第六十五話 遷移領域
「今日は、いい日だ――」
ソールの前で、コルヴォは楽しみに笑った。彼の後ろには多くのアーザの冒険者が集まっている。
アーザにとって、今日は記念日だった。
アーザ第一部隊が、遷移領域に挑戦する日がやっと来たのだ。
パーティーメンバーは、コルヴォが厳選した冒険者たちだった。
ナダ、ブラミア、アマレロ、アス、マルチーザだ。
ナザレは挑戦しなかった。当然のようにリーダーとしてコルヴォは誘ったのだが、「私はもう一度鍛え直す必要がある。挑戦はそれからでいい」と断ったのだ。
それは、アスがディノニクスに突撃し、怪我してから暫くしてからの変化だった。まるで憑き物が落ちたようにナザレはアーザの地位にも興味がなくなり、ひたすら訓練を行うようになっていた。
それも杖の地道な訓練だ。それだけではなく、剣の使い方や槍の使い方、他の冒険者に戦い方を聞きながら、より一層自分の武芸に磨きをかけることにしたようだ。
特にナザレのアビリティは、武器を様々な形に変える。その全てに対応できるようにひたすら技を鍛えるようだ。
そんなナザレの変化について、アスに影響されたのか、それとも単純な力不足を感じたのかは誰も知らないが、これまで第一部隊のリーダーだったナザレが必死になって訓練を行っているのだ。他の者もよりやる気が出ており、確実にクラン内にいい影響を与えていた。
だからといって、ナザレはソールの攻略に興味が無くなったわけではない。この場には当然来ており、第一部隊を見送った後は第二部隊のリーダーとしてソールに潜るつもりだった。それも遷移領域の一歩手前までの挑戦だ。ナダやアスなどの主要メンバーはいないが、それでも今の仲間となら前と同じように冒険に挑戦できるとナザレは意気込んでいた。
そんなナザレはアスに優しい言葉をかけていた。
「アス、無事にな――」
「分かってるよ。前みたいな無謀なことはしないつもりだよ」
アスは笑いながら言った。
どうやらアスは今回の冒険を楽しみにしているのか、心が浮足立っていた。新しい自分が迷宮に潜ることにわくわくしていたのだ。
アスはディノニクスに負ける前と比べて、随分とたくましくなった。体に変化はない。急に上背が大きくなることも無ければ、身長が伸びることもなかった。
だが、心構えが変わったのだ。
エースという地位に固執せず、例え泥にまみれるような地道な訓練をしようと、より上を目指すことにしたアス。そんなアスは度重なる剣の訓練とギフト使いとしての後衛の訓練を行ったのだ。その結果、背筋が伸び、より先を見るようになった。
「ブラミア殿、調子はどうでござるか?」
「最っ高だぜ! まさかクラーテルに来て、いきなりこんな大役をもらえるとは思えなかったからな! どんどんモンスターを倒すつもりだ!」
「相変わらず元気でござるなあ」
アマレロとブラミアは互いに迷宮への思いを馳せていた。それは怯えていると言うよりも、未知を楽しんでいたと言えるだろう。
「ナダ、今回の冒険はあなたの武器を待ったから遅れたんだけど、それが新しい武器?」
「ああ、そうだ。いい武器だろう?」
ナダは右手で持っているその武器を見せつけるように頭上に上げた。
その武器は刃が大剣のように分厚く幅広だ。それなのに槍のように柄も長かった。全長を考えれば、他のどんな冒険者が持っている武器よりも巨大だろう。普通の冒険者なら担ぎ上げるのすら困難な武器だった。
色は漆黒。元が木であるということは全く感じさせず、黒鉄のような見た目をしていた。何も言われなければ、それは金属の武器だと思うだろう
そんな武器をテナシダは――剣槍と言った。剣と槍、二つの性質を持つ武器だった。
「大きな武器ね。それを本当に扱えるの? そんなに長くて、大きい武器を。ブラミアだって、そんなのは選ばないはずなのに」
ブラミアのアビリティは仲間たちに知れ渡っている。
彼の扱う武器が大剣、という極めて珍しいものだからだ。だが、ブラミアの持つ黒木の大剣は一般的な剣と比べて大きいが、ブラミアの身長ほど高くはなく身長の低い女性ほどの長さだった。また刃もそれなりに薄く、鋭く尖っている。
もしも金属の剣ならば、クレイモア、と呼ばれることが多いだろうか。
「でも、俺は“これ”がいい。そのために作って貰ったんだ――」
「殊勝な心がけね。今回、ナダも本気みたい」
「マルチーザは違うのか?」
「――本気よ。私もね、そろそろ、実力を見せとかないといけないかな、って思っているから」
「そうなのか?」
「ええ。だって、私はアーザで最も優秀なギフト使いよ? 後衛をさせれば、アスにだって負けないわ」
「それは楽しみだ――」
ナダは、少し前とは気構えから変わった仲間たちを楽しみに笑った。
アーザ第一部隊は新たな形でソールに挑む。
だが、まだ遷移領域には到達していない。そこにたどり着くには、まだ遠すぎるのだ。
まず、足を踏み入れたのが浅層だ。爆発する火人が現れる場所だ。そこで活躍したのがブラミアとアマレロだ。足が速い二人は迷宮内を風のように駆け、火人を吹き飛ばして倒す、もしくは爆発する暇も与えないほどの剣で斬り殺す。いつもの二人の姿と一緒だった。
だが、これまでの冒険とは違う。
「オレの風は、誰が使っても強いよ――」
アスの風が、二人を包んでいたのだ。
ギフト使いとしてのアスの姿だった。これまでアスは自身が先行するあまり、他の者にギフトを施すことはなかった。そんなのをすれば常に全力で風を剣にまとわせているアスはスタミナが持たなかったのだ。
だが、今のアスはマルチーザの隣にいた。仲間に薄くギフトを施すだけならそう多くの“力”は使わない。体力も温存でき、ギフトも温存できる。そしていざという時だけ前線に出ればいいのだ。
怪我を負ってから、アスは冒険者としてより献身的になっていた。
「おい! いい風だな! オレのアビリティの次ぐらいには使えるぜ!」
「いやはや、体が軽いでござるなあ」
そんなアスの風を受けたブラミアとアマレロは、これまでよりも手早く、そして楽にモンスターを倒していった。
ナダやコルヴォの出番すらなかった。ギフト使いの横であくびをしている暇すらあったのだ。
それからすぐに中層へと侵入していった。
次は、蛇人が、現れた。
蜥蜴のような顔を持った人形のモンスターである。中層に入るとすぐに出現するモンスターだ。奴らがソールの中層の登竜門と言われることもある。
「今回は、ギフトはいらねえぞ――」
そんな蛇人に対して前に出たのがナダだ。
事前に一人で前に出ることはアーザの中で進言しており、仲間たちも織り込み済みだった。その理由としては、遷移領域を挑むにあたってナダにはあまり時間が残されていなかった。だから今回が”剣槍”の試運転でもあった。他の仲間たちは何度か剣槍を使ってからでもいいのではないか、との声もあったが、「問題ない」とナダは言い切った。
一応、いつもの剣も腰につけていくと言ったのだ。だからナダはただでさえ大きくて重たい剣槍の他に、腰にいつもの剣を2本も左右に付けていた。それでもナダの動きは変わらなかった。
「本当にいらないの?」
「“これ”なら、無くても十分な攻撃力があるからな――」
マルチーザの問いに、ナダは自信ありげに剣槍を構えた。槍のように切っ先を蛇人たちに向けている。その使い方は、青龍偃月刀で学んだものだった。ナダはそんな状態のままゆっくりと歩く。蛇人たちを待った。ナダに気づいた蛇人たちは剣を振り上げて襲ってくる。厄介な盾も構えていた。
そんな相手に対して、これまで何度か苦労したモンスターに対して、ナダは剣槍を振り上げた。
そのまま、全力で振り落とす。かつて陸黒龍之顎のような大剣で学んだ技だ。重さを活かし、叩きつける。それだけだ。それだけで蛇人たちは盾で防ぐこともできずに頭から叩き潰された。
ナダは初めて使うはずなのに――剣槍を慣れたかのように使っていた。
いつも感想ありがとうございます!
新しい武器は剣と槍の中間のような武器である剣槍です!




