第六十三話 鍛冶師
パライゾ王国において鍛冶師の名門は三つあり、御三家、とも呼ばれている。最も有名な家がウェントュス家であり、彼らは貴族でもあった。
そんなウェントゥス家と同じく御三家の一つであるイーグニス家も鍛冶の名門であり、そんな名門がテナシダの生家であった。
テナシダは、そんな名門の長男として生まれた。当然の事ながらテナシダはイーグニス家より全ての鍛冶の技術を叩きこまれた。門外不出の秘伝も含めて。
そんなテナシダはやがてイーグニス家の当主となり、イーグニス家に入門する多数の弟子を抱えながら、冒険者なら誰もが欲しがる武器を作り出す御三家を代表する鍛冶師となる――予定だった男である。
詳しくはコルヴォも知らないらしいが、どうやらその道の途中で実の親から破門され今ではテナシダの弟が党首となっているようだ。
だが、テナシダはそれでも鍛冶師を辞めることなく、今では家の力も借りず何人かの弟子を抱えながら己の作る武器の名声だけで生きているらしい。
かんかんかん、とトンカチが鉄を打つ音が響き渡る。燃えているカルヴァオンによって、部屋中に熱気が立ち込める。いるだけで体から汗が止まらなくなり、すぐに涼しい外で休みたくなるような家にナダは入った。
壁には試作品だろうか。幾つもの武器が立てかけられており、部屋の隅にある棚には幾つもの武器が横になっておかれている。長剣、短剣、槍、斧、それらの区別につかない武器も数多くあった。
そして部屋の奥にあるのが大きな炉である。その中には当然のように幾つものカルヴァオンが入っており、その中に金属を突っ込んでは取り出し、弟子らしき男が一生けん命叩いていた。
「で、あんたがテナシダか?」
ナダはそんな鍛冶屋の中で弟子の様子を見つめる白髪に白髭の老人へと声をかけた。
身長は低いが筋骨隆々としており、手には皮のグローブ、上下ともに分厚い服を着ていた。
「そうだが、おめえは誰だ?」
「俺はナダだ。何度かあんたに武器を作ってもらったことがある冒険者でな、今回も武器の相談に来たんだよ――」
ナダは屈託のない笑みでテナシダに挨拶する。
テナシダは客であるナダが訪れると、すぐに家の外へと移動した。外の方が涼しいということからだ。家の横に用意された丸太を斬ったかのような雑な椅子に座ると、別のまだ若い二十代ほどのテナシダの弟子らしき男が、ナダへとお茶を差し出した。陶器で作られた取っ手のないカップであった。
それをナダの目の前にある木の切り株の上へ並べた。
「よう。で、オレの武器を使ったことがあるということだが、どれなんだよ? 星の数ほど作っていてよう、どの武器のご主人様があんたなんだ?」
テナシダはナダへ向けて屈託のない笑顔で言った。どうやら自分の武器を使ってもらえるのは嬉しいようだ。
「――陸黒龍之顎だよ」
テナシダはナダからその“武器の名前”を聞いた途端に顔が大きく驚いたようだった。
「あの武器の依頼者がお前だったのかよ! 確かナダとか言う名前だったな! 珍しい名前だから今頃思い出したぜ!」
テナシダは丸太の椅子から立ち上がり、ナダの顔を覗き込むように近づいた。
ナダは思わずのけ反ってしまった。
「覚えているのか?」
「勿論だ! そもそもオレが作った武器は全て覚えているぞ。普段は普通の剣が多いから、あんなゲテモノの注文があった時は飛び跳ねた様に驚いたぞ――」
それからテナシダは陸黒龍之顎についての思い出を語ってくれた。
そもそも武具屋のバルバとは旧知の仲のようで、それこそ数十年前からの知り合いらしい。
どうやらバルバは昔にテナシダの生家であるイーグナス家に師事していたらしく、その時からの付き合いらしい。血筋ではないが、バルバも剣を打たせれば腕のいい鍛冶師だとテナシダは言う。
「ま、最もオレの方が鍛冶の腕はいいがな! まあ、実家の秘伝も受け継いでいるから当然と言えば当然なんだが」
がははとテナシダは笑う。
「どうりで俺の武器の調整もやっていた筈だぜ」
ナダは武器の調整を度々バルバに頼んでいた。
他の鍛冶師に渡すと言っていたが、大型武器を直接調整できるような鍛冶師は少なく、依頼もきっとあまり受け付けないだろう、とナダは知っている。だが、バルバは格安で引き受けていたのだ。だからバルバ自身が調整しているのだとナダはどこかで悟っていた。
とはいえ、それを口に出すこともなかったが。
「ああ! 陸黒竜之顎に関しては、あいつも調整できるはずだ! あいつは一から作るよりも、出来上がった武器をそいつに合うように調整するほうが得意な奴だったからな。武具屋を開いたのは自分の腕に見合った天職だと思うぜ!」
「なるほど」
「で、ナダはオレに武器を頼みに来たんだろう? どんな武器がいいんだ?」
「ソールを攻略できるような武器を頼む――」
ナダの発言に、テナシダは目を点にした。
それから口を開いて大笑いする。
「お前、ソールを攻略する気かよ! おもしれえなあ! ここにはローシャもフォカオンもいるんだぞ! あいつらの獲物を横から掻っ攫う気かよ! なんて大胆不敵にやつなんだよ!」
「……別に、あいつらが攻略できるならそれでもいいさ。俺は後からその後を行くだけでもいい」
「名声、が欲しいわけじゃないみてえだな」
「そんな――小さいことに興味なんてねえよ」
ナダは、強く言った。
「なるほど。ここの迷宮は“通過点”ということだな?」
「好きに取れよ――」
「なるほど。そりゃあ、大きな目標だな。いいぜ。ナダ、前と同じようにあんたの武器を作ってやるよ。元々作ってやるつもりだったけどな――」
テナシダは笑いながら言った。
どうやらナダのことは、以前に陸黒竜之顎を作った時から知っていたようだ。
そもそもテナシダは偏屈な男であり、気に入らない冒険者の為に武器は作らないような男だ。
鍛冶師としてどれだけ腕があろうと、客をえり好みする。どれだけ実力がある冒険者でも、鍛冶師の名声が上がるような冒険をする冒険者であっても、ましてや貴族であっても、平気で依頼を断ったり、気が乗らなくなれば制作を中断するような男だと世間では有名だ。
だから破門されたのだと噂されているが、どんな理由で実家を追放されたのかは未だに明らかになっていない。
現当主であるテナシダの弟も、テナシダについて話すことはなかった。
「それは助かる――」
ナダもそんなテナシダをよく知っているから、素直に頭を下げた。
「そういえば、お前に聞きたいことがあったんだ。オレの作った陸黒龍之顎は元気にしているのかよ? ここじゃあ使うのは厳しいかもしれないが、あいつをソールで使えるようにしてやってもいいぜ」
「ああ、あの武器なら壊れたよ――」
ナダは悪びれもなく言った。
「壊れた!?」
テナシダは驚いた。
彼が作った中でも、陸黒竜之顎は最高傑作の一つとも言えるほどの出来栄えだったのだ。
「木っ端微塵だな――」
「おいおい、あの固さが一番の売りだった武器が木っ端微塵って、どんな冒険をしたんだよ?」
「聞きたいか?」
「……いや、やめとく。オレの可愛い我が子が砕けた瞬間なんて聞きたくねえ――」
テナシダは首を横に振った。
それから二人はナダの新しい武器について、会議した。大型武器なのは決まっているが、具体的にどのような形状にするのか、またペルセベランサの他にどんな素材を用いるのか、など具体的に決めていく。
だが、ペルセベランサは癖のある木だと、テナシダは言う。ただの剣だとあまり影響はないが、大型武器にもなると重量バランスが金属製の剣などと比べて崩れるらしい。もちろんナダはそれでもいいのだが、重量バランスが崩れると上手く刃に力が乗らず、その武器は失敗作だとテナシダは言うのだ。
「だから、何がいいかなと思うんだが、オレもあまり大型武器は作らねえんだ。需要が無いからな。使わない武器を作っても、何の意味もねえよ。ま、だから貴族の儀礼用の剣も断るんだがな!」
がはは、と大きくテナシダは笑った。
テナシダへの武器制作依頼は数多くあるのだが、その中でも儀礼用の剣の制作依頼は一つとして受けたことが無いらしい。貴族が見栄の為に腕のいい御三家の鍛冶師に頼むのはよくあることだが、テナシダはあまり受けたことがないようだ。
「で、なら、どうするんだ?」
「とりあえず、試作の武器が幾つかある。それを渡してやるから感想を教えてくれ。本番を作るのはそれからだ――」
「分かった」
ナダはプロであるテナシダの言葉に従うように頷いた。
「ああ、そうだ。言い忘れていた。オレの武器は高いけど、いいのか?」
「ああ、いいぞ。言い値をつけろよ――」
指で輪っかを作るテナシダに対して、ナダは間髪入れずに言った。あいにくと金だけは山のように持っているのだ。
そんな気前のいい返事に「太っ腹だな」とテナシダはまたしても大きく笑う。
次の更新は9日ですので、少しだけお待ちください!
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また、新連載の「異世界では賢者になりたい。なお、脳筋です。」もよろしくお願いします!




