41話 最初の一歩
俺の後ろには続々とパラディスの住民が集まっていた。
それは老若男女関係なく。
乳飲み子を抱いた母親までが、ここにいる。
みんな怯えながら
だがそれでもここに、立っている。
これで、数の上では圧倒的にこちらが上。
だが臣民達は、一切怯まない。
それどころか、笑っている。
「いいねえいいねえ。虫けら共を家探しする手間が省けたってもんだ」
これで楽ができると。
下民が自ら首を差し出しに来たのだと、笑ったのだ。
「俺たちが手を下すまでもねえんじゃね?」
「そうそう。こいつらで処分し合えばいいんだよ」
「最後の一人だけ生かしといてやるか?」
「ひゃはは!おまえ、めっちゃ優しいな!」
反吐が出る。
体が怒りで震える。
まだ勝った気でいるのか。
戦いになれば俺たちが勝つのは決まっているのに。
なんでこんな余裕なんだ!?
「ふざけるな!なあ、みんな!?」
こんなことを言わせ続けてたまるもんか。
今すぐ止めてやろうじゃないかと後ろを振り向きながら声を張り上げる。
だが俺に同調する声は一切上がらず、全員が下を向いて萎縮していた。
セリスだけは声を出そうとしてくれていた。
なかなか声がでなくても、一生懸命に。
「わ、わたし、たちは…」
そしてようやく声が出たと思ったら
「「「ぎゃははははははははは!!」」」
場を揺るがす笑い声に、かき消されてしまった。
「なにが「なあ、みんな」だよ。お前、馬鹿じゃねーの??」
「やっぱ秘書官なんて頭でっかちで現実見れてない馬鹿ばっかだな。数字とにらめっこしすぎて頭おかしくなったん?それとも、元下民だからか?」
セリスの顔を知っている者がいるのか。
直接罵倒されたセリスは今度こそ萎縮してしまい、彼女も下を向いてしまった。
「下民は下民。俺たち臣民様の、言葉が通じる道具なんだよ。道具がご主人さまに逆らったら処分される。当然だろ?」
以前臣民の街で見た包丁などではない。
この男が持つのは、人を切るための剣。
剣の柄を握りしめ、いつでも抜ける態勢で一歩足をすすめる。
「俺はこれで、今までも道具を処分してきたんだよ。一度にこんなにたくさんなのは、初めてだけど、な?」
剣の心得があるらしい。
実に見事な、抜刀だ。
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首めがけて放たれた一閃。
間一髪、首の皮一枚でギリギリ躱す。
ただの勘だ。
目で追っていたら死んでいた。
「ちっ!」
やはりかなりの使い手だ。
必殺の一撃を外したのに狼狽えることもない。
そのまま剣を翻し、攻撃の手を緩めることなく襲ってくる。
だが、俺とて素人ではない。
そしてこれは模擬戦でも何でもない生き死にのかかった真剣勝負。
「ぎゃっ!?」
砂を蹴り上げ、目潰し。
卑怯とは言わせない。
今まで砂の感触を目で味わったことなんてないのかな?
いくら目が痛いとはいえ、急所ががら空きじゃないか。
思い切り金的を蹴り上げる。
声にならない声をあげ、男は泡を吹いて地面に倒れ込んだ。
勝利を確信したその瞬間
殺気を感じて反射的に横に飛ぶと、さっきまでのところに巨大な斧が叩き込まれた。
「勘のいい野郎だ…」
筋骨隆々の男が斧を構え直して俺を見つめてくる。
後ろには武器を持った男たち数名がいる。
数で一気に押しつぶす気らしい。
「お前、なかなかやるようだが、下民じゃねえな?」
「下民だよ」
「元、下民だろ。今は下民じゃねえ。そうだな?」
「…ああ」
「やっぱな。下民の動きじゃねえ。かなり、やる。サジをあんな簡単にのしちまうなんてたいしたもんだ」
サジ。さっきの男の名か。
「お褒めに預かり、光栄だね」
「サジはうちらじゃ二番目につええ。だが数人がかりで襲われれば、負けるに決まってる。お前はサジ一人は倒せた。だが俺たち数人がかりで襲えば、終わりだよ」
「やらなきゃわからないと、思うけどね?」
「はっ!数は力だ。魔法使い様でもなければ、数が多いほうが必ず勝つ。だからお前は、俺達に絶対勝てねえ」
俺の強がりは鼻で笑われてしまった。
「お前の後ろにいるやつらは全部でくのぼうだ。無駄に数だけいやがる、虫けら共。お前の仲間でもなんでもねえ。お前は、一人なんだよ」
「そんなことは、ない!」
「いいや。そんなことはあるね。現にお前に手を貸す素振りもねえし、動きさえもしねえ。お前、なんでそんなやつらのために戦うんだ?そんなやつら、守る価値があるとでも思ってんのか?」
男があざ笑う。
「お前に守られてるだけで、お前を守ろうともしないやつらのために、なんでお前は戦うんだよ?」
そのことを頭によぎらなかったと言ったら、嘘になる。
俺は戦う意志を示した。
臣民を一人倒した。
元下民であることも明かした。
何より、この街ができてからずっと一緒に頑張ってきた。
みんなは、俺が仲間だと認識してくれているはず。
なのに、今武器を持った男たち数人と対峙しているのに、手を貸す素振りすら見せてくれない。
下民って、こういうものなんだろうか?
俺がどれだけ頑張っても、下民は変われないんだろうか?
やっぱり、ダメなんだろうか?
心が折れそうになった瞬間
「兄さんは、最高なんです!」
そんなサラの言葉が、頭に響いた。
ああ、そうだ。
「そうだよな。サラ、お前の兄ちゃんはダメじゃない。お前の兄ちゃんは、最高なんだよな」
サラが誇りに思える兄に、俺はなる。
「あぁ?」
俺のつぶやきを聞いて、男は怪訝な顔をする。
悪いな。
今俺はお前じゃなく、大事な大事な可愛い妹で頭がいっぱいなんだよ。
サラが誇りに思えるような兄は、相手が何人だろうが、味方がいなかろうが、負けるはずがないんだよ!
「俺の名前は、ソラ。お前は?」
構えながら名前を聞いてみた。
答えてくれると思っていなかったが、男は構えながら教えてくれた。
「バーツだ。こん中で一番つええ、男の名だよ」
そして、戦いが始まった。
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多勢に無勢
俺がどれだけ訓練しようとも、所詮は一対一の模擬戦。
集団戦は経験がなく、ビスケッタさんに言わせれば
「多対一の戦いの場合、いかに逃げるかを考えるべきです。失礼ですがソラ様では、勝利の決め手がございません」
まったく、ビスケッタさんは正直だ。
そして実に正しい。
今の俺が、まさにそうだ。
誰か一人を倒せば、その背中を他の数名に狙われる。
馬乗りのような必勝の態勢も、集団戦ではただの狙い撃ちの的。
常に背中を気にしながら、いつもと全く違う戦い方を強いられる。
しかも一人倒すのもたいへんなのに、倒しても倒しても新手が現れる。
元気いっぱいのやつらとどんどん交代していく。
なのにこちらはひたすら体力が削られていく。
もはや呼吸を整えることも、できやしない。
「そろそろ限界か?」
バーツは余裕の表情。
こいつらは交代したり休憩したりと、俺のように戦いっぱなしではない。
体力も何もかも、表情通り余裕なのだろう。
俺も十人近くは倒したはずだ。
だが、やつらは全然減る気配がない。
百人以上いるのだから、当然だが。
「じゃあ、そろそろトドメといこうか?」
そう言ってバーツが斧を構える。
「さっきはよくもやってくれたな…」
先程の金的から回復したサジも刀を構える。
やつらの中の一二の実力者が同時に襲ってくる。
先程のようにうまくいくとは思えない。
そもそも体力もさっきより全然落ちている。
思い通りに体が動いてくれない。
だがそれでも
「了解。そろそろ、お前にトドメさしてやろうじゃないか」
精一杯の強がり。
体はあちこちが痛いし、切られて血が出ている箇所もある。
さっき腹を蹴られた時にあばらも何本か折れてるかもしれない。
だがそれでも
「下民だろうが臣民だろうが関係ない。俺達の力、見せてやるよ」
俺、じゃない
俺達、だ。
俺の後ろにはパラディスがある。
パラディスのみんながいる。
戦いに参加するしないは関係ない。
だがこれは、パラディスの戦いだ。
初陣だ。
そんな記念すべき戦いで
「負けるわけにはいかないんだよ!」
そして二人に向かって、突貫した。
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ミネルバ仕込みのタックル。
速く、低く、見えていても相手が対応できないほどに。
まずは病み上がりのサジと思ったが、空振り。
「しまった!」
このまま背中をとられたら、死ぬ!
身を翻して地面を転がって距離を取るが、相手の攻撃が来ない。
いやむしろ
「だ、大丈夫ですか!?旦那!」
地面に転がった俺を、街のみんなが抱き起こしてくれた。
「え?え?」
現状が把握できない。
さっきの臣民達は?バーツは?
そう思ってやつらがいた方向を見ると、パラディスの住民たちに追いかけられて逃げ帰る臣民たちが見えた。
住民たちが持っているのはクワやスキのような農作業道具。
それに小さなハンマーや家庭で使う包丁程度。
そんなものを持って、ほとんど泣き叫ぶような声を出して臣民たちを追いやっていた。
「ここは、俺達の街だ!」
「私達の街から、出てけ!」
「旦那が死んじまう!旦那を助けるんだ!」
「しししし臣民様だからって、許さねえぞ!」
そんな風に、叫びながら。
住民が立ち上がれば全てが変わる。
多勢に無勢の関係が、完全に逆転だ。
「魔法使い様でもなければ、数が多いほうが必ず勝つ」
この言葉通り敗北を認めたやつらは、尻尾を巻いて逃げ出していた。
「あ、あはは!あはははははははは!」
思わず笑ってしまった。
こんなに簡単だったのか。
下民が臣民に勝つのは、こんなに簡単だったんだ。
下民は数が多い。
臣民よりもはるかに多い。
今は臣民が全てを抑えつけて力をもっていたが、それを外して下民を解放すれば、これこの通り
「下民だって、やればできるんだ!」
下民はただ虐げられる存在ではない。
下民でも、臣民に勝てるんだ。
「で、殿下の、おかげです…」
笑う俺に、セリスが微笑んでくる。
「殿下が道を作ってくださったから、殿下が範を示してくださったから、みんな、立ち上がることができたんです…」
嬉しいことを言ってくれる。
もしそれが本当なら、頑張ったかいがあるものだ。
そしてこれからも、頑張り続けなければならない。
じゃあ範を示した者として、一つ言わせてもらおうか。
「みんな!よくやった!」
大声を出すと体が痛い。
でも今声を出さなくていつ出すというのか。
痛みをこらえて、さらに叫ぶ。
「今日はパラディスが真に誕生した記念日だ!下民だってやればできる!俺達のやったことをもっと多くの下民に広めて、世界中にこんな街を増やしていこう!」
これ以上はもう無理だ。
声が出せない。
だがもうその必要はない。
声を出す意味がない。
沸き起こった大歓声。
もはや俺が何を言おうと、これにかき消されるだろう。
「パラディス万歳!」
「下民だって、やればできるんだ!」
「こんな街が、世界中にできるって!?」
「もう、臣民様に怯えなくていいんだって!」
もう大丈夫だ。
体力の限界。
思い切り地面に倒れ込む。
「殿下、大丈夫ですか!?」
「で、殿下ー!」
リゼルとユキが心配して駆け寄ってくる。
だが大丈夫だ。
もう、大丈夫なんだ。
火照った体に冷たい石畳がひんやり気持ちいい。
寝転がって目に入るのは空だけ。
それは雲ひとつない青空。
今の俺の気分のように、清々しく晴れ晴れした青空だ。
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