32話 皇帝とおねだり
「もうすぐ。もうすぐだぞ」
「父ちゃん、本当に俺たちの街なんてあるの?」
「ちゃんとしたおうちに住めるって本当?」
下民の親子が歩いている。
目的地は、下民の街。
新しくできた、自分たちのための街。
「ああ。本当だ。そこでは家もあるし、仕事もある。しかも、臣民様にムチで叩かれることもないんだぞ!」
「すごいすごい!」
「もう痛い思いしなくていいんだね!」
子供たちは無邪気に喜ぶ。
父親も笑顔だ。
母親は後ろからそんな三人の姿を微笑ましく見ていた。
何度も何度も同じ会話をしている。
そのたびに三人とも同じように喜んでいる。
だけどそれもしょうがない。
こんな夢みたいな話、何度聞いても嬉しくなってしまう。
あとはこの森を抜ければ街につく。
そのときだった。
「はーいはいはいはい!笑顔の時間はおしまいでーす。残念でしたー」
突然、囲まれた。
数人どころではない。
数十人に囲まれていた。
「ちっ。虫けら四匹だけじゃねえか。せっかく久々に遊べると思ったのによう」
「でもまあ、ガキもいるしいいんじゃね?活きの良い泣き声聞かせてくれよ~」
「ガキはうるせえから嫌いなんだよ。先に喉つぶしとけ」
もしかしたら百人近くいるかもしれない。
泣きそうな子供たちを母親は抱きしめ、父親は精一杯叫ぶ。
「い、いったい何なんですか?私達は、そこの街に行くだけなんです!」
それを聞いて男たちは爆笑する。
「知ってるよ!下民の分際で、夢や希望なんてもちやがってなあ」
「俺たち臣民様ですらこうして山賊なんかやらなきゃいけねえのによう」
「なぶり殺しにしてやらなきゃ、気がすまねえと思わねえか?」
山賊
本来なら隊商を襲うため、こんな交易ルートから外れたところには出現するはずもない。
なのに、ただ下民である彼らをいたぶるために、やつらはここにいるのだという。
下民の一家の顔が絶望に染まったそのときだった。
「そこまでだ!下郎共!」
そんな台詞が森に響く。
そして次の瞬間、稲妻が走る。
稲妻のような衝撃ではない。
文字通りの稲妻が、山賊たちを襲ったのだ。
「「「ぎゃあああああああああ!!」」」
一瞬で百人近くの男たちが昏倒する。
一人も残らず、全員が、倒れ伏したのだ。
たった一人の、魔法使いの手によって。
「まあ、こんなもんですかね」
まるでベッドのシーツを直したぐらいの気軽な口調。
むしろシーツ直しの方がたいへんそうだったかもしれない。
彼女の名前は、リゼル・マスタング
マスタング伯爵家次期当主。
「殿下!殿下の街の住民を襲おうとした下郎共、まとめて成敗いたしました!」
俺の、メイドさんだ。
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「マスタング伯爵家は雷撃魔法を得意としています。リゼルはその中でも特にコントロールが抜群でして、あのように百人程度なら難なく戦闘不能にすることが可能です」
中心にいた下民の家族達には全く被害を与えず、賊だけを狙い撃ち。
しかもあれは殺さないよう手加減した状態。
百人近くのならず者達を圧倒する、強大な力。
「はい!雷撃魔法のコントロールに関しては、昔から自信がございます!」
爽やかな笑顔。
とてもそんな恐ろしい力を持っているなんて微塵も感じさせない。
これが魔法使い
これが爵位貴族
臣民や下民が束になってかかろうともかなわない、格の違う存在だ。
それに今考えるのはそこではない。
あんな山賊が出てしまっていること、そのことだ。
「隊商が襲われることは、昔からありました…。でもまさか、あんなところに出るとは予想外で…」
交易ルートの本流は警備が厳しくて襲うのは難しい。
だから近道したりして少し外れたところを襲うのが常道だろう。
だがあそこは交易ルートから離れすぎており、隊商を襲うためにいたとは考えづらい。
「捕らえて尋問しましたが、やはり、狙いは下民そのもののようです…」
目的は、下民。
街からあぶれ、山賊に堕ちた者達。
たいていは犯罪を犯し、そのまま街から逃げ出した臣民だ。
下民が街を持つことが許せない
自分たち臣民が追い出された街を、下民ごときが住むことが許せない。
そんな理由で、やつらはあそこにいたという。
下民が憎い、ただそれだけで。
「本当に、深い谷だな…」
「谷?」
エメラルドが不思議そうに聞いてくる。
「なんでもないよ」と否定して、これからのことを考える。
まず捕らえた賊どもはさすがに街の住人にできない。
臣民の名簿から名前を消すのは絶対だが、そのまま牢獄行きだ。
なんか意図せずして、臣民から下民になる人間が増えてくな。
あとは今後の対応だ。
街への道には警備兵を配備すれば安全確保はできるだろう。
ただしそれは相手が臣民の場合。
今は臣民だけだが、もしかしたらいつか市民達も下民の街に敵意を向けるかもしれない。
そして、周辺の領地の貴族たちも。
それを未然に防ぐためにも、何か手を打たねばなるまい。
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「私、寂しかったんですからね?ちゃんと会いに来るって約束してたのに!約束破ってずーっと会いに来てくれなかった兄さんなんか、私知りません。ふーんだ」
サラが頬を膨らませてそっぽを向いている。
気づけば夏季休暇が始まって半分が過ぎていた。
「頻繁に連絡」ということで手紙は送っていたが、サラはそれで満足していなかった。
転移魔法があるのだからと、ほぼ毎日会いに来ると思っていたらしい。
それでこのようにすねてしまったわけだ。
ちなみに部屋に入った瞬間は「兄さん!」って胸に飛び込んできてくれた。
少しハグして「兄さん分、少し補充できました」と言った後、このように距離をとってそっぽを向きはじめた。
年頃の女の子は難しいね。
「ごめんごめん。でもお土産があるんだぞ?」
「え!?お土産ですか?兄さんが私に?」
いきなり機嫌を直してくれた。
サラは可愛いなあ。
そして俺はとっておきのお土産を取り出す。
「じゃーん!これぞベクタ名物、天下一品焼き鳥本舗の焼き鳥だー!」
意気揚々と取り出したのは、あの屋台の焼き鳥だ。
これは本当にうまかった。
だがなんだあのオスカルの目は。
「何考えてんだこいつ」って感じで見つめてきてるぞ。
「兄さんのお土産だったら、私、何でも嬉しいです!」
でもサラはこのように大喜びだ。
やったね。
何かちょっと含みのある言い方だった気がするが、気のせいだろう。
サラはお肉が大好きだもんな。
早速二人で焼き鳥を口に含む。
「あ、本当においしい!」
「だろ?ソースに隠し味がある気がするんだよなあ」
「そうなんですね。でも私、やっぱり兄さんの塩焼きお肉が一番好きだなあ。また、作ってくれます?」
絶対にこっちの方がうまいと思うが…
「ああ、もちろん」
そんなこと言われたら断れない。
「やった!じゃあ早速お願いします!私、お手伝いしますね!」
そうサラが言うが早いか、スラムの家にあったような囲炉裏のようなものが運び込まれる。
同時に山のような食材も。
こうして、俺は突然料理をするハメになった。
まあ、サラが機嫌を直してくれたから別にいいのだが。
料理も別に嫌いじゃないし。
それに何より
「やっぱり、兄さんの料理が世界一ですね!」
サラの最高の笑顔が、見れたしね。
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「サラ、お願いがあるんだけど」
「もちろんOKです!」
まだ内容も伝えてないのに許可をもらってしまった。
食後、機嫌を直したサラに俺は街のことを相談しようとした。
市民や周辺貴族といった魔法使いから街を守るための後ろ盾。
サラ、皇帝からの後衛ほど心強いものはない。
そう思ったのだが
「いや、まだ俺、お願いの内容言ってないんだけど…」
「?兄さんのお願いなのに、なんで私が断るんですか?」
なんていう全幅の信頼。
おそろしすぎる。
お兄ちゃん、妹が悪いやつに騙されないか心配になっちゃう。
「えっと、俺以外のお願いだったら?」
「別に私が聞く必要ないので、他の人に判断してもらっちゃってます」
ま、まあ、これはこれでありなのか?
誰かが好き勝手やったら他の誰かに抵抗されそうだし、みんな牽制しあってなんだかんだうまくいってるのだろう。
たぶん。
「とりあえず、中身を聞いてくれ。な?」
「兄さんのお話なら、一晩中ででも!」
一晩中は俺が困ってしまう。
でも昔はこうやって寝るまでお話し続けてたときもあったな。
まだ一年も経ってないのに、もう懐かしい。
そして俺は話を始めた。
下民のための街をつくること。
下民が自分たちで生活し、臣民の支配下ではなく自立して生きる街づくりをしていることを。
俺の領地だから、俺の裁量で色んなことを決めさせて欲しい。
勝手なことをするかもしれない、慣習を破ることもあるだろう。
だけどどうか許して欲しい。
そして、こういったことを気に食わないと考えるやつは必ず出てくる。
邪魔をしようとしてくるかもしれない。
そのときはどうか助けて欲しい。
そう、サラに伝えた。
話を全て聞き終えてもサラは顔色一つ変えなかった。
「兄さんのやりたいこと、ぜーんぶOKです!全権委任状ってやつ、あげちゃいます。兄さんの領地なら何も気にせず好きにやっちゃってください。私がOKしました!ダメって言う人が、ダメなんです!」
信頼されすぎてて怖い。
ちゃんと話の中身を聞いててくれてたのか心配になる。
何度か確認したがサラは頑として意見を変えなかった。
むしろ俺に対して反対意見を出すやつがいるのが許せないぐらいの勢いだったので、慌てて話題を変える。
他愛のない話をしていたら夜も更けてしまった。
なのでせっかくだしと今日はそのままサラの部屋に泊まった。
「一緒に寝るの、本当に久しぶりですね!」
俺が泊まると言ってから、サラはずっとこのようにニコニコである。
サラはすでに寝間着に着替えているが、寝間着というよりもはやドレスだ。
その色は純白で、まるでお姫様。
お姫様どころか、皇帝なのだが。
「似合ってるよ」と言いながら頭を撫でると、サラは本当に嬉しそうに微笑んでくれた。
俺も嬉しくなってたくさん撫でてあげる。
すると前髪で顔が隠れ、スラムの頃のサラのようになった。
あの懐かしい日々が、戻ってきたような気がした。
もはや何もかもが違うのに、サラといると何もかもが変わってないように思えてしまう。
ベッドもそうだ。
スラムの頃は狭いからと二人で体を縮こませて寝ていた。
でもここのベッドは、スラムのベッドどころか家よりも広い。
なのに俺たちは、ベッドの真ん中で二人で固まって寝ていた。
こんなに広いのに、二人でくっついて、昔のように寝ていた。
狭くて寝苦しいはずなのに、ちっともそんなことはなくて
とてもとても安心して、眠ることができたんだ。
おねだりしにきたソラでしたが、逆にサラに色々おねだりされました。




