14話 入学試験
俺はとんでもない思い違いをしていた。
学院とは何か?
それは魔法使いの子弟が通う学び舎の総称。
学院と一口にいっても、多くの場所がある。
それらのほとんどは地上の各地にあり、ほとんどの魔法使いの子弟はそこに通う。
ただ一つの例外を除いて。
その例外が、「学院」
この帝城に存在する、唯一の学院
初代皇帝が開設し、ここで学ぶ者は全てが平等であると宣言した場所
この帝城でただ「学院」と呼称すれば、それはすなわちここを指す。
最も歴史あり、最も格調が高く、最も優れた学院。
それがこの、「学院」だ。
それはつまり、人気も果てしなく高いということ。
全魔法使いの憧れであり、誰もがなんとしてでもここに入学したいと思っている。
ゆえに常にとんでもない倍率になる、超人気校だ。
そんな場所に入りたいと、俺は軽々しくも言ってしまったのだ。
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「じゃあ、受験勉強だな!」
一度も首席を奪われることなく飛び級で学院を卒業した超秀才・エメラルド
かつてたった一週間で俺に宮廷のマナーを叩き込んだ鬼教官が、手ぐすね引いて現れた。
「ソラが学院を目指すようになったとはなあ。向上心があるというのは素晴らしいことだぞ!」
うんうんと勝手に納得している。
俺の意図とはぜんぜん違うが、本人が納得してるならいいかと特に訂正しない。
だが、それは間違いだったかも知れない。
「そんなにやる気があるのなら、私も全力でお前に応えようじゃないか!高みを目指すぞ、ソラ!」
俺に向上心があると勘違いしたエメラルドに、とてつもないシゴキを受ける羽目になったのだから。
「きょ、今日はそろそろいいんじゃないかな…?」
「そうだな、まあ今日はこんなところにしておこうか」
明け方から始まった勉強会。
すでに日は沈んでいる。
食事時間とトイレ以外はほぼ休憩なしでぶっ続けだった。
スラム時代はもっと長時間働いていたが、あれはただの肉体労働。
頭を使う勉強は、違う意味でつらい。
体を使うほうが全然マシだ。
ようやくこれで休めると思ったが、鬼教官がそんなに優しいはずもなく
「じゃあ次は運動だな。学院の入学試験は体力も問われる。勉強だけではダメだぞ、ソラ」
別に体を使うほうがマシなだけで、やりたいわけじゃないんですよ?
そんな俺の想いは通じず、話は勝手に進んでいく。
「私は運動はそれほど得意ではなくてな。ビスケッタ様、お願いいたします」
「もちろんです。体を動かすことでしたら私にお任せを」
学院では勉強だけでなく運動も重視される。
なおエメラルドの得意ではない発言は、「二位に圧倒的差をつけての一位がとれなかった」の意味である。
そもそもの出来が違うのだ。
そしてビスケッタさんは、運動においては圧倒的だった。
彼女の実家であるロッキー公爵家。
そこが得意とするのは肉体強化魔法。
魔法で強化した肉体を自由に操るため、通常時からも体を徹底的に鍛え上げているのだ。
「ではソラ様、始めましょうか」
ロッキー公爵家直伝の肉体強化法
「こんなん耐えれたら誰でも最強になりますよ」という感想を心に押し留め、俺はひたすら耐え抜いた。
そして夜は泥のように眠る。
もう朝が来ないで欲しいと、そう願いながら。
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現実とは非常なもので、毎日朝は来てしまう。
そして繰り返される受験勉強という名のシゴキの日々。
そろそろ俺の心が折れそうになったとき、エメラルドがようやく気づいてくれた。
「そういえば、休みがないな」
休み
なんて素敵な言葉
スラムでは雨が降ると仕事が休みになった。
だがそれは収入がなくなるということと同義であり、安らぎなど何もない。
今は違う。
休みとは純粋に何もしなくていい日。
明日の飢えに怯える必要もなく、ただただ休めばいいのだ。
「元気をつけていただかないと」
ビスケッタさんが栄養満点でおいしいご飯を用意してくれる。
「ソラ、ちょっと行こう」
エメラルドが外出を誘ってくれる。
友達とのお出かけに心躍りながらついていった先
そこは
「陛下が最近ソラが来ないことを嘆いてらっしゃってな。私としたことが、受験勉強で夢中になってて思わず失念していたぞ」
皇帝の間
サラの部屋だった。
いや、サラに会えるのは嬉しいんだけどね…。
親衛隊の、オスカルの視線で、心休まらないんだよね…。
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「兄さん、学院に行かれるんですか?いいなー。私も一緒に行きたいなー」
「なんで最近来てくれなかったんですか?」というサラの問い
それに素直に「受験勉強だよ」と答えた回答がこれである。
すごい羨ましがられている。
だが実体は全く羨ましくもなんともないシゴキの日々。
サラには体験して欲しくない。
それに何より
「皇帝は、入学できないからね」
初代皇帝が決めたルール
「学院内には、学院外の身分は持ち込まない」
だが絶対権力者である皇帝が入ってしまっては、それも有名無実になってしまう。
ゆえに皇帝は、入学不可なのだ。
もちろん即位前に入学した皇帝は過去にいるが、即位後の例外は存在しない。
いくらサラのお願いでも、初代皇帝が決めたルールには逆らえなかった。
だがサラは納得しない。
「悲しいなー。寂しいなー」
なかなか機嫌を直してくれない。
サラが不機嫌だと親衛隊も機嫌が悪くなる。
居心地が悪くなる。
だが、今日は少し様子が違った。
「陛下」
オスカルがサラに何か耳打ちする。
するとサラは「いいね!」と言い、何か満足したようだった。
その後のサラは学院のことを特に口にすることはなかった。
むしろご機嫌になったサラは「兄さん、帝城ってすごく速くも動けるらしいんですよ?」なんて言い、帝城を超スピードで動かそうとまでしてくれた。
「酔いそうだからやめて、ね?」
丁重にお断りしておいた。
そのままいつものようにサラとの時を過ごす。
そしていつものように名残惜しそうなサラと別れ自室に帰る。
すると、難しい顔をしたエメラルドとビスケッタさんが待っていた。
「ソラ、良いニュースと悪いニュースがある」
ドキリとする。
いったいどんな話だろう。
できるなら良いニュースしか聞きたくないが、そうもいかないと覚悟を決める。
「本来こういう場合は悪いニュースから言うべきなのだが、今回に限っては良いニュースから言わせてもらう。編入試験を受験できることが決まった」
編入試験
学院の入学試験は年に一度、春だ。
それ以外の時期に入学したいという例外はほとんどおらず、編入試験が行われることはほぼない。
だから俺も次の春まで待つ必要があると
この地獄のシゴキが春まで続くという絶望感と共に覚悟をしていた。
だが編入試験を受けられるとなれば、話は別だ。
編入試験で全ては終わる。
おそらく、いや間違いなく、俺の皇帝の兄という立場が作用している。
春まではまだ時間があり、「今試験を受けさせてもいいだろう」という忖度が働いているに違いない。
帝城が誇る学院も、全てが平等とはいかないということか。
ただしこれは、ただの良いニュースではない。
これはすなわち、編入試験までしか時間がないということと同義。
次の春まであった受験勉強の時間が、一気に短縮される。
編入試験までに、俺は学院に入学できる実力を身に着けなければいけないということだ。
「これを聞いて喜ぶようでは叱りつけねばと思っていたが…。自分で理解したようだな、顔でわかる」
顔つきも変わらざるを得ない。
学院に入学するにはもはや一分一秒たりとも無駄にはできないということ。
今すぐにでも勉強を再開したい。
だが、まだ悪いニュースがある。
今のニュースは良いニュースではあるが、それと同時に悪いニュースでもあった。
なら生粋の悪いニュースとは何だろう?
「正直、編入試験があるのなら早いほうがいいと思った。長丁場というものはダレるものだからな」
俺もそう思う。
このシゴキに春まで耐えられるとはとても思えない。
「ソラが短期決戦が得意なのは知っている。戴冠式前は見事であった。だから今回も短期決戦で臨みたかった」
全く同感だ。
なのにこのエメラルドの、口いっぱいの苦虫を噛み潰したような表情は何なんだろう?
「まさか編入試験が、明日に設定されるとは…。さすがに想定外だ」
へ?
明日??
その夜は全体的な復習だけして終わった。
「明日に疲れを残されませんように」
そう言ってビスケッタさんが準備してくれた美味しくて栄養満点な夕飯。
それをエメラルドと食べ、温かいお湯につかり、ベッドに入る。
一抹の不安を胸にして
いや違う。
何もかもが不安だったが、無理やり眠りについたのだった。
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「受験番号001番、ソラ様。面接室へ」
「は、はい…」
すでに体力試験と筆記試験は終わっていた。
体力試験は、まあまあだ。
スラムで年がら年中働いてたのは伊達ではない。
そしてそこにロッキー公爵家直伝の洗練されたトレーニング法が合わさったのだ。
それなりできるのは当然だ。
だが、筆記試験は、筆舌に尽くしがたい。
やはりこの短時間では色々無理があった。
あれほど一生懸命教えてくれたエメラルドには本当に申し訳ないが、正直ボロボロだった。
なんて謝ろう…。
すでに俺の心はボロボロだ。
だがまだ最後の試験、面接が残っている。
いくら合否が明白とは言え、途中で帰るのは許されない。
最後まで全力を尽くし、春に再度頑張ろう。
そう思って心を奮い立たせ、立ち上がる。
そして面接室へと入っていく。
「受験番号001番ソラ、入室いたしました。本日はどうか、よろしくお願いいたします!」
入室と同時に面接官の方々に一礼する。
腰を曲げ、頭を下げる。
ここで注意すべきは、面接官の指示があるまでは頭を上げてはならないこと。
勝手に上げてしまっては、そこが減点要因となる。
そんな初歩的なミスは、起こさない。
「頭を上げなさい。どうぞ、席へ」
そんな言葉を待っていたのに、聞こえてきたのは全く別のセリフだった。
「素晴らしいです!合格です!」
突然の合格宣言。
ものすごく嬉しそうに、ものすごく拍手しながら宣言された。
ルール違反だとはわかっているが、許しもなく頭を上げてしまった。
いや合格通知を聞いたのだから、もう許しは得たということなんだろうか?
視線を上げた先には、想像通りの姿。
よく考えれば、当たり前のことだった。
この学院は初代皇帝が設立したもの。
ゆえに学院のトップ、理事長は歴代の皇帝が就任する。
だからこそ、皇帝直属の施設として学院は権威と秩序を保っている。
合格者全員の最終判断者も、皇帝だ。
つまり学院の生徒は誰もが等しく皇帝の許可を得た存在となる。
これによって、学院内では外の地位とは関係なくなるわけだ。
ここで重要なのは最終判断者が皇帝だということだ。
普通ならただの名目上の存在だが、本人が望めば、それを止められる者は誰もいない。
「へ、陛下。面接はこれからで…」
「ご、合否判定は、その、他の試験の結果も考慮を…」
脂汗を流し、戸惑いながら口にする人々。
おそらく、この学院の幹部だろう。
実際に学院を運営している人々は、予定外に事態に大いに困惑している。
しかし中央に座る絶世の美少女が、それを全力で否定する。
「そんなの必要ありません!兄さんは素晴らしいんです!兄さんは合格なんです!」
満面の笑顔で拍手し続ける少女
この少女こそ、今上皇帝
我が愛する妹、サラ
昨日おとなしく引き下がった理由を、俺はようやく理解した。
「兄さん、おめでとうございます!兄さんの合格の瞬間を見られて、私とっても嬉しいです!」
妹の無邪気な笑顔を見て、ようやく理解できたのだった。
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帰宅後、エメラルドとビスケッタさん達が笑顔で出迎え祝福してくれた。
合格祝賀パーティすると、豪勢な食事も準備されている。
正直微妙な気分で、祝福されるのはむず痒かった。
だがエメラルドに言わせるとそうでもないらしい。
「勝てば官軍、だ。経緯はどうあれお前は合格した。それとも何だ?お前は必死で頑張った結果なら、不合格でも文句がないとでも言うのか?」
落ちたときのことを考えると、やはりそれはそれでめちゃくちゃ気落ちしていただろう。
容易に想像がついてしまう。
必死で頑張って、努力し続け、その結果として常に首席を取り続けてきたエメラルド。
彼女の言葉にはやはり重みがある。
「そもそも私に言わせれば、お前の努力に運命が味方したにすぎない。頑張ったな、ソラ。お疲れ様。そして、おめでとう」
祝福の言葉。
ようやく少しだけ、素直に受け止めることができた。
「そら今日は飲め飲め」
そういってコップに飲み物をついでくる。
初めて飲んだが実に美味しく、どんどん飲めてしまう。
そして何故か、飲めば飲むほど気分が高揚してくる。
みんなに祝われて、知らず知らず心が踊っているらしい。
「どうだ、勝利の美酒は?最高だろう!」
その言葉を聞いたからあとは、記憶がない。
そして俺は翌朝、人生初めての二日酔いで苦しむこととなったのである。
ビスケッタさんの看病を受けながら、俺はその日ベッドから起き上がれることはなかった。
「ソラ様、飲み過ぎはよくありませんよ?」
俺は知らなかったんです…。
でも、ごめんなさい…。
疲れたなど口にしようものなら、回復魔法で無理やり回復させられます。
「回復魔法があるから睡眠なんて必要ないな」
「お願いだから寝かせてください」
体力的には問題ないのに、精神がすり減っていく地獄の受験勉強。
ソラはよく耐えました。
毎日更新がさすがにつらくなってきましたが何とか頑張っております…。
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