33話 全権委任状
「というわけで、皇帝から全権委任状をいただきました!みんな、好き勝手やっていいからね!」
意気揚々とベクタに返ってきた俺は、早速事の顛末をみんなに披露した。
「やりましたね!」
「腕がなります!」
「頑張りましょう!」
そんな前向きな反応を期待していたのに、誰も一言も発さない。
絶句している。
「ソラ様と陛下の仲睦まじいことは存じ上げているつもりでしたが、全権委任状までとは…。改めて、敬服いたします」
ビスケッタさんにしては珍しく冷や汗をかいている。
ちなみに他のみんなの反応はもっとすごい。
ユキは放心状態で口から魂が抜けかけてる。
リゼルは腰が抜けたように座り込んでしまった。
セリスに至っては立ったまま気絶している。
俺が皇帝の兄だってことはみんな知ってるはず。
なんで皇帝の話でここまでショックを?
「ソラ、気づいてないようだから教えてやろう」
エメラルドがすごい難しい顔をしている。
眉間にシワが寄っている。
シワが寄ってても可愛い。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
「領主は領内で強大な権限を持つ。臣民や下民に対してどのようなことをしても咎められることはない。ただし、市民には別だ。市民を迫害したら、爵位を没収される場合もある」
これは知っている。
臣民と下民が人ではないという理由。
それは貴族にとっては彼らは庇護の対象ではなく、所有物だから。
何をされても、何も問題にはならない。
逆に、市民は人だ。
皇帝の庇護下にある者達
ゆえに貴族といえど、理由もない迫害は許されない。
「だが、皇帝陛下は全ての権限をお持ちになる」
全て?
全てというと…
「皇帝陛下は、市民にも、貴族にも、どのようなことをしても許される。陛下のご意思は全てが聖断であり、それを咎めればそのこと自体が罪となる」
文字通りの、全て
考えうる全ての権利をもつ者
それが、皇帝
最大最強の魔法使いにして、天空より世界を支配する絶対者
「ソラは今、この領内において陛下と同等の力を持つことになったんだ。同等の扱いを受ける存在ではなく、同等の権限を持つ存在。それがどういう意味か、わからないわけじゃないだろう?」
当然、わかる。
だがこんなことはわからなかった。
サラのあの軽い一言が、ここまでの重みをもつとは
全く、夢想だにしていなかった。
だがこれで、帰り際のオスカルの反応にも納得がいく。
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それは名残惜しそうなサラに別れを告げた直後のことだった。
「”出る杭は打たれる”。物知らぬ貴様でも、この言葉ぐらいは知っていような?」
敵意むき出しの声
そういえば、今までは視線だけだった。
こうして直接言葉をかけられたのは、初めてだ。
「あえて俺を無視し続けてると思っていたのに、どういう風の吹き回しだい?」
俺から声をかけたことも一度だけある。
あれはまだスラムにいた頃。
ただ声をかけただけだったのに、殺されかけた。
「貴様に忠告する義理はない。だが貴様に何かあれば、陛下が悲しまれる」
それからは視線を交わしても言葉を交わしたことはなかった。
俺から声をかけたことはあったが、返答はなかった。
なのにまさか、向こうから声をかけてくるときが来るとはね。
「だからあまり、出過ぎたマネはするなよ?」
皇帝親衛隊隊長、オスカル
一代で、この若さで、市民から公爵にまで上り詰めた傑物
以前の俺ならこんなことを言われたら萎縮していただろうが
「俺のためではなくサラのためなら、納得したよ。忠告もありがたく受け止めるさ。だが、俺は俺の好きにやらせてもらう」
俺にはもう、下を向いてる暇などない。
だからこの視線も言葉も、正面から受け止めて返してやる。
「ほう。私に口答えするとはな」
言葉に反して、オスカルの口調は弾んでいた。
まるで、喜んでいるように。
「そういえば顔つきが変わったな。いい面構えになっている。何があったかは知らんが、ようやく下民から脱したか?」
「別に。俺は俺のままだよ」
下民でもなければ皇帝の兄でもない。
俺は、俺だ。
そんなをはぐらかすような答えにも、オスカルは気分を害した様子はなかった。
「まあいい。忠告はした。だがその様子なら、少しは楽しませてくれるかもしれんな」
声を弾ませて去っていく。
「陛下がお喜びになるだろう。それにアルヴィスの顔も、見ものだな」
そんなことをつぶやきながら。
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「オスカル閣下がそこまで饒舌なのは、珍しいですね」
ビスケッタさんの驚きポイントはそこだったらしい。
ちなみにエメラルドは俺とオスカルの仲に対して、あまり突っ込んでこない。
友人と上司が仲悪いのは、まあ、対応が難しいよね。
「全権委任状は名実共に陛下の名代たる証明であり、発行されること自体が稀です。それを快く思わないものは出てくるでしょう。そこを心配されていたのかと」
「アルヴィス、とかですか?」
オスカルが呟いた男の名。
それを聞いてビスケッタさんは難しい顔をする。
「アルヴィス大公は貴族至上主義者です。もしかしたら内心、ソラ様のことを認めておられないのかもしれません。恐れ多いことですが」
貴族至上主義者。
貴族こそが絶対であり、市民ですら見下す者達。
いったいこいつらはどれだけ自分が特別なら気が済むのかと、一度聞いてみたい。
「アルヴィス大公に反対されるとなると、少々、いえかなり手こずったでしょう。そもそもご本人が大公家筆頭で、さらに貴族の最大派閥の長。陰に陽に、ソラ様の活動を邪魔する手段は星の数ほどございます」
だが、たった一枚の紙切れでその状況は覆された。
「全権委任状をソラが手にした以上、大公閣下といえど手は出せない。今のソラの邪魔することは、陛下の邪魔をすることに等しい。陛下の前では大公家筆頭なんて意味はない。陛下に逆らえば、破滅。この世の誰であろうと、陛下に逆らうことはできないんだ」
「もしかしたら、ギリギリのタイミングだったわけか…」
「そうだな。アルヴィス大公ならば我々の行動など筒抜けだろう。もしかしたら、すでに手を打っていたかもしれない。今頃は、それらの撤収作業で大わらわだろうがな」
晩餐会でのアルヴィスを思い出す。
最後の含みのある「またいずれ」という言葉。
意外と、早く来るかもしれない。
しかし改めて、皇帝の力というのを思い知らされた。
皇帝の前ではあらゆる身分が意味をなさず、全てが平等になってしまう。
そして同時に、昨夜のサラのことを思い出す。
俺と一緒に寝ることを喜び、頭をなでられて無邪気にニコニコ笑っていた。
絶対者たる皇帝のサラ
俺を慕う可愛い妹のサラ
どうしてもこの二つが結びつかない。
だがこの二つが同一の存在であることは揺るぎようがなく、それゆえに俺はこの強大な権限を手にできている。
最も心強い味方なのに、最も曖昧な存在。
別に矛盾しているわけではない。
なのに同じ存在だということが受け入れられない。
言葉としては受け止められていても、頭が理解してくれない。
だって、サラはサラだ。
俺のたった一人の家族。
可愛い可愛い、俺の妹。
例え天地がひっくり返ろうと、俺にとってこの事実が変わることはない。
「ソラ、難しい顔をしているぞ。大丈夫か?」
エメラルドを心配させてしまった。
「大丈夫だよ」と返事をし、街のこれからの話しを始める。
色々あってたいへんなことばかり。
でもまずは、一歩一歩進んでいこう。
オスカルはサラにはいつも笑顔で優しいです。




