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08話 戴冠式

 エメラルドは、親衛隊隊員としては史上最年少らしい。

 会いに来る親衛隊の人間が誰も彼も年上ばかりなことに気づき、ちょっと聞いてみたら教えてくれた。

「陛下と同じ年頃の少女がいた方がいいからと、政治的な理由だ」

 なんて口では言ってるが、内心誇らしく思っているのは伝わってきた。


 それに何より、彼女は本当に優秀だ。

 人の朝食を全部つまんで食べてしまうほど奔放な一面があるが、いざマナーとなると完璧だった。

 そしてその完璧なマナーを、俺に叩き込んでくれたのである。


「うーん。まあまあ、かな?」


 あれから明日で一週間。

 つまり今日は戴冠式前日。

 今日まで朝起きてから寝るまで、みっちりトレーニングし続けてようやく「まあまあ」である。


 俺としては完璧な動きであっても、彼女にとっては

「動きが不自然」

「表情が硬い」

「周りが見えていない。やり直し」

 である。


 ようやく「まあまあ」までたどり着くことができ、一安心だ。

 正直言うと戴冠式なんて全く参列したくない。

 心の底からそう思う。


 だがそこでないとサラに会えない。

 しかもサラ自身がそこで俺に絶対会うと宣言してしまった。

 その瞬間、俺が参列するのは義務になった。

 もはや俺の気持ちなど、何の意味も持たないのである。


「本当はまだまだ教えたいことがあるけど、とりあえずはこんなもんかな」


 若干不満げなエメラルド。

 彼女のこの完璧主義が、史上最年少の親衛隊隊員を生み出したのだろう。


「及第点にて合格としよう!今までお疲れさまでした!」

「お疲れさまでした!」


 心の底からのお疲れさま。

 彼女のせいで、彼女のおかげで、俺はこの地獄のトレーニングを完遂することができたのだ。


 スラムでの生活もつらかったが、生きるためだと割り切れば耐えることはできた。

 でもこのマナーというものは生きるのには全く関係がない。

 何度も心が折れかけた。


 だが鬼教官のアメとムチが、俺をここまでたどり着かせてくれた。

 感謝してもしたりない。

 これでようやく、サラに会うことができるのだから。


「今夜はゆっくり休むといい。明日は早いからな」


 ようやく明日、サラに会える。

 出会ってから、こんなに長い期間離れていたことはない。

 元気だろうか?寂しがっていないだろうか?

 きっと大事にされてるとは思うが、心配だ。


 それに何より、サラもこの地獄のようなマナー教室を受けているのだ。

 そう思うと、いたたまれなくなる。


「やはり皇帝陛下のマナーは、俺のなんかよりよっぽど厳しいのでしょうか?」


 この一週間でエメラルドとはずいぶん親しくなった。

 もちろん彼女と俺ではとんでもない身分の壁があるが、エメラルドはそんな壁を突き破って俺の相手をしてくれたのだ。

 だから気安く、こんな質問までできる。


「お前は何を言ってるんだ?」


 エメラルドの回答も実に気安い。


「陛下にマナーなど必要あるはずがなかろう。陛下のお考えに、一挙一投足に、我らが合わせる。それがマナーというものだ」


 改めて、今の俺とサラの身分の差を感じさせられた。

 皇帝、なんてすごい存在なんだ。


 うらやましすぎる…。



 ---



 控室に行く道すがら、城仕えの臣民たちからの陰口が飛んでくる。

「下民のくせに」

「下民の分際で」

「騎士様の虎の威を借りる雄豚が」


 俺は狐ですらないらしい。

 だが言葉だけで手が出てくるわけではない。

 もう慣れたもので、聞き流してしまう。


 ほどなくして控室に到着する。

 これからどうするのかと思ったが、ここで俺はしばらく待機。

 そしてエメラルドとは別行動になるらしい。


 まあ、彼女は本来任務は俺のお守りなどではない。

 彼女の果たすべき義務は皇帝の護衛。

 戴冠式の場なのだから当然招集される。


「私達親衛隊は陛下のお側から離れられん。あとは、その者達の指示に従え」


 そう言って、エメラルドは去っていった。

 ”その者達”に俺を預けて。


「戴冠式なんて私達でも参列できないのに…」

「臣民でも参列するなんて言ったらくびり殺してやるのに、こんな下民ごときが戴冠式に参列?」

「ありえない」


 視線と口調が痛い。

 彼女たちは帝城で働くメイドの魔法使いたち。

 貴族ではないが、正真正銘の魔法使い。

 魔法が使えない俺たち下民や臣民とは格が違う、雲上人達。


 最近エメラルドとばかり話をしていて感覚が狂っていたが、この反応こそが普通なのだ。

 俺をゴミを見る目で見つめ、虫けらのように扱ってくる。


 だが幸いなことに俺は戴冠式に参列する身だ。

 服から出ている部分を傷つけることはできない。

 そして服装の乱れは許されないから、服を着てる部分に対する暴力に怯える必要もない。

 ありがたい話だ。


 だが言葉の暴力は自由のため、さっきから散々に言われている。

 ある人からは「戴冠式が終わったら、八つ裂きにしてやる」とはっきり言われてしまった。

 俺の寿命は今日までのようだ。


 でもようやくサラに会える。

 サラの晴れ姿を見ることができる。


 臣民の娘が嫁ぐ際、父親というのは大泣きするらしい。

 それはこんな気持なのだろうかと、感慨深くなる。


 サラ

 俺のかわいい妹、だった女の子


 俺は昔、お前の兄ちゃんだった男だぞ。

 お前が皇帝になる瞬間を、人生の最期に目に焼きつけてやるからな。



 ---



 謁見の間


 その荘厳さに圧倒される。

 そして同時に、そこにいる人々にも圧倒された。


 とてつもない美男美女だらけ。

 エメラルドで美少女には多少慣れたが、美男美女には慣れていない。

 見る人見る人全てが性別を超えて一目惚れしそうになるほどの美しさだ。


 そんな人々がこの広い謁見の間に隙間がないほど埋め尽くされているのだ。

 圧倒されないはずがない。

 ひたすら絶句する。


「お前の場所は、ここで十分」


 案内してくれた魔法使いに指示された場所は、謁見の間の端も端

 普通の参列者なら文句の一つも言うだろうが、俺にはここで十分

 むしろありがたいくらいだ。


 ここなら目立たないし、他の人々も後ろ姿しか見られない。

 美男美女に狼狽える必要もなく、実に良い場所だ。


「ありがとうございました!」


 心からのお礼

 だが返ってきたのは怪訝そうな顔

「こんな場所に案内されたのに、なんでそんな嬉しそうに?」とでも言いたげな顔だ。

 だが実際に嬉しいのだから仕方ない。

 だからお礼も言った。当然のことだ。


 この端っこで俺なんて壁や背景の一部となっていれば十分なのだ。

 ようやく生きた心地がしてきて一安心だ。


 サラの姿も、一瞬だけ後ろ姿くらいなら見られるだろう。

 俺には、それで十分。

 それで満足して、このまま戴冠式が終わるまでおとなしくしていよう。


 そんな俺のささやかな願いはあっけなく壊される。

 誰あろう、皇帝御自らによって。


「兄さんは?兄さんはどこ?」


 豪奢な衣装を身にまとい、謁見の間に入ってきた皇帝陛下。

 突然足を止めてキョロキョロと周りを見渡す。

 何を探しているのかと思っていたら、さっきの発言である。


 俺のことを、探しているのだ。


 サラから俺が見えるはずない。

 俺は人混みに隠れ、隙間から彼女を見ているのだ。

 サラの方から俺を見つけるなんて、森の中で一枚の葉っぱを探すよりも難しい。


 はずなのに


「あ!兄さん!こっちこっち!」


 あろうことか、サラは俺を見つけてしまった。

 そして俺の方に手を振ってくる。


 どうやってこの場をやりすごす?

 逃げるか?


 なんて思ったがもう遅い。

 俺の目の前に、道ができていた


 列席していた多くの貴族たち。

 彼らが、俺のために、わざわざ、場所を開けてくれたのだ。

 わざわざ、貴族が。

 恐れ多すぎて思わず卒倒しそうになる。


 どこにこんな隙間があったんだろう?

 そんなどうでもいいことを考えてしまうほどに気が動転しながら。


「さあ、兄さん」


 ここに掃いて捨てるほどいる見目麗しき美男美女達

 だが今俺に微笑みかける少女は、その中でも抜群に美しい。

 この場にいる中で、最も美しい少女が微笑みかけてくる。


 他の誰でもない、この俺に。


 貴族たちの視線が痛い。

 俺を見つめてささやきあっている。


「いったい何が?」

「このお方は?」

「皇帝陛下の、兄君?」

「陛下のご兄弟は、先帝陛下だけのはずでは?」


 さっきの魔法使い達や臣民達のような非難がましいものではない。

 現状が把握できない、純粋な疑問の言葉。

 それでも、俺ごときがこんな雲上人達の注目を浴びるのはつらすぎる。

 今すぐ消えてしまいたくなるほどに。


「兄さん?早くこちらへ」


 サラが急かしてくる。

 俺が幾度もなく聞いてきたその言葉は、もはや全く意味が異なる。

 今のその言葉は、皇帝の勅命。

 この世に生きとし生けるもの全てが果たすべき、義務なのだ。


「ソラ、早く!」


 いつの間にこんな近くにいたのか

 エメラルドと他数人の親衛隊隊員が俺の背中を優しく押してくる。


 青い顔をしたエメラルド達に背中を押され、足が前に進む。

 貴族たちの視線を受けながら、前へ前へと進んでいった。


 そしてついに、皇帝陛下の御前に罷り出でる。


「お久しぶりです。兄さん」


 皇帝陛下が気安くお声をかけてくださる。

 俺のような下民に。

 何の魔力も、何の取り柄もない俺に。

 この世界全ての頂点に立つお方が、お声を。


「もう少しだけ、待っててくださいね」


 だがその声も、口元も、いつも前髪で隠していた表情も

 昔のまま

 二人で一緒に暮らしていた頃のまま

 だからまるで、あのスラムの廃屋に今も二人で住んでいるような気持ちになってしまう。


 今のこの光景は、もしかして夢なのだろうか?

 全く現実感がない。

 夢ならば早く覚めて欲しい。


 だが視界の端にいる、さっき俺に色々言っていたメイドの魔法使い達。

 大罪を犯し処刑台に連れて行かれる罪人のような顔をした彼女たち。

 その臨場感に満ちた絶望に満ちた顔が、口を抑えられ泣き叫ぶこともできずに連れ出されるリアルさが

 これが現実だと、教えてくれた。



 ---



 俺の混乱をよそに、式はつつがなく進む。

 それを俺は、最前列で見ることとなった。


 サラが帝冠を自ら冠する。

 これは、皇帝は自らの力で帝位に就くということを意味する。


 そして次に、王笏を掲げた。

 とてつもない量の魔力が放出され、その力を見せつける。

 これは皇帝こそが最も強大な魔力を持つ、最も偉大な魔法使い。

 その証明だ。


 最後に、玉座に座る。

 これで儀式は終わり。

 貴族たちが皇帝を口々に讃えていく。

 最後に貴族の中でも最も位の高い四大公家の当主が口上を述べ、これで本当の終わり。


 普通ならば。


「改めまして。兄さん、お久しぶりです」


 皇帝が戴冠式でわざわざ臣下の一人に声をかけるなんてありえない。

 だがそのありえないことが式の途中で発生し、こうして最後の最後でも起きてしまっている。


「ようやく会えましたね!でもお顔の色が優れないようですが、大丈夫ですか?」


 全く大丈夫ではない。

 つい一週間前までは一生会うことすらなかったであろう人々の前で、さらに雲の上のそのまた上の、星々より遠い存在である皇帝の御前に一人で立っているのだ。

 今この瞬間にも、心臓が止まりそうだ。


「兄さんに元気がないと、私、心配です」


 そう物憂げに口にする表情も声も、全てが記憶のまま

 なのに今は帝冠を冠し、玉座に鎮座し、多くの臣下を侍らしている。

 何もかもが、本人以外の全てが、違っている。


 それでも、何度否定しようと思っても、彼女は俺の妹


 サラなんだ



ようやくプロローグにつながりました。

たくさんの評価とブクマ、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最愛の義妹の(汗)純新無垢な(汗)いたわりの言葉が 重い( ・᷄-・᷅ ).。oO 死を覚悟するほど重いぞ(汗) ٩(°̀ᗝ°́)وガンバレ♬︎ソラちゃん₍ᐡ• ̫ •̥ᐡ₎♡ 健気…
[気になる点] 陛下のご兄弟は、先帝陛下だけのはずでは? とありますが、 先帝陛下の隠し子が現陛下だと思っていたのですが 貴族も混乱しているという意味でしょうか?
[一言] これは…周りからの嫉妬が凄いなんてもんじゃないですね
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