18話 ガイア大公家
全貴族の頂点に立つ、四つの大公家
地水火風を司る、大魔法使い。
東西南北に広大な領地を持つ、大貴族。
時の皇帝に対する拒否権すらもつ、例外中の例外。
それが、大公家だ。
皇帝が血筋だけでなく強大な魔力を持つことが必須であると同様、貴族にも実力が求められる。
高位の貴族には、より強い力が。
すなわち大公家とは、最強の魔法使いの一族をも意味する。
ならば大公家当主、大公その人は?
彼らに勝てると断言できるのは、この世で皇帝ただ一人のみ。
大公とは、そんな存在だ。
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「別に、喧嘩を売るつもりはなかったんだよ?」
「喧嘩ってのは同レベルの者で行うものだからね」と笑いながら、男は言う。
「公爵家から侯爵家に格下げされたときの気持ちってどういうものなのかな?って純粋に疑問だっただけなんだよ。だから聞いてみた、それだけなんだ」
バレス侯爵家は、元々公爵家だったらしい。
だが現在の当主、ミネルバの父親は実力が歴代当主よりも劣っていた。
そして不幸なことに、同時代に親衛隊隊長オスカルという天才が存在してしまった。
それでオスカルには公爵の爵位が与えられ、逆にバレス家は侯爵に格下げされたのだ。
ミネルバが家名を誇るのにはそういう理由があるのだと
エメラルドが、教えてくれた。
誇り高い彼女、家を愛する彼女にとって、このことは屈辱だったに違いない。
だがそれでも彼女は家を誇りに思っていた。
そして、誇らしげにしていた。
だがこの眼の前にいる男は、その思いを土足で踏みにじったんだ。
例え意図せずとも、彼女の誇りを足蹴にしたんだ。
「大公家って絶対格下げされないんだよね。まあ、そもそも僕は強いから、格下げされるなんてありえない。だから絶対知り得ない経験なんだよ、格下げって。それでどんな気持ちか、ちょっと知りたくなったんだ」
そんなくだらない理由で。
ミネルバは傷つけられたのか。
腹がたった。
ノヴァ・ガイアという男の考えと行動に。
それによってミネルバの誇りが傷つけられたことに。
彼女が自分の誇りのために大公に歯向かい、敗北を喫したことに。
「ソラ、逃げて…」
そうやっていまだに俺のことなんかを気にしてくれるミネルバに。
この男が、そんなミネルバの横で悠々と座っていることに。
そして何より、今から自分がしようとしていることに。
とてもとても、腹がたった。
「お前こそ、誰に向かって口を利いてるのかわかってるのか?」
それは、初めて使う言葉だった。
そしてその男にとっても、初めて使われる言葉だった。
「いや、知らないね?」
面白いというより興味深げな顔だ。
予想外の反応だったのだろう。
自分の顔を見て、自分が誰かを理解して、このような態度をとる人間が存在しているなどとは。
唯一、皇帝という例外を除いて。
「そうか。でも、俺はお前のことを知ってるよ」
だが今は、もう一人例外が存在する。
「お前も俺のこと、知ってるんじゃないか?」
そこで男は、ノヴァ大公は、初めて俺の顔を直視した。
「戴冠式でお前が俺とサラに誓った言葉、忘れてはいないだろ?」
今度こそ、驚きの表情を浮かべる。
妹の権力を振りかざす、皇帝の兄の顔を見つめながら。
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「まさかあの”皇帝の兄”が、学院に来てるとはねえ」
だが驚いた顔をしたのは一瞬だけ。
すぐに先程までの、おもちゃで遊ぶ子供のような顔になる。
おもちゃを解体して遊ぶような、子供の顔に。
「戴冠式のときは皇帝陛下に目を奪われてしまって、君のことはよく見てなかったんだよ。しかしあれだね。あの偉大なる皇帝陛下に対して、君は随分平凡じゃないか。いや、平凡ですらないかな?」
まるで俺に魔力がないことを見抜いているように。
下民である俺を蔑むような目で見つめてくる。
だが少し違う。
こいつは俺を見る目も、ミネルバを見る目も一緒だ。
下民の俺と侯爵家公女のミネルバ
この男にとっては、どちらも同じ。
どちらも無価値なおもちゃだと考えているだけなんだ。
「君のことはどうでもいい。だから動向なんて気にしてなかった。そして間近で見て確信したよ。君も、まがい物だ」
まがい物。
いったい、何のことだ?
「先代皇帝には、会ったことがあるかな?」
先代皇帝。
サラの、実の兄。
当然俺ごとき下民が、会ったことなどあるはずない。
俺の回答など待ちもせず、ノヴァは続ける。
「つまらない男だったよ。あいつもまがい物さ。皇帝のくせに、弱すぎた。戦えば二回に一回は僕が勝てたよ。当時でそれだから、今だったら余裕かな?」
皇帝を、倒せる?
一瞬、耳を疑った。
ミネルバも同じように、驚愕している。
「ん?別にどうってこないよ。それにまあ、あれでも他よりはマシだったから帝位についたけど、耐えきれずにあっという間に死んじゃった。帝位は、あんなザコごときが就いて良い地位じゃないんだよ」
吐き捨てる。
先代皇帝のことを吐き捨てる。
死んで当然とでも言うように。
「…不敬罪、じゃないのか?」
皇帝への侮辱など、極刑になってもおかしくない大罪。
だが、笑い飛ばされた。
「あははははは!不敬罪?僕が?あのザコを非難して?」
本当におかしいらしく涙を目にためるほどに笑っていた。
ひとしきり笑い終わると、余裕の笑みを浮かべてくる。
「誰が、僕を逮捕できるんだい?親衛隊にできるとでも?オスカルごときじゃ僕には勝てない。それとも他の大公達?アルヴィスなんて僕を怖がって一対一で会おうともしないのに?他の大公なんて、論外さ」
親衛隊隊長オスカル
大公家筆頭エトナ大公家が当主、アルヴィス大公
この二大巨頭ですら、ノヴァ・ガイアには勝てない、だと?
「別に大公家筆頭なんてしがらみもたくさんついてくるからどうでもいいけどね。筆頭が強さを意味するなら、今の大公家筆頭はガイア大公家。この、僕だよ」
「だから俺も、別にどうでもいいと?」
「ご明察!自覚ないやつらが多いけど、君は察しが良くていいね。僕は君たち全員がどうでもいいんだよ。僕より弱いやつなんて、どうでもいい」
それはつまり
「僕にとっての特別は、皇帝陛下だけ」
サラだけが、こいつに勝てるということ。
「我らが偉大なる皇帝陛下。ひと目見ただけで全身が震えたよ。これこそが皇帝陛下だと、世界の支配者にふさわしい御方だと。先々代皇帝も、陛下に比べれば有象無象にすぎない。あれこそが、真の支配者の御姿だよ」
悦に入るように語りだす、ノヴァ。
この男に目に映るのは、皇帝だけ
サラだけだと
そう、確信せざるを得なかった。
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「戴冠式のあの場にいた全ての貴族を、あの御方ならば一瞬で消し炭にできたんだよ?わかるかい?生まれて初めて心臓を鷲掴みにされたような感覚が?生まれて初めて、自分が絶対にかなわない相手と出会った感動が?皇帝陛下こそ、我ら全貴族が忠誠を誓うにふさわしい御方だよ!」
ノヴァは止まらない。
サラが絶対にしないようなこと
そんなことを、嬉々として語りながら。
「だから俺も、ミネルバも、どうでもいいってわけか」
まだ語りたらなかったのだろうか。
俺が口を挟むと、少し不機嫌になる。
「…まあね。皇帝陛下と同等、もしくは準ずる扱いだっけ?僕にとっては皇帝陛下ご本人以外など全てどうでもいい存在。だから君も等しく、どうでもいいんだよ」
虫けらを見つめるような目。
普通の人間なら、貴族なら、ここで怯むのだろう。
だが俺には、馴染み深い目。
むしろ懐かしさを感じるぐらいだ。
これが望郷の念ってやつかな?
つらいことばかりだったのに、なんで思い出ってやつは美化されるんだろうね。
口元がゆるむ俺を見て、ノヴァの眉間にシワが寄る。
見下されて怯える者ばかりにしか会ったことがなかったのかな?
残念だな、俺は下民だ。
見下されるのなんて、俺には当たり前すぎなんだよ。
「理解したよ。お前には俺が皇帝の兄だなんてどうでもいいってことが。そして俺に何を言われようと、お前はミネルバを許すつもりもないってこともな」
「ああ。僕に反抗した以上、彼女が罰を与えられるのは当然だ。誰に何を言われようと、僕は止まらないよ」
意外なだけで、それがどうかするわけではない。
俺にこいつを、どうにかすることはできない。
皇帝と同等、それに準ずる存在である皇帝の兄
その皇帝の兄ですら、最強の大公であるノヴァ・ガイアを止めることはできない。
だが、俺は諦めない。
俺は恩人を助けるためならば、どんなこともいとわない。
下民の俺にはプライドなんてない。必要ない。
彼女が俺を助けてくれたように、俺も助ける。
どんな手段を、使おうとも。
「なら皇帝の命令なら、どうだ?」
「へえ?」
余裕の表情。
だがほんの少し。ほんの少しだけ口元が歪んでいる。
「なかなかの蛮勇じゃないか。たかが学生同士のいざこざに、まさか皇帝陛下を持ち出す気なのかい?」
今までなら「やってみるがいいさ」でも言ってたろうに。
今日初めて、ノヴァがひるんだ。
「俺は皇帝の兄だからな。サラに言うぞ。「ノヴァはひどいやつだ。下級生をいじめる悪いやつだ。あんなやつ、会わないほうがいいぞ。サラ」ってな」
妹にチクると。
妹にチクってお前をハブるぞと。
なんて情けない。
なんて恥ずかしい。
言ってるだけで死にたくなる。
だが、俺にはこれしか方法がない。
俺が死にたくなるほどの恥をかけば、ミネルバを助けられる。
だったら迷うことなどない。
やるしかないじゃないか。
「お前の大好きな、お前の敬愛する皇帝陛下に嫌われて、二度と会えなくなってもいいのか?」
ノヴァの態度は、先程までとは明らかに違っていた。
余裕たっぷりの表情は消え去り、純粋な怒りを表に出している。
「…僕が君をこの場で消してしまえば、それはできなくなるね?」
俺を殺すということか。
確かに、そうすれば話は変わってくる。
「自慢じゃないが俺はサラに慕われていてね。たぶん俺が消えたら、サラは必死で俺を探してくれるよ。そして帝城内は皇帝の庭だ。犯人なんてすぐわかる。そのとき犯人がどうなるかなんて、お前でも想像つくだろう?」
ノヴァが唯一、絶対に勝てない相手。
皇帝自らが、お前を裁くだろう。
「俺を消すか、ミネルバを開放するか。どちらが正解かなんて、考えるまでもないだろ?」
妹の権威を笠に着て
妹の権力を振りかざして、命令する。
ああ、なんて
なんて俺は、弱いんだ。
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「今回は僕の負けだよ。君はもう少し、プライドというものを持ったほうがいい。先輩としての忠告だ」
そう言い残し、ノヴァは去っていった。
そんな、生まれ変わらないと無理なような忠告をして。
そんなことよりミネルバだ。
彼女を起き上がらせてあげようと振り向く。
だがすでに彼女は、自力で立ち上がっていた。
「ありがとうございました。ソラ殿下」
そして俺にお礼を言う。
かつてのエメラルドのように。
俺の正体、俺が皇帝の兄であるということを知ったときの彼女のように
まるで別人のように、かしこまりながら。
「この度は助けていただき、御礼の言葉もございません。バレス侯爵家公女、ミネルバ・バレス。父と同じく殿下に忠誠をここに誓」
「誓わなくていい!」
貴族の言葉
貴族の言葉遣い
そんなミネルバの言葉を、無理やり遮る。
驚くミネルバの手を取り、目を見つめ、断言する。
「お友達の間に、そんなものはいらない」
ミネルバの手は震えている。
ノヴァへの恐怖?
俺への畏怖?
そんな震えなんて止まってしまえと、強く強く手を握る。
「お前が言ってくれたんだ。お友達にしてあげてもいいって。あのときは、まあ、ああ言ったけど、改めて言う。俺と、友だちになってくれ」
「でも、私は…」
「俺は侯爵家のミネルバなんかに興味はない。俺は、俺のことを友だちと言ってくれ、俺を魔法の授業で助けてくれ、しかも何の見返りもないのに俺にしつこく訓練をしてくれた、ミネルバ。そんなお前と、俺は友達になりたいんだ!」
ミネルバは涙を流し、首を縦に振ってくれた。
「もちろんですわ。私達は、お友達ですとも」
そう、泣き笑いながら。
こうして俺に、二人目の友達ができたんだ。
ノヴァにとってはサラ以外の全てがどうでもいいため、皇帝と同等なんだろうがソラにも塩対応です。
ソラは初めて本気で、かつ直接的にサラの権力を振りかざしました。
エメラルドのときはほぼ冗談みたいなものですし、他は周りの忖度です。
ミネルバのためとはいえ、ソラにとってはかなりつらい決断でした。
少しサブタイトルを変えてみました。
微妙に内容に合ってない気がして、試行錯誤中です。




