幕間 エメラルド視点(第一章)・上
「全員準備は整っているな?」
「「はっ!」」
親衛隊隊長オスカル様
最強クラスの魔法使いであり、このお方に勝てる可能性がある者など皇帝陛下を除けばわずかに四人。
大公家当主達だけ。
貴族社会の頂点に位置する大公家
その当主に匹敵する力をもつとなれば、世が世ならばオスカル様は大公になったということ。
事実その実力でもって今は公爵の位を叙勲されている。
とてつもないお方だ。
この方の下で初陣を飾れるということに心が踊る。
だが何よりも
「今より我らは皇帝陛下をお出迎えする。無礼を働いた者はその場で私が切り捨てる。肝に銘じておけ」
「「はっ!」」
皇帝陛下
最も強大な魔力をお持ちで、最も偉大な魔法使い
我ら全魔法使いの支配者
皇帝陛下のお出迎えができるという栄誉に、人生最大の喜びを感じていた。
---
そこは、見たこともないような場所だった。
幼いころ親に連れられていった臣民の街とは全然違っていた。
本当に人が住んでいるのか疑いたくなるような廃墟
ただ風雨をしのげるだけのバラック
そんなものがたくさん集まっただけの場所
ゴミ捨て場と言われたほうが、まだ納得がいった。
「このようなところに、皇帝陛下が…?」
信じられなかったが、親衛隊が出るということは間違いなく裏はとれている。
この場で疑うのは自分の浅慮。
ここに皇帝陛下がいらっしゃることは、事実なのだ。
地上に降り立つと、そこには下民がいた。
「!”#$%&’|~=+*」
何か音を発している。
「下民は言葉を解する獣」と聞いたことがあるが、話すことすらできないのではないか。
我々の姿を見て散り散りに逃げていく。
やはり意味をなさない、妙な音を発しながら。
いや、今はそれより皇帝陛下だ。
下民ごときを気にしているのは私だけ。
いかんいかんと気を引き締める。
皇帝陛下の御わす場所を中心に円で囲む。
ただそこはどう見ても潰れた建物。
「本当にこんなところに陛下がいらっしゃるのだろうか?」
そんな考えを押し隠しながら。
そして実際、やはり間違っているのは私だった。
最初に現れたのは下民の少年。
無視だ。
そして次にガレキのように見えるモノの下から、お姿が現された。
膨大な魔力を体中から溢れ出させる御方
もはや直視することすら畏れ多い偉大な御方
体が反射的に動いていた。
訓練で叩き込まれていた動きを、今こそ行うべきだと本能が理解していた。
剣を天へと掲げ、跪く。
今この眼の前にいる御方こそ、我らが忠誠を捧げる御方。
皇帝陛下なのだから。
当然、お出迎えのためにオスカル様だけは立ち上がる。
そして陛下に近づくと、先程の下民の少年が何か言っていた。
よく聞き取れないが、彼の声は意味をなしているようにも思えた。
そんなこと、オスカル様には関係ない。
あっさりとその少年を処分しようとされる。
だがそれは、皇帝陛下ご自身の手で妨げられた。
膨大な魔力の放出。
魔力が衝撃波となって襲ってくる。
我ら親衛隊員全員が同時に放っても、ここまでにはなりようはずがないその威力。
あまりの衝撃に一瞬気を失ってしまった。
そして次に目を覚ましたとき、陛下のお声が耳に入ってきた。
「ニーサンも一緒に連れてってくれないなら、私も行きません!
ニーサンとは何だろう?
あの下民の少年の名前だろうか?
陛下のお気に入りだから連れて行く、そういうことだろうか?
---
帝城に到着すると、皇帝陛下はすぐに戴冠式のご準備のために移動される。
ちなみに先程の下民の少年。
彼も一緒に帝城に来ていた。
目に入る全てが珍しいのか、目に見えて怯えている。
これからどうなるのだろう?
連れてくるという陛下の希望は果たされたから、もう捨てられてしまうのだろうか?
だが、次の一言でそんなことはありえなくなる。
「ニーサン、また後で!」
陛下が振り向かれ、少年に手を振られる。
この瞬間、彼は陛下と再会することが運命づけられた。
我々親衛隊には、この少年が陛下に再度謁見の栄誉を賜るまで無事に保護するという義務が生じした。
それが、陛下の聖旨なのだから。
このとき私は初めて陛下の玉顔を正面から見るという僥倖を得た。
その見たこともないほど美しいお顔。
まさに絶世の美少女。
このような御方に仕えられるという事実が、無性に誇らしくなった。
その喜びも隊長の視線ですぐに打ち消される。
隊長は瞳だけで雄弁に物語っていた。
「お前が、そいつの相手をしろ」と。
「なぜ私が!?」とも思うが、よく考えることもなく当然だった。
下民の少年の相手など、親衛隊で一番新参で年若い私以外でやるはずもない。
愚問だ。
陛下のお側で働きたかったなという思いを押し隠し、「こっちだ」と少年に声をかける。
言葉が通じるか不安だったが、ついてきたから大丈夫なようだ。
とりあえず空いていた客間に連れてくる。
魔法の設備もない狭くて不便な部屋だが、ここよりランクが上となると貴族用の部屋になってしまう。
下民が客間を使うこと自体前例がないのだ。
貴族用の部屋を使わせていいかなんて、とても判断できなかった。
少年は返事もせずひたすら黙っている。
私の説明を聞いている間も一切。
やはり言葉がわからないのだろうか?
言葉で通じないなら心で通じ合うしかない。
そのためには視線を交わすことから始めるかと、兜を外す。
最後にもう一度部屋に対する言い訳のようなものを口にする。
すると、少年が口を開いた。
「す、素晴らしい部屋を、ありがとうございます!」
見事なまでに直角に折れ曲がった礼
なぜかそれを、美しいと感じてしまった。
そして同時に驚く。
「下民って、普通に話せるんだ…」と。
てっきり言葉は解せないのかと。
いや、もしかしてこの少年が例外なのだろうか?
よくわからない。
よくわからないし考えても仕方ない。
いま大事なのは私が自分の任務を果たせたということだ。
一気に誇らしい気持ちが湧いてくる。
そして少年の私を見る目。
澄んだ瞳。
それは私に感謝し、私を頼りにしていることを雄弁に物語っていた。
幼い頃の弟を連想させ、なんだか嬉しくなってしまう。
今度見回りに来ることも約束した。
それに対する感謝の言葉を聞いて、気分良く部屋を出る。
そしてその夜、私は強い達成感を味わいながら、深い眠りについたのだった。
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だが翌日、その達成感は粉々に打ち砕かれた。
朝、部屋を訪問したら少年はまだ寝ていた。
気持ちよさそうな寝顔を見て起こすのもかわいそうだと思い、そのままにして部屋を出た。
それが、大きな間違いだった。
庇護対象の存在を放置するという、とんでもない過ちを私は犯したのだ。
昼前、さすがにもう起きてるだろうと再訪する。
そこで見たのは、反吐が出るような光景だった。
少年のために用意されたベッド
そこで靴も脱がず、大の字で寝ている男
昨夜まで真っ白だったシーツには、汚い足跡がいくつもついている
少年のために準備された食材
それを食べる男女
食べ残しが無造作に床に転がり、絨毯にはシミができている
少年のために準備された着替え
それを身にまとう男
似合いもしないのに自慢げに、鏡を映る自分を眺めている
そして亀のように丸まった少年
それをまるでボールのように無遠慮に足蹴にする女
背中についた足跡が、体中の傷跡が、それが一人ではなく複数で、しかも長時間行われたものだと教えてくれた
「何をしている」
怒りで声を震わせながら、私は問うた。
狼藉を働いていた臣民達はその言葉にすぐさま反応し、土下座した。
昨日の少年の礼とは対称的な、実に見苦しい礼だ。
「何をしている、と私は質問しているのだぞ?」
誰も何も言わないため、質問を繰り返す。
とりあえず、一番近くにいた臣民の頭を蹴り飛ばした。
壁に叩きつけられ、ボロ雑巾のように崩れ落ちる。
蹴りと同時に臣民の衛兵詰所に魔法で指示を送る。
ゴミを放置するとは何事だ、と。
「もう一度だけ聞いてやる。何をしていた?」
それに対する回答も、反吐が出るようなものだった。
「お、畏れ多くも下民がこの帝城の客間に、魔法使い様のお部屋にいましたので…」
「げ、下民にふさわしい扱いをと…」
この部屋は私が少年のために準備した部屋だ。
皇帝陛下に再度謁見するまで、彼が安全に無事に待機するための部屋だ。
それが畏れ多い?
この扱いが、ふさわしい?
この澄んだ瞳をした、美しい感謝ができる少年に?
腸が煮えくり返るようだった。
この場で八つ裂きにしてやりたいぐらいだが、その程度では生ぬるい。
そのまま臣民で構成された衛兵たちが部屋になだれ込み、狼藉者共は連行された。
彼らのほうがより最適に裁いてくれる。
そう確信し、そして衛兵隊長に念押しもし、処理を託したのだ。
本来はすぐにでも少年に謝りたかった。
謝らねばならないことはわかっていた。
だが、言葉が出なかった。
なんと言えばいいのか、わからなかったのだ。
そのまま時間だけが過ぎていく。
ついに部屋の片付けも終わり、ここに残ったのは私と少年の二人だけ。
もう心を決めるしかないと。
意を決し、口を開く。
「…すまなかったな」
最初に出てきたのは、普通の謝罪の言葉だった。
次に出てきたのは、言い訳だった。
「朝に一度来たのだが、お前があまりにぐっすり眠っているので引き返したのだ。もう少し寝かせてやろうと思って。でもその間に、まさかこんなことになっているとは…。本当に、すまなかった…」
自分は好意で寝かせてあげたのだと
本当はこんな目にあわせたくなかったのだと
言い訳がましく、いや言い訳そのものを、つらつらと述べていた。
先程まであれだけ無口だったのに、言い訳だけは雄弁だ。
そんな自分に自己嫌悪してしまう。
「これが騎士のすることか?」と自分に毒づきながら。
少年が口を開く。
どんな罵倒をされるのだろうかと体が怯む。
だが、それは私を責める言葉ではなかった。
「気にしないでください。俺は、大丈夫ですから」
言葉だけではない。
表情も口調も、本当に心から「気にしないで」と言っていた。
それでさらに申し訳なくなって、自分がみじめに思えて、何も言えなくなってしまった。
重い沈黙が部屋に満ちる。
いったいどうすればと思っていると、ふと気づく。
少年は、怪我だらけだということに。
さっき気づいていたのに今更だが、すぐに声をかける。
そしてすぐに魔法で治してやる。
「うん!完璧だな」
治癒魔法はけっこう難しい。
だが私は治癒魔法が得意。
あまり口にしないが、地味に自慢なのだ。
だが傷を治すと、今度は別のことにきづいてしまった。
「お前、臭くないか?」
聞いてみると、少年はシャンプーもリンスも使わない人間だったらしい。
なんてやつだ。
どんな信条があるかは知らんが、この帝城でそんな不潔は許されない。
自分で洗えと言ってもどうせ洗いはしないだろう。
だから無理やり洗ってやる。
「私には弟がいてな。たまに風呂に入れてやってたんだ。だから、慣れたもんだぞ」
ただ途中で気づいてしまった。
この少年が、思ったよりも年長であることを。
想像よりも、体が発達していたことに。
一瞬怯むが、ここまでやってしまったら今更だ。
一心不乱に体を洗う。
そして任務完遂。
達成感!
「これで良し!」
少年、いや彼の体から汚れが落ちきった。
そして私の心も、少しだけ晴れやかになったのだった。
エメラルド視点の幕間になります。
長くなりすぎ分割となってしまいすいません。後編までしばらくお待ち下さい。
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