35話 貴族至上主義
俺の人生初の夏休み。
色々あったが、終わった今となってはあっという間に感じる。
「みなさぁん。夏季休暇は楽しめましたかぁ?楽しめてもぉ、楽しめてなくてもぉ、今日から授業開始でぇす」
スポール先生も久しぶりだ。
久しぶりすぎて別人のように見えるなと思ったら、日焼けして真っ黒になっていた。
外見変わりすぎてて教室がざわめいてる。
でもスポール先生はいつもどおり。
「みなさぁん。授業中は、静かにするんですよぉ」
相変わらずのマイペースだ。
日常が戻ってきたようで安心する。
ああそうか。
学院の生活って、俺にとって日常になってたんだ。
そんなことに、今更気づいた。
---
「ソラ。食事に参りましょう」
ミネルバとの昼食。
取り巻きの面々も相変わらず。
ただちょっと違うのは、みんなが俺に遠慮し始めてたことだ。
学院に皇帝の兄がいること
噂の編入生こそ、その皇帝の兄本人であること
これらが夏季休暇中に知れ渡ってしまったらしい。
俺は何も変わらないのに、周りの反応は変わってしまう。
もはや慣れたことだが、めんどくさいものだ。
だが、今回はちょっと違った。
「ソラ。みなさま。早く行きませんこと?」
ミネルバの変わらぬ態度に、取り巻きのみんなは顔を見合わせる。
「ああ。行こうか、ミネルバ」
俺の反応も以前通り。
結果、若干ギクシャクしつつもみんなで昼食をとることになった。
ミネルバに感謝だ。
そんな日常がしばらく続き、みんなの対応も以前の雰囲気に戻ってきた。
俺への呼称が「殿下」に変わったり敬語を使われるようになったが、まあ、それは仕方ない。
普通に会話もしてくれるようになったんだから、十分だ。
なのでこれ幸いと、最近気になってたことを聞いてみる。
「みんなって、下民のこと、どう思う?」
ある貴族は下民を迫害して楽しんでいた。
またある貴族は下民の街で踊り子をしていた。
後者が例外なのはわかる。
俺が知りたいのは、普通の貴族の考えだ。
「え?下民ですか?いや、特になんとも…」
彼は確か男爵家だったか。
以前遭遇したラディシュ男爵とは、ずいぶん違うようだ。
「うちの実家には臣民はいましたけど、下民は見たことないですね」
「あ、俺一度だけ見たことありますよ!視界に入った瞬間どっか行っちゃっいましたけど」
彼らは下民を見たことすらない人々。
下民という存在がそもそも頭にないのだ。
「我が家では下働きで下民がおりました。部屋の掃除とかもしてたようですが、あまり気にしたことなかったですね」
「うちもです。なんか、風景の一部みたいな感じでした」
彼らは日常に下民がいた人々。
だが彼らにとって下民は人というより勝手に周りのことをする便利な道具のようなもので、人という認識はなかったのかもしれない。
よくはない。
が、悪印象をもつよりは百倍マシだろう。
これらを聞いて少し安心する。
だが、安心できない貴族たちもいた。
「殿下!あんなやつらのことを口にしたら、殿下の品位を下げてしまいますよ」
「そうそう。殿下は貴族の中の貴族なのですから、恐れ多いことですよ」
彼らは貴族至上主義者。
ときには市民、貴族でない魔法使いすら下に見る者達。
彼らにとっては臣民ですら視界に入れるに値せず、下民など口に出すのも躊躇する穢らわしい存在なのだ。
「そんなこと言うものではありませんわよ?私も以前は市民の方を地上出身の方とか言ってしまいましたが、この言葉は彼らを傷つける言葉と知って反省しておりますの」
ミネルバが注意してくれた。
帝城育ちで世間知らずだったが、俺とのこともあって色々自分で調べてるらしい。
友人として、人として、尊敬してしまう。
侯爵家公女のミネルバに注意され、彼らも一応「わかりました」と返事をする。
だが内心は別だろう。
学院に入学してまだ半年弱。
おそらく、上級生の影響だろう。
すでに彼らのように貴族至上主義の派閥に入ってる面々がいる。
つまり卒業時には、より多くの学生達がそうなっている。
入学時には下民を認識すらしていないのに、卒業時には徹底的なまでに格差を刷り込まれているわけだ。
そしてこの学院の卒業生たちは国家の中枢に進んでいく。
貴族至上主義以外の派閥だとしても、彼らは将来の幹部候補だ。
次は後輩にその価値観が受け継がれ、延々と続いていく。
もしかしていくら下民が下から頑張っても、結局のところ頭を押さえつけられては変わりはしないのではないだろうか?
そんなことを、思ってしまった。
---
「まあ、間違いなくそうだろうね」
「やっぱりそうか…」
別の日。
ノヴァに捕まって一緒に昼食を取る中で聞いてみた。
結果はこの通りで、あっさり肯定されてしまった。
なんてことだ。
「僕の学年になると、僕みたいな例外を除いてほぼ全員がどこかの派閥に加盟している。そして最も人気なのが、貴族至上主義派さ」
「なんでそんなのが人気なんだよ…」
全然理解できない。
俺が落ち込むのを見るのが楽しいのか、ノヴァは笑顔で説明を続けてくれる。
「単純な話だよ。貴族至上主義派は最も歴史が古く、数も力も圧倒的だからさ。ここに加盟できるか否かで学院卒業後の経歴が決まると言っても過言じゃない。もちろん、鶏口牛後であえて小さい派閥を目指す生徒もいるがね」
なるほど。
派閥によって出世も決まる。
だから出世に直結する貴族至上主義派が一番人気と。
理解はできるが納得はできない。
「貴族至上主義派って、なんでそんな力があるんだ?」
「言っただろ?歴史があるって。歴代の派閥の長は全員が大公。そして貴族至上主義派のトップとなった大公が、大公家筆頭を名乗るんだ。下級貴族どもには垂涎の的だろうね」
「…だからお前が大公家筆頭じゃないわけか」
「ご明察さ。僕はあんな派閥に興味がないからね。お山の大将には、アルヴィスがお似合いだよ」
大公家筆頭、アルヴィス・エトナ。
晩餐会での表情が頭をよぎる。
下民を口に出すのすらおぞましいと考えている人間のトップが、下民に頭を下げさせられた。
なるほど、俺をにらみつけるわけだ。
「アテネ大公家当主のダインはアルヴィスの腰巾着、無能なイエスマン。こうしてアルヴィスは大公家の半数を掌握しており、しかも大公の一角である僕はあんな猿どもの争いには興味がない。だからアルヴィス如きがどんどんのさばるってわけだよ」
心底興味がないのは伝わってくる。
だがきちんと相手を調査し、学んでいる。
これがノヴァという男だ。
「ね?やつらが力を持たないはずがないだろう?」
貴族の最大派閥
大公家筆頭がトップであり、もう一家も全面支持
権勢拡大に積極的であり、正面からそれを阻むものは誰もいない。
これで力を持たないはずがない。
別に回答など求めてはいないのだろう。
いつもの皮肉げな笑みを浮かべながら、ノヴァはそれ以上この件に関して何も語ろうとはしなかった。
「お前がなんとかしてくれよ」とでも言いたいが、俺にそんなことを言う資格はない。
むしろ唯々諾々と貴族至上主義派の意見を追認するわけではなく、最強の大公としてアルヴィスを牽制してくれているのだ。
もちろん俺のためでも下民のためでもない。
単にアルヴィスを個人的に気に入ってないだけだろうが、十分ありがたい話だ。
「それより君、ずいぶん面白いことやってるんだって?」
ノヴァが突然話題を変え、下民の街、パラディスについて聞いてきた。
「僕は自領の開拓が好きでね。色々街を作ってるんだ。でも下民の街という発想はなかった。ちょっと教えてくれないかい?」
「え?あ、ああ。別にいいけど」
「ありがとう。やはり持つべきものは、親友だね」
「だから、親友じゃないって」
街の構想とか現状について話をする。
それに対してずいぶん細かいことにも質問が返ってくる。
本当に興味をもっているようだ。
「なるほどね。下民って数が多いから有効活用したいと思ってたからちょうどいいよ。これは君だからこその発想かな?」
元下民としての発想。
普通なら嫌味だろう。
だが、全くそんな気がないのがわかってしまった。
いや、むしろ心から称賛している雰囲気すらあったのだ。
「お前って、変なやつだよな」
「そうかい?君には負けると思うよ」
「そろそろ時間かな」とノヴァが席を立ち、俺も同時に立ち上がる。
「ああ、そうそう」
思い出したようにノヴァが口を開き
「ガイア大公家当主と皇帝の兄が手を組めば、貴族至上主義共に対抗できると思うよ?」
そんな爆弾を放り投げてきた。
「まあ、考えといて」
俺が答えることもできずに固まっているうちに、そのまま去っていく。
俺とノヴァが、手を組む?
いや、ありえないだろう。
でもそれが最適解のような気もして
俺の頭は、混乱していた。
久々のノヴァでした。ソラに会いに来ることはありませんでしたが、動向は当たり前のように把握済みです。




