88話 それぞれの事情①
「ん?ああ、そうだな。男爵位をいただけることが内定したぞ。…そうだな。たしかにめでたい話だ。ありがとう」
これは男爵の爵位叙勲おめでとうとエメラルドに伝えたときの反応だ。
ずいぶんと淡白だった。
「そんな不思議そうな顔をしないでくれ。たしかに普通ならめでたい話だし私も当然嬉しかった。だが、カレンの立身出世を目の当たりにした後ではな…。比べるものでないとわかっていても、比べてしまってな」
なるほど。
カレンはこのあいだ子爵から一気に大公へと上り詰めてしまった。
あれと比べてしまうと、騎士から男爵は見劣りするだろう。
エメラルドの言う通り比べるものではないのだが、隣の芝生とは常に青いものだ。
「少し追いついたと思ったのに、あっという間に引き離されてしまったしな…」
エメラルドは寂しげに笑っている。
カレンの子爵のお祝いパーティーのとき、エメラルドは言っていた。
「私も負けないぞ」と。
エメラルドは負けず嫌いだ。
だからこそ己を高めるために常日頃から努力している。
カレンの実力は当然認めているが、だからと言って負けたままなのは良しとできなかった。
だから努力し、男爵の受勲まで内定された。
子爵と男爵ではまだ子爵が上だ。
だが差は一つだけ。
ようやく少し追いつけた、とエメラルドが思うのは当然だろう。
なのにカレンはあっという間に大公になってしまった。
大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士が貴族の序列。
最高位と下から二番目。
差を感じないはずがない。
「そんなことはない。エメラルドはすごいよ」と俺が声をかけても、エメラルドは「ありがとう」と寂しく微笑むだけだった。
どう慰めようかと悩んでいた時
「普通に考えればエメラルドさんが男爵とかおかしいと思いますよね」
カレンが口を開いた。
「エメラルドさんが騎士とかおかしいと思ってました。こんなに優秀なのになんで?って。男爵でも全然見合っていないと思います。エメラルドさんなら実家の伯爵位でも全然問題ないのに、なんで家を継がれないんですか?」
カレンはどんどん話す。
「晩餐会でお父さん見ましたけど、エメラルドさんの方が優秀ですよ」
なんてことも付け加えて。
エメラルドは少しあっけにとられていた。
だがすぐに自分を取り戻し、少し笑った。
「ありがとう、カレン。カレンが私をそんな高く評価してくれてたなんて嬉しいよ」
それに対してカレンは不満げだ。
「エメラルドさんは優秀です。それがわからないほど私は馬鹿ではありません」
「いや、そういう意味じゃないんだけどな…」
エメラルドとしては大公であるカレンが自分を評価してくれて嬉しい、ぐらいの意味だったのだろう。
だがカレンとしては自分はエメラルドの力をちゃんと理解できてる、と言いたかったらしい。
ちょっと食い違っているが、ちょっと微笑ましい。
だがそんな微笑ましいのも一瞬だけ。
エメラルドの表情は悲しげなものに変わってしまった。
「父上は、長男に、弟に家を継がせたいと思っていてな…。それを察して私は独り立ちを急いだんだよ。私がエメラルダ伯爵家を継ぐことは、ないんだ」
出会ってすぐの頃、エメラルドは言っていた。
弟がいる、と。
仲のいい姉弟を想像していた。
いや、もしかしたら二人の仲はいいのかもしれない。
だが心から仲良く出来ない理由があった。
それはこの姉弟が伯爵家の者であるということ。
この家を継げるのはどちらか片方だけ。
普通なら優秀な姉が継ぐはずだったが、現当主である父がそれを良しとしなかった。
「息子に家を継がせたい」
その父の想いを察した姉は、家を出た。
本当なら学生でもおかしくないような歳にもかかわらず、独り立ちをした。せざるを得なかった。
エメラルドは何も言わなかった。
だがエメラルドの寂しげな表情。
俺たちには、それだけで全てが察せられてしまった。
皮肉にも、エメラルドが父の想いを察したときのように。
「許せませんね」
カレンが憤っている。
表情は変わってないが、明確な怒りを発している。
「エメラルドさんにこんな顔をさせるなんて許せません。アテネ大公の名前を使って、エメラルダ伯爵に正式に抗議をします」
カレンは大公に興味がないくせに大公の権力を使うのに躊躇がなかった。
だがこれはとんでもないことだ。
大公が本気を出せば伯爵家なんて取り潰すことだってできる。
こういう場合はアルヴィスがエメラルダ伯の味方をするかもしれないが、あいつも俺の親友の実家を助けようとは思わないだろう。
そして何より今更カレンと敵対することは考えられない。
このままだとエメラルダ伯爵家はおしまいだ。
当然それに気づかないエメラルドではない。
慌てながらカレンをとりなし、なんとか平静に戻させようとしている。
俺もそれに協力し、カレンもしぶしぶ
「先輩とエメラルドさんがそう言うなら」
と引き下がってくれた。
危ない危ない。
思わず嘆息してしまう。
これがノヴァが嫌っていた縁故主義かと。
本来貴族位というのは力ある魔法使いに与えられるものだ。
だが現実はこれだ。
一族から優秀な者を選別するのではなく、当主が主観で選り好みをして継承者を選択してしまう。
これでは貴族の質が落ちるのも当然だ。
力も、志も。
カレンを抑えられてエメラルドはほっと一息ついている。
色々あっても家族が大好きなのだろう。
本当に安心している。
そして俺と目があった。
カレンを抑えるという奇妙な共同作業に対する不思議な連帯感と、成功したことによる達成感
それを確かめるように俺に笑いかけてくれた。
俺もそれに、自然と笑い返していた。
エメラルドの弟は06話で一瞬だけ言及されています。




