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24話 領主と代官と

 俺の想像していた挨拶とはこうだ。


「はじめまして。ベクタの代官をしております○○です。よろしくお願いいたします」

「領主のソラです。こちらこそよろしくお願いいたします」


 そして握手して簡単に街のことを教えてもらう。

 俺は笑顔で相槌を打ち、しばらく時間が経ったら解散。

 そんな感じ。


 だが、実際に目の前にある光景は全く違った。



 俺たちが入室する前からずっとそうしていたのだろうか。

 跪いている人物が一名。

 その後ろで土下座している人々が数名。

 俺が入室しても微動だにせず、まるで置物のようだった。


「そのまま椅子に座れ。あとはビスケッタ様が進めてくださる」


 エメラルドが耳打ちしてくれたアドバイスのまま、椅子に座った。

 ビスケッタさんは俺の横に立ち、他のメンバーはズラリと俺の後ろや横に控える。


 これ、すごい威圧感があるのでは?


「顔を上げなさい」


 ビスケッタさんの声が氷のように冷たい。

 おもわず俺が叱られたのかと思ったが、そんなことはない。

 目の前の跪いていた男性が顔を上げた。

 血の気が引いた、真っ青の顔を。


「ソラ様。ベクタ代官、ダグエルにございます。ご挨拶申し上げること、お許しいただけますでしょうか?」


 挨拶に許可なんているの?

 いや、いるか。

 俺が下民だったとき、臣民の前では口を開くことに許可が必要だった。


 今はその立場が逆転しただけ。

 頭では理解できても納得は全くできないが、ただそれだけ。


「も、もちろんです」


 俺のせいでこんな怯えさせてしまって、本当に申し訳なくなってしまう。

 早く終わらせたいと、すぐ許可を出す。


 ビスケッタさんは俺に一礼した後、その男、ダグエルに指示を下した。


「ダグエル。ソラ様がご許可をくださいました。ご挨拶申し上げることを、許します」


 顔は真っ青だったが、動きは優雅なものだった。

 

 ダグエルはサッと立ち上がり、口を開く。

 だがその口から出てくるのは俺を讃える言葉の数々。

 それらが出尽くしてから、ようやく自己紹介が始まった。


「畏れ多くも偉大なる殿下のご領地が領都、このベクタの代官を務めさせていただいております騎士ダグエル・ダリントンと申します」


 この人は騎士らしい。

 騎士ならば貴族だからもう少し堂々としてもいいのに。


 いやだめか。

 俺が帝城で出会った貴族はほぼ爵位持ち。

 騎士では皇帝の兄、すなわち皇帝に謁見する機会などほぼないのだろう。

 エメラルドは伯爵公女なので、ただの騎士とはちょっと違う。


 偉くなるのって思った以上に面倒くさい。

 そもそも俺はただの下民で、本当に偉いのはサラなのに。


「そうですか。今後もよろしくお願いいたしますね」


 あまり長々と話をしてもしょうがないだろう。

 手短に終わらせる。

 俺にもそれぐらいの空気は読める。


「あ、ありがとうございます!」


 ダグエルはずいぶん感激しながら返事してくれた。

 するとビスケッタさんが小声で「ソラ様は直接お声がけしなくてもいいのですよ」と教えてくれる。


 失敗した。

 空気、読めてませんでした。


 しかしこれで挨拶は終わり。

 堅苦しい時間は終了だ。


 ダグエル達はここで退室するのが普通なのだろう。

 だが、せっかくだ。

 せっかくだし、もう少し話を聞きたい。


「えーっと、ここからはちょっと無礼講で」


 無礼講の使い場所を間違えてる気がするが、そこは無視。


「せっかくだし、ベクタのこと、もっと聞かせてもらえません?」


 ダグエルは「え?」という顔で俺とビスケッタさんの顔を交互に見る。

 ビスケッタさんは少しため息をつくと、優しい笑顔で口を開いた。


「ダグエル。ソラ様のお望みを叶えて差し上げて」

「も、もちろんでございます!」


 するとダグエルは嬉しそうに語りだすのだった。



 ---



 世界の中央に位置する皇帝直轄領。

 俺の領地はその一部を切り取ったものらしい。


 一部とはいえ十分すぎるほど広く、しかも豊かだ。

 特にこのベクタは交通の要衝として昔から人が集まる場所らしい。

 いまだに都市は膨張を続け、どんどん郊外へと広がっているとか。


 城から見えた地平線。

 そのさらに彼方まで街は続いているらしい。

 すごすぎる。


 世界中からモノが集まるため、何でも手に入る。

 転移魔法があるから物の輸送なんて簡単かと思ったが、転移魔法ってけっこう難しいらしい。

 騎士でも使えない者はいるらしく、貴族でない魔法使い、市民達には使えない。


 それに


「臣民の行商人達がたくさん訪れますので、世界中から人も物も集まるのですよ」


 とのこと。

 そもそも市民は商人なんてやらず、臣民がそれらをやっているのだ。


 どうも市民、貴族でない魔法使いというのは、仕事は全部臣民にやらせてるらしい。

 そして自分たちは好きなことだけ暮らしているらしい。

 好きなことだけして好きなように生きる。


 なんて優雅なんだ。

 貴族よりもいいじゃないか。


 まあ、エメラルドに言わせると

「そんな人生、つまらなくないか?」

 ということらしい。

 意識が高すぎる。


 こんな風に、市民の生活はハリがなくてつまらないと思う人が貴族を目指すのかね。

 たぶん。



 ダグエルは細かい数字についても色々教えてくれる。

 ただそういう場合、必ずさっきまで土下座してた少女が耳打ちしてる。


 彼女がダグエルの秘書か何かだろうか?


「有能な秘書ですね」


 すごいな、と思って素直に褒める。

 だがその反応は、俺の思ってたものと違った。


「も、申し訳ございません!」


 ダグエルはいきなり跪く。

 耳打ちしてた少女は全身を小刻みに震わせながら再び土下座している。


 いや、訂正だ。

 恐怖で全身を震え上げながら、土下座している。


「殿下の無礼講というお言葉を額面通りに受け取り、お言葉に甘えるまま御前にてこの者の口を開かせてしまったこと、平にご容赦を!しかし、これは全て私の監督不行き届きが原因にございます!この者は臣民と言えど、この街に必要不可欠な存在。どうか、どうかお慈悲を!」


 何か不用意に発言する度に相手を謝らせてしまってる気がする。

 俺はそろそろ学習したほうがいい。


 頑張ってくれ未来の俺。

 今の俺は、とりあえずこの場を収めることに全力を尽くすよ。


「違います!違うんです!本当にただ、優秀だなって思っただけなんです!」


 そんなふうに必死で弁解しながら。

 最初は恐れ入ってひたすら謝罪し続けていたダグエルだったが、ビスケッタさんがフォローに入ってくれたおかげでようやく信じてくれた。


 偉い人は遠回しな言葉遣いをすることがあるらしく、俺も遠回しに非難してると思ったらしい。


 ノヴァとか見てると、そんなことはないのだが…。

 いや、アルヴィスは嫌味だったっけか…?


「重ね重ねのご無礼、申し訳ございません。セリスは…。あ、セリスとはこの者の名前となります。殿下のご推察通りたいへん優秀でして、もはやこの娘がいなければ政務は回らないほどです」


 めちゃくちゃ優秀じゃないか。

 それに臣民だからと差別せずに、取り立てたこのダグエルもすごい。

 さっきは自分で罪をかぶったし、こんな騎士もいるんだなあ!


 ちょっと感動。


「セリス。俺より年下だよね。それなのに、ずいぶん優秀なんだね?すごい!」


 セリスはすでに土下座はやめている。

 だが一言も発さず、何度も何度も頭を下げてくる。

 早すぎて顔が残像でしか見えないぞ。


 礼はもういいからとやめてもらう。

 それでも俺の顔を直視するのは抵抗があるらしく、上目遣いで見つめてくる。


 そこにいるのは普通の少女。

 魔法使いのような美男美女とは違う、普通の少女。

 親近感が湧いてくる。


 だが怯えまくっているな。

 決して口を開こうとしない。

 

 ちゃんと許可をあげれば話をしてくれるだろうか?


「えっと、セリス?もう話をしてもいいんだよ?」


 セリスはどうすればいいのかと不安げにダグエルを見上げる。

 ダグエルは難しい顔をしながら、首を縦に振る。


 これが口を開く許可かと思ったが、違った。

 説明は私が、とダグエルが話し始める。


「殿下。セリスは、もともと下民でございました。我が家に仕える臣民の所有物でしたが、その優秀さから私が臣民に取り立てたのです。ですがどうもまだ下民だったころの習慣が抜けず、私以外の貴族や市民の前では口を開くことができないのです」


 頭を後ろから殴られたような衝撃だった。

 あまりの衝撃でその後のことは何も頭に入ってこず、そのままダグエルとセリスたちを見送った。



 ---



 その夜は、全然寝付けなかった。


 下民でも、臣民になれた者がいる。

 下民でも、その実力が認められれば成り上がれる可能性がある。


 ならば、他の下民達も?


 その可能性で、俺の頭の中はいっぱいになっていた。

 下民をただ虐げられる対象から救い出せるという可能性で頭がいっぱいになり、他のことは何も考えられなくなっていた。


 俺が皇帝の兄となったのは、このためだったのでは?

 こうしろと、運命が導いてくれたのでは?


 目の前に道が拓けるとは、こういうことをいうのだろうか。

 早く明日になって欲しい。

 早くエメラルドに相談したい。


 俺にも、なにかできることがあるかもしれない。

 そんな希望に満ちた未来が、見えてきたのだ。



貴族はだいたい領地持ちですが、ダリントン家のように皇帝に仕える”騎士”の中には領地を持たない者もいます。

こういった忠誠心あふれる者達は優秀な者が多く、多くが親衛隊に入ります。親衛隊に入れば叙勲も夢ではないと、上昇志向の強い優秀な市民もこぞって入隊するので親衛隊はすごくレベルが高いです。

エイベルも元々は親衛隊で、エメラルドと入れ替えぐらいで除隊して代官になりました。

ちなみに伯爵公女で親衛隊に入ったエメラルドは、色んな意味で例外です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ダグエルさんいい人じゃん
[良い点] めっっっっちゃ面白いです!続きが気になるっ!!( ⊙ω⊙ )
[一言] これは……既得権益ツンツンしてコラコラ〜!されそうじゃな?(オブラート)
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