56話 夕日
翌日はパラディスではなく別の街に来た。
とはいっても全く知らない場所ではない。
「ようこそお越しくださいました!」
出迎えてくれたのはマスタング伯爵本人。
今この地位についているのは、リゼル・マスタング。
ついこの間まで俺のメイドさんをしてくれていた、あのリゼルだ。
リゼルは宣言通り伯爵家を継いですぐに下民の街を作り始めた。
つくったのはもちろんユキ。
二人でどんな街をつくりたいかと話に花を咲かせていたのがついこの間のようだ。
ユキが街を作ってまだ数日。
植民は始まったばかりだが、ずいぶん活気に満ちている。
下民達の顔には笑顔が溢れており、この街もきっと発展するだろうという予感がした。
今日はカレンと二人きりではない。
見て回るものもないので当然みんないっしょにいる。
昨夜、カレンのことについてエメラルドに聞いてみた。
カレンの「強いのに全然偉くない」という発言に違和感があったから。
ノヴァに、大公に匹敵するほどの力の持ち主。
なのになぜ偉くないのかと、単刀直入にエメラルドに聞いてみたのだ。
エメラルドの回答は簡潔だった。
「カレンの生まれの問題だろうな」
生まれ。
誰の子供として生まれたか、誰が親なのか、それで未来は変わる。
エメラルドはそう言っていた。
「実力がある魔法使いは、本人が強く望めば立身栄達の道は開ける。隊長のようにな」
親衛隊隊長オスカル
一市民から公爵にまで登り詰めた傑物。
その道はどれほど険しかったのか、想像もつかない。
「カレンの力ならば、本気で望めば爵位だろうと思うがままだろうさ。彼女を息子の嫁にと迎えたがる貴族なんて、私が思い浮かべるだけでも両手では足りん。だが私には、カレンがそんなものに執着するようには見えない。そしてソラ、お前も別に執着しているわけではない。にもかかわらず二人の立場はまるで逆。そのことを、面白いと感じたのかもしれないな」
エメラルドの言葉を、俺は聞いているだけしかできなかった。
俺もカレンも、二人とも地位なんて望んでいない。
だが何の力も持たない俺は貴族のほぼ最高位についている。
それに対して、強大な魔力を持つカレンは貴族ですらなくなった。
ペラス家の一族が全員死んだため彼女は騎士の位を継ぐことができたはずだった。
なのにペラス家で起きた事故を処理したアテネ大公家は、彼女の存在を黙殺した。
ペラス家は御家断絶となり、騎士の位は誰にも継がれることはなかったのだ。
だから彼女は貴族ではない、ただの魔法使い。
貴族として最高の地位にいる大公家当主に匹敵する力をもつ、ただの魔法使いだ。
今朝の朝食で、エメラルドがこの件を直接聞いていた。
だがカレンの答えは昨夜のエメラルド以上に簡潔だった。
「カレン。ペラス家の件、聞いたぞ。異議を申し立てるなら早くしたほうがいい。アテネ大公家の処置だから覆すのはかなり骨が折れるだろうが、力になるぞ」
「いえ、特に興味ないので」
それでこの件は終わり。
微妙な雰囲気のまま食事は終わったが、この件以降ミネルバがずいぶんとカレンを気にかけるようになっていた。
今もミネルバは熱心にカレンへ話しかけている。
「カレン、お家取り潰しといえど気になさることはございませんわ!」
「そうなんですね」
「我がバレス家も侯爵への降格という憂き目にあいましたが、誇りを失ったことなど一瞬たりともありません!」
「そうなんですね」
「あなたには持って生まれた才能があるのです。騎士どころか爵位貴族になることもできますとも!」
「そうなんですね」
「決して諦めず、常に前を見続けるのですわ!共に参りましょう!」
「そうなんですね」
「そうですとも!おーっほっほっほっほ!」
ミネルバはカレンの「そうなんですね」に一歩も引いていない。
さすがだ。
カレンのことはミネルバにまかせて、街中を少し見て回ろう。
最近は新しい街ができるとほぼ必ずプラン商会が即日やってくる。
おそらくセリスが調整してくれているのだろう。
彼らが物資も持ってきてくれるため、植民してきた下民達はすぐに生活が開始できるわけだ。
俺達は細かい準備の手間が省けるし、プラン商会は儲かるし、一石二鳥というわけだ。
この街でもプラン商会はすでに活動を開始している。
街についたばかりの者のために炊き出しもやっているらしい。
人だかりができている。
人だかりは炊き出しの行列だけかと思ったが、違った。
「いいぞ姉ちゃん!」
「最高ー!」
お立ち台の上で半裸状態で踊っている女性がいた。
しかも、知ってる顔だった。
「おや、ソラじゃないか」
向こうもこちらに気づいたようだ。
このできたばかりの街によく来れるなと思ったが、よく考えるまでも彼女にとってそんなことは朝飯前だろう。
「久しぶりだね、マーニャ」
「新年のお祝い以来かい?パラディスはいい街になったよ。この街もそうなるといいねえ!」
彼女の名前はマーニャ。
パラディスで数度会った踊り子。
だが彼女はただの踊り子ではない。
魔法使いのように美しい容姿をもつ踊り子だ。
そして転移魔法を使う。
転移魔法を使えるのは、魔法使いでも上位の者たちだけ。
つまり彼女は、下民の街で踊り子をする
貴族なのだ。
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「けっこう色んな街に顔だしてるんだよ?不思議と今まで会わなかったねえ。ぷはー!」
一仕事を終えた後の一杯は最高だ、なんて言いながら昼間から酒を飲んでいる。
たぶん貴族、のはず。
直接本人から聞いてないので確信はないが。
でもカレンのような例外もいるし、もしかしたらそうなのかもという考えも頭をよぎる。
だが考えても仕方ない。
むこうが名乗らないのだし、今まで通りでいこう。
「相変わらず見事な踊りでしたわ」
ミネルバが手放しに褒めている。
それからは普通に会話が始まった。
「踊る街にこだわりはない感じかな?」
「ああ。踊ってるよ。踊るのは楽しいからねえ。しかもおひねりまでもらえるから言うことなしさ」
「なるほど。むしろおひねりの額より喜んだ顔が見たくて下民の街を選んでるわけか。下民は踊り子なんて見る機会はそうそうなかっただろうしな」
「ご明察!下民はすっごく喜んでくれて反応がいいんだよね。踊りがいがあるってもんさ」
「踊りはどなたに習いましたの?」
「ん?別に習ってないよ?自己流さ」
「自己流であのような見事な踊りを…。素晴らしいですわ」
「やだよ、さっきからそんな褒めてくれちゃって!照れちゃうじゃないか!」
「パラディスには最近も行ってるのかい?」
「もちろん行ってるとも。バーツ農園のお茶はうまかっただろう?来年が楽しみだ」
「俺達のことまでよく知ってるな…」
「私ってすごいだろ?でも君だってすごいさ。よくこんな街をつくったよ。下民の街はもっともっと発展する。でも気をつけな。このままだと下民に仕事をとられて貧しくなる臣民もいる。彼らの下民に対する感情は、きっと以前以上に攻撃的なものになるだろうからね」
「あ、ああ。気をつけるよ。ありがとう」
エメラルドとミネルバにはただの雑談だったのに、俺にはずいぶん真面目な話をしてきた。
内容も的を射ている。
やはりただものではない。
順番的には次はカレンだ。
だがカレンは話をしないだろう。
そう思っていたのに
「あなたはどうしてそんなに強いのに、踊り子なんてやってるんですか?」
カレンはマーニャに問いかけ始める。
それにマーニャは驚くこともなく、笑顔のまま答えた。
「単純さ。楽しいからだよ」
「踊ることよりも楽しいことはないのですか?」
「いっぱいあるよ?でも踊ることも楽しいし、みんなの笑顔が見られて嬉しいし、そしておひねりをもらったあとにこうして飲む一杯が最高にうまい!理由なんてこれで十分じゃないかな?」
「そうなんですね。私には、よくわかりません」
「わからないのは酒を飲んだことがないからだね!マスター!この娘にも一杯よろしく!私の奢りさ!」
そのまま大ジョッキで乾杯しようとするカレンから酒を慌てて取り上げる。
学院の生徒は酒は厳禁なのだ。
晩餐会など例外が認められる場合もあるが、見つかったら基本停学。
回収したジョッキはエメラルドがおいしくいただきました。
「いじわるな先輩達だねえ?」なんてマーニャは笑ってる。
「私が在学中は酒盛りなんてよくしてたのにねえ」とも。
貴族であること、隠すつもりなんてないようだ。
不良な先輩は後輩の教育に悪い。
さっさとここを離れよう。
挨拶をして去ろうとする俺達の背中に、マーニャが言葉を投げかけてくる。
「そうだ!ここの夕日、絶対見たほうがいいよ。すごい絶景だからさ!」
「ありがとう!ちゃんと見るから、またね!」
そしてすごく楽しそうに笑うマーニャのもとを
少しだけ名残惜しそうにするカレンを連れて
俺たちは去ったのだった。
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「もうすぐ夕日だな」
エメラルドが西の空を見つめている。
太陽はすでに沈みかかっており、空は赤い。
日が沈みゆく方向にあるのは山々。
赤と黒のコントラストが美しい。
でも絶景というほどだろうか?
綺麗だとは思うが、それほどではない気がする。
みんなも同じ考えらしく、若干拍子抜けしたようだ。
カレンも一応西の方向を見ているが、そろそろ興味を失いそう。
夕日が沈んだらさっさと帝城に帰ろう。
明日からはまた学院に行かないと。
またカレンと二人きりでの登下校とは気が重いな。
そんなことを考えていた、そのときだった
「え」
カレンが、そんな言葉を口から漏らしていた。
慌てて西の空を見ると、ちょうど夕日が沈むところだった。
二つの山の間、ちょうど谷となる部分に日が沈んでいく。
それは初めて見る光景で、確かに驚いた。
すごく綺麗だし、絶景とも言えるだろう。
季節が変われば日が沈む方向も変わるから、この場所ならこの時期にしから見られない景色だ。
たしかにいいもの見せてもらった。
半分以上疑って悪いことをした。
今度マーニャに会ったら謝ろう。
しかしカレンがこの景色で声を出すほど驚くとは。
あまり夕日を見る機会がなかったのだろうか?
「夕日は好きかい?」そんなことを言いながらカレンの方向を振り向く。
するとそこには、目から涙を流すカレンがいた。
「か、カレン?」
あまりに驚いて、それしか言葉が出なかった。
他のみんなも俺の声でカレンの様子に気づいて驚いている。
心配そうな声をかけられても、カレンは動かない。
いや、動いた。
カレンの口が、動き出した。
「これ、昔、お母さんと見た、夕日です」
万感の思いがつまった、お母さんという言葉。
カレンには母親が二人いる。
産みの母と、義理の母。
義理の母はペラス家の当主。
任務に失敗すれば処分されると思わせるような扱いをしてきた、張本人。
カレンが涙を流して呼ぶのが、そんな相手であるはずがない。
つまり今彼女が口にしたお母さんとは、彼女の本当の母のことだ。
カレンは俺を殺せと命じたのがペラス家当主であることはすぐに話をしてくれた。
ペラス家に来てからのことなら、サピロス伯爵邸に行ったことも含めて何でも話をしてくれた。
だが、それ以前のことについては決して話そうとしなかった。
だから俺たちはカレンの過去を知らなかった。
彼女がかつてどこで誰と住んでいたのか、何も知らなかった。
彼女と涙と台詞は、彼女が初めて明かした自身の過去。
カレンはかつて母親と一緒に住んでいた。
この夕日が見えるこの大地で、母と共に暮らしていたのだ。
次回更新は来週末の予定です。
もし早く書き上げられれば早めに更新いたします。




