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10話 友達

 そこからのことは記憶がない。


 俺は気づいたら部屋でベッドで寝ていた。

 だが今朝までとはまるで違う。

 はるかに広く、はるかに豪華な部屋とベッドだった。


 腹をさすってみるが、特に空いてはいない。

 さっき食事をとったのだろうか。

 よくわからない。


 ただ少なくとも、今食事を出されても喉を通らないことは間違いないだろう。

 とても、食事をする気になどならなかった。


 ベッドから降りて窓の外を見る。

 それは今朝までとはまるで違う光景だった。


 今朝までの景色は、地面が見えた。

 地面といっても地上ではない。

 この帝城が建つ土地の地面。

 帝城は城だけでなく、その土台となる大地ごと空に浮いている。

 つまり地面とは、この帝城の最下層の景色だった。


 だが、この窓からは地面が見えない。

 見えるのは帝城の建物の屋根。

 帝城に入るときに俺が見上げた、どこかの部屋にいるのだろう。

 天空にあるにもかかわらず天を貫いていた、あのどこかに。


 さらに地上から離れてしまったんだな

 そんな考えが頭をよぎった。


 すると、後ろから呼びかけられる。


「お目覚めでしょうか?殿下」


 声。

 聞き慣れた声。


 だが、今までとは全く違う口調で。


「夕餉をとられていませんが、いかがいたしましょう?お望みとあれば、今すぐにでも準備させますが」


 エメラルド・エメラルダ

 まるで別人のような態度の少女騎士が、直立不動で立っていた。



 ---



 皇帝の兄とは何か?

 それは皇帝と同等、もしくはそれに準ずる存在

 つまり、あらゆる貴族の上に立つ存在


 伯爵公子だろうと、騎士だろうと、皇帝の前では塵芥に等しい。

 遥か格下の存在。


 すなわち、皇帝の兄の前でも塵芥に等しいのだ。


「や、やめてくださいよ。そんな口調」


 引きつった笑顔をしながら口にする。

 必死で笑みを作ろうとしたがが、そんな笑いしかできなかった。


 それに対するエメラルドの回答は、もはや絶句するしかなかった。


「申し訳ございません!殿下の許しもなく口を開いたこと、万死に値します。ただこれは私一人の罪であり、どうか私一人の命でご容赦を。どうかエメラルダ家と親衛隊には御慈悲を与えていただきますよう、切にお願い申し上げます!」


 俺は、彼女のその口調をやめてほしかっただけ。

 なのに彼女は、俺の許可もなく自分から問いかけたことに対して謝っていた。

 自分ひとりの命をだけで許してほしいと

 自分の罪が家族や親衛隊に及ばないよう、必死で謝っていた。


 全く話が通じていない。

 意味がわからない。


 今朝まで一緒にマナーのトレーニングしていたエメラルドとは思えない。

 だが、すぐに気づく。

 彼女は一切変わっていない。


 変わってしまったのは、俺だ。

 俺が皇帝の兄になったから、皇帝に準ずる存在になったから、彼女は態度を変えた。

 変えざるをえなかった。


 彼女は、マナーを、ちゃんと守っているだけなのだ。


 わけもわからず涙が出てきた。

 友人と勝手に思っていた存在に裏切られ、一緒に仕事をしていた相手に逆恨みされて殺されかかっても出なかった涙。

 その涙が、とめどなく溢れてきた。


 悲しくて悲しくて、涙が止まらなかった。


「で、殿下!?」


 エメラルドが慌て始める。

 少し躊躇していたが、ハンカチを取り出し俺の涙を拭いてくれた。


 柔らかいハンカチ

 優しい匂いのするハンカチ

 エメラルドのおかげで、少しだけ心が落ち着いてきた。


「もう大丈夫。ありがとう」

「びっくりしたぞ…。いったいどうしたんだ?…って、あ!」


 思わず以前の口調に戻ってしまったことに慌てている。

 それがおかしくて、嬉しくて、エメラルドが謝る前に今度はこちらから機先を制する。


「いや、むしろそのままの口調で。俺の方も、その、敬語はやめるからさ。お互いタメ口でいこう」

「いや、しかし…」


 戸惑うエメラルド

 彼女はやはり真面目で優秀な親衛隊隊員だ。


 だから、とどめの一手を使わせてもらう。


「皇帝の兄のお願い、聞いてもらえないのかな?」


 これで彼女は敬語を使うことができなくなった。

 敬語を使うことは、皇帝の兄の意志に反することなのだから。


 生まれて初めての権力行使。

 それがこんなことなんて、ある意味俺らしいかもしれない。


 俺がそんなことを考えている中、エメラルドは悩んでいた。


「うー」「あー」「えー」

 なんて言おうか悩んでいる。

 百面相しながら色んな音を出してるその姿を見て、思わず笑ってしまう。


「人が真剣に悩んでるのを笑うんじゃない!失礼だぞ!?」

「いや、ごめん。おもしろいというより、嬉しくてさ」

「そうなのか?嬉しかったのか。それなら、まあ、許してやろう」


 そこにいたのは、俺が知ってるエメラルド。

 いつもの、エメラルドだった。



 ---



「ソラも困っていたんだな。さらに困らせてしまって、すまなかった」

「いや、困っていたのはお互い様だよ。こちらこそごめん」


 お互い謝り合う。

 スラムではなかった不思議な光景だ。

 あそこでは謝罪は弱みを見せる行為で、基本的に避ける行為だったから。


「てっきり”皇帝の兄”のお披露目会が戴冠式の一部として決まっていたのかと思ったぞ。私が知らされてなかっただけで、陛下の兄君にとんでもないことをしでかしてしまったと、生きた心地がしなかった…」


 確かに。

 俺も逆の立場だったら同じように思ってしまいそうだ。


「俺も全くの想定外。想像すらだにしてなかったよ。なんだよ、皇帝の兄って…」

「私にもよくわからんが、それが陛下のご意思、すなわち聖慮だ。我ら臣下はそれを受け入れるしかできん」

「そんなもんか…」

「そんなもんだ」


 絶対権力者、皇帝

 彼女たち貴族は、そんな皇帝に振り回されることを当然のこととして受け入れているようだ。

 貴族とはとんでもなく偉い存在だと思っていたが、彼らなりに色々たいへんらしい。


「いやー、でも本当によかった。今夜はソラのお世話するようにって指示を受けたが、てっきりこの一週間の復讐のために、お前のおもちゃにされて来いという指示かと思ったからな。あとで部屋に準備しといた遺書、処分しとかないと」


 おもちゃ、遺書

 とんでもないことを考えているな。


「いや、俺、そんなことしないし…」


 心外である。


「しょうがないだろう?こっちはお前が正体を隠して私で遊んでいると思ったんだからな。遺書の一枚や二枚書かざるを得んよ。どうしたら実家に累が及ばないかって、めちゃくちゃ悩んだんだ」

「なるほど…」


 確かに、地位を隠して遊ぶような輩だと思ったのならその反応も仕方ないだろう。

 なにせ事実は全く違うが、傍から見たらそのとおりの現象が起きているのだ。

 そう勘違いしないほうが難しい。


「でも誤解が解けてよかった。俺の方は、まあ、とんでもない立場になっちゃったけど、これからも今まで通りいてくれると嬉しい」


 そう言って、手を差し出した。

 エメラルドに教えてもらったマナーの一つ、握手だ。


 信頼している相手と手を握り交わす。

 武器を手にしていないという証明でもあるという。

 相手を信頼しているがゆえに行うもの。

 握手。


 スラムにはなかったもの。

 他人を信じるということを表す、素敵な挨拶だ。


「もちろん。こちらこそ、よろしくな」


 そう言って、エメラルドが手を握り返してくれる。


 エメラルドの手

 剣を持って訓練しているはずなのに、豆もなく柔らかい手。

 俺を訓練し、一人前のマナーを身につけるまで育て上げてくれた手。


 それはとても、あたたかった。


 エメラルドは俺の手を握りながら口を真一文字にしている。

 何か決意を秘めた瞳。

 自身の中にあった躊躇を振り払い、エメラルドは口を開く。

 何か、とても大事なことを言うために


「これから私達は、友達ってわけだな!」


 友達

 その言葉を聞いた瞬間、俺が一方的に友情を感じ、勝手に裏切られた男の顔がフラッシュバックする。

 心が闇に呑み込まれようとする。


 だが、お日様のように眩しい笑顔がそれを吹き飛ばす。

 身分の壁を突き破り、俺へ手を差し出してくれたエメラルド

 今度は闇の中から、俺を救い出してくれた。


 それに応えるため、俺は全力で笑い返す。


「ああ、友達だ」


 こうして俺は、生まれて始めての友達を手に入れた。



以上で第一章完結となります。

次からは第二章が始まりますが、その前に前作でご好評いただいた幕間を挟みます。

幕間は主人公以外の別キャラ視点の物語です。

前作の勘違いものとはコンセプトが違うため本作では別キャラ視点はそれほど重要ではありませんが、楽しんでいただければ幸いです。


たくさんの高評価にブクマ、ありがとうございます。

読んでいただいた方の一割強の方々がブクマしていただけてるようで、かなりの割合だと喜んでおります。

より楽しめた場合はぜひ評価もお願いいたします。励みになります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・ソラに友達ができた。妹以外に信じられるひとができて、人生に前向きになれるはず! ・エメラルド、なかなかの男前!(美少女だけど) [一言] 第一章がすてきな終わり方でほっとしました。兄妹が…
[一言] 立場が一番変わってるはずなのに平然と普段の態度を取り続けられる妹ちゃんは器がでかすぎる これは皇帝の才能ありますわ
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