48話 子供時代
「あ、アルヴィス閣下と、そのような会話を…?」
アルヴィスにあった翌日の放課後。
最近はミネルバとのトレーニング後、どちらかの部屋に寄って一緒に夕食を取るのが恒例になっていた。
そこで昨日のことを話題にしたのだが、ミネルバにはちょっと衝撃的だったようだ。
「ちょっと、言い過ぎたかな?」
「ちょっとというか、かなりだと思いますわ。紅茶も口にしなくて正解ですわね。その話を聞きますと、何が入っていたのかわかりませんし」
「やっぱそう思う?俺も怪しくてさ。とても飲む気になれなかったんだよ」
そう考えると、ビスケッタさんの紅茶をお代わりまでしてたノヴァ。
あいつ、俺のことを完全に信用してるのだろうか?
いや違うか。
罠があったら罠ごと食い破る自信があるだけだろう。
そういうやつだ。
ちなみにビスケッタさんは俺とアルヴィスのやりとりを聞いて
「よくおっしゃいました!」
と褒めてくれた。
元々アルヴィスがあまり好きではないらしい。
ノヴァは
「あーっはっはっは!よく言ってやった!アルヴィスの顔、見たかったなあ!」
と大喜びだった。
アルヴィスが嫌いだからね。うん、知ってる。
やはりこの二人の反応は特殊だったようだ。
「ソラは臆病なのか度胸があるのかよくわかりませんわね。初対面のときは私もバッサリ斬り捨てましたし、ノヴァ大公に対しても歯向かってましたもの。なのにおどおどしてるときもあるし…。情緒不安定ですの?」
「いや、ミネルバとノヴァは例外というか…」
あのときのミネルバはとてもお近づきになりたいとは思えなかった。
もちろん当時の話だが。
ノヴァは初対面のときも今でもやばいやつという印象に変わりはない。
普通ならお近づきなど御免こうむる。
一緒の派閥を率いている現状がむしろおかしいのだ。
「ソラは、その、スラム出身とのことですけど…」
ミネルバは俺が元下民というのを口にしないようにしてくれている。
俺は別に気にしないのだが、気を使ってくれているのだ。
「スラムの方は、皆ソラのような感じですの?」
ミネルバの質問の意図がわからなかった。
「俺みたいって、例えば?」
「例えば、私を助けてくれたときのように、誰かを率先して助けるとか」
「普通はやらないかなあ。俺は弱きを助け強きをくじくって教わったけど、下民のほとんどは長いものには巻かれろって感じだと思う」
「ソラは質素ですけど、同じように大金手に入れたら普通はもっと豪遊したりしませんの?」
「普通はするかもしれないね。俺はまあ、身に余るお金は身を崩すって教わったからね」
「陛下のことはどうですの?陛下の兄となれば学院に来る必要もなく怠惰な日々を過ごすことも可能でしょうに、どうしてこんなに努力しますの?私とのトレーニングとか」
「えぇ…。怠惰な日々なんて、楽しくなくない?サラに頼って生きるのも、いや今十分頼ってるけど、これ以上自分から頼るのは、いやかなあ…」
別に下民だからこう、というものはない。
俺はこう思うから、こうしてるのだ。
「教わったというのは、どなたからですの?」
「え?孤児院のシスターだけど」
「ソラって孤児院出身でしたのね…」
ミネルバの言葉が詰まってしまった。
まずいことを聞いたと思ったのだろう。
「親がいないことを気にしたことはないから大丈夫だよ。ミネルバも気にしないで。それにスラムは親なしなんて腐るほどいたからね。孤児院なんてのも珍しくて、そこに住めただけ俺は幸せ者だよ」
これは本心だ。
だって俺にとって親がいないというのは物心ついた頃からの常識なのだから。
それに当時はシスターがいたから全然寂しくなかった。
「シスターがいい人でね。色々教えてくれたんだ。赤ちゃんのサラを連れてきたのもシスターでね。赤ん坊のサラの顔を見て、俺はこの子を絶対に守るんだって、子供ながらに誓ったんだよ」
サラは本当に玉のように可愛い赤ちゃんだった。
「ソラ。妹としてかわいがってあげてね」
そう言ってくれたシスターの言葉は一生忘れないだろう。
俺にはサラがいる。
だから親がいなくても寂しくなんかない。
むしろ一番寂しかったこと。
それは、シスターが死んでしまったときだ。
そのまま孤児院も潰れ、俺とサラも追い出された。
でもそのことすら、シスターが死んでしまった寂しさに比べればなんともなかった。
「いい人、だったんですのね」
ミネルバはそれだけを言ってきた。
俺のシスターへの思い。
俺とサラにとってシスターがどれほどの存在だったのか。
聡い彼女は察してくれたのだろう。
この場にシスターがいないことから、シスターがすでにこの世にいないことも
彼女は悟ってくれたのだろう。
だから俺も多くは語らなかった。
「ああ。最高の人だったよ」
それだけを、伝えた。
するとミネルバ少し笑って
「ソラを見ればわかります。最高のお方だったんですのね」
そう、言ってくれた。
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ちょっとしんみりした雰囲気。
二人とも沈黙してしまう。
その静寂を破ったのは俺の親友だった。
自称でない方の。
「ソラはそんな過去があったんだなあ」
ティーポットとクッキーを手に持っている。
どこから聞いていたのだろう?
もしかして最初から?
口を挟みにくい雰囲気だったから待っててくれてたのかもしれない。
「立ち聞きしてしまってすまんな。さすがに声をかけにくくてなあ。紅茶も少し冷めてしまった」
やはりそうだったらしい。
「気にしないでくれ。少し冷めてるぐらいが飲みやすいし」
「そうですわ、エメラルド様。どうかお気になさらず」
二人同時にフォロー
「そうか?それならよかった」
エメラルドも安心したようだ。
ちょっと不安げだった緑の瞳が元気になる。
「私は子供の頃から勉強漬けだったな。父上に何か言われたというわけではなく、勉強が好きでな。座学も実技も。遊ぶ暇があったら夢中で勉強してたよ。そんなに好きならと学院の試験を受けさせてもらったら、そのまま合格した感じだ」
才能のある人間の台詞だ…。
すごい…。
「エメラルド様は昔から努力家だと思ってましたが、努力することがお好きだったのですね」
ミネルバもちょっと驚いてる。
「うん?努力が好きと言うのはちょっと違うかな。私は新しいことを覚えたり、今までできなかったことができるようになる、そういったことが好きなんだ。そのための努力なら全く苦にならない。それだけだ」
そういうのを努力が好きって一般的には言う気がするが…
まあ、本人が違うと言うなら違うのだろう。
「私は子供時代はお祖父様との思い出ばかりですわ。とても優しくて素敵な方で、私、本当に大好きでしたの」
バレス公爵
そう、侯爵ではなく公爵
ミネルバの祖父まではバレス家は公爵だった。
本来なら今も公爵だったろうに、彼女の父が爵位を継いだときに悲劇は起きた。
同時代に天才が出現するという悲劇
一代で市民から皇帝親衛隊隊長に上り詰めた逸材、オスカル。
その才が皇帝に認められ、オスカルは公爵を授けられた。
騎士から公爵という、破格の昇進だった。
逆にバレス公爵家は侯爵に降格された。
それだけでも屈辱だろうに、
「先代公爵がご存命ならば、降格などなかったろうに」
「当主の才が、この結果を生んだのでしょうな」
そんな周囲の声がさらにミネルバを傷つける。
愛する祖父は死に、さらに父を侮辱され、しかも自分は何もできない。
だから彼女は努力したのだろう。
必死に努力し、バレス家の令嬢としてふさわしい存在であろうと高みを目指し続けているのだ。
「私も色々頑張って、学院合格間違いなしと言われたものですわ。そして最後の用心にと優秀な家庭教師を呼んだのですが…。そこで自分がいかに井の中の蛙だったかを知らされたのです」
「そうなのか?」
ミネルバに世界を見せつけた犯人が、クッキー咥えながらそんなことを言ってる。
新しいクッキーにも手を伸ばしてるぞ。
「そうですわよ!?エメラルド様、私と同い年なのに学院は首席で卒業済、最年少で皇帝親衛隊に加入、しかも騎士の位まで!勉学に臨む姿も含め、全てに圧倒されましたわ…」
「そ、そうなのか…。私としてはしごきがいのある生徒でとても嬉しかったのだが…」
エメラルドは優秀だけあって色々家庭教師の話が来たらしい。
だがほぼ全ての生徒が初日でギブアップ。
ペースを落としたとはいえ、最後までやりきったのはミネルバだけらしい。
ちなみに強制的に全力のエメラルドにつきあわされた哀れな男もいる。
その名をソラという。
「色々ありましたが、今はあまり家のことにはこだわってませんの。そんな後ろ向きなことばかり考えずに、前を見よう、上を向こうと思えるようになりましたわ。それもソラやエメラルド様のおかげです」
「え、俺?」
エメラルドはいつも前向きで努力家でわかるが、俺?
「そうですわ。その、過去は色々あってもソラは今を生きてますでしょう?そして色々失敗はしてても新しいことに挑戦しようとしてますし、一度争った方とも手を組まれたりもしてます。そういう姿を見て、私も頑張ろうと思えたんですのよ」
「そう、なんだ…」
まさか俺を見てミネルバが前向きになれていたとは。
恥ずかしい。
でもそれ以上に、嬉しい。
「ならよかった!ありがとう、ミネルバ!」
嬉しくて感謝の言葉が口から飛び出す。
「お礼を言うのは私の方ですわ。なんでソラがお礼を口にされますの?」
「いいじゃん。嬉しかったんだよ!」
本当に、嬉しかった。
「二人で楽しそうだな…」
仲間はずれにされた感じなのだろうか
エメラルドがジト目で見つめてくる。
こんなエメラルドの顔は珍しい。
ミネルバと顔を合わせ、二人で笑いだしてしまった。
「な、何を笑い合ってる!?私、そんな変なこと言ってないぞ!?」
焦りだすエメラルドに事情を説明した。
そしてエメラルドに伝えたんだ。
俺もミネルバも、エメラルドのおかげでいつも助かってること。
エメラルドにはいつも感謝してること。
大事だ大事な親友だって
ちゃんと伝えたんだ。
それを聞いたエメラルド、今度は顔を真赤にしちゃった。
本当に可愛らしい。
ああ、本当によかった。
俺は今も昔も、最高の人たちがそばにいてくれている。
有言不実行すいません。ちょっと冒頭だけ書こうと思ったら一気に書き上げてしまったので更新いたします。
最初の頃にちょこっとだけ登場したソラの昔話です。
あとはエメラルドの瞳の色が緑だと初めて本編で言及しました。
外見の描写はあえて避けてましたが、皆さんのイメージの一助になればと思い、これからは少し言及しようと思います。




