25話 市民の街
「いや、それは無理だろ」
俺の希望は、エメラルドにバッサリ斬り捨てられた。
「む、無理、かな…?」
「ああ。どう考えても無理だろ」
ダグエルとセリスに会った翌日、俺は希望に満ちていた。
希望に満ちた未来を夢想していた。
そして朝一番にエメラルドへ相談した結果がこれである。
夢も希望もないとはこのことだ。
「そもそも、ダグエル殿は特殊だぞ?」
領都ベクタの代官
騎士ダグエル・ダリントン
彼について、エメラルドが教えてくれた。
ダリントン家は代々皇帝に仕える一族。
普通の貴族は当主が自領の領主となるが、ダリントン家当主は違う。
当主は皇帝に仕え、その補佐役が領主となる。
皇帝に仕えることこそ自らの一族の至上命題とし、当主は騎士として生涯を皇帝に捧げる。
そんな一族だという。
「普通の貴族は皇帝陛下への忠誠心は当然あるが、だいたいは一門の繁栄を目的に行動する。でも騎士には、そういう一族がちょこちょこいるんだよ。爵位持ち貴族にもいるけど、騎士の方が多いかな。で、ダグエル殿はその中でも特に陛下への忠誠心が強いほうだな」
それがダグエルの特殊性
昨日、それが顕著に現れていたシーンもあった。
「臣民が皇帝陛下の前で勝手に口を開くなんて大罪だ。貴族ですら許されないんだからな。同等の存在であるソラの前でも当然同じこと。だから本来、セリス、彼女はその場で斬り捨られててもおかしくない」
だが、そうはならなかった。
「ダグエル殿はセリスを守った。自分の責任だとして、自らが罪を被ってでもセリスを守ろうとした。彼女がこの街に必要な人材だから、とね。これはかなり特殊な例だよ。ダグエル殿の噂は聞いていたが、聞きしに勝るってやつだなあ」
自分と一門の繁栄を考えるなら、無礼を働いた臣民を切り捨てるのが正解だろう。
だが、ダグエルはそれをしなかった。
むしろ、自らの命をなげうってでも臣民であるセリスを守ろうとした。
それは元皇帝直轄領にして、現在は皇帝の兄の領都であるベクタのため。
ベクタの繁栄のため、セリスを守ろうとした。
自分の命よりも、優先にして。
「そんな皇帝陛下に忠義を尽くす模範例たるダグエル殿、ダリントン家。こんな特殊な方の例を一般の話にもってくのはかなり無理があると思うぞ?まあ、下民を臣民にするのは貴族なら別にできないことはない。だが実際にそれを実行した例は、私は初めて見たよ。聞いたことも、今までなかった」
エメラルドは物知りだ。
「私なんてまだまだだよ」なんて謙遜するが、彼女の知識量は尋常ではない。
そんな彼女が知らないと言うのなら、きっとそんな例は本当にないのだろう。
あったとしても、ごくごく稀なのだろう。
もしくは直接本人に会いでもしないと知り得ない、隠すべきことなのかもしれない。
下民という過去は、忌むべきものとして絶対に隠すべきことなのかもしれない。
もしくは下民根性が染み付いて、魔法使いの前では自ら口を開こうなんて絶対に思わないのかもしれない。
そんなこと夢にも思えないほど、生まれながらに下民なのかもしれない。
この両方とも、正しいかもしれない。
さらに多くの理由があるのかもしれない。
自分の考えはなんて浅はかだったのだろう。
なんでこれぐらい予想できなかったのだろう。
自分自身がそうじゃないか。
いつまで経っても下民根性が抜けきらない。
皇帝の兄なんて至高の地位についたのに、全く自覚がない。
今すぐスラムに戻されても普通に生活を再開できてしまうだろう。
それぐらい、俺は骨の髄まで下民なのだ。
他のみんなも、きっとそうなのだ。
落ち込む俺を見てエメラルドが慌てだす。
なんとか元気を出そうと色々声をかけてくれるが、空返事しかできない。
だが、この言葉はちょっと気になった。
「街に出てみよう!街には市民も臣民も下民もいる。彼らの実際に生活を見てみれば、少し気分も変わるんじゃないか?」
市民の街で実際に生活する人々。
たしかにちょっと、見てみたい。
---
「いらっしゃいませいらっしゃいませ!」
「美味いですよー!うちの店の焼き鳥は世界一美味いですよー!」
城の窓から見えた大通り。
大勢の人が行き来し、たくさんの店が連なっている。
ダグエルが言う通り、店先には色んなものが置いてある。
見たこともないようなものからよく見るものまで、種類は様々。
きっとスラムにいたころは一生働いても買えなかったような宝石もある。
特に驚いたのはそれらが無造作に置いてあることだ。
スラムだったら間違いなくあっという間に盗まれてる。
きっとよほど治安がいいのだろう。
道の真ん中には出店もあり、いい匂いも漂ってくる。
かぐだけで腹が減ってくる。
「ほら、ソラの分」
すでにエメラルドは会計まで済ませていた。
いや、すでに一本食べ終わっている。
仕事が早すぎる。
「世界一は言いすぎかと思ったが、たしかにうまいな」
エメラルドが感心している。
俺も一口食べてみる。
うん、これはうまい。
肉自体もいいが、ソースに隠し味がありそう。
「ほら、金平糖」
金平糖
生まれて初めて見るその食べ物は、まるで色のついたお星さまのようだった。
「これ何?食べれるの?」
「金平糖を知らないのか?これは砂糖でできていて、見ても可愛いし食べても甘くて美味しいというすぐれものだぞ?」
そうやって指に持って突き出してくる。
だから勇気を持ってパクっといってみた。
おお、甘い!
「これはいいね!」
さすがエメラルドは物知りだ。
称賛したかったのだが「おま、え、何を!?」とか慌てており会話にならない。
落ち着くまで金平糖を堪能した。
単純な甘さが気に入った。
「…まあいい。どうだ?街は楽しいか?」
「楽しい!」
即答した。
活気があるし、いろんなものがあるし、見てるだけで飽きない。
しかも美味しいものまであるとは、文句のつけようもない。
「ああいう店をやってるのはだいたい臣民だ。でも市民が名義貸しで店のオーナーをやっている。彼らは市民の代理という名目で商売やってるから、客が市民でも問題ないわけだ」
なるほど。
臣民は本来、市民相手には商売どころから会話もできない。
だが市民の代理として店をやってるから、やりとりしても無礼云々の話はないと。
「だから、エメラルドみたいな騎士が相手でも問題ないわけだ」
「いやー…。私が騎士だとか伯爵公女ってバレたら、さすがにやばいかな…」
貴族はさすがにやばいらしい。
となると、俺はもっとやばいだろう。
エメラルドは騎士とバレないよう、市民と同じような私服を来ている。
普段は私服でもけっこう貴族貴族してるが、今日はシンプルで可愛らしい。
ちなみに俺もあっさりした私服だ。
まあ、俺にはこれでも十分すぎるのだが。
街には市民も大勢おり、好きに買い物を楽しんでる。
もちろん臣民も大勢おり、こちらは主人のお使いだろうか?
せわしなく動き回っている。
ただ、下民はあまり見ない。
「下民は、いないのかな?」
エメラルドは難しい顔をした。
「私もこうやって市民の街に来たことは何度かあるが、下民は見たことなくてな…。おそらく主人の臣民が、市民の目に触れるのは良くないと慮って表には出ないような作業をさせてるんだろう」
「そうか…」
言われてみれば当たり前か。
下民は臣民の前ですら土下座するのに、市民の前になんか出ることもできない。
臣民がしたくないような仕事
下民にふさわしい仕事
そんなことをやっているのだろう。
残念だ。
「じゃあ、次行くか」
「次?」
どこに行くんだろう?
あ、街の色んなところをめぐるのかな?
「一番近いところに飛ぶからな」
「飛ぶ?」
話についていけない。
「ああ。次は、臣民の街だ」
難しいはずの転移魔法を、難なく発動させるエメラルド。
話の展開も行動も早すぎる。
全然ついていけてませんよ?
市民は街で悠々自適な日々を過ごしています。
それを退屈だと思った者は貴族を目指しますし、これに憧れて自ら市民になる貴族もいます。たいていはプライドが許しませんが。
臣民は市民の街では庇護を受け、幸せに過ごしています。
市民の中には臣民みたいに仕事をして生きる者もいますが、変人扱いされます。
ランキングもかなり落ちてきており、ご期待に添えられていないようで恐縮です。
ただこれからも頑張ってまいりますので、楽しんでいただけたらブックマークや評価、感想いただけますと嬉しいです。




