第五十九話 夢Ⅱ
姉のように貴族となって全てを取り戻す為ではなく、幼き頃の英雄譚に憧れたアスは冒険者になりたい、と養父に進言した。
養父はそんな願いを、二つ返事で承諾したという。
夢があるのなら、一度は挑戦したほうがいい、と。しなければ後悔すると、後押しまでしてくれたようだ。
貴族にとって、冒険者とは重要なビジネスパートナーだ。領地の安定や発展には、燃料となるカルヴァオンが必要不可欠だ。だから安定したカルヴァオンが国を挟むことなく、冒険者から直接領地に供給されることを望んでいる。中には息子や娘を冒険者にする親も多いという。
養父としてはアスが冒険者になることで、安定したカルヴァオンが得られるかも知れない、とも思ったのだ。跡を引き継がせるのは冒険者として盤石な人脈を築いた後でいい、それぐらいの時間ならば自らが当主として活動できる。アスには、その後に引き継がせばいいという考えもあった。
またもしも冒険者として大成しないようなら、すぐに当主を引き継がせることも考えていた。学園に通ったことで分かったことだが、アスは“神童”だったのだ。多種多様な才能の持つ彼なら、きっと領地を自分よりも発展できると養父は期待していた。
きっとアスの多少のわがままには、付き合う気だったのだろう。
アスはそれを婚約者から後に聞かされ、冒険者として大成できたとしても、できなかったとしても、共に生涯を共にし、この領地に身を捧げよう、という話になっていた。
そしてアスは冒険者としても、才能を示すことになる。
冒険者育成機関にてアビリティとギフトに目覚めて双色となり、誰もが羨む人生を歩いた。もちろん最初の冒険で仲間を失うという悲惨な経験はあったが、それを乗り越え期待の新生冒険者としてミラで活躍していた。
そんな時だった。
久しぶりに姉であるナザレから連絡が来たのは。
四大迷宮が目覚めたことにより、ナザレも全てを賭けて立身出世をもう一度目指すことにしたようだ。インフェルノでずっとうだつの上がらない冒険者生活を送るのではなく、もう一度貴族になるのが、ナザレの最大の目的だった。だから一緒に『ソール』に挑戦しないか、とアスはナザレから誘われる。
アスはそんなナザレの提案に断るという選択肢もあった。
だが、アスはナザレの提案を受けいれた。
――夢だったからだ
冒険者として、未知の迷宮に挑戦するのが。過去の英雄たちのように迷宮を完全攻略するという偉大な冒険がしたかった。アスは幼き頃の彼らに憧れて冒険者になったのだから。
そしてナザレの言われるがままにアーザに入り、いつの間にかエースに担ぎ上げられていた。いつの間にか初心も忘れてエースという地位に固執し、迷宮を冒険するのではなくアーザでの、冒険者としての地位ばかり気にするようになった。
冒険者として、立身出世などには興味ないのに。本当にそんなのを目指すのなら、故郷に帰り、結婚をし、正式に当主を受け継いでそれから実績を積めばいい。冒険者よりも安全で確実な出世だ。
「そうだ…………オレはエースなんて、どうでもよかったんだ……」
病室の中でアスは深く後悔した。
これまでの自分の行いが、望んでいたものではなかったと理解したのだ。
ほしかったのは、そんなものではない。
もっと幼気な夢を、アスは持っていたのだ。
「……ナザレ……ごめん……ナザレの夢は継げないけど……でも……!」
――でも、英雄のような冒険をするという夢だけは、アスにはどうしても諦められなかった。
幼き時に見た輝いた夢だったから。他のどんな宝石よりも、自分には眩しく見えたのだから。
アスはナザレの切った林檎を口に入れた。
酸っぱい味が、久しぶりにアスの体に染みわたった。
――弱いから悪いんだ。
そして林檎を噛み締めながら、アスはナダの言葉を振り返っていた。
体が拒絶するような言葉を。
思わず顔を顰め、背けたくなるような言葉と、もう一度アスは向き合った。
向き合わなくてはならないのだ。
この先、アーザの一員としてソールに挑戦するのなら、嫌な現実から目を反らしていてはきっとまたどこかで失敗する。これまでは命を拾ってきたが、今度こそは死んでしまうかもしれないのだ。
何が悪かったのか、自分に足りないのは何か、アスはナダの言葉や行動を思い返すように林檎を味わった。
ああ、そうだ。
自分は弱いんだ。
これまで認めたくなかったことを、酸っぱい林檎と共に涙を流しながら咀嚼する。
多数のラプトルとは連続で戦えず、ティラノサウルスに無様に負けて、ディノニクスにさえも無様に負けた。アビリティも、ギフトもあったとしても、『ソール』の龍たちには敵わなかった。
力が、足りなかった。
どうすれば強くなれる?
もう、アーザのエースの立場なんてどうでもいい。
冒険者として、アスは純粋に強くなりたかった。
英雄になれるかどうかは分からない。だけど、アスの人生において、夢に挑戦できるのは今だけなのだ。
アスは、風をその身に纏いながら、必死に悩んだ。
その風は、以前よりも穏やかだったが、より力強く渦巻いている。
感想が1000件到達しました!
本当に皆様ありがとうございます!
とても嬉しく思います!
引き続き、第二巻もよろしくお願いします。
また、新連載の「異世界では賢者になりたい。なお、脳筋です。」もよろしくお願いします!




