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09話 皇帝の兄

「人がたくさんいて、やっぱり話しづらいですよね…。ごめんなさい」


 サラが、皇帝が悲しそうな顔をする。

 それに狼狽する貴族たち。


「席を外すべきか?」

「いや、だが、戴冠式はこれで本当に終わりなのか?」

「今起きているこれはいったい何だ?こんなこと予定にあったのか?」


 予定にあるはずもない。

 あったのならせめて俺ぐらいには教えておいてほしかった。


 これ以上サラも貴族たちも困らせるのは俺の本意ではない。

 むしろ困らせたい気持ちなど微塵もない。

 とりあえず、発言しよう。


「皇帝陛下。ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」


 エメラルドに教えてもらった言葉。

 親衛隊隊長オスカルがサラに使っていた言葉。

 教え込まれたマナー通り、全身の筋肉を総動員させて優雅に跪く。


 完璧だ。

 エメラルドが小さくガッツポーズをとるのが視界に入る。

 ありがとうエメラルド。

 君のおかげで俺はこんなに立派に跪くことができるようになったよ。


 だが、当の皇帝陛下はご不満らしい。


「…兄さん。そんな変な格好も口調も、やめてください」


 全否定!

 俺たちの一週間の努力が!

 エメラルドと俺の汗と涙の結晶が!


「い、一生懸命練習したんだぞ?そんなこと言わんでくれよ」


 思わずいつもの口調で反論してしまう。

 それが皇帝の御前で自ら口を開くという、しかも皇帝への反論という、二重の罪を犯していることも忘れて。


 いくつもの殺気が生まれる。

 死と隣合わせに生きるスラムの下民。

 そんな俺だから気付けるようなかすかな殺気が。


 だが、それも一瞬で消え去った。


「ようやくいつもどおりの兄さんになってくれましたね!ありがとうございます!」


 皇帝の言葉と笑顔で、俺は許されたのだ。

 いや、逆にさっきのような丁寧な口調を使うほうが罪になるのかもしれない。

 常識が二転三転して難しすぎる。


「私のためにそんな練習してくれたんですね。嬉しいなー」


 俺の気も知らず、ニコニコ笑うサラ

 絶世の美少女の笑顔

 それを見て多くの貴族たちが感嘆している。


 だが俺の心は全く安らがない。

 次はどのような行動に出るのが正しいのか、必死で頭を回転させる。

 もちろん、答えなどありはしないのに。


「兄さん、つもる話はまた後で。私、大事なことを決めたんです。それをこの場で伝えるの、ずっと楽しみにしてたんです!貴族の皆さんもちゃんと覚えておいてくださいね」


 先に口を開いたのはサラだった。

 これで俺から何か話す必要はないと安心すると同時に

 言いようがない不安が、襲ってきた。


「本当は副帝とか地位をつくりたかったんですが、それはどうも駄目らしいんですよ。混乱の元だからって。あと、貴族で一番地位の高い大公も新しくつくれないルールらしいんです。残念です」


 副帝

 大公

 めちゃくちゃいやな予感がする。

 これは、いったいぜんたい誰の何の話なんだ?


「だからって公爵にしちゃうと、兄さんより大公の方が上になっちゃうじゃないですか?だけど私、思いついたんです!兄さんは唯一無二の存在、”皇帝の兄”なんだって!」


 今の皇帝の兄っていうと、先々代皇帝の子供、つまり先代皇帝のことかな?

 そんなありえないことを考えて現実逃避する。


「兄さんは今日から、”皇帝の兄”です!それは全てにおいて私と同等、もしくはそれに準ずる存在。そう私が決めました。決めちゃいました。これから兄さんは、皇帝の兄。みなさん、わかりましたか?」


 皇帝の兄

 皇帝と同等、もしくはそれに準ずる存在

 そんな存在を、地位を、つくってしまうなんて許されるのか?


 最後の言葉はこの場にいる貴族たちに向けられたもの。

 いったいどんな反応をされるのか

 震えて待つ間もなく、一人の男が口を開く。


「エトナ大公家が当主、アルヴィス・エトナ。大御心に従うことを誓います」


 貴族社会の頂点、大公。

 エトナ大公家当主が真っ先に宣誓する。

 そしてそれは、次々に伝搬していく。


「アテネ大公家当主、ダイン・アテネ。同じく」

「セティ・クリマ、クリマ大公家を代表して陛下の御意に従うことを宣言いたします」

「ガイア大公家、ノヴァ・ガイア。全ては御意のままに」


 四大公家の宣言が終わるやいなや、他の貴族たちも次々と誓っていく。

 誰も彼もが自分の家の名前を名乗りながら。


 公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵

 ここは貴族の見本市だろうか

 いや、実際そうなのだろう

 皇帝に自分たちの存在を知らしめるための、見本市なのだ。

 これが貴族というものかと、まるで他人事のように聞いていた。


 あ、今エメラルダ伯爵家の名乗りが聞こえた。

 エメラルドの父親だろうか?

 俺にとっては特別だが、サラにとっては他の凡百の貴族と変わりないだろう。


 凡百の貴族

 下民の上の臣民の上の魔法使いの更に上位の存在、貴族

 そんな貴族様に凡百なんて形容するなんて、少し前までありえなかった

 考えもしなかった


 そんなありえないことがありえてしまう異常性

 この謁見の間、戴冠式という異常な空間


 そこで俺ごときが、この場で二番目の存在と宣言された。

 そしてそれを尊重すると、絶対に守ると、誰も彼もが我先にと誓っていく。

 異常な場所で異常なことが行われている。


 もはや現実感など、欠片も存在してはいなかった。



 ---



 いつ果てるとも知れなかった誓いの言葉が終わる。

 つまり全ての貴族の宣誓が終わった。

 それはこの場の全貴族が、俺を皇帝の兄と、皇帝に準ずる存在と認めたことを意味する。


 サラはあまりの長丁場にぐったりしている。

 だがそれでも、嬉しそうだ。満足そうだ。

 自分の考えを、俺の地位を、この場の全員が認めたことが嬉しくてたまらないことが伝わってくる。


 そしてその喜びのままに、俺に笑いかけてきた。


「兄さん、これでこの場にいる全員が誓ってくれましたよ。兄さんは、これからも私の兄さんです。皇帝の兄です!」


 いつもと変わらぬ、無邪気な笑顔を浮かべながら。


「もうこれで、安心ですね!」


 絶対権力者の権能を、意のままにふるいながら。



ブクマに評価、それに感想。どれもありがとうございます。

楽しんでいただけてるようで嬉しいです。

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