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55話 似た者同士

「まあ、飲んでみな」


 そんなことを言いながらバーツは茶を出してきた。

 以前脳天に斧を振り下ろした人間を前にして、実に面の皮が厚い。

 まあ、自分を殺そうとしてきたやつの家に乗り込む俺も俺だが。


 そう、今俺とカレンはバーツの家にいる。

「せっかくだ。ちょっと寄ってけよ」というバーツの誘いにほいほい乗って。


 実際は断ろうと思った。

 行くのが嫌というわけではなく、集合時間に遅れることを懸念したのだ。

 だが


「大丈夫です。エメラルドさんに遅れると伝えてあります」


 カレンがそんなことを言ってきた。


 エメラルドは魔法で監視していると言っていたから、こっちの行動は把握しているはずだ。

 俺がバーツに遭遇したことも知っているはず。

 動きがないと思ったら、カレンが連絡していたらしい。

 この後輩、意外と動きが早い。


「おう。嬢ちゃんのほうは話がはええな」


 そんなふうに嬉しそうに答えるバーツに導かれるまま、俺達は彼の家に来てしまった。

 そして三人で同じテーブルを囲み、お茶まで出してもらっている。


 アルヴィスのときのように毒でもと疑ってしまったが、カレンはすでに口をつけている。

「美味しいですよ」と俺に飲むよう促してまでくる。

 たぶん毒は入っていないということなのだろう。

 意を決して口をつける。


 うん?確かにうまい。


「どうだ?なかなかいい茶だろう?」


 バーツはニヤニヤ笑っている。


「あ、ああ。うまい。」

「だろう!?」


 本当に嬉しそうだ。

 本当に嬉しそうに、バーツは語りだした。



 ---


 うちは元々お茶農家でなあ。

 そいつは自慢の一品だよ。

 やっぱり自分がつくった茶がうまいと言われるときが一番うれしいね。


 ああ、そうだ。お茶農家。

 だからあのとき、俺には別に関係なかったんだよ。

 下民が小麦や米を芋をつくろうが関係ねえ。

 それがいくら質が良くてかつ安かろうと、俺は困りゃしなかった。


 だが俺の腕っぷしを頼られちゃあ、男として黙ってはいられなかったってわけよ。


 それに正直思ったさ。

「下民ごときになめられてたまるか」ってな。


 サジも同じ気持ちだったろうさ。

 あいつは町道場の師範でな。それこそ全く関係ねえ。

 でもあいつも頼られたら黙っていられねえ。

 ましてや下民になめられたとあっちゃあ、黙っていられるわけがねえ。


 ”下民は獣”

 俺達は、ガキのころからそう教わってきたんだからな。

 人間様が、獣ごときになめられてたまるかってもんだろ?


 だがまあ、実際はあれもんよ。

 お前一人に俺達は数人がかりで押さえ込まれちまった。

 しかも下民たちが襲いかかってきて、逃げ帰るハメにもなっちまった。


 まあ、あのとき正直思ったよ。

「俺達臣民様に逆らった馬鹿な下民ども、みんなまとめて処分されちまえ」ってな。


 だが実際は下民どもはお咎めなし。

 それどころか俺達が裁かれそうになっちまった。


 なんかこの街のバックにはとんでもないお方がいらっしゃるらしくてなあ。

 もしかしたら代官様が関係されてるのかもしれねえ。


 代官様といったら騎士様、貴族様よ。

 空に浮かぶ帝城にお住いになる、文字通り雲の上のお方。

 俺達なんて代官様の気分次第で街ごと処分されちまっても文句は言えねえ。

 しかも今回はそのご気分で助けていただいたわけだ。

 世の中何があるかわかりゃしねえよ。


 正直この街に対していい気持ちにはなれなかったさ。

 でもバックがやばいってわかった以上は手を出せねえ。

 どうしたもんかと思ったら、パラディス側が折れてきた。


「臣民様方と敵対するつもりはないのです。ともに地域を発展させるため、お手伝いをさせていただきたいのです」ってな。


 これで俺達も振り上げた拳を下ろす理由ができた。

 頭を下げた下民に俺達臣民が手を差し伸べるという、絶好の理由がな。


 麦や米といった主食に関してはいの一番に協定を結んだ。

 パラディスは臣民の市場を荒らさない。

 まずは収穫時期や品種をずらすことから始めていく。


 そしてうちのお茶みたいな元々はつくっていなかった作物。

 それに関しては技術導入ってことで教えてやることになった。


 ずいぶん優しいなってか?

 もちろん優しさだけのはずはねえ。

 教育代はもらうし、今後儲かったらマージンがずっと俺の懐に入ってくる。

 しかもこの地方でつくるのが難しい品種にチャレンジしてくれるってもんだから、俺も願ったり叶ったりよ。

 これで茶を飲む人間が増えれば万々歳ってもんだ。

 市場拡大、大歓迎よ。


 あと下民の方からは、下民の使い方について色々教えてもらったよ。

 下民ってのは言われてみると当たり前だが、俺ら臣民と一緒だな。

 酷使されれば死ぬし、大事にしてやれば長生きする。

 その当たり前が俺達はわかってなかった。

 面倒なことこの上ないが、まあ、大事にしたほうが儲かるなら大事にするよ。


 パラディス周辺の下民の扱いはずいぶん変わったんじゃないか?

 今でも牧場はあるし酷使してるとこもあるけど、ほとんどのやつらは下民を普通に扱った方が実入りがいいってわかったからな。

 あとは自然淘汰でこっちの方が残るだろうさ。


 そんなわけで俺は今ここにいるわけよ。


 あ?お前を家に誘った理由?

 お前、ずいぶんこだわるねえ。


 まあ、たしかにお前とは色々あったぜ?

 あのときは本気で殺してやろうとも思ったさ。

 だが結果として俺達は負けた。

 そして負けたおかげで俺達は今こうしておいしい思いをしている。


 ある意味お前は、俺達の恩人ってわけだ。


 そして先駆者でもある。

 結果的に俺はお前と同じように、下民と一緒に下民のために働いてるよ。

 似た者同士だ。


 まあ、もちろん目的は違う。

 俺は金が目的だが、お前は別の目的がありそうだ。

 だが結果は一緒。

 不思議なもんだ。

 そして今こうして一緒にお茶を飲んでいる。


 人生ってのは本当、わからねえもんだよな。



 ---



「来年の春はここの畑で摘んだ一番茶を飲ませてやるよ」


 別れ際、バーツはそんなふうに笑っていた。


 結局昼ごはんもいただいてしまった。

 給仕をしてくれたのはバーツのもとで茶の栽培を習っている下民で、ずいぶんとバーツを尊敬しているようだった。

 バーツも満更ではないようで、口は悪いがその下民をかわいがっていた。


 不思議な感覚だった。


 下民の街としてつくったパラディス。

 俺はパラディスで下民たちを奮い立たせようと思っていた。

 だが今パラディスは下民も臣民も住む街に変貌を遂げようとしている。


 この街では臣民であろうと下民をいたぶることは許されない。

 法でそのように決めている。

 だから臣民はこの街を忌避すると思ってた。

 むしろ近寄らないと思っていたのに、普通に住民として住んでいる者がいた。

 臣民と下民が、共に暮らしていた。


 こんなことが起きるんだと、驚きしかなかった。

 予想もしていなかった結果に、衝撃を受けていた。


 将来この街で生まれ育った子どもたちは、下民も臣民も関係なくなるかもしれない。

 そんな未来も、夢ではないのかもしれない。

 

 そんなことを夢想した、そのときだ。


「先輩って、弱いですよね」


 それは今日初めてカレンが自ら口を開いた瞬間だった。


「お、おう?」


 びっくりしすぎてうまく言葉が出ない。

 俺が弱いのは事実だが、いきなりどうしてそんなことを?


「先輩は弱いです。さっきの人たちも同じくらい弱いです。でも三人とも階級が違います。先輩は貴族、大きいおじさんは臣民、若いお兄さんは下民。みんな同じくらいの強さ。でも階級はみんな別々。なんででしょう?」


 しかもずいぶんと饒舌だった。


「なんでだろうな?」

「先輩は特別だから置いときます。じゃあ、あの二人で何が違うんでしょう?」

「生まれ、かな」

「そうなんですね。あの二人は生まれが違うから階級が違う。同じくらい弱いのに、生まれが違うせいで階級が違っちゃう」

「ああ、そうだな」

「じゃあ改めて先輩です。先輩はあの二人と何が違うんですか?生まれですか?」

「いや、俺は元々下民だよ。むしろ生まれは一緒だね。片方とだけだけど」

「じゃあ生まれは一緒で強さも一緒。でもさっきのお兄さんは下民なのに、先輩は貴族。しかもほぼ全ての貴族の上に立つ、大貴族です。いったい何が違うんでしょう?」

「まあ、それは色々あって…」

「”皇帝の兄”、だからですよね?だから本当は下民なのに、貴族になっている」


 カレンが真っ直ぐに見つめてくる。

 姿かたちは別人のように変わった。

 だが夕日に照らされるその横顔は、全く変わらない。


「ああ、そうだよ。俺はサラの、皇帝の兄だから、それだけの理由でこんな途方も無い地位についてるんだ」


 その不思議なアンバランスさのおかげだろうか。

 普段なら怯んでしまいそうな問に、俺もまっすぐ答えることができた。


「この世界の地位は力に由来します。強ければ偉い。ゆえに絶対的な力を持つ皇帝陛下は絶対的存在として君臨されている」


 カレンは夕日を背にして立っている。


「魔法使いの中には序列があります。力の強さで色んな階級に分けられてます。そして魔法使いと臣民下民との間には圧倒的な壁があります。魔法が使える使えないは、それほど大きな差だから。姿形は同じでも、魔法使いと臣民下民は生物としての格が違います。ここまでは単純明快。とってもわかりやすいです」


 夕日の影となり、その表情は読み取れない。


「ここからはわかりません。まず臣民と下民の間にある差。両者とも魔力をもたない無力な者同士なのに階級差があります。不思議です」


 読み取れないはずなのに


「でも、先輩はもっと不思議です。先輩は弱いのに、とっても偉いです」


 一瞬だけ


「そして私は強いのに全然偉くない。正反対の私たち。逆に似てるのかもしれませんね?」


 ほんの一瞬だけ、カレンが微笑んだ。


 そんな気がした。



カレンはじっと黙って色々考えてました。

明日も更新できるかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  カレンさん何かに目覚める? [一言]  説明不足ですみません。  敵意がなさそうというのはバーツさんの話です。
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