15話 初登校
編入試験日、つまり合格日から数日後。
俺は初登校を迎えることとなった。
「…早すぎない、ですかね?」
準備に勤しんでくれるビスケッタさんに尋ねてみる。
今彼女は俺に制服を着せてくれている。
抵抗虚しく、自分で着るには難しすぎて諦めざるを得ず、俺はそれを甘んじるしかなかった。
その恥ずかしさをまぎらわせるためにも、気になってたことを質問してみた
「学院側の配慮でしょう。まだ入学時期から間もなく、早めに編入したほうがソラ様に都合が良いと判断したと思われます」
「なるほど…」
サラの圧力かと思ったが、そうではないらしい。
俺への配慮なら受け入れるしかない。
「はい。これで問題ございません。似合ってらっしゃいますよ、ソラ様」
制服の仕立て具合は完璧だった。
合格日当日に体を採寸したので当然といえば当然だが。
馬子にも衣装とは言ったもので、制服を着るだけで俺でも学生に見えてくる。
別人のようだ。
「エメラルドは任務があるため、見せてあげられないのが残念ですね」
この場にエメラルドはいない。
そもそも俺の受験勉強に彼女がつきっきりでいてくれたのが異常だったのだ。
なにせ彼女は皇帝親衛隊。
サラの護衛こそがエメラルドの本分なのだから。
俺の受験勉強のために夜勤を志願して昼の時間を空けたり、貴重な有給休暇を使ってくれていたらしい。
エメラルドにはもう感謝しかない。
俺たちの友情に乾杯!
もう酒は懲り懲りだけどな!
そう考えると、合格できて本当に良かった。
不合格だったらもっと迷惑かけるとこだったとゾッとする。
「ではソラ様、そろそろ参りましょうか」
「はい。ビスケッタさんも、ありがとうございます」
もちろんビスケッタさんにも感謝を。
彼女は深夜まで俺のトレーニングに付き合ってくれたのに、毎朝必ず俺より早く起きていた。
彼女も、俺のために尽くしてくれていたのだから。
「とんでもありません。私はそれが仕事ですし、何より、楽しかったですから」
そう言って、笑ってくれた。
俺も笑顔になり、二人で出発する。
帝城の一角にある場所
試験で一回だけ訪れた場所
学院へ
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「ソラと言います。よろしくお願いいたします!」
編入先のクラスで挨拶をする。
目の前に多くの少年少女。
これから、俺と机を並べて勉強する学友だ。
思えば、こんなに多くの同年代と同じ場所に集められるなど初めてだった。
スラムでは年齢も性別も関係なかった。
もしかしたらあったかもしれないが、気にすることもなく日々を生きていた。
全員が同じような年頃で、もちろん美形揃い。
そんな顔が数十も並び、しかも俺を凝視している。
緊張するなという方が無理というものだ。
「あの席に座りなさい」
教師が指示を出してくれたおかげで、一瞬空気が緩和する。
そしてそのまま席につこうと動き始めるが、その間も視線を感じ続ける。
「転入生?」
「バカ、編入生だよ」
「編入生なんて聞いたことないぞ」
「家名を名乗ってなかったけど、どこの家だ?」
ひそひそ話も聞こえてくるが、全て無視。
席に付き、一息つく。
「授業を始める」
そのまま教師が授業を開始してくれたことに、感謝をしながら。
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「あなた、どこの家の方かしら?」
金髪のロングヘアーを縦巻きロールにした美少女
最初の休み時間が始まると同時に、俺に話しかけてきた。
ちなみに授業内容にはなんとかついていくことができた。
初めてのことばかりだが、量的にはエメラルドが「3分で理解しろ」と言ってくるのを1時間もかけてく説明してくれるのだ。
何とかならないことはない。
本当は休み時間に復習と次の授業の予習がしたかった。
だが同じクラスの級友を、しかも話しかけてくれた人を無視するわけにはいかない。
だから、正直に返事した。
「あ、いや、家とかは特に…」
俺は皇帝の兄であり、別に爵位とかは持っていない。
そして皇帝は唯一無二の存在であり、家名なんて持っていない。
だから俺はサラと一緒にすることもできず、家名を名乗ることはなかった。
それを聞いた縦巻きロールさんは笑みを浮かべる。
「ということは、地上出身の方かしら?この学院へ、しかも編入入学とはよほどの逸材ということね。特別に私の、お・友・達にしてあげてもよろしくてよ?」
お友達の部分に妙なアクセントつけてきた。
自分に友達がいないから、俺に声をかけてきたのだろうか?
ちなみに地上出身というのは貴族ではない魔法使いのことを指す。
貴族は帝城内に必ず本宅なり別宅を持つ。
このため地上出身というのは帝城に家を持たない者達。
すなわち貴族でない魔法使いを指すようになったわけだ。
もちろん帝城に住む魔法使い達も大勢いる。
だが彼らにとって帝城は仮の住まいであり、あくまで本来住む場所は地上。
帝城とは、貴族のためのものなのだ。
ちなみに貴族でない魔法使いは名字を持ったり持たなかったりだ。
貴族は必ず家名を持つし与えられるから、持ってなければ普通は貴族でない。
例外は皇帝と、俺というイレギュラーだけだ。
会ったばかりで友達というのもなあ
そんなふうに俺が悩んでいると、数人の少女たちが追加された。
「ミネルバ様!なんてお優しい。さすがでございます!」
「地上出身の者をお友達にだなんて、侯爵家の名に傷がついてしまうかもしれませんのに!」
縦巻きロールさん、侯爵家のご令嬢らしい。
偉そうな雰囲気だとは思ったが、実際に偉いようだ。
学院にも入学してるし、きっと優秀でもあるのだろう。
「あなたたち、学院内では学外の家柄なんて関係ないのですよ?私がバレス侯爵家出身であることなど、声高に言うものではありません!」
ちゃんと学内のルールも理解しているようだ。
「まあ、おっしゃるとおりでした!」
「私達ったら、お恥ずかしい…」
彼女友人たちも反省している。
悪い人たちではないのだろう。
でも、友達になりたくはないかな。
「あ、友達はもう、間に合ってますので…」
友人とは数が多ければいいものではない。
俺にはエメラルドという大事な友だちがいる。
彼女のように「友だちになりたい」と思えるような人物でなければ、無闇に増やすことはないだろう。
そうやって俺が断ると同時に、次の授業の時間となり教師がやってきた。
それに気づいていなかったのか、縦巻きロールさんは教師に注意されるまで俺の横で立っていたのだった。
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その後は放課後まで、特に誰にも話しかけられることはなかった。
休み時間を有効活用できて助かった。
帰りの支度をすませ家路につこうと席を立つ。
だが隣には、不思議なオーラをまとった縦巻きロールさんがいた。
大勢の取り巻きを引き連れて。
「あなた、私がバレス侯爵家公女、ミネルバ・バレスとご存知かしら?知っての上であのような無礼を働いたのならば、その度胸だけは褒めて差し上げますわ」
会ったときは間違いなく知らなかった。
ただあなたと友人方が勝手に教えてくれたので、最終的には知っていた。
そういう場合は、どう答えるのが正解だろう?
スラムだったら質問への回答は死に直結する場合があったが、ここではそんなことはない。
とりあえず、正直に返そう。
「えっと、あなたのことは知りませんでした。でも、ご自分で勝手に名乗ってくださったので、今は知っています」
勝手に、というのは余計だったかもしれない。
「このような無礼を働かれたのは、私、入学してから初めてですわ…」
不思議なオーラが、明確に怒りのオーラになってしまった。
「大公家に公爵家、それらに匹敵する名家、バレス侯爵家!その長女こそ私、ミネルバ・バレスなのです!」
取り巻きの方たちが拍手し始めた。
「さすがミネルバ様!」
「名門バレス侯爵家が次期当主!」
「侯爵家なんて、貴族の中でも名門中の名門ですわ!」
「男爵家である私とは、格が違います!」
しかも囃し立てている。
そしてようやく彼女の意図も理解した。
彼女は俺を、取り巻きの一人にしたいというわけだ。
お友達とは、本来の意味ではなくそういう意味なのだろう。
ようやく、理解できた。
正直、がっかりした。
学院内では学外の地位は関係ないはずなのに、それが有名無実していることに。
結局ここでも家柄が重視されるのかと、心からがっかりした。
これが守られていると信じていたから、彼女の意図がわからなかった。
そうでなければ、すぐに気づけていだろう。
気づきたくなど、別になかったが。
ため息をつく俺に、怪訝な顔をするミネルバと取り巻き達。
その中の一人が囁いてくる。
「お前、どうせ卒業後に士官や叙勲を目指してるんだろ?ならどうすればいいか、もちろんわかるよな?」
なるほど。
確かに学内では平等は守られているのかもしれない。
だが、学内での出来事を学外に持ち出さないことまで禁止されていなかった。
だから、こんなことが起きてしまう。
名門貴族に媚を売り、尻尾を振る輩を生んでしまうのだ。
そして、それに載せられる大貴族も出てしまうわけだ。
さてどうするか。
無視するのは簡単だ。
だがそれでは問題は解決せず、今後も同じことは続くだろう。
だからといって俺の事情を明かせば、それは彼女達と同じ行為をすることとなる。
できれば避けたい。
どうしようかと考えていると、意外な救いの手が現れた。
「ソラー!迎えに来てやったぞ!」
それは我が友、エメラルド。
仕事終わりなのか、親衛隊の正装に身を包んでいる。
「久々に学院に来たが、変わってないなあ。それに不思議と名残惜しくなってしまう。飛び級でさっさと卒業したの、もったいなかったかな?」
そんなふうに笑いながら。
そしてそんなエメラルドを見て、教室全体がざわめいた。
「え、エメラルド様!?」
「嘘!本物?」
「入学から卒業まで首位を譲らず、ついには飛び級で卒業された伝説の!?」
「生徒会長を務められての首位でしょ?すごすぎ!」
少しだけ聞いてたエメラルドの学院でのエピソードの数々
その話は別に誇張でも何でもなかったらしい。
一緒に在籍していた期間がない俺の同級生たちも、エメラルドのことを知っていた。
「なんでみんな、私のことを知ってるんだ?私の卒業後の入学生だろ?」
本人も困惑していた。
面白い。
それに
「ありがとう、エメラルド。ちょうど帰るとこだったんだ。助かったよ」
本当に助かった。
これで今日は無事に帰れそうだ。
それに彼女の威光で、明日からもあまり面倒なことにはならなさそうだし。
だが、その予想は少し外れる。
「お、ミネルバじゃないか」
「お、お久しぶりでございます!エメラルド様!」
どうやら二人は知り合いだったらしい。
「学院生活はどうだ?楽しんでるか?」
「もちろんでございます!エメラルド様が私の家庭教師をしてくださったから、無事合格できたのでございます。本当に、心から感謝してございます!」
なんとミネルバと俺は同じ師のもとで修行した仲だったらしい。
いや、同じ先生に教えてもらった仲な。
あれは勉強ではなく、苦行ではあったが。
「ならよかった。じゃあソラとも仲良くしてやってくれ。ソラも私が受験勉強を見てやったんだ」
「エメラルド様が、この者を…?」
怪訝そうな顔をするミネルバ
その顔は、次のセリフで劇的に変化する。
「ああ、ソラは私の全力に応えて合格を勝ち取ったんだ!たいしたやつだぞ!」
ミネルバの顔は、真っ青になっていた。
「エメラルド様の、全力に、応えた…?」
「うむ!お前が半日で音を上げた私の全力に、最後までついてきたんだ。なかなかのもんだろう?」
足元もふらついている。
かわいそうに。
エメラルドの全力がフラッシュバックして精神が耐えられないんだろう。
俺は最後まで耐え抜いて逆に達成感に昇華しているが、途中で断念していたら同じようになっていただろう。
あれはそれほど、つらいものだった…。
「二人とも私の教え子みたいなもんだな!ただ、気をつけろよ。学院内では学外の地位は関係なく、全員が平等。決して、己の地位を振りかざすなよ!」
エメラルドはおそらく、俺に注意しているのだろう。
俺が皇帝の兄だから、絶対権力者と同等、もしくはそれに準ずる存在だからと。
だが、ミネルバにとっては全くの逆の意味に理解されたようだ。
「も、もちろんでございます!」
今度は別の意味で青くなっている。
さっきまでの自分の所業、決してエメラルドにチクってくれるなと俺に目配せしてくる。
別にチクるつもりなど元々なかった。
平穏な学生生活を送れるならそれでいい。
そもそもの入学の目的が、それなのだから。
だから俺は目でOKと合図を送る。
するとミネルバは安心したのか、そのまま崩れ落ちた。
「み、ミネルバ様!?」
取り巻き達に運ばれていく。
「会ったときから雰囲気がおかしかったが、何か疲れでも溜まってたのかな?心配だな…」
かつての教え子を心配するエメラルド。
「いや、たぶん、違う理由じゃないかな…」
俺にできるのは、そんなあいまいな返事だけ。
「心配だが、あまりたくさんの人がついていってもあれだしな。私達は帰ろうか。明日、様子を見ておいてやってくれ」
「ああ、もちろん」
明日からはもう、ミネルバが俺に実家の権力を振りかざすこともなくなるだろう。
エメラルドが威光で押さえつけるどころか、はっきりと言ってくれて助かった。
俺に向けての発言だったけど。
こうして俺の初登校は、無事に終わったのであった。
たぶん、無事に。
魔法使いであっても、貴族とそうでない者達の間には明確な差があります。
学院に入っても地上出身者は肩身の狭い思いをするのが大半です。
しかし中にはチャンスを勝ち取って出世していく者もいる、この階級社会における希望の光が学院です。
ブクマに評価、ありがとうございます。
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