13話 貴族と下民
あの一件以降、サラとは定期的に会うようになった。
サラが寂しくないようにと。
ただあのとき俺の中に生まれた違和感
俺という存在そのものに対する疑問
それは解決することなく、くすぶり続けていた。
そしてこの日、その違和感は爆発する。
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「これはこれは、殿下ではございませんか!」
自分で部屋から出入りできないとはいえ、別にずっと引きこもっているわけではない。
ときには部屋から出て、このように城内を散歩することもある。
中庭を散策することだってある。
もちろん、そのときはビスケッタさん達の付添が必須だが。
そして散歩に出ると、このように必ず声をかけられる。
かけてくるのは帝城に滞在する貴族たちだ。
貴族というものはたいてい領地を持っている。
ただほとんどの貴族は領地ではなくこうして帝城に居を構えている。
それは何故か?
理由は単純。
人脈づくり。
毎夜どこかで行われる晩餐会
そこに出席し、顔を売る。知り合いを増やす。
そしてこういう何でもない場所も重要な出会いの場。
人脈を作り、仲間を作り、宮廷政治でのし上がろうと誰もが画策しているのだ。
「本当に力を持った貴族であれば、そんなことは必要ないのですが」
とはビスケッタさんの言。
彼女の実家であるロッキー公爵家などは十分な力を持っており、そういった宮廷政治とは無縁らしい。
逆に宮廷政治が大好きな大貴族もいるらしいが。
俺にはよく、わからない。
そして今声をかけてきた男性貴族
彼に声をかけられるのは初めてではない。
彼は、ラディシュ男爵。
エメラルドが彼のことを知っていた。
「ラディシュ男爵?ああ、知ってるとも。最近当主とその長男を相次いで失って、次男が家を継いだところだな。ただその次男、今の当主がなあ…。本来男爵家を受け継げるほどの者ではなくてなあ…」
皇帝が血筋だけで選ばれるわけではないように、爵位も血筋だけで受け継ぐことはできない。
その爵位にふさわしい実力が求められる。
それが帝国の新陳代謝につながっており、ときには現親衛隊隊長オスカルのような傑物を生み出してきた。
そして実力が見劣りする貴族
例えば男爵であるにもかかわらず実力が見合っていない場合。
その家が取り潰される可能性も、多分にあるのだ。
「殿下、またもお会いできるとは何たる偶然!いや、むしろこれは運命かもしれません!私と殿下は、きっと運命で結びついているに違いありません!」
何が偶然か。
俺の部屋を四六時中見張って俺が出てくるのを待っていただけではないか。
魂胆が見え見えのセリフ。
俺、皇帝の兄である俺とつながりをもつ。
それが自分の地位の保全につながると考え、ストーカーまがいのことをしているだけである。
本来は無視したいような相手だ。
だが、そんなことをしたら自分が偉いと認めてしまったような気がしてしまう。
だから俺は、今日もこの男爵の相手をしてやった。
それが、間違いの元だった。
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「殿下の魔力の凄まじさ、聞いておりますぞ。さすが陛下の兄君ですな」
嘘八百もはなはだしい。
俺に魔力なんてカケラもない。
「殿下の武勇伝も噂されておりますぞ。やはり若い方はそれぐらいでないと!」
何か武勇伝か。
帝城に来て間もなく、部屋に引きこもってばかりの俺にどんな武勇伝があるというんだ。
魂胆が見え見えなら嘘も見え見え。
こんな人間に付き合う時間がもったいない。
そろそろ切り上げよう
俺からは言いにくいからビスケッタさんに話を切ってもらおう
そう目配せしようと思った、そのときだった。
「我が領地で狩りなどいかがでしょう?ウサギ、キツネ、トラ、そして下民。どれも楽しいものですよ」
狩り
下民狩り。
噂では聞いたことがあったが、本当に存在しているらしい。
スラムで「俺はこれから貴族様の領地に行くんだ」と自慢してたやつのことを思い出す。
あいつが行った先は、もしかしてこの男爵の領地だったのかもしれない。
思わず固まってしまった。
そして俺が動きを止めたことを、この鈍感男爵は興味をもったと勘違いしたらしい。
そのまま次々に語りだす。
下民を使った、貴族の娯楽を。
「剣奴の戦いなどお好みでしょうか?勝てば臣民になれるということで、やつら必死で戦うのですよ。実に愉快です」
剣奴の生き残りを見たことがある。
誰も彼も必ず手足のどれかが欠けていて、満足に働くこともできなかった。
「野生の獣と戦わせるのもなかなかです。下民も意外と知恵があるようで、毎回おもしろい戦い方を見せてくれます」
獣に食われた死体など、日常的に見てきた。
あれは自然の摂理だったが、それが娯楽にされているなど想像すらできなかった。
「下民の街を焼かれたことはございますか?あんなゴミのような家なのに、やつらはまるで宝物を失ったように泣き叫ぶのですよ。思い出すだけで、笑いがこみ上げてきます」
貴族に滅ぼされた街の生き残りに会ったこともある。
家族全員と離れ離れになり、自分ひとりだけ生き延びたと言っていた。
親も妻も子も、全てを失ったと一人で泣いていた。
ゴミのような家
俺とサラの家も、この帝城に住んでる者からすれば同じように見えるだろう。
二人の思い出が詰まった、あの家も。
ラディシュ男爵はその後も話し続けていた。
だがもう無理だった。
俺の脳みそがこいつの言葉を聞くことを拒否し、何も頭に入ってこなかった。
俺がおとなしく聞いているのではなく、茫然自失となっていることにビスケッタさんが気づくのは、ようやくその頃になってだった。
男爵を一喝し、追い払う。
公爵家公女の迫力に、男爵は尻尾を巻いて逃げていった。
先程まで楽しそうに下民のいたぶり方を語っていた姿とは、打って変わって。
その後どうやって部屋に帰ったかは覚えていない。
気づいたら、夜になっていた。
寝間着に着替え、ベッドに座っていた。
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「申し訳ございませんでした」
目の前には腰を直角に折り曲げたビスケッタさんがいる。
「いや、その、止めてくれて、ありがとうございました…」
「私が止めるのが遅くなってしまい、本当に申し訳ございませんでした」
ビスケッタさんの声が震えている。
本当に申し訳ないと思ってくれていることが伝わってくる。
だが、今の俺はそれを心から受け入れることができなかった。
「いえ、本当にいいんで…。今夜はもう、寝ちゃいますね」
正直、一人にしてほしかった。
いや違う。
貴族と同じ空間に、いたくなかったのだ。
下民
ついこの間まで、俺は下民だった。
下民をおもちゃにする存在、貴族。
ただの娯楽で下民の命を弄び、ときには街ごと燃やし尽くす存在。
そんなものと一緒にいることに、耐えられなかったのだ。
俺は皇帝の兄などともてはやされているが、それは全て妹の、サラの威光によるもの。
一皮剥く必要もなく、今も俺は下民の頃と一切変わらない。
あの男爵が殺した下民、今から殺す下民、彼らと俺は、何の違いもないのだ。
ただ、住む場所が違っていただけ。
いやこれも違う。
ただ俺が、サラの家族として住んでいただけ。
たったそれだけの、違いなのだ。
たったそれだけの違いで、彼らは殺された。
たったそれだけの違いで、俺はこんな立場にまで上り詰めてしまった。
その差に、吐き気がしてくる。
だから一緒にいたくないのだ。
下民をおもちゃにできる存在である貴族と、同じ空間に存在することが我慢ならなかったのだ。
いつも察しがいいビスケッタさん
俺が一緒にいて欲しくないことなどとうに気づいているだろうに、部屋から出ていこうともしない。
すでに顔はあげている。
血が出るほど唇を噛み締めながら、俺を見つめている。
「ソラ様のお気持ちを、多少は理解しているつもりです」
俺の気持ちを、理解?
大貴族のご令嬢が?
「ソラ様の過去について、私は真実を聞いております」
「俺が、下民だってこと?」
当てつけのような言い方をしてしまった。
だがビスケッタさんは、それを正面から受け止める。
「はい。ソラ様が下民であったことも。どのような生活をされていたかも、聞き及んでおります」
やったのは皇帝親衛隊だろうか?
それとも別に専用の組織がいるのか?
俺の過去など、とっくに調べられていたらしい。
まあ、当然か。
大事な大事な皇帝陛下の、その兄なんだ。
背後関係の調査なんて、やらないほうがおかしいだろう。
「よくそんな下民のメイドになれなんて指示に、従えましたね」
吐き捨てるような言い方をしてしまった。
これが八つ当たりだなんててわかっている。
わかっているのに、そんな言い方をしてしまう。
だがビスケッタさんは、再び正面から受け止めてくれた。
「もちろんです」
一切の迷いなく、躊躇なく、断言した。
そして真っ直ぐな瞳で、俺に言葉を投げかける。
「皇帝陛下の魔力は尋常ならざり、ただ生きているだけで周囲に影響をもたらすほど。それを使いこなす術も知らずに地上で一人で生活することなど、とても無理だったでしょう。にもかかわらず、皇帝陛下はご無事であらせられた。こうして即位されることができた」
最後に、問うてくる。
「それは、何故でしょう?」
その問いの答えは明白だ。
俺が間違えるはずがない。
だってそれは
「ソラ様、あなたがいらっしゃったからです。あなたが文字通り身命を賭して陛下を守り抜かれたから、陛下は登極を果たされたのです」
俺がいたから。
俺がサラを守ってきたから、サラはスラムで野垂れ死ぬことなく生き残れた。
俺がいたから、サラは皇帝になれた。
そう、彼女は言ってくれたのだ。
昔を思い出す。
朝から晩まで働いて得たたった一つのパン。
今すぐそれを食べたい、独り占めしたいという欲望を抑え込み、家に持って帰ってサラと二人で分け合った。
「美味しいですね、兄さん!」
石のように固く、味なんて何もしないパン。
だがサラと一緒に食べると、最高の味に思えてくる。
本当に美味しそうにパンを頬張る、サラの笑顔。
俺が絶対守るんだと誓った、あの笑顔。
「ソラ様がどのようなお立場だったかなど、どうでも良いのです。すでにソラ様もご存知の通り、皇帝陛下はこの帝城に、我ら貴族に必要不可欠な存在。皇帝陛下という重しがなければ、全ての秩序は崩壊するでしょう。その皇帝陛下を再び我らに与えてくださったソラ様に、私はお仕えしているのです」
そして繰り返す。
「何の見返りもなく、血の繋がりすらない幼い少女を、妹として守り抜いた。そんなソラ様に、私は忠誠を誓っているのです」
サラは家族だ。
血の繋がりなんて関係ない。
俺の大事な大事な家族だ。
だから守った。
必死で守ってきた。
俺のたった一人の家族を、全身全霊で守り抜いた。
それをビスケッタさんは褒めてくれた。
そんな俺だからと、俺自身を褒めてくれた。
もしかしたら自分にもこの帝城にいる資格がほんの少しでもあるのではないかと
初めて、そう思えた瞬間だった。
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その後はひたすらビスケッタさんに謝り続けた。
「八つ当たりしてごめんなさい」
「当てつけみたいなこと言ってごめんなさい」
「子供みたいなことして、ごめんなさい」
と。
ビスケッタさんは全部受け止めてくれた。
「だってソラ様は、まだ子供じゃないですか。子供みたいなことされるのは、当然です」
なんて言いながら。
確かに、俺は子供だ。
スラムでは子供だからって誰も甘やかしてくれない。
だがこの帝城では、俺などまだまだ半人前。
同年代で騎士になっているエメラルド
彼女が史上最年少と言われてしまうぐらいの、子供なのだ。
「ソラ様。学院に通われるのはいかがでしょう?」
学院。
エメラルドが飛び級で卒業したとかいう、貴族の子弟の学び舎。
「あそこなら同年代の者もおりますし、何より学院内では出身家の優劣など関係ありません。あそこなら、きっとソラ様も楽しめるのではないでしょうか?」
実際、公爵家出身のビスケッタさんもそこでは自由を謳歌できたらしい。
貴族の子弟ばかりの場所に行くなんて気後れしないと言うと嘘になる。
だが、これが何かいいきっかけになればと思って
「じゃ、じゃあそれで」
そんな風に、答えた。
そんな曖昧な答えだったのに
「では、すぐに手続きを」
ビスケッタさんはそう言いながらすぐに動き出す。
もう深夜なのにどんな手続きをするのかさっぱりだが、優秀な彼女なら何か意味があるのだろう。
ただ最後に俺の目を見て、告げてくる。
「ソラ様。私は罪もない魔法使いでない人々に手を下したこともなければ、そう命じたこともございません。貴族が皆そのようなことをなさるとだけは、思わないでくださいね」
優しく、真摯な眼差しをしながら、告げてくれた。
「もちろんです」
そう返すと、初めて見るような優しい笑顔をしてくれた。
そして部屋を出ていく。
「おやすみなさい。良い夢を」
その言葉を聞いた直後、俺はすぐに眠りについてしまった。
そして昼の出来事などなかったかのように、安らかに眠ることができた。
ソラがようやく、人に甘えることができました。
ビスケッタさんは厳しいけど優しい、優しいけど厳しい。そんなイメージです。
なおラディシュ男爵は貴族でも極端な方です。
自分に自信がないため、より弱い存在をいじめ抜いてます。そのうち天罰が下りますね。
ここ数日、ハイファンタジージャンルで常に一桁にランクインし続けています。
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