12話 皇帝の間
十重二十重に貼られた魔法結界。
どんな魔法も魔法使いも絶対に通さない、鉄壁の結界網。
あらゆる武器の持ち込みが禁止され、一定以上の魔力を持つ者には封印すら施される。
数メートルごとに配備された完全武装の親衛隊。
一分の隙もなく、周囲に気を配っている。
その先にあるのは、皇帝の私室
「ソラ、遅いぞ!」
そこに配備されていたのはエメラルドだった。
「陛下は首を長くしてお待ちだ。いくら兄妹とはいえ、くれぐれも失礼のないように。わかったな?」
「お、おう」
サラに失礼のないように、って何をすればいいんだろう?
とりあえず、気をつけていこう。
何に気をつければいいのかさっぱりだが。
そんな俺をよそに声を張り上げるエメラルド。
「ソラ殿下、入室されます!」
ただ部屋に入るだけなのに。
親衛隊って、貴族ってたいへんだ。
「はーい!どうぞどうぞー」
それに対する返事は、実に緩かった
この帝城において最も自由、いや唯一自由を満喫できる存在。
それは、皇帝
「いらっしゃいませ!兄さん」
サラだ。
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「兄さん、全然会えなくて寂しかったです。どうして会いに来てくれなかったんですか?」
この場合はどう答えるのが正解なのだろう?
単に俺から皇帝に会いに行くなんて言えなかっただけである。
「色々あったんだよ」
ダメだ。
皇帝に会う以上に優先されることなど存在しない。
「会いたくなかったんだ」
ダメだ。
そもそも嘘だ。
できることならすぐにでも会いたかった。
「会うのが怖かったんだ」
ダメだ。
一部事実ではあるが、これを言ったらサラを傷つけてしまう。
言葉にすることは許されない。
悩みに悩む。
だがベストな答えは見つからない。
ゆえに、ベターな回答で逃げ切りをはかる。
「サラ、前髪を上げるようになったんだな!可愛いぞ!すごい似合ってる」
俺の言葉に、サラの顔は一瞬で真っ赤になった。
両手で顔を隠し、恥ずかしそうにぶんぶん首を振る。
「しょ、しょうがないんです!みんながみんな、前髪を上げるべきだって言うから。私、本当は嫌だったけど、しょうがなかったんです!」
作戦成功!
サラは小さい頃から恥ずかしがり屋で、前髪をあげることを拒否し続けていた。
それほどこだわりのあった前髪。
この話題を出せばと思ったが、やはり大正解だったようだ。
「へー、俺がお願いしたときは聞いてくれなかったのになー。みんなのお願いだと聞いちゃうんだー?」
少しいじってみる。
実際、内心思ってたことだし。
「だ、だって、ここに来てから戴冠式の前夜まで、ずっとずーっと説得されたんですよ?だからもう、しょうがないのかなって…」
俺が地獄のマナーレッスンを受けている間、サラはひたすら前髪をあげるあげないの話をしていたらしい。
そこまで必死に頼み込んだ相手を称賛すべきか、それとも拒否し続けたサラに驚嘆すべきか、少し悩む。
だがどちらもどうでもいいことに気づき、すぐ頭から追いやる。
「でも、似合ってる」
そう言いながら頭を撫でる。
整えられた髪をくしゃくしゃにしながら。
整えられた髪
それに気づいて「やってしまった」と思ったが、もう遅い。
覆水盆に返らず。
なでた髪はもう元には戻らない。
室内に配備された親衛隊の射抜くような視線
特に今にも俺を斬り捨てそうな親衛隊隊長オスカルの瞳に震え上がる。
「えへへ。兄さんに頭をなでてもらうの、久しぶりですね。嬉しいなー」
このサラの笑顔で全てが許された。
これぞ最強の免罪符。
やったぜ。
スラムの家に住んでた頃は、狭くて寒くていつも二人で肩を寄せ合っていた。
ここは広くて暖かいが、それでもサラは俺に密着してくる。
「やっぱり、兄さんのそばが一番落ち着きます」
かわいいことを言ってくれるじゃないか。
こうやっていると、まるで皇帝とか帝城とかいう話が全部なにかの冗談に思えてくる。
だがこの快適な空間と、一瞬たりとも油断せずに監視する親衛隊が、そんな妄想を全力で否定するのだ。
それでも、ちょっとだけ
昔に戻ったように、二人でなんでもないことを語り合った。
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「そうだ!兄さんに見せたいものがあるんです」
「皇帝になってたいへんだったことってある?」
そんな俺の何気ない質問。
「うーん特にないですかねー。あ!そうだ!」
それに続いて出てきた言葉が先程のものだ。
たいへんなことがなかったのは良かった。
でも見せたいものとは何だろう?
「最初はちょっとたいへんだったんです。でも、コツを掴んだから簡単だったんですよ」
そう笑いながら、俺の手を引く。
どんどん皇帝の間、サラの居住空間の奥の奥へと連れて行かれる。
そして到着したのは小部屋。
怪しい扉の先にある、小部屋だった。
入るときにオスカルが睨みつけてきたが、サラのお願いだからどうしようもない。
どうか許してくれ。
その部屋には、調度品も家具も何もなかった。
あるのは、ただ一つだけ。
淡く光る球体が、光の柱の中で浮いていた。
「これが、この帝城を空に浮かべてるんですよ」
サラがとんでもないことを言ってくる。
この球体が、ボールが、この帝城を空に浮かべている?
「だからここに込められた魔力が尽きちゃうと、帝城は地面に落っこちちゃうらしいんです」
帝城が地面に落ちる。
それは、とんでもないことだ。
おそらく、一つや二つの街が滅ぶどころの話ではない。
未曾有の大災害になるだろう。
想像するだに恐ろしい。
「そこで、この私の出番というわけです」
自慢気なサラ
そのまま光の柱に両手を差し込み、ボールに手をかざす。
すると、ボールがまばゆい光を放った。
「え、な!?」
直視などとてもできない強烈な光。
目を開けていることすらつらい。
まるで、太陽のようだ。
「これ、私の魔力を吸収してるんです」
まるで光なんて彼女には見えていないかのように、サラは普通だった。
「最初は全部の魔力を吸い取られちゃうんじゃないかってぐらいの勢いですごかったんですよ?でもこのボールのキャパを私の魔力が上回ってたらしくて、いっぱいになったところで解放されました」
帝城を浮かばせるほどの力をもつ魔法のアイテム、装置。
サラは、その限界以上の魔力を持っているという。
そんなとんでもないことを、こともなげ言う。
「あのときは疲れたなー」なんて笑いながら。
「そしてコツを覚えた今はほらこうやって」
サラはボールにかざしていた手を外す
「魔力がいっぱいになる前に、自分でやめちゃいます。この子に魔力を吸収してもらってるおかげで、昔みたいに物を壊したりしなくてすんでるんですよ?」
サラが起こしていたポルターガイスト
俺はあれがサラが無意識に魔力を放出していたと理解していた。
だが、それは勘違いだった。
あれは、ただ魔力が漏れ出ただけ。
魔力の放出でも、無意識の魔法発動でも、なんでもない。
ただ魔力が漏れ出ていただけ。
本来なら魔力とはそれだけでは外界に影響をもたらすことができない。
詠唱や杖、そういった補助があってようやく魔法となる。
そこで初めて、世界に影響をもたらす奇跡となる。
魔力は、ただそれだけでは意味を持たない。
「魔力だけで食器を壊すなんて、普通の魔法使い一人分の全魔力を使ってもできやしないんだ」
エメラルドがそう、教えてくれた。
だが、サラは違う。
彼女から溢れ出る膨大な魔力は、ただそれだけで物理的な影響力をもたらす。
普通の魔法使いの全魔力、それをはるかに凌駕する魔力を、サラはただそこにいるだけで放出しながら生きているのだ。
「どうですか?すごいでしょ?これで私、もう食器を壊したりしないんです。兄さんの手伝い、できるんですよ!」
両手の手のひらをこちらに向け、嬉しそうに褒めてほしそうに笑いかけてくるサラ
俺は彼女が望むがまま、「ああ、そうだな」と頭を撫でる。
嬉しそうに、されるがままになるサラ。
茫然自失で気を失いそうになるのを必死で耐えながら
俺はそのまま、妹の頭をなで続けた。
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皇帝
全魔法使いの頂点に君臨する、世界の支配者
それがただの地位ではないことを
ただ血筋だけの存在ではないことを
その実力でもって権力を掌握し世界を統治していることを
それを俺は、明確に理解した。
そして同時に、背筋が凍る。
ならば俺は何なのか、と。
ただ皇帝が兄として慕っている
ただそれだけで、身に余る、いや身を超越した地位を得た俺は。
いったい何なのだろうか?
「やっぱり、兄さんのご飯が一番おいしいです!」
俺なんかがつくった料理
良く言えば素材を生かした料理
だが実際は何の工夫も凝らすことができない下民の料理
それを本当に美味しそうにたくさん食べる妹の顔
ようやく兄に会えて、心から喜んでいる顔
その幸せそうな顔を眺めながら
俺は、今の自分の全てがわからなくなっていた。
第二章、無事連日で更新できました。
やはり読まれる方が増えるとモチベーションが上がります。
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