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46話 ラディシュ男爵

 今日は派閥の会合があった。


 会合とは言ってもそんな仰々しいものではない。

 ノヴァがそう呼んでるだけ。

 俺にとっては下民の街の最新状況の確認会だ。


 どこも幸せそうでなにより。

 だがまあ


「下民は働き者ですな!」

「いやまったく。寝床と身の安全を与えるだけで、朝から晩まで一生懸命働くとは」

「感心感心。しかも働いた分だけ褒美を与えれば、涙を流して喜ぶのですよ」


 今までがひどすぎただけで、ようやく人並みになったという感じだろう。

 寝床どころか身の安全もない中で生きて、働いても報酬なし。

 少しでも改善されてよかった。


 それに


「あの喜ぶ姿を見ると、何かしてやりたいと思ってしまいますな」

「私もです」

「私は今まで何度か下民狩りを嗜んだことがありましたが、あの姿を見てはもう行けませんなあ」


 言葉を話す獣だった下民達。

 貴族に認識すらされず、ときには狩りの対象にすらなっていた。


 だが今、ちょっとだけ意識改革が進んでいる。

 まだまだ少数派だろうが、それでも嬉しい。


「下民狩りといえばラディシュ男爵」


 その名を耳にして体がビクッとした。

 かつて俺の目の前で嬉々として下民狩りについて語った貴族。


 名前を聞くのもいやだったが、それ以上に好奇心が勝ってしまった。


「領内で狼藉の限りを尽くしてるとかで、かなり荒れ果てているようですよ」

「そろそろ爵位を取り上げられる、という噂を聞きました」

「貴族至上主義派の末端でなければ、とうに騎士ですらないでしょうに」

「たしかに。下民はこんなに役に立ってくれるのに、あんなにいじめて自業自得ですな」


 安心した。

 あの男爵が貴族社会で幅を利かせていたらどうしようかと思ったが、そんなことはなかった。


 下民をいじめ、領内を荒廃させ、もうすぐ貴族ですらなくなるかもしれない。

 少しだけ、溜飲が下がった気がする。


 早くあんな貴族がいなくなって欲しい。

 そのためにも、この派閥をもっと大きくしよう。


 そう、心から思ったんだ。



 ---



 そんな会合の帰り道で、それは起きた。


「で、殿下!お久しぶりでございます!」


 噂をすればなんとやら。

 ラディシュ男爵だった。


 以前会ったときとはずいぶん様子が違っていた。

 服装には乱れがあり、頬はこけ目が充血している。

 最近は満足に眠れていないのかもしれない。


 同情する気にはなれなかった。

 彼が下民にしてきたことを考えれば、睡眠不足など罰にもならないのだから。


 ビスケッタさんが無言で俺と男爵の間に入ってくれた。

 前回の遭遇で俺が苦手意識を持っていると知っているから。

 だから守ろうとしてくれているのだ。


 そんなビスケッタさんの肩に手を置く。

「よろしいのですか?」と目で問うてくるビスケッタさんに、一生懸命笑顔を作りながら首を縦に振る。


 つらいことから逃げ出さない。

 だからと言って暴力に頼ったりもしない。


 まずは向き合うことから、始めよう。



「殿下!どうかお助けください!下民にすら手を伸ばされる慈悲深き殿下なら、私を救い出してくださることなど造作も無いはず!」


 俺に会いに来た理由はこれか。

 もはやこれまでと、俺に救いを求めにきたのだ。


「今まで私と一緒に下民狩りを楽しんできた恩知らずども…。我が領内から下民がいなくなったことを知って、まるで蜘蛛の子を散らすかのように去っていったのです!」


 領内から下民がいなくなるほど迫害したのか。

 胃の中のものが逆流しそうになるほど気分が悪くなる。

 だが腹に力を入れてぐっとこらえる。


 もう、逃げたりしない。


「俺はそんな下民達の街をつくる活動をしている男ですよ?そんな俺に、あなたがいったい何のご用ですか?」


 突き放すように言い放つ。

 だが俺が口を開いたことで逆に男爵は喜んだ。


「存じております!もちろん存じてますとも!慈悲深き殿下が下民ごときをお助けになっていること、この帝城に知らぬ者などおりません!」

「だったら…」


 俺の声は男爵の大声でかき消される。


「虫けら以下の下民どもをお助けになるのです!この私を、男爵である、貴族である私を!殿下が見捨てられるはずがないでしょう!?」


 俺には全く理解できない理屈。

 だが男爵の中では違うようだ。


「下民ばかりを助けていては、殿下のお名前に傷が付きます!殿下の格が、下がってしまう!やはり助けるなら、慈悲を与えるべきは、貴族でございましょう?人には格がございます。助けられる者にも格があるのです。殿下が真にお慈悲を与えるべきは、貴族。すなわち、この私でございます!」


 血走った目でそんなことを口走る。


 貴族以外は人とすら認めていない、助ける価値もない

 そんな意志が、ありありと伝わってきた。


 これが貴族至上主義者

 貴族だけに価値を求める者達

 俺とは相容れないと、確信せざるを得ない。


 だから俺は断言する。


「俺は、そう思いません」


 そうバッサリと切り捨てる。


 男爵は俺の言葉の意味が理解できていないようだった。

 聞こえてはいるが、頭に入ってきていない。

 言葉は通じているのに、意味がわからない。

 そんな様子が伝わってくる。


「俺にとってはあなたよりよっぽど下民のほうが助けるべき存在です。その方がよっぽど、世の中のためになる。あなたがどう思うかはあなたの勝手ですけど、それを俺に押し付けないでください」


 ちょっと言い過ぎた。

 男爵のことを下民以下と言ってしまった。


 だが言ってしまった言葉はもう戻せない。

 言葉には責任がある。

 覚悟を決めよう。


 どんな反論されるかと思ったが、男爵は何も言ってこなかった。

 いや、ただただ呆然としていた。


 自分が下民以下だと言われたことが受け入れられないのだろうか。

 その顔からは全ての感情が抜け落ちていた。

 そんな顔をしながら、突っ立っていた。


 そっちが話す気がないのならもういい。

 去らせてもらおう。


「では、俺はこれで。二度と会うこともないでしょう」


 貴族式の遠回しな言い方。

 二度と会いに来ないで欲しいという意味。


 これで彼の顔を見ることは二度とないだろう。

 思い出すこともなくなるかもしれない。


 そう期待して踵を返した時


「わ、わわわわ、私が、貴族の、男爵の、私が!私が、こんな目に合うはずがない!」


 叫び声が耳に届いた。


「私を、ばばばばばば馬鹿に、するなああああああ!!」


 振り向いた先には正気を失い絶叫する男爵の姿があった。


 彼が杖を振り上げる。

 逃げる?反撃する?

 いやダメだ。

 俺は、そんなことをする立場ではない。


 激情のままに力を振るう狼藉者と、同じ場所に立つ必要などはないのだ。

 何があろうと、真正面から受け止めよう。


 そう覚悟を決める。


 そして杖が振り下ろされ、魔法が放たれるその瞬間


「ソラ様に手を上げたこと、万死に値すると知りなさい」


 ビスケッタさんの拳が男爵の腹に叩き込まれた。

 そのまま廊下を吹っ飛んでいく。


 100m以上は吹っ飛んだろうか

 そのまま壁に激突し、壁にめり込んでいる。


「ソラ様。これは大逆罪です。ラディシュ男爵家は取り潰され、男爵本人は厳罰に処されます」


 ビスケッタさんは淡々と述べる。

 それが決まりきった事実として、淡々と。


 以前の俺なら「俺なんかに手を上げたくらいで…」と言っただろう。

 だが今の俺は知っている。

 俺はただの俺ではないことを。

 皇帝と同等、もしくはそれに準ずる扱いをされる、皇帝の兄であることを。


 だから、事実は事実として受け入れるのだ。


「わかってます。処理は誰が?」

「すでに親衛隊が集まってきています。彼らが行うでしょう。何か事情を聞かれるかもしれませんが、そちらの対応は私にお任せください」

「ありがとうございます、ビスケッタさん。お願いします」


 淡々と話をする。

 ラディシュ男爵のことはもう終わった、過去のこと。

 下民を虐げ領地を荒らした一人の貴族が、帝城内で乱心して罰せられる。

 ただ、それだけだ。


「ビスケッタさん、でも一言だけ言わせてください」

「なんでしょうか?」


 ビスケッタさんは居住まいを正して俺の方に向き直る。

 なにか叱られるとでも思っているのかもしれない。

 文句ぐらいは言われると思っているのだろう。


 でも、違う。


「守ってくれてありがとうございました。助かりました」


 俺ではとても魔法使いである男爵には勝てない。

 ビスケッタさんが音速を超えるような速度で守ってくれたから、今俺は無事でいられるのだ。


 その感謝の言葉を笑顔で伝える。

 するとビスケッタさんは一瞬だけ驚いた顔をして


「とんでもございません。ソラ様を守ることが、私の使命ですから」


 そう言って、笑ってくれたんだ。



 ---



「ラディシュ男爵は極刑になった。情状酌量の余地はなし。ソラに手を上げたのだから、大貴族でもなければ未遂だろうと当然の結果だ」


 エメラルドがことの顛末を教えてくれた。


 もちろん男爵家も取り潰し。

 ただ男爵には正式な家族はいなかったため連座を受けたものがいなくてよかった。


 むしろ良かった点もある。


「男爵領は陛下の預かりとなったんだが、私に管理を任せていただけるとのことだ。まあ、ソラとの関係もあるからだろうな。領内は荒れ果てているが残った者たちもいるようだし、ユキと一緒に街を作って一からやり直すさ」


 生き残った人たちは、きっとこれから幸せになるだろう。

 そして


「男爵が囲っていた者達は解放した。ああ、詳細は聞くな。言わせるな。反吐が出る、とだけ言っておく」


 男爵に囲われていた

 その意味は想像するしかない。

 ただ、悪い意味なのは間違いないだろう。


 だがエメラルドが解放したのならもう安心だ。

 彼女は回復魔法だって使えるのだから。


「ありがとう、エメラルド」


 エメラルドに感謝の言葉を述べる。

 だが顔に力が入らず、あいまいな笑顔になった。


 そんな俺を、エメラルドは優しく抱きしめてくれた。


「ビスケッタ様に聞いたよ。よく頑張った。以前の話は聞いてる。トラウマになったような相手から逃げなかった。ちゃんと反論して自分の意志を伝えた。攻撃を受けたときも、堂々としたものだったらしいじゃないか」


 エメラルドが褒めてくれた。

 なんだか目頭が熱くなってくる。


「以前のソラなら男爵の裁きについても横槍を入れただろう。だが、今回は何も言わなかった。結果は結果と、ちゃんと受け止めた。成長したな、ソラ」


 今度こそ涙がこぼれ出た。

 エメラルドの胸の中で少しだけ、泣かせてもらった。


 泣き終わってから、ポツリとこぼす。


「男爵に「ざまあみろ」って思えるぐらいだったら、楽だったのかな…」


 なにせ下民を迫害した相手だ。

 それぐらい思ってやりたかった。

 でも、思えなかった。


 多くの下民の命を奪った男なのに、彼が極刑になったと聞いたら心が痛んでしまった。


「いいんだよ。そんなこと思わなくて」


 エメラルドは断言する。


「そんなこと思わないソラが、私は好きだぞ」


 そんなふうに、言ってくれたんだ。


「それに、そんなこと思っている暇はないしな」

「…うん。そうだね」


 その通りだ。


 男爵は曲がりなりにも貴族至上主義派だった。

 その貴族から転げ落ちるのは時間の問題だったとはいえ、それは将来のこと。

 現在は派閥の一員であったことは厳然たる事実。


 そんな彼が別の派閥の領袖である俺に手を上げ、返り討ちにあった。

 これはもはや、二人の貴族だけの話ではない。

 派閥間の話となる。


 明らかに相手に過失があろうと、見逃しては彼らの沽券に関わるだろう。

 何らかの動きがあって当然だ。


「忙しくなる。だから後ろを振り向いてる暇なんて、ない」


 前を向いていこう。

 そこに光があると、そう信じて。



痛くて眠れず、書ききれてしまいました。

気持ちよく「ざまあw」とできる主人公でなく恐縮です。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  確かに完全スッキリとは行きませんでしたが、男爵を 救済しなかったのでそこは良かったです。  あとビスケッタさんのフォロー最高。  ありがとうと言えるソラ殿下の素直さ。これも最高。 [一…
[良い点] 気持ち良く「ざまぁ」と言えない、そんな主人公だから…私はこの物語が好きです。
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