47話 大公と下民
ラディシュ男爵
彼は末端とはいえ貴族至上主義派の一人だった。
それが新興派閥の貴族連合のトップである俺に手を上げ、返り討ちにあったのだ。
何かしら貴族至上主義者達が動くと思ったのだが
「何もないねえ」
ノヴァの言う通り。
拍子抜けするほど何もなかった。
「そもそもやつらは大公の過半数を占めてるしね。うちとは違って公爵や侯爵といった大貴族たちもいる。勢力差は圧倒的だし、相手にせず黙殺しようといったところかな?」
貴族至上主義者は貴族の中の最大派閥。
当然大貴族も大勢いる。
活動はしておらず名義貸しのような者も多いらしいが、それでも大勢力であることには変わりない。
「大公の過半数はそれだけの意味を持つ。まあ、大公会議で主導権を握れるからね」
大公会議というのは皇帝の勅命に次ぐ、この世界の最高意思決定機関。
議決権を持つのは四大公家の当主のみ。
その権限は多岐に渡り、帝位継承者が複数いる場合は大公会議が次代の皇帝を選出する。
ときには帝位すら左右する、それほどの力をもつものだ。
「四人しかいないから、二対二で意見分かれちゃうんじゃ?」
俺の素朴な疑問
だがノヴァは笑い飛ばしてくる。
「大公がそんな仲良しこよしのはずがないだろう?誰もが一癖も二癖もある偏屈ばかり。二対二なんてとんでもない。一対一対一対一、だよ。全員敵。味方なんてなし。ダインの腰抜けがアルヴィスにしっぽを振ってる今の状態が異常なんだよ」
偏屈の自覚はあるんだよな。
しかし一対一対一対一って…。
「もっと話がまとまらないじゃん…」
「そのとおり。だから大公本人の力が物を言う。強いやつが正義だ。文句を言うやつは殺せばいい」
「ええ…。力こそ正義って何だよそれ。スラムと一緒じゃん」
「スラムとはちょっと違うね。秩序とは強大な力で抑えつけられているから成立するものさ。だから下民のスラムには秩序がない。放置されているからね。対して市民や臣民の街には?」
ノヴァに回答を促される。
当然わかるだろ?とでも言うように
「もちろん、秩序がある。貴族の力で抑えつけられているからな」
「そのとおり。そして貴族社会にも秩序がある。大公によって抑えつけられているからね。では大公は?野放しさ。下民と一緒。ただ下民は放置されているからで、大公は抑えるものがいないから、と違いはあるけどね」
「大公は、皇帝に抑えつけられてるんじゃないの?」
最も強大な力を持つ最強の魔法使い、皇帝
大公といえど皇帝、サラには逆らえない。
そう思ったのだが
「今の陛下を凡百の皇帝と同じに見ないほうがいいよ?」
ノヴァは口元に冷笑を浮かべながら答える。
「通常、皇帝というのは世界秩序の維持のために魔力のほとんどを費やしている。大公を抑えるどころじゃない」
「え…」
「君も見たんだろ?帝城を制御する心臓部。あれに魔力どころか生命力を吸い取られる皇帝は多くてねえ。先代皇帝はザコすぎて即位してあっという間に死んじゃった。そんなふうに即位後には子作りさえ満足にできない皇帝なんて歴史上大勢いたんだよ。先々代皇帝も、子供は即位前にできた先代皇帝だけだと思われてた。だけどまさか隠し子がいるとはね…。意外と余裕があったようで驚いたよ。見直した」
「ちょ、ちょっと待て。サラはそんなつらいなんて、言ってなかったぞ?」
むしろ余分な魔力を吸い取って助かってるぐらいのことを言っていた。
「もしかして、サラがおかしい?帝城の魔力を片手間に補給し、しかも自由気ままに生きてるサラが、変なの?」
「変だなんてとんでもない!あれぞ皇帝陛下の偉大さの証明!あれぞまさに、真の皇帝陛下の御姿だよ!!」
呆然とする俺のことなど無視し、ノヴァはサラの偉大さを語りだした。
だが全く耳に入ってこない。
通常、皇帝は帝城の維持で精一杯。
サラはありえないほどの例外というだけ。
そのため皇帝は他に魔力も関心も向けられず、大公を抑えつけるほどの余裕はない。
だが大公とて無闇に皇帝に逆らったりはしないだろう。
皇帝に逆らえばそれは他の大公達から攻撃される絶好の大義名分となるのだから。
だから普通は問題がない。
だが、皇帝の命令があいまいだったり皇帝が興味がない問題だった場合は話が変わる。
大公会議が、全てを決める。
そのとき大公同士の実力、文字通りの”力”が物を言うわけだ。
最後は力って、本当に下民みたいだ。
最下層の下民と最上層の大公が同じって、皮肉すぎる。
「ソラ様」
ノヴァの語りが続く中、ビスケッタさんがやってきた。
話の途中で声をかけるなどよほどのことだろう。
ビスケッタさんを無視して語り続けるノヴァを無視して話をするよう促した。
「アルヴィス大公から、ソラ様に招待状が届いてございます」
「へえ…」
その言葉で、ノヴァの目の色が変わる。
早く読みなよと俺に視線で急かしてきた。
俺が封を空けてる中、自分はお茶を飲み干してビスケッタさんにお代わりを要求している。
いいご身分だ。
「個人的な会談がしたいって書いてある」
文章は長かったが、要件はそれだけだ。
場所はアルヴィスの帝城内の居室で、日時は今夜。
「当日に呼び出すなんて、嫌味なやつだ。自分のほうが格上だって言いたいんだね」
なるほど。
招待状一枚で立場の上下を示しているわけか。
「行かないほうがいいかな?」
「いや。行くべきだね。行かなければ、君は逃げたと舐められるよ」
断ることもできないのか。
なんとやっかいな。
「同行者は許されてるかい?」
「許されてるけど、ビスケッタさんだけだな。”殿下の忠実なる配下であるビスケッタ・ロッキー公女”とだけ来てって名指しで指名されてる」
「臆病者のアルヴィスらしい用心さだね。僕が一緒に行ってその場で始末してやりたかったのに残念だ」
口調は笑ってるが目は笑ってない。
同行できたらノヴァはたぶん来てた。
そしてたぶんそこで大公同士の闘いが起きてた。
いつぞやの晩餐会の続きだ。
本当に物騒すぎる。
ご指名してくれてこの場はアルヴィスに感謝だな。
「会談の結果、楽しみにしているよ」
そう言って、お代わりも飲み干して空になったティーカップを残してノヴァは去っていった。
夜まではもう間もなく。
鬼が出るか蛇が出るか
とりあえず、行ってみよう。
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アルヴィスの執務室はずいぶん豪奢だった。
ビスケッタさんは部屋の外で待たされており、今は俺一人。
アルヴィスの部下らしい人が紅茶を出してくれ、まだ湯気が立っている。
冷める前には来るかな?
と思ったが、さすがにそこまで待たされることはなかった。
「殿下、お待たせいたしました!当日の招待という無礼にもかかわらず、ようこそおいでくださいました!このアルヴィス、心より御礼申し上げます!」
芝居がかった仰々しい態度だった。
外見も相まって実に暑苦しい。
待たせたのもわざとだろうし、気分がいいものではない。
だがまともに相手をすることもないだろう。
「いえいえ、そんなことありませんよ」と軽く受け流す。
「本当は昨年の晩餐会でお会いしてすぐにご招待したかったのですが…。私には政務がございまして、なかなか時間がとれず…」
これは自分が政治のトップにいるという意味だな。
己の立場を誇示してきている。
「殿下は夏以来ずっとお忙しそうでしたな。なかなか声をかけられませんでした」
これはパラディスの件のことを言ってるな。
夏からずっと注視している、俺のことなどお見通しだぞと言ってきている。
「最近は特にお忙しいようですな。下級貴族と懇意にされていること聞き及んでおります。ただ今夜は予定がお空きのようでして、今の機会を逃しては!と招待状を送付させていただいた次第でございます」
これは最近の派閥活動のことだ。
下級貴族とはラディシュ男爵か。
襲ってきたことを懇意にとは、本当にいやみったらしい。
しかも俺が今夜空いていることを知っており、スケジュールなど把握済だと言ってきている。
たぶん招待状を送ってきた時間にノヴァがいたことも想定通りなんだろう。
俺を呼び出すところを見せつけてやろうしたわけだ。
いやあ、俺も成長した。
貴族特有の婉曲な言い回しがよくここまで理解できるようになったもんだ。
わかりづらくて最初は戸惑ったが、もう大丈夫。
嬉しくてニコニコ笑ってしまう。
そんな俺の笑顔をアルヴィスは一瞬だけ怪訝な表情で見てた。
おう。いかんいかん。
嫌味を言いまくられてるやつが笑顔だったら確かに変だ。
まずは表情を整えて
ついでに何か言い返しておこう。
「”またいずれ”なんて言ってださったから、すぐお声かけていただけると思っていましたよ。まあ、閣下がおっしゃってたように俺達は親しい間柄らしいですし、便りのないのは良い便りってことですかね?だから今回お誘いいただいたのは、良くないことがあるのかなーって思っちゃいました」
アルヴィスの作り笑いが固まる。
俺にここまで辛辣に言われるとは思っていなかったようだ。
そう、アルヴィスは笑顔だ。
顔は笑っている。
だが目は笑っていない。
俺はこの目をよく知っている。
懐かしさを感じるほどに。
これは
下民を見る目だ。
「私をそこまで親しいと考えていただいており、光栄でございます」
この男の目に今映っているのは、皇帝の兄ではない。
下民だ。
下民に敬語を使う自分に嫌悪を感じながら
だがそれを理性で抑え込むことに自己陶酔し
口を開いている。
ああ、もうこれで十分だ。
この男と話すことなんてこれ以上は何もない。
だがどうやら相手はまだ満足していないらしく、再び口を開いてくる。
「大公とは孤独な地位でしてな。同じ立場のものはわずか3名。そして上に立たれるのは皇帝陛下のみ。親しい関係を築ける方はわずかしかいないのですよ」
わざわざ”皇帝の兄”を抜かしてきた。
上下関係を察しろというわけか。
やなこった。
「わかりますよ。皇帝の兄は皇帝と同等の存在ですからね。対等な立場が妹しかいませんから」
俺は大公より上な皇帝と同じ立場なんだよ、と言ってやる。
青筋がピクピクしてて面白い。
「至高の地位に立たれる方の心中お察しいたします。やはり何か問題が生じた際は、すぐ陛下にご相談されるのですかな?全権委任状や、裁きの光のように」
何かあったらすぐサラに泣きつくのか?と煽ってきた。
あんなこと、もう二度としない。
「自分のことは自分でやりますのでご心配なく、最近は仲間もできましてね。どんどん増えてきて頼もしい限りですよ」
「そうですか。それは何よりです」
派閥のことを口にしたが、馬鹿にしたように返してくる。
やはりうちの派閥のことなど眼中にもないのだろう。
今回のことも、上下関係を見せつけ、俺に「皇帝に告げ口するな」と釘を刺すのが目的だったのだ。
ならばもうここに用はない。
俺はこいつのことを上になんか思ってない。
サラに告げ口なんて元々するつもりはない。
こいつと一緒の空気を吸うのも苦痛だ。
準備されたティーカップに手をつけることもなく、席を立つ。
「親しい俺達の間に、これ以上言葉は不要なようですね。これで失礼いたしますよ。ああ、ノヴァに何か言伝でもあれば伝えおきますが?」
「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫ですとも。ガイア大公家当主とは大公会議で顔を合わすこともございますので、そのとき私から直接伝えます」
最後まで婉曲表現だらけの会話。
本音に変換するとこんな感じか?
『お前と話すことなんてないから帰るよ。お前が苦手にしていて、顔を合わすことも怖がってるノヴァ。あいつに何か伝えておいてやろうか?』
『貴様の気遣いなど不要だ。有名無実な貴様と違い、俺は大公だ。大公会議で過半数の力を持つ、大公家筆頭アルヴィス・エトナだ。ガイアの小僧には、大公会議で直接話をつけてやる』
ああ、やっぱり本音の方がわかりやすい。
早くこんな嘘まみれの空間から出てしまおうと、席を立つ。
もはや敵意を隠そうともしないアルヴィスを一瞥し、ビスケッタさんと合流した。
「ソラ様。大丈夫ですか?ずいぶん、清々しい顔をされていますが…?」
ビスケッタさんが不思議そうな顔をしている。
意識してはいなかったが、俺は清々しい顔をしているらしい。
婉曲とはいえ本音を言い合ったからだろうか?
あとはそうか。
昔を思い出したからかもしれない。
そう、昔。
スラムに住んでいた頃を。
あのころも、本音を隠して生きてきた。
本音を語れるのはサラの前だけだった。
サラ以外に本音を語り、殺されかけた。
だからまあ、婉曲もいいかもしれないな。
直接言うと即殴り合いが始まりそうだが、遠回しに言えば少なくともその場では問題は起きづらい。
あとで考えて真意に気づき、怒りが倍増するかもしれないけどね。
そのための婉曲表現。
嘘だらけの会話。
力でしか解決できない、野蛮な大公達がたどり着いたもの。
俺達下民も嘘をつく。
親方は自分のミスを俺に押し付けるために嘘をついた。
俺はおこぼれをもらうために嘘をついた。
誰もが空気を吐くように嘘をついていた。
大公と下民。
力でしか解決できない者達
嘘まみれの会話をする者達
なんだ。
俺達は似た者同士じゃないか。
なあ?アルヴィス
ワクチン2回目の副作用から少し復活してきました。
ソラも元気になってます。




