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44話 派閥始動

 新しく作った街は、あっという間に形になった。


 元々住民予定者を選別していたこともあり、移住は即日に終わってしまった。

 選別者には仕事も割り当てられており、翌日からは活動が始まった。


 下民は命じられることに慣れている。 

 無茶振りなんて慣れっこだ。

 だから新しい街にいきなり連れてこられて新しい生活を押し付けられようと「まあ、こんなもんか」と順応してしまう。


 そうはいっても、ここまでうまくいってるのはセリスの力だろう。

 彼女の采配のおかげで全てが順調だ。

 パラディスのときだって、そうだった。


「ありがとう、セリス」

「と、とんでもないです…。殿下と、閣下のお力になれて、光栄です…!」


 セリスはいつも謙虚だ。

 謙虚で母親思いの優しい少女。


 たまに無茶するときもあるから、そのときは止めてあげないとな。


「ここまではできて当然さ。問題は、これからだよ」


 セリスの優しい笑みの隣で不敵な笑みを浮かべるノヴァ。

 何を企んでいるのか、逆に不安になる。

 だが今はそんなことは置いておこう。


 なにせこいつの言う通り。

 ようやくスタートラインに立っただけ。


 全ては、これからなのだから。



 ---



 ”皇帝の兄、ガイア大公と手を結ぶ”


 このニュースはたしかに貴族社会に衝撃を与えた。

 だがその衝撃とは対象的なまでに、動きはなかった。


「陛下の兄君とは、あの怪しい街にご執心の方だろう?」

「皇帝陛下からの寵愛は本物だ」

「たしかにガイア大公と手を組まれたら脅威だろうが…」

「ガイア大公とエトナ大公の険悪さは知ってるだろう?そんな派閥に入れば、大公家筆頭を敵に回すことになるぞ?」

「くわばわくわばら。触らぬ神に祟りなしよ」


 貴族お得意の様子見だ。

 声をかける者が現れるどころか、むしろ距離を置かれるようになったほど。


 街を作ろうと、状況は変わらない。

「また下民の街など…」と奇異な目で見られこそすれ、興味を抱かれることはなかった。


 興味を抱く貴族ははほぼ皆無。

 つまりそれは全くの皆無ではなく。

 たった二人だけ、興味を持つ者が現れた。


 その二人は、二人共が騎士だった。

 一人目は俺と関わりのある人物。


「殿下。下民の街ですが、私の領地でも作ってみていただけますでしょうか?」


 俺の領地の領都であるベクタ

 そこの代官を担ってくれている、騎士ダグエル・ダリントン


 本心では下民の街などに興味はなかったのかもしれない。

 だが彼はセリスには人一倍目をかけており、彼女の成功を心から喜んでいる。

 だから彼女が生み出した下民の街にも興味を持ち、それを増やす手助けをしたかった。

 おそらく、これが本音だろう。


 なにせ気難しいことで有名なガイア大公が、セリスの都市運営を手放しに褒めたのだ。

 それはセリスの力をベクタ統治から下民の街々の運営に振り分けるためのノヴァの策略だったのだろう。

 それでも褒めたのは事実だ。

 ノヴァから直接お褒めの言葉と感謝の言葉を伝えられたダグエルは、明らかに感激し涙で目をうるませていた。


 そしてノヴァの訪問の直後、俺にあの言葉を伝えてきたのだ。

 自分もセリスの活動の力になりたいと。

 自分の領地も使って欲しいと、提案してきたのだ。


 もちろん俺にそれを断る理由はない。

 セリスも大喜びだし、ユキも張り切っている。

 すぐに準備を開始し、あっという間に街はできてしまった。


 これが一人目。

 そして二人目は、ノヴァと縁がある人物だった。


「あの、閣下。閣下の配下に入れば、領地に街を作っていただけると聞いたのですが…?」


 恐る恐るノヴァには声をかける騎士。

 彼の名前はベディ・ビレン。

 ノヴァは名字を聞くまで、彼が何者か全くわからなかったらしい。


 ベディはごく普通の騎士だった。

 市民に落ちるほど無能ではない。

 だが爵位を得られるほど有能ではない。

 先祖代々から受け継ぐ騎士の位を守るので精一杯。


 そして領地にあるのは臣民の街が一つきり。

 そこからのわずかな収入だけでなんとか生計を立て、貴族としての栄達など望むべくもない。


 そんな男だった。


 ただ彼の領地はたまたまガイア大公領と接していた。

 そしてたまたま、新しい下民の街に近かった。

 これが、彼を下民の街と結びつける縁となる。


 うわさ話というのは不思議なほど早く伝わっていく。

 彼の屋敷に住む臣民たちが新しい街のことを口にするのは、街ができてすぐのことだったらしい。


「下民の街というものができたらしい」

「そんなもの、邪魔じゃないのか?」

「いやいや、ここらでは育ちにくい作物などを下民たちがつくってるらしい。今まで高かったのが安く手に入るようになるかもしれんぞ」

「でも大公領の話だろう?」

「確かに。あまり関係ないかもしれんな…」


 関係はある。

 大いにある。


 臣民の中には豊かな大公領に移住しようという者すらいるのだ。

 このままで貧しいビレン家の領地はさらに貧しくなってしまう。

 下民の街がそんな有益なものならば、ぜひ自分の領地にも作りたい。

 そしてできることなら、この衰退に歯止めをかけたい。


 そんあ藁にもすがる思いで、ガイア大公に声をかけたのだ。


 ノヴァは快諾し、すぐに俺のもとに彼を連れてきた。

 皇帝の兄とガイア大公との三者面談。

 震え上がりガチガチになったベディを落ち着かせ、少しずつ彼の口を開かせた。


「私の領地にも、昔は街がいくつかあったのですが、今は一つだけになってしまいまして…」


 彼の祖父は爵位を狙ってかなり活発に動いたらしい。

 その活動資金捻出のため領内に重税を課し、ついには街を潰してしまった。

 だが活動もむなしく爵位は得られず、失意の中で祖父は死んだ。

 そして残ったのは、貧しくなった領地だけ。


「野生の下民が農地に盗みに入ることがあるのです。対策しても何度も何度もやってきて…。どうも廃墟となったかつての街を住処にしているようなのですが、討伐隊を出そうにも先立つものが…」


 臣民ですら逃げ出すほど酷使されたのだ。

 下民が受けた行為はそれこそ筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。


 そして臣民はまだ別の街や領地に逃げることができるが、下民には逃げ場などはない。

 主人である臣民がいなくなれば、”野生の下民”とならざるをえない。


 廃墟となった街はかつて俺が住んでいたようなスラムになっているのだろう。

 そしてそのスラムでも食いっぱぐれた者達が、臣民の農場を襲っているのだ。

 失敗すれば確実な死が訪れるとわかっていながら。


 聞くだけで悲しくなった。

 人ではなく害獣扱いされる下民達。

 彼らの話を聞いて、涙が出そうになるほど悲しくなった。


 でも俺に、泣いている暇はない。


「ではすぐにでも街を作りましょうか。今後下民達は、あなたの力になってくれるようになりますよ」


 涙をこらえて笑顔を作り、ベディに笑いかける。

 すると憔悴していたベディの顔に、かすかな希望が宿った。

 この希望を下民達にも広げてあげたい。


 そう、心から思ったんだ。



 ---



「じゃあ、始めるよ」


 今度の街はノヴァが造ることになった。

 別に押し付けたわけではない。

「僕もたまには動かないとね」とノヴァが自ら手を上げたのだ。


 ノヴァもユキと同様、あっという間に街を生み出してしまう。

 俺から見るとどちらも同じようなものだったが


「すごい…」


 ユキが感嘆している。

 できるものが見れば違いがわかるらしい。


「細やかさ、精密さがすごいです。それにまだまだ余力を残されていて、私はこの規模でも限界なのに…」


 言われてみると石畳の大きさが均等だ。

 ユキがつくったパラディスはもっとバラバラだった気がする。


 余力を残してるのはすごいと思うけど、こんなのあまり変わらない気もするが…。

 まあ、ユキがすごいと言うんだからすごいのだろう。

 素人には難しい世界だ。


「そこは精密さというより性格かね。僕は均等になっているのが好きなだけさ。君は造形に凝るのを重視しているようだしね」

「え?わ、わかっていただけましたか?」

「まあね。建物の形が独創的だったよ」

「そうですかね?すごかったですか?えへへ」


 すごいとは言ってない気がする。


 しかしこれでまた街ができた。

 ビレン領では移住させるほど街に下民はいないので、街に住んでいない下民たちをここに住まわせる。


 すでにセリスが計画を策定済みだ。

 スラムの代表ともコンタクトをとっており、彼らは新しい街を大歓迎だ。

 すぐにでも植民は開始できるだろう。


「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」


 新しい街にベディは感激している。

 この街の成功は約束されているようなものだが、それでも安心はできない。


 俺達の目的はこの街単体の成功などではない。

 この街を成功させることなど序章にすぎない。

 成功させた上で、貴族たちに認めさせる。

 そして羨望させる。


「自分の領地にも、下民の街を作りたい」


 そう思わせなければならない。

 これはその、第一歩。


 スタートラインには立っていた。

 そしてようやく、走り出すことができた。


 これが本当の、スタートだ。


「貴族連合、正式始動ってとこかね?」


 ノヴァも同じ思いだったらしい。

 なるほど。

 だから自ら手を上げたわけか。


「ああ。俺達の派閥の、始まりだ」


 俺達の派閥だ。

 ならその派閥が始まる瞬間は、俺達以外の誰にも決められない。


 例え二人の目的が違おうと、目指す先は同じ。

 だったら俺は、頑張るだけだ。


 みんなの笑顔のために、頑張るんだ。



ワクチン二回目打ちました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 先見の明がノヴァはあるな、これは経験からくるものか。 にしても、初対面のあの威圧さから随分と立ち回り変わったな。 この男、世渡りが上手い・・。
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