23話 初めての領地
サラが帝城に来たとき使った、魔法でできた金色の階段を覚えているだろうか?
あれは乗ると勝手に動く便利なものだった。
でも転移魔法なんてもっと便利なものがあるなら、それを使えばいいだろうに。
そんな俺の考えは、エメラルドに言わせると浅はからしい。
「皇帝陛下を帝城にお迎えするのに、転移魔法であっさりなんて失礼だろう?本来なら全貴族総動員でお迎えしてもおかしくない。だがあのときはまだ陛下の存在が公ではなかったから、最低限ご無礼がないようにあの階段を用意したんだ」
全然意味がわからないが、そういうものらしい。
なんで便利なものが失礼なんだろう。
不便な方が礼儀にかなっているなら、階段も歩けばいいだろうに。
「階段で帝城まで登ったりしたら、疲れちゃうじゃないか」
ごもっとも。
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領地への移動。
馬車などを使って町や村を転々とし、ときには野宿もする。
まるで旅行のような日々。
俺の、初めての旅行。
そんな俺の期待は一瞬で無に帰した。
通常なら数日、もしかしたら一週間以上かかるような道のり。
そんな移動を一瞬で行ってしまう、転移魔法によって。
これが魔法。
魔法使いだけが使える、奇跡の技。
魔力を使った道具やちょっとした魔法などは帝城で何度も見てきたが、こうもはっきりと圧倒的な力を見せつけられたのは初めてだ。
こんなすごい力を持った人々に敬わられる今の自分に、違和感しかない。
「え、あの、もしかして、もう、領地ですか?」
そんな言葉を漏らしてしまうほど混乱している。
「?もちろんです。私は転移魔法があまり得意ではございませんので、何か違和感等ございましたでしょうか?」
ビスケッタさんが珍しく不安な顔をしてる。
たしかに違和感はあるが、それは全然別な理由だ。
彼女のせいではない。
「いや、大丈夫です。ただ、あれですね。こんなに簡単に移動できると、帝城への侵入者とか不安ですね」
だから話を逸らす。
するとビスケッタさんは安心したように笑顔になり、俺に教えてくれた。
「そういうことでしたか。ですがご安心ください。帝城はリズラン公爵が管理している結界によって守られております。おいそれと転移魔法で行き来はできず、警備は万全です」
リズラン公爵。
晩餐会で会った人だ。
そういえば何か言ってた気がする。
普段なら帝城からの転移する場合、必ずリズラン公爵に使用許可の申請がいるらしい。
申請が却下されることも多々あり、なかなかたいへんとか。
だが夏季休暇のこの時期は特別。
貴族まとめて一括申請し、一気に許可が降りる。
そういうこともあって、みんなこの時期に領地へ帰るのだという。
なるほどね。
ちなみに普段は一日一回だけ行われる地上との行き来の転移魔法で地上に降りて、そこからさらに転移魔法を使って地元に帰るらしい。
地上との行き来についてエメラルドに質問したら、さっきのように返されてしまった。
「ソラ様は皇帝陛下から頻繁に帝城に帰るようお願いされていらっしゃいますので、いつでも転移可能だとリズラン公爵から承っております。お好きな時にお声がけください」
「あ、はい」
旅の途中で手紙でも送ろうと思っていたが、普通に会いに行けるらしい。
魔法、すごい。
圧倒されて呆けてしまう。
そんな俺にエメラルドが声をかけてきた。
「ソラ、窓の方に来い。見てみろ。これが、お前の領地だぞ!」
ふらふらとした足取りで向かった窓際。
「落ちるなよ」とエメラルドが腰を支えながら見せてくれた窓の外。
そこは、絶景だった。
まずここは巨大な城の一室だった。
俺がいる建屋はごく一部であり、この城だけで数千から数万人は余裕で入れるだろう。
広く立派な庭園が多々あり、多くの人々が働いているのが見える。
そしてこの城を中心として、放射状に広がる街が見える。
城に近いほど立派になる多くの屋敷。
だからといって郊外になれば貧相というわけでは決してない。
スラムで一番のお屋敷が犬小屋に見えるような家々が建ち並んでいる。
むしろ豊かな庭や田園に囲まれており、豊かさが手にとるように伝わってくる。
地平線の彼方まで街は続き、途切れることはない。
街が、人が、豊かさが、大地を埋め尽くしていた。
あまりの光景に言葉も出ない。
これだけで絶句してる俺に、さらなる衝撃の一言が下される。
「ここがソラ様のご領地の中心都市、領都ベクタです。これほどの規模の都市は、皇帝直轄領、そして大公の領地にしかございません。もちろんご領地には他にも多くの街々や村々が存在しております。数が多すぎて全部紹介しているとそれだけで夏季休暇が終わってしまいますので、必要に応じてご説明いたしますね」
この街だけでも身に余るのに、これはごく一部にすぎないという。
全部の説明を聞いていたら終わる前に俺のノミ以下の心臓が止まってしまうのは間違いない。
永遠に聞くことはないだろう。
窓から街を再度見つめる。
多くの人々が通りを歩き、生活している。
この全てが魔法使いなのだろうか?
それとも臣民も混じっているのだろうか?
どちらにせよ、尋常な数ではない。
これが、領地。
俺の、領地。
全く実感がわかない。
むしろ夢なら今すぐ覚めて欲しい。
そんな俺の願いも虚しく、現実的な声がかかる。
「殿下。街の代表団がぜひ殿下にお会いしたいと待っておりますが、いかがしましょう?今日はお疲れでしょうし、帰ってもらいましょうか?」
声の主はユキさんだった。
放心状態の俺を心配そうに見つめてくれている。
しかし街の代表団か。
反射的に「どうぞ」と言いそうになったが、よく考えなくても全員が魔法使いだろう。
魔法使いに挨拶されるなんて何回やっても慣れない。
それに
「か、数は、いかほどで…?」
一番の問題はそこだ。
晩餐会の悪夢の再来、挨拶を聞くだけの人形になってしまうのは絶対に防ぎたい。
「市民の方々、ご自分たちで話し合って厳選されてまして、かなり減ってますよ!」
ユキさんの笑顔
少しほっとする。
「たった千人しかいらっしゃってません!」
次の瞬間裏切られた。
どこがたった!?
千人っていったら1人3秒でも一時間かかりますよ!?
「地方の村々からも代表団がいらっしゃってますので、かなり減ってると思いますよ?」
減らして千人って、絶対おかしいと思います。
そんな領地の領主に俺がなってるのも、絶対おかしいです。
「ソラ様、ご安心ください。私の方でさらに選抜しております」
さすがビスケッタさん!
できる女性!
「ソラ様との謁見に値するのはこのベクタの代官のみと判断し、彼のみ待たせてございます。他の者達は我々で対応いたしますので、問題ございません」
「ひ、一人ですか?」
減りすぎて逆にびっくりだ。
「もっと増やしたほうがよろしかったでしょうか?」
「あ、い、いえ。少ないならそれにこしたことは…」
「ご満足いただけて何よりです。エメラルドもアドバイスしてくれまして」
エメラルドが?
振り向くと、そこには笑顔のエメラルドがいた。
「ソラは挨拶も市民も苦手だろ?だから減らしたほうがいいと、ビスケッタ様に提案したんだ!」
素晴らしい。
少なければ少ないほど助かる。
少し厳選し過ぎかと思ったが、少ないことは嬉しいことだ。
持つべきものは友。
この言葉の意味を痛感する。
「ありがとうエメラルド!助かったよ!」
嬉しすぎて思わずエメラルドをハグするほどに。
「そ、そそそそそそ、そうだろ?私はお前の友達だからな?ちゃーんとお前のことがわかってるんだぞ?」
エメラルドも声が震えるほど喜んでくれている。
友達の喜びを自分のことのように喜んでくれるなんて、エメラルドは本当にいいやつだ。
「だから、な?そろそろ離れよう、な?」
俺の感激をエメラルドにもっと伝えたかったが、今日はこれくらいにしておこう。
あまり人を待たせるのもよくないしね。
「じゃあソラ様、参りましょうか」
「はい!」
そうして俺はビスケッタさんに連れられ、別室へ向かう。
領主としての最初の仕事、代官との挨拶をしに。
ちなみに帝城から出るのは少々手間取りますが、地上に降りれば転移魔法は自由に使えます。
このため貴族はいつでも自領に帰れるのですが、実際はみんなほとんど帰りません。
なぜなら自分が不在の間にハメられて追い落とされる可能性があるからです。
逆に夏季休暇中は用事もないのに帝城に滞在してるほうが「何か企んでるのでは?」とか思われてしまうので、帰らざるを得ないんですね。
貴族もたいへんです。
ノヴァは誰にも文句言われない立場なので自由に過ごしてます。
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