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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第五章 石の王

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第五十八話 夢

明日から連休なので1日早く更新しました!

今日からGWの少しの間だけ毎日更新しようと思います。

「……」


 アスは返事をしなかった。する気がおきなかったのだ。これまで自分を信じてくれたナザレになんと言っていいかわからない。彼女を裏切ったも同然なのだ。自分は。


「まだ怪我の調子が悪いようだな。別に返事はしなくていいぞ。今日は市場にりんごが売っていたからな。切っておいておくから食べるんだ」


 ナザレは返事がないことも気にせず、持ってきたナイフで赤いリンゴをきれいに切り分けるとお皿の上に並べ、サイドテーブルの上に置いた。それだけで病室から去っていった。


 アスはそんなりんごに手を付けず、ずっと外を眺めていた。口にするものといえば、三食配られる中で水とスープだけだった。ほかはまだ胃が受け付けなかった。食べるとどうしても吐きそうな気がしたのだ。


 そんな日々が二日ほど続いた。

 頭を巡るのは自分への嘲笑だけだった。

 なんと愚かなのだろうか。

 これまでの行動について、自分を罵るだけだった。


「今日も林檎を持ってきたぞ。別に食べなくてもいい」


 ナザレはアスが手を付けなかったとしても、毎日林檎を持ってきた。そして皮を剥くのだ。アスに柔らかい笑顔を向けながらも、その手はなれているようだった。

 アスは、返事をしない。反応をしない。ずっと外を向いているだけだった。


「……すまなかったな」


 そんなアスに、ナザレは申し訳なさそうに目を伏せた。


「……」


 アスは何も言わなかった。


「……私の期待が重荷になっていたと思うんだ。だからナダに対抗して、あんな無茶なことをしてしまったんだろう? いつも私に応えてくれようとして本当にありがとう。でもな、もういいんだ。あんな無茶はしなくていい。アスにギフトが目覚めた時から、アビリティにも目覚めた時から、アスが一流の冒険者になることが私の夢になっていた。だけどそれは英雄になって全てを手に入れるという私の夢を、幼き頃から目指していた私の夢を、アスに押し付けたんだ。今回のアスの怪我はきっと私が悪いんだ。そんな私が悪いんだ」


「……」


「弱い私を認めたくなくて、アスが英雄になれば私の夢が叶うような気がした。だから私はアスに期待して、ずっとエースになることを、ひいては冒険者として大成することをアスに押し付けた。自分の夢なら、自分で叶えないといけないのにな。本当に悪かったと思っている。今回の件でアスが休みたいと思うのなら、それもいいと思うんだ。休息が必要ならそれでいい。コルヴォもアスにゆっくりするように言っていた。最近は行き急ぐように冒険したからな。まだまだアスは若い。挑戦したくなったら、まだまだ次がある。本当にすまなかったな――」


 ナザレはそう言って、心配そうな顔をして病室から出ていった。

 ――違うんだ。

 そんな言葉が、アスの口からは出ない。ここ数日、ずっと言葉を出していなかったから出し方を忘れてしまったのだ。


 冒険者として一流になるのは、大成するのは、そして英雄になるのは、心から望んだ自分の夢だったと、アスはナザレにそう言いたかった。


 幼き頃を思い出す。

 ――年の離れた姉であるナザレと過ごした日々を。

 アスとナザレは、元は大きな領地を持つ貴族から小さな領地を分け与えられた傍系の貴族の家だった。そんなに大きくはなかったが、恵まれた領地だったので慎ましく生きていた。林檎が名産の領地だったので、食後にはよくすりおろした林檎が出たのだ。ナザレたちは切った林檎を食べていたので、きっとまだ歯がなかったアスのために毎回母がすりおろしていたのだろう。

 昔は元冒険者である父と母がいて、よく眠る前は両親が読んでいくれた英雄の話に胸を躍らせて、実際の冒険の話をわくわくするように聞いていたのだ。


 ナザレも同じだった。だからナザレは剣士だった父から自分が物心ついたときにはもう訓練を行っていた。いずれは冒険者になると、幼いながらに語っていたナザレがアスには眩しかった。


 自分も父に憧れて、母に憧れて、英雄に憧れて、剣を習うように何度も父にねだったが、まだまだ三歳にも満たなかった自分には早いと訓練はさせてくれなかった。だからいつも父とともに剣を振るうナザレを羨ましく見ていた。それでいて、ナザレは自分の自慢の姉でもあった。いつも父に褒められるほど剣が上手く、周りの子供達と比べても驚くほどの吸収力で剣を習得していた。神童だと、何度もナザレは言われていたのだ。


 そんな自分たちに転機が訪れる。

 悲しい不幸があったのだ。

 流行り病にかかった両親が亡くなった。

 それはまだアスが四歳になったばかりの頃の話だった。


 早くに両親を亡くしたことによって、直系の貴族へと領地を返還されて、自分たちは生き別れになるように別々に親戚の家に引き取られた。残ったのは両親が互いに送った赤い珊瑚のブレスレットとピアスで、姉弟で分けるように形見を身に着けた。今もそのブレスレットはアスの手に、ピアスはナザレが耳につけている。両親との思い出を忘れないように、とナザレが幼い自分の手にまだあまるブレスレットをつけたのだ。実際に付け始めたのは冒険者になってからだったが。


 ナザレと分かれる直前に「いつかこの生活を取り戻そう」と彼女は言っていた。もしかしたら彼女が冒険者に執着するのも、いずれは貴族として思い出の残るこの領地を取り戻すことが目的だったのかもしれない。


 そして新たな養父母との生活は自分にとっても、ナザレにとってもそんなに不幸なものではなかった。新しい養父母は優しく、食べるのにも困ることはなかった。たまに届くナザレからの手紙でも、元気なことを教えてくれた。冒険者を目指すナザレを家族はサポートしてくれて、とても幸せな日々を送っていたらしい。


 だが、冒険者を諦める、ということを彼女は手紙に書いていなかった。貴族として縁談の話が持ち上がったこともあるようだが、ナザレは夢を目指すためにその話を断った、と書いてあった。


 アスにとって、大きくなる頃には生来の父と母の記憶はあまり残っていなかった。本当に小さな頃しか父母とともに住んでいなかったからだ。アスにとっての両親は優しい養父母であり、温かい家庭で育った。幼き頃の夢を持ったまま、養父母もそれが叶うことを望みぬくぬくと育ったのである。


 だが、ナザレにとっては違ったようだ。自分よりも長く住んでいたからこそ、両親と領地に深い思い出と愛着があったのだ。どうやら新しい家も優しかったようだが、上手く馴染めなかったようだ。


 手紙にはいつも書いてあった。いつか故郷に帰ろうと。父母が眠る地で立派に貴族として責を果たそうと。その為にはもう一度貴族となるために、冒険者として出世する必要があると。だが、貴族となる最短の道である他の貴族の男との政略結婚をナザレは望まなかった。それで貴族となったとしても、もとの領地には帰れないからだ。


 何の力も持たない自分たちが、唯一貴族になれる方法が“冒険者”だった。優れた冒険者となり、莫大なお金を生むことが出来る多量のカルヴァオンを得られるようになれば、貴族の道が自ずと開かれる。元々は貴族の傍系で何の力もなかった

実父も、冒険者として有名になることによって貴族になったのだ。一代限りの名誉貴族に。


 そんなナザレは十二才になるとすぐにラルヴァ学園に入学した。幼き頃からの夢を叶えるために、すぐに冒険者になりたかったかららしい。冒険者になるためのルートはいくつかあるのだが、その中で最も堅実で、最も大成できる教育機関がラルヴァ学園だと言われている。


 冒険者の基礎を、一から数多くの教師たちによって叩き込まれるのだ。そこには貴族も農民も関係がなく、浮浪者であっても実力さえあれば出世できる。無ければ死ぬか、冒険者を諦めるだけだ。


 それからもアスに手紙は数多く届いた。どんなアビリティに目覚めて、どんなパーティーを組んだのか。そしてどんな結果を学園で残したのかを。その間にどんな努力を成し遂げたのか、アスは知らない。それは手紙には書いていなかった。


 そんな学生生活の途中で、順風満帆な政略結婚で他領の貴族の妻になる道も当然ながら何度かあったらしいが、ナザレはそれを後悔もなく断ったらしい。「私はそれを望んでいない」と強く書かれてあった。


 どうやらナザレはもう一度貴族となるために、今までの地位は全て捨てて冒険者に賭けたのだ。

だが、実らないのだから厳しい道だった。どうやらあまり結果は芳しくなかったようだった。学園を卒業しても冒険者を続けたが、結局ナザレは現代に至るまで貴族に成れなかった。


 そんな中、アスが冒険者になったのは遅かった。

 十六歳の頃に港町セウの徒弟制度で冒険者を目指すこととなった。

 その理由としては、養父から貴族の跡を継がないか、と強く打診されていたからだ。

 どうやらアスを引き取った理由の一つに二人娘しかいないから、後継ぎとして男児であるアスを育てたかったようだ。そして実の娘をアスに嫁がせ、領主にとって頭痛の種である跡継ぎ問題を解消したかったようだ。


 アスとしても、大きな不満はなかった。養父の領地は実父が持っていた領地よりも大きく、許婚となった妹は気心の知れた仲であり、お互いが初恋の相手だった。もしも結婚すれば、薔薇色の人生が待っているだろう。両親が死に、孤児となる可能性があったかもしれないアスとしては、これ以上ない幸せだった。


 だからアスはラルヴァ学園ではなく、パライゾ王国で最も伝統のある名門学校の一つであるエヴィラオラ学園に十二歳から通っていた。

 後に貴族となるためには、寄宿生の名門学校に通うことが必須なのだ。養父からの要望に、アスとしても反対はなかった。


 学園から卒業できるのはおおよそ十八歳頃だが、アスは飛び級で十六歳で卒業した。より上の大学へ通う道もあったが、アスはそれを望まなかった。

 幼き頃からの夢があったからだ。


 ――冒険者だ。


いつも感想ありがとうございます!

もう少しで1000超えそうなのでとても嬉しいです!


春なので異世界転生の新作を始めました。『異世界では賢者になりたい。なお、脳筋です。』です。よろしくお願いします。


※本作の第二巻発売中です。

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― 新着の感想 ―
ナザレや、アスに対する理解が深まったのが良かった。 だが、2人の境遇はわかったが、やはりナザレは好きになれない。結局、継家によくしてもらったにも関わらず、自分の望みを優先した。それは、我儘を優先したと…
なるほどナザレがアスに執着する理由に納得した。 そしてナザレが政略結婚ではなく自らの力で貴族になりたいと望むほど気高い精神、何度もアスを見舞い優しい言葉をかける優しさ、何度か政略結婚の話が上がるほどの…
毎日更新嬉しいです!!
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