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幕間 アルヴィス視点

 人という生き物は二つに大別される。

 貴族と、それ以外に。


 神は我ら人間に魔法という奇跡の力を与え給うた。

 だが全ての人がその力の恩恵を十全に賜ることはできず、非力な者達もいる。


 彼らを導く者

 非力な人々を保護し、先導する者。

 それが我ら貴族だ。


 神より授かりし力、魔法。

 この偉大な力を持つ我ら貴族には、か弱き人々を保護する高貴な義務が存在する。

 高貴な義務を履行するゆえ、我ら貴族は高貴な存在と成りうるのだ。


 これこそ我ら貴族が貴族である所以。

 我ら貴族至上主義者が目指す社会。


 にもかかわらず、最近の若い貴族には思い違いをした者が大勢いる。

 貴族は貴族として生まれたがゆえに高貴であり、人々は無条件に貴族に従わねばならない

 そのように考えている。

 実に嘆かわしい限りだ。


 そういった思い違いを修正し、世界を正しい方向へと導く。

 これが貴族至上主義者のトップにして大公家筆頭たる、私の責務だ。


 神の恩寵によって得られたこの力を

 皇帝陛下の治められるこの世界のために使う


 これが、我ら貴族に課せられた使命なのである。



 そうは言っても、貴族にふさわしくない仕事はこの世には多々ある。

 そんなときに役立つのが便利な生き物たち。

 言葉を解し、少々頭も回る家畜共。

 姿かたちが少々我ら人間と似ているのは気分が悪いが、その分便利だから良しとしよう。


 生きることを、許してやろう。


 その生き物の名は、臣民という。

 言葉を解する家畜共。

 人に奉仕するために生まれてきた、人に似せた形をした生き物だ。


 その臣民のさらに下の生き物がいる。

 名を口にするのもおぞましい下等な生き物。

 臣民共が使役してるがゆえ生かしているが、存在するだけで地上が汚染されている気分になる。

 帝城はこれほど美しいのに、地上が穢れているのはやつらがいるせいだ。

 一刻も早く地上から一掃してしまいたい。


 そうすれば、世界はもっと美しくなるだろう。

 我ら人間にふさわしい、より良き世界へと。



 ---



「下民が、この帝城にいる、だと?」

「は、はい…」


 帝城は皇帝陛下の居城。

 皇帝陛下が御わすということは世界の中心ということも意味する。

 よって貴族ならば誰しも帝城内に住まいを持つ。

 その貴族に仕える市民達も住んでいる。


 例外的に臣民もいる。

 市民に奉仕するものとして特別に許可された臣民だけが帝城内に存在することを許されている。


 だが、下民は別だ。

 下民がいては、帝城の品位に傷がつく。


 ワインの酒樽に一滴だろうと泥が混じれば、それは一樽の泥となる。

 下民はその泥だ。

 この帝城に下民を入れるなど、一匹たりとも許されない。


「直ちに処分しろ」


 そのようなこと私が命じずとも自分で判断しろと、吐き捨てる。

 だが返ってきたのは、困惑した部下の顔だった。


「まさか…」


 私の懸念は正しかった。


「皇帝陛下、いえ、まだ即位前でいらっしゃいますが、その、陛下が、お連れになった、者でして…」


 ダンッ!


 机に拳を叩きつける。


 全知全能たる皇帝陛下。

 次代の陛下は、まがい者だった先代とは違う。

 ただ帝城にいるだけでその御力を感じられる、真の支配者。


 陛下のご命令なら仕方ない。

 陛下のご命令なら従う他ない。

 だが体のうちから湧き出るこの怒りの炎は、抑えることなど出来はしない。


 怯えきって目障りな眼の前の男。

 いつの間にか姿は消え、そこには一塊の消し炭だけが残っている。


 それでも気が収まることはなどはなく

 下民がこの帝城に存在するという不快感が延々と続いてた。



 ---



 皇帝陛下は期待以上の御方だった。


 その力は先代など比較するにすら値しない。

 先々代陛下ですら、問題にならない。

 伝説の初代皇帝陛下に匹敵するやもしれぬ、圧倒的な魔力をお持ちになるのだ。


 御姿は神々しいの一言につきる。

 神が人の姿をすればこのようになるのだろう

 そのように思えるほど、お美しい。


 臣下への対応も申し分ない。

 ただ一点を、除いては。


 大公家筆頭とは、貴族の頂点。

 すなわち皇帝陛下に次ぐ、この世界のNo2だ。

 それは太古より続く伝統であり、それを基盤にして歴史は綴られてきた。


 だがあろうことか陛下は、御自らその伝統と歴史を破られてしまった。

 ”皇帝の兄”などという、わけのわからない存在をつくりあげて。

 しかもその対象は人ではない。


 下民を、その地位へと指名されたのだ。


 だがまあ、人間誰しも気の迷いというものはある。

 陛下も即位されたばかりで気分が高揚されていたのだろう。

 たまにいらっしゃるのだ愛玩動物に官位を与える皇帝陛下は。

 ペットの犬猫に爵位を与えられた御方も過去にはいらっしゃる。


 いくら陛下が偉大とはいえ、まだお若い。

 過去の例と同じように、あの下民に破格の地位を与えてしまわれたのだろう。

 だが夢とはいつか覚めるもの。

 すぐに現実にお気づきになるに違いない。


 そう考え、戴冠式の場では真っ先に陛下に追随した。


 だがこの悪夢は覚めることなく、現実へと侵食を始めたのだ。


 栄光ある貴族の子女が、下民ごときの下で働くようになった。

 陛下の私室、そして帝城の中枢へと、下民ごときが足を踏み入れた。

 我が母校である学院に、下民ごときが入学を果たした。


 歴史と伝統が踏みにじられ、貴族の品位が貶められていく。

 なんたるおぞましさ。

 なんたる惨たらしさ。


 あの醜怪なる下民がこの帝城に来たときから、この全てが始まったのだ。


 このようなことは、絶対に許されない。


 貴族の伝統と秩序を守るために

 全ては、偉大なる皇帝陛下のために


「誅せねば、なるまいな」



 ---



 晩餐会が開かれることが決まったのは、ちょうどそんなときだった。


 陛下が晩餐会を好まれないため、この伝統はなくなるかと覚悟していたが

 まさか、ヤツ自らが開催を望むとは。

 つくづく愚かな生き物だ。


 手勢の中から精鋭を選抜し、会場に配備する。

 殺気を悟られることは許されず、真の目標は誰にも伝えない。


 罠もふんだんに準備する。

 この程度の罠でガイアの小僧を始末できるなどとは考えていない。

 足止めにもなりはしないだろう。


 だが下民一匹の始末には、これで十分。


 準備は整い、晩餐会も始まった。

 陛下の周りには多くの貴族たちを集めて足止めする。


 ノヴァがヤツめに近づいたと報告を受ける。

 ようやく時が来たかと、ほくそ笑む。


 さあ、行動開始だ。

 私がわざわざ動いてやるのだ。

 心の底から、感謝するがいい。



「ザコが三人になったからって、僕に勝てるとでも思っているの?皇帝陛下の御前だからこそ、どの大公が最強か、ご覧いただくいい機会かね」


 この程度の挑発に乗るとは、なんと愚かな。

 多少魔力が強かろうが、所詮はあの無能者の小倅よ。

 祖父の半分ほどの知恵でもあれば、話は違っていたろうに。


 邪魔な小童を今から殺す。

 ついでに目障りな虫けらも始末する。


 これで少しは帝城内の空気も澄むだろうと思ったそのとき、邪魔が入った。


「お二方とも。陛下の御前でお遊びがすぎるのでは?」


 オスカル

 貴族の伝統も預かり知らぬ成り上がり者

 皇帝陛下親衛隊隊長などと過分な地位を授かり、陛下の威光を笠に着て権勢を振るう毒虫


 こいつが来たということは…


「兄さん!」


 当然のように陛下もいらっしゃる。


 この瞬間、計画は全て水泡に帰した。


 陛下はまるで周囲に見せつけるように愛玩動物を可愛がられた。

 足止めに失敗した者共が真っ青な顔をしているが、これを見せつけれられてはどうしようもない。


 目の前にして思い知らされた。

 陛下のヤツへの執着は、想定以上であった。

 オスカル以上の毒虫が、ここにいるのだ。


 今後はこれを考慮に入れ、再度計画を練り直す。

 この私が、下民ごときに頭を下げさせられたこと。


 この恥辱


「絶対に、忘れはせんぞ」



 ---



 その後も、その毒虫の周囲については徹底的に監視させた。


 初の領地訪問。

 伝統あるダリントン家の当主が下民ごときに跪かされた。

 またしても貴族の品位が傷つけられ、嘆かわしい。


 領内の街への訪問。

 あの優秀なエメラルド・エメラルダを付き人のように連れ回しながら。

 臣民と争ったそうだが、その場で殺されればよかったものを。

 まあ、拳などという下等な手段で争うのは、下等な生き物共にふさわしい姿ではないか。

 想像して思わず笑ってしまった。


 下民共の街を作り始めた。

 獣のために街を作るなど頭が狂ってるとしか考えられない。

 ユキ・ブロンコの力を確認できたのが唯一の収穫か。

 だがその優秀な力が下民のためという事実が、この上なくおぞましい。


 その後も毒虫の横暴は続いた。


 陛下への全権委任状の請求。

 帝城の新年行事の欠席。

 下民を臣民に反抗させる扇動行為。

 大逆罪への刑執行中断という、皇帝陛下の権威への挑戦。


 やはりあれは毒虫という以外の何者でもなかった。

 この帝城を、この世界を、皇帝陛下をも汚染する、毒虫。


 ついに正式にガイアの小僧と手を組み、下民共を使って下級貴族たちを惑わし始めた。


 もはや見過ごすことはできない。

 陛下の寵愛を盾にどれほど傲岸不遜な態度をとろうが、やつは下民。


 人ではない、家畜以下の獣。


 我らがその気になれば、呪文一つで消し炭にできる下等な種族。

 我らの慈悲によって生きながられている、本来は処分されるべき生き物だ。


 そのような存在をこの部屋に入れるのはおぞましいが、仕方がない。

 己の立場というのをわからせてやるため、呼び出してやる。


 ちょうど今はガイアの小僧と一緒にいるとか。

 種族を超えたクズ同士、実にお似合いだ。

 自分の会談を邪魔されて機嫌が悪くなる小僧の顔を想像し、少しだけ気分が良くなった。


 間もなくこの部屋にヤツが来る。

 準備させた紅茶には遅効性の毒を入れておいた。

 愚かにも口にすれば、遠からず死ぬだろう。

 自然死にしか見えないため、私が疑われる恐れもない。


 陛下は愛玩動物の死に涙されるかもしれないが、所詮その程度。

 すぐにお忘れになり、高貴な義務を自覚されるだろう。


 飲まなければそれはそれで問題ない。

 当初の予定通り、己の立場を自覚させてやるまでだ。


 自覚しておとなしくなればそれまで。

 愛玩動物らしく陛下のお側にいさせてやろう。


 おこがましくも反抗するなら、面白い。

 叩き潰してやろうではないか。


 もうとうに約束の時間は過ぎた。

 紅茶には口をつけただろうか?

 そろそろ確かめに行ってやろうか。


 ちょっとだけ面白くなってきた。

 なにせ私には敵がいない。

 私に敵対できるほどの者が存在しない。


 そう考えると、ヤツの存在は退屈しのぎになった。

 道端に落ちている邪魔な石程度ではあるが、ちょっとしたイベントだったかもしれない。


 所詮、その程度の存在よ。


 なあ、ソラ?



元々は二章の最後に書く予定だった幕間でした。

アルヴィスの内心は本編で明かしてからの方がいいかな、と思って後回しにしたら一ヶ月も経ってしまってました。


明日の更新は未定で、次回は来週末になると思います。

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― 新着の感想 ―
[一言]  ここは一芝居打って欲しいところですかね。  もちろん毒の存在に気付いていたならば、ですけど。
[一言] アルヴィスは貴族の環境で育ったソラ君って感じがしますね。 前回で似ていると言ってたのでなんかそんなイメージします。 あと… ソラ君が老衰以外で死ねば多分世界終了ですね… お城を使った隕石攻…
[一言] >陛下は愛玩動物の死に涙されるかもしれないが、所詮その程度。 >すぐにお忘れになり、高貴な義務を自覚されるだろう。 えぇ、ほんとにぃ? 毒殺されたなんてバレようものなら貴族皆殺しの上 帝城…
感想一覧
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