19話 新しい友達
友達とは宣言してなるものではない。
そんなことを言ったのは誰だ?
俺だ。
自分の言葉が絶対正しいなんて自惚れたことは、一度たりともない。
だがたまには、俺の言葉が現実になってしまうこともある。
望まないことほど、現実になってしまうのだ。
「ミネルバ、おはよう!」
「お、おはようございますですわ!そ、そ、そそそそそそ!」
ミネルバの挙動がおかしい。
おかしすぎる。
でも言われなくてもわかる。
原因は間違いなく俺。
昨日は勢いで友達宣言に応えてた。
だが皇帝の兄とどう付き合えばいいかなど、そう簡単に折り合いがつくはずがない。
俺の本心がわからず、疑っているのかもしれない。
そもそも正体を隠していた理由とか。
何が裏があるのかとか、深読みしてしまって当然だ。
普通に仲良くしてくれてるエメラルドがおかしいんだ。
色んな意味ですごすぎる。
結局、ミネルバが俺の名前を発音することができないまま授業が始まってしまった。
授業は普通に進む。
ミネルバは若干挙動不審だったが、教師に指されてもそつなく回答していく。
俺は、まあ、頑張っている。
休み時間は、ちょっと今までとは違う。
ミネルバの取り巻きの数が明らかに減っている。
昨日ミネルバをバカにしていたやつらは完全に消えており、なんだかんだ心配してた者たちだけが残っている。
まあ、いいことだと思う。
そして昼食時間。
さすがに今朝のあれを見て、一緒に食べようとは思えない。
時間を少しずらし、場所をずらし、一人で食べることにした。
そういえば一人で食事をとるなんて久々だ。
そんなことに気づいた。
一人で食べたのは初日だけ。
二日目からはエメラルドがいつも一緒にいてくれた。
彼女は本当に美味しそうにご飯を食べるので、見てるだけで楽しかった。
皇帝の兄になってからは、いつもビスケッタさんがいてくれた。
今はメイドの誰かが俺と一緒に食事をとるようになってくれている。
「メイドが主人と一緒に食事をとるわけには参りません」
なんて言われてしまったが、俺は負けなかった。
「主人を寂しがらせるのが、メイドの役目なんですか?」
と食い下がり、勝利を勝ち取ったのだ。
だがそんなビスケッタさん達もここにはいない。
周りには他の生徒がいるが、顔も知らない赤の他人。
孤独ではないが、一人ぼっち。
でもまあ、昔はいつもそうだったな。
スラムではいつも一人だった。
むしろ食事を奪い取られまいと、周囲を警戒しながらあっという間に口に詰め込んでいた。
他人と食事をとる余裕なんてなかった。
一緒に食べるのは、サラだけだった。
だから別に寂しくはない。
だがそれなのに
「一人で寂しそうじゃないか」
断りもせず、しかも全く遠慮せず男が正面に座ってくる。
「後輩がそんなじゃ、先輩として心配だ。僕が一緒に食べてあげよう」
「なぜこいつが?」と思うが、誰であろうと腹は減る。
こいつがここで食事をしても、別におかしくはない。
おかしいのは、こいつの神経だ。
「…何のようだ?」
最大限の嫌悪感を加えて言ったのに、眉一つ動かしやしない。
「別に?用事なんてなくても会いに来るもんだろ?友達ってやつは」
ガイア大公家当主、ノヴァ・ガイア
お前だけは、絶対友達じゃない。
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昨日あんなことがあったのに、よく俺の前に顔を出せたものだ。
だが、本人にするとちゃんとした理由があるらしい。
「あのあとよく考えたんだよ。陛下はお忙しい御方だから、僕といえど好き勝手会うことなんてできやしない。でも話によると、むしろ君は陛下に積極的にお呼ばれしてるとか?そこで僕は気づいたんだ。君と仲良くなることが、陛下への一番の近道だって!」
俺をダシにしてサラに会う。
こいつが俺に近づいてきた理由はそれだけ。
下心丸出しで、怒るよりも呆れてしまう。
「…昨日俺にしたこと言ったこと、忘れたの?」
だから思わず口にしてしまった。
あんなことがあったのに、よく俺の前に顔を出せたものだと。
「もちろん覚えてるさ」
実に爽やかな顔で、さも当然というように答えてくる。
しかも、さらにやばいことを言ってくる。
「君の僕への印象、最悪だろ?だから僕は思ったんだよ。最悪ってことはこれ以上嫌われることはない。あとは好かれるだけだってね!」
完全に頭がおかしいやつの理屈である。
重い石を体にくくりつけられて水の中に投げ捨てられたのに、
「あとは浮上するだけだね!」
とか言って喜んでるのに等しい。
まともではない。
「プライド、ないのかよ?」
「プライドなんかより大事なものがあると、昨日の君が教えてくれたんじゃないか」
意趣返しが通じない。
面の皮が厚すぎる。
付き合うのもバカバカしいので、さっさと食べてさっさと教室に戻ろう。
スラム仕込みの早食いで一気に食べ終わる。
それを見て「すごいスピードだ」なんて驚いてるノヴァを置いて、席を立つ。
「ミネルバと仲直り、したくないのかな?」
そんなことを言って、俺の足を止めてくる。
「…お前に、何ができるんだよ」
俺とミネルバの関係を壊した張本人。
こいつが、俺たちを仲直りでもさせてくれるとでも?
どの口でそんなことを言うのか。
「僕は、ガイア大公家の当主だよ?」
だがノヴァは自信満々に笑う。
「魑魅魍魎が跋扈する貴族の世界。そこの頂点に君臨する大公家。その大公家で、この若さで当主になった。それが何を意味するか、君でもわかるんじゃないかな?」
確かに一理ある。
昨日のこいつ自身の言によると、実力で当主を勝ち得たのは間違いないだろう。
だがただ強いだけで当主になれるほど、貴族の世界が甘いとも思えない。
それ相応の政治力も併せ持っている。
そう考えるべきだ。
そして何より、ミネルバは貴族だ。
しかも名門貴族。
ならば彼女の気持ちをより理解できるのは、俺か
それとも、ノヴァか
答えは、考えるまでもない。
「話だけは、聞いてやるよ」
ノヴァの笑みがより一層深くなる。
それを見て確信する。
こいつ絶対、悪いやつだ。
---
「彼女は貴族だからね。皇帝陛下には絶対逆らえない。逆らおうと考えることすらおこがましいとよく理解している。だから君は一言こう言えばいいんだよ。「皇帝の兄として命じる。俺と仲直りしろ」ってね」
こんなやつを信じた俺が馬鹿だった。
踵を返して帰ろうとする。
だが、肩を掴まれて阻まれる。
払い除けたいが、筋力からして明らかに負けている。
振り払えない。
「冗談冗談。さすがの僕でも本気でこんなこと言わないよ」
逃してはくれないし、逃げることもできない。
諦めて話を続けるしかなさそうだ。
「皇帝陛下の命令だってのはどう?君が騙るなら陛下も許してくださるんじゃないの?」
「サラの言葉を騙るとか論外だ。却下だ」
「バレス家を公爵に戻してあげるってのはどう?交換条件だ」
「な、ん、で、友達になるのに交換条件なんて使うんだよ!?ありえんだろ!」
「じゃあ人質は?友達にならなければお前の親族皆殺しにするぞって」
「ただの脅迫じゃないか!俺はミネルバと仲直りして以前みたいな学生生活を一緒に送りたいだけなんだよ!お前はいったい、友達をなんだと思ってるんだ!?」
「僕、君が初めての友達だからねえ。友達のことってよくわからないんだよ」
なんて楽しそうに笑ってやがる。
誰がお前の友達だ。
今も昔も俺とお前は赤の他人だ。
たまたま同じ学院に通ってる、ただの顔見知りでしかない。
「でも、貴族についてはよくわかってる」
もう、いつもの口調に戻っていた。
「貴族っていうのは、プライドの塊だよ。お家が大事で、無駄に気位ばかりが高い。そして、階級が絶対」
貴族を馬鹿に
いや、この世の全てを馬鹿にしたような口調
「下のやつらは下民や臣民をいたぶって喜んでる。高みへ上り詰めるのを諦め、向上心を失い、本当だったらプライドが崩壊してるザコども。より弱いやつらを虐げて自分の精神を保つ、敗北者達」
ラディシュ男爵のことがフラッシュバックする。
思わず出る吐き気を無理やり押し込んで、ノヴァから目を離さない。
「じゃあ上にいれば少しはマシか?違うね。強欲にも更なる高みを望んで宮廷政治に血道を上げ、全てを蹴落としてでも上に這い上がろうと見苦しく足掻くザコども。地位でしか自分を保つことができない、空っぽの木偶人形共」
宮廷政治、すなわち権力闘争。
実際に実家が公爵から追い落とされた、ミネルバのことを連想してしまう。
「じゃあ大公家になればマシかと?バカバカしい。あれこそクズを煮詰めて更に濃厚なクズへと錬成された連中さ。一族同士で骨肉の争いをして、利用しあって裏切り合って、見苦しいにもほどがある。自分の立場が脅かされるかもと、実の子を手に掛けようとする親とかね。蠱毒で生き残った虫より醜悪な、毒虫共さ」
空に浮かぶ天空の城
貴族が住まう夢の城、帝城
誰も飢えることのないパラダイスに思えたその場所
だがその中は、スラムと同じくらい深い闇に覆われているようだ。
「貴族なんて大小違いがあれど、みんな同じだよ。そんな貴族のお嬢様と、本当に君は仲直りしたいのかい?」
ノヴァが問いかけてくる。
「もう嫌になっただろ?」とでも言いたげに。
だが俺は
「もちろん、仲直りしたいとも」
それでも俺は
「貴族のミネルバじゃなく、俺を助けてくれたミネルバ。俺をお友達と言ってくれたミネルバと、仲直りしたいんだ」
そう、断言した。
---
「だってさ?」
なんで疑問文?
それが的はずれな疑問だということには、すぐ気づく。
「…」
金髪縦ロールがすでに柱の影から見えていた。
出てこようか出まいか迷っているようだが、とっくに正体はバレている。
「み、み、みみみみみみみみみみみみ?」
朝のミネルバみたいな口調になってしまった。
「み、ミネルバ?聞いてたの?」
確認するまでもなく、聞いていただろう。
それでも聞かざるを得なかった。
恥ずかしすぎて死にたい。
なんで二日連続でこんな恥ずかしい目にあうんだ。
しかも全然違う恥ずかしさだし。つらすぎる。
「言うまでもないが僕が呼んだんだ。来なかったらバレス侯爵家はガイア大公家を正式に敵に回すことになるよって脅してね」
「これが権力の使い方ってもんさ」なんて笑ってやがる。
張り倒してやりたい。
だが今はもうこいつなんてどうでもいい。
今考えるべきは、ミネルバのことだ。
俺の本心は全部聞かれた。
包み隠さず、聞かれてしまった。
だからもう大丈夫。
大恥はもうかいたんだから、あとはもう、何をしても大丈夫。
それこそ、これ以上の恥はかくことないんだから。
深呼吸をして必死で気を落ち着ける。
そして意を決し、口を開く。
「ミネルバ。改めて聞く。俺と、友達になってくれるか?」
ミネルバは複雑な表情をして
それでも最後は笑って
「もちろんですわ。ソラ。私達はとっくに、お友達ですとも」
そう、言ってくれたんだ。
---
「礼はしないぞ」
「もちろん。ただ昨日と今日のことは水に流してくれるかい?それぐらいは別にいいだろ?」
「ああ。それくらい全然いいよ。別になんとも思ってないし」
「そうかい。それは良かった」
そう言って笑いながら、ノヴァは去っていった。
ミネルバとの間に若干のぎくしゃくは残ってるが、そのうち元に戻るだろう。
たぶん。
色々あったが悪い一日ではなかった。
そしてノヴァももしかしたら、ミネルバと同じように周りに恵まれなかっただけで悪いやつではなかったのかもしれない。
そんなことを、少しだけ思うことができた。
帰宅して夕食を食べながらそんなことを思う。
すると夕食後にエメラルドが来てくれた。
「驚いたぞソラ」
びっくりした顔をしながら。
「いつの間にガイア大公と仲良くなったんだ?」
別に仲良くなってはいない。
いや待て。
なんでエメラルドが、そんなことを知ってるんだ?
「今日、突然大公ご本人が陛下に謁見を求めていらっしゃったんだ。ご遠慮いただくよう申し上げたら「友人であるソラ殿下の学院生活をぜひ陛下のお耳に」なんておっしゃってきてさ。陛下も喜んで通すよう命じられたよ」
ノヴァが最後に言ったことの意味が、ようやく理解できた。
あの笑いの意味を、理解できてしまった。
「今日のこと」とは、「今日これからあいつがやること」だったということに。
俺をダシにして、サラに会いやがって…!
めちゃくちゃ腹がたつが、許すと言ってしまった以上は文句を言うこともできない。
二度と会うなとサラに言いたいが、それもできない。
水に流すと約束してしまったから。
俺は軽々しくも、なんて約束をしてしまったんだ!
色んな感情が湧き上がってきて思わず百面相してしまう。
そのせいでエメラルドをずいぶん心配させてしまった。
しかもエメラルドにこんなことまで言わせてしまう。
「あの気難しいガイア大公と友達になるなんて、すごいじゃないか!」
違うんだ、エメラルド。
あいつだけは、絶対友達じゃない…。
ソラもミネルバも器用ではないため、ちゃんと仲直りする前にもうひと悶着ありました。ソラは多大な犠牲を払いましたが、ミネルバと誤解なく友達になれてよかったです。
なおノヴァが失礼すぎるので、礼儀正しいソラにしては珍しく対応が雑になっています。
設定が目新しいという感想をいただけて喜んでおります。
それでもさすがに最近は評価ポイントの伸びも鈍化しており、目新しさや面白さが欠けてきてるのかなと反省しております。(前話の自己評価はけっこう高かったです…)
何とか毎日更新をと頑張ってきておりましたが、もしかしたらそれが面白さの低下に影響しているのかも知れません。そこでそろそろ、無理のないペースにしていこうかと考えております。
それでもご愛顧いただけますと、幸いです。




