第六十話 夢Ⅲ
あれからまた長い時が流れた。
アスの怪我はすっかりと治っていた。
あれからもよくナザレはお見舞いに来ていた。そんな彼女にアスは本心でこう告げた。
「ナザレ、今までありがとう。でも、もう大丈夫。オレはもう一度、アーザで冒険者として頑張るよ。これまでの地位も、名声も、もうどうでもいい。ただ、強くなりたい。英雄になりたい。その気持だけでもう一度、一から頑張ることに決めたんだ――」
今までより立派に見えたアスを、姉であるナザレは抱きしめた。
もう何も言わなかった。
目から温かい涙を流しながら、大きくなった弟をナザレは応援するようにただ抱きしめたのだ。
「ナザレ、ナダはどこにいる?」
「案内するよ――」
そうして、あの日以来、初めてアスはナダに会いに行くことになった。
ナザレが案内したのは、アーザの敷地内にある“訓練場”だ。まだ訓練場までついていないというのに、外からでも活気のいい声が聞こえてくる。
「ブラミア達に影響されたようだ。今ではアーザの皆が訓練に励んでいる。どうやら最初はナダだけのようだったらしいがな」
ナザレはアーザの現状について教えてくれた。
これまで訓練場については無駄だと誰も使っていなかった。ナダが最初に使い始めたとしても他に誰も使う者はおらず、そんな古臭い訓練に何の意味があると、訓練場で必死に剣を振るうナダを馬鹿にするような者さえいたのだ。
それからナダが活躍し始め、新しく入ったクランメンバーであるブラミアとアマレロも同じように訓練場で剣をふるい始めた。クランリーダーであるコルヴォでさえ、暇な時はその訓練に参加していた。
その訓練自体も単純なものだった。ただ剣を振るい、汗をかくのだ。古典的な訓練であるが、それに不満を言うことはなく、四人は黙々とこなしていく。時には剣を交わることもあり、本格的な試合を行っていくのだ。
最初はそんなナダたちの訓練を馬鹿にしていた者も、アスが入院し消えた後のアーザ第一部隊でも活躍し始めるとその声すらも減って行った。
「――私も参加したんだよ。必死に振っているあいつらを見ると、どうにも私にもまだ出来るんじゃないか、って思えてくるんだ。恥ずかしい限りだけど、あいつらと何度も試合をして、たくさん負けたよ。でも、少しずつ強くなったんだ。それからは私もよく参加しているんだ……」
ナザレは頬をかきながら言った。
どうやら四人以外で最初に訓練に参加したのはナザレだったらしい。ナダ、ブラミア、アマレロの強さを肌で感じ、それに追いつきたいと思った。彼らのようになるにはどうすればいいと思った時に、訓練場で鍛えることを選んだのだ。
それと同時期に、伸び悩んでいるアーザの冒険者たちが、一人また一人と訓練に参加し始めた。ナザレと同じように伸び悩んでいる者だけだったのが、その波が他の者にも波及し、やがては全てのアーザの冒険者が訓練へと参加したのだ。
全員が自主参加だった。コルヴォは誰一人として訓練に誘わず、だけど訪れた者を拒むこともなかったようだ。
だからアスが辿り着いた訓練場でも、アーザの仲間たちはそれぞれがばらばらに訓練を行っていた。
単純に剣を振るう者もいれば、他の者と試合をする者もいる。誰かにアドバイスを求める者もいた。
そんな中で、ナダは他の冒険者と試合を行っていた。連続で何人とも戦っているのか、周りには倒れている冒険者が数多くいた。
アスはそんなナダに近づくように歩いていく。
周りの冒険者は道を譲ってくれた。剣を振るっていたアマレロやブラミア、他の冒険者へ助言をしていたコルヴォも、怪我から復活したアスを見守っていた。
「ナダ――」
アスは強い意志の目で、ナダを見た。
「どうやら怪我から復活したみたいだな――」
「ああ、おかげさまで。前回の冒険はオレのミスだ。ごめん」
アスは頭を下げた。
「別にいいさ――」
「こんなオレが言うのもなんだけど、一つ聞きたいことがあるんだ――」
「何だよ?」
「――どうすれば、オレはもっと強くなれる? 弱いままじゃ……嫌なんだ」
アスは素直にナダへと聞いた。
もう自分が弱いことを認められないアスは、ここにはいなかった。かつてのエースの地位に驕ることもなく、自らの才能に溺れることもない。ただ現状を見つめ、より高みを目指す冒険者としての姿がそこにはあった。
そんなアスの姿に、ナダは口角を少しだけ上げた。
「――アマレロに聞けよ。あいつに剣を聞くのが一番だ」
「拙者でござるか!」
遠くでアマレロは驚くように言った。その隣にいたブラミアはげらげらと笑っていた。
すぐにアスはアマレロに剣の振り方から、それこそミラの訓練施設ではあまり教えてくれなかった剣の基礎から学ぶことになる。
これまでのエースが、一から必死に剣を学ぶ姿を見て、アーザの他の冒険者も触発されるようにより訓練に励んでいった。
その姿に、一番喜んでいるのがコルヴォだった。
訓練の姿だけではなく、アーザの冒険者の向上心が上がったことにより、これまではあまりなかったそれぞれの部隊外での冒険の相談がより一層増えたのだ。
あのモンスターにはどう戦うべきか、最適なパーティー構成は、最近の迷宮の様子はどうか、など様々なことが話されるようになった。またそれと同時にこれまではほぼコルヴォが独断で誰がどの部隊に所属するのかを決めていたのだが、下から部隊の入れ替えなどの提案も増えてきた。
要するに、冒険に対しての姿勢がより一層高まったのである。これまではどこか仲良しグループだと思ったような部分もあるアーザにしては、嬉しい変化であった。
またそれと同時に、着実に冒険の成果が増えて行った。それは第一部隊だけではなく、他の部隊にも起こっていた。カルヴァオンの取得量もそうだが、それ以上に迷宮の攻略範囲も増えたのだ。
――それから数日が経った。
アスは未だに迷宮に潜ることはなく、地道な訓練を続け、以前よりもたくましくなっていた。
そして、アーザは新たな冒険の局面を迎えようとしていた。それが深層への挑戦のために遷移領域の攻略である。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
一旦ここまでがナダがクランに認められて、正式に仲間になったという話です! 次回から本格的に遷移領域の攻略へと移ります。その前に準備の話となりますが。
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