルンと嘶き、城の方へと帰っていった。

 こちらを振り向いてくれたような気がしたが、心配してくれているのだろうか?

 本当に賢い馬だ。


 小さくなるまで見送ったあと、改めて西を向く。


 そこには、スラムがあった。

 かつて俺とサラが住んだ下民の住処、スラム。


 もちろん俺達が実際に住んでいたスラムとは違う。

 だが場所は違えどスラムはスラム。

 なつかしさすらこみ上げてくる。


 下民の服に着替え、進み出す。

 再びスラムへと足を踏み入れるために。

 カレンの過去の手がかりを掴むために。


 俺は、足を踏み出した。



 ---



 やはりスラムはどこも一緒だ。

 市民や臣民の街、そして新しくできた下民の街ならきっと日中の街中には客寄せの声が響いているだろう。

 だがスラムで響くのは、別の声


「なめた真似してくれやがって。ぶっ殺してやる!」

「おもしれえ!返り討ちにしてやんよ!」


「お前またミスしやがったのか!次はねえぞ!」

「すいませんすいませんすいませんすいません…」


「あっちに死体があってよう」

「マジ?こっちにもあったぞ。そっちのは何かいいの持ってた?」

「なんも、とりあえず服だけ剥ぎ取っていた」


 舐められたら負け、というスラムの掟に従った殺し合い。

 失敗はときに死に直結する雇用主と下僕のやりとり。

 死体は弔うものではなく物品を収奪するモノ。


 かつて俺が日常的に目にし体験していた光景が、そこにはあった。

 俺がなくそうとしている光景を、見せつけられた。


 凝視していては目立ってしまう。

 俺はあくまでこのスラムにやってきたばかりの下民。

 こんなものは見慣れたものだと、気にもせず街中を歩く。


「兄ちゃん、見ない顔だな。ここは初めてかい?」


 すると声をかけられた。

 想定通り。


「いや、昔住んでたよ。色々あって戻ってきたのさ」

「そうかい。昔のまんまか?」

「いや。ガキの頃だったし、全然覚えてないや」


 別に親切心などではない。

 見かけない顔への警戒だ。


 異分子は何をもってくるかわかったものではない。

 物資のような役に立つものならまだしも、病原菌や厄介事ならたまったものではない。

 だから「昔いた」と答えるのは常套句だ。

 馴染みがあるわけではないが、決してよそ者ではないというアピール。


 だが常套句なだけあって、この男にとっては聞き飽きた回答なのだろう。

 まったく警戒心を緩めずに、質問を返してきた。


「へえ、昔ここにいたのかい。子供の頃って、いったいいつ頃だい?」


 具体的な質問。

 これに答えられなければ、周辺に隠れているやつらが襲いかかってくる算段だろう。


「流行病があっただろ?あのときさ。俺は親に連れられて速攻で逃げたから命拾いしたけど、あの頃の生き残りっているのかい?」


 セリスの情報を使ってハッタリをかまし、質問に質問で返してやる。


 自分がここにいたというアピール。

 そして流行病があったかの確認。

 一石二鳥の方法だ。


 情報が間違っていても結果は答えられない場合と同じ。

 襲いかかられるだけ。

 だったら質問しといた方が得だし、俺に損はない。


 さてどうなるか?

 周辺を警戒しつつ男の回答を注視する。


「坊主。お前も、あんときの生き残りかい…」


 どうやら当たりだったようだ。

 男の雰囲気から警戒心が少し薄れている。


「どうして今さら戻ってきたのさ?」

「別に。住んでたスラムが下民狩りにあってな。死にたくないから逃げてきたのさ。なんでもここのご領主様は、下民のための街を作ってくださるとか?せっかく故郷にそんなものができるのなら、って戻ってきたんだよ」

「そうかいそうかい。そりゃ納得だ」


 警戒心はさらに薄れた。

 この程度の警戒加減ならスラムなら上等と言っていいだろう。


 男にとって、俺の存在はきっとまばゆいものに違いない。

 ほぼ全滅していたと思っていた同郷の者。

 しかもそんな同胞が故郷に帰ってきた。

 つまらない日常が続くこのスラムで起きた、奇跡のような出来事。

 それが自分の身に起きたことに心が踊っているのだろう。

 それが本当のことだと信じてしまいたいのだろう。


 人は己の信じたいものを信じる。

 だから俺のハッタリを、こんな簡単に信じてしまったのだ。


「俺も同じ口だよ。病が流行り始めてすぐにここを出たんだ。そして戻ってきたのもほぼ俺が一番だった。だがまあ、結果は散々なもんさ。生き残りは皆無。しかも病がこええからってけっこうな範囲を焼き払ったんだよ。廃材集めて作り直してるから、お前が覚えててもたぶん全然違っててびっくりしてるさ」

「マジか…。生き残りなしかよ。逃げてたやつしか生き残らなかったってのは皮肉だな」


 男の答えは厳密には間違っている。

 カレンという生き残りは存在している。

 だからカレンの母親がどうなったかも、今はまだわからない。


「なあに、別に問題ねえよ。俺やお前みたいにけっこうなやつが逃げてる。逃げてないのは逃げれないような体のやつか、よっぽどこの土地に執着してたやつかのどっちかさ。生き残りで再建して、今はこれもんよ」

「ほぼ一からやり直したんだ。たいしたもんだな」

「だろ?んで以前以上に盛り上がってきたとこなんだが、もうすぐここともおさらばさ」

「例の、下民の街か?」

「あたぼうよ。お前の言う通り、ご領主様が俺ら下民ごときのために街を作ってくださるってな。いつかまとめて下民狩りにあうかもしれねえが、それまでいい場所に住めるってんなら、まあ、行ってみるかってな」

「なるほどな。下民を集めて一気に狩ろうって魂胆か?ってか?」

「そうゆうこと。魔法使い様のお考えなんて、俺らにゃ想像もつかねえからな。警戒して当然よ」

「たしかになあ」


 そうゆう考えもあるのか。

 植民しても人気のない街があると聞いていたが、これが原因だろう。

 今後は領主の名のもとに安全を保証するとかしていこう。


「そういやお前、ガキの頃の知り合いっているか?少し調べてやるよ」


 男はずいぶんいい気分になっているようだ。

 見ず知らずの相手に、同郷というだけでここまで親切にしてくれるとは。

 感謝しかない。


「おお、それは助かるよ。たしか、カレン、という名前の女の子がいたな」

「カレン?カレン…。聞いたことあるな…」


 まさかいきなり手がかりが!?

 逸る心を抑えつけ、男の回答を待つ。


 男はしばし逡巡した後、口を開いた。


「あー、思い出した思い出した」


 ぽんと手を打つ。

 ずいぶん芝居がかった仕草だが、それはどうでもいい。


「それ、ザッハの幼馴染の名前だな」


 ザッハ

 その名前を、俺は知っている。


「どうしてお前がカレンのことを知ってるんだよ?ソラ」


 その声は俺の後ろから聞こえてきて

 同時に頭を棍棒で思い切り殴られたような衝撃が走った。


 床に倒れ込む瞬間に目に映った姿は、記憶の中のものとほとんど変わりない。

 それはかつて俺が友情を感じていた男の顔。


「ザッハ、合図してくれて助かったぜ。まんまと騙されるとこだった」

「抜けてんぞ、って言いてえとこだが今回はしゃあないな。あの流行病のこと言われちゃあ信じたくないのも無理はねえ」

「だろ?よそ者だとしたらなんで流行病のこと知ってんだ?」

「知らねえ。でもまあ、こいつがよそ者ってことには、変わりねえよ」


 そんな会話を聞きながら

 俺は意識を失った。


なんとか日曜更新できました。

次回は来週末の予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 序盤で出てた男がここでまさかの再登場!? 伏線がここで来たか!!
[一言]  ここでヤツ(ザッハ)が出て来ますか……
[良い点] 楽しく読んでいる。なんの能力もない主人公が遥か高みの世界最高なら妹に物凄く愛されているというの好き。 [気になる点] カレンのおかげで主人公の不用心さが治るかと思ったら、全く治らないな……
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