第五十七話 挫折
完全に力尽きましたので、次の更新は5月2日となります。
楽しみにしていただいた方には申し訳ございません。
深い怪我を負ったアスは、以前にティラノサウルスと戦った時よりも多くの包帯を体に巻いていた。目を開けても見られるのは白い天井と、右を向けば窓の外に曇天が広がっている。
体を動かそうとするも、寝ているだけで体がきしみ、痛みが響き、まともに起き上がることすらできなかった。
そんな状態でアスは寝ることもできず、ぼんやりと自分のことについて考えていた。
「どうしてこうなったんだ……」
ぽつりと、アスは呟く。
だが、言葉は病室に霧散した。
理由は分かっている。
他の仲間たちと協働してやっと戦えていたディノニクス相手に一人で戦えると無謀にも突貫し、返り討ちにあったからだ。
その理由の一つとしては、ナダへの対抗心があった。自分は双色だと、アーザ第一部隊のエースだと驕っていたのだ。エースでもないナダにもできることは、自分にもできると思っていた。だからたった一人でディノニクスに挑んだのである。
その結果、負けた。
冷静な判断を怠っていたのだ。
自分はディノニクスに負け、エースとしてもナダにも負けたのである。
アスの前から一筋の涙が零れ落ちた。
「――“弱い”から悪いんだ」
そんなナダの言葉が、アスの心に深く突き刺さる。
ああ、そうだ。
自分は弱い。弱かった。どれだけ周りからチヤホヤされていようと、双色であろうと、優れた一撃――『竜巻の如き一撃』を持っていようと、弱かった。
これまで築き上げてきたものが崩れ去ったと思った瞬間、アスには何もやる気が起きなかった。体が動かないので当然かも知れないが、暗い雲を眺めているだけだった。
そんな病室の扉が叩かれる。
無言で反応すらしていないと、ゆっくりと扉が開けられてナザレが入ってきた。心配そうな表情だった。
アスはナザレの方を向いた。
心配そうな顔をしているナザレが立っていた。
「起きているんだな……」
「……」
アスは返事すらしなかった。なんと言っていいかわからないのだ。
「意識を取り戻したようでよかった。血まみれで迷宮から帰ってきた時に、アスは意識を失ったんだ。きっと出血量が多かったからだろう、と医者は言っていたよ。それから輸血をして、数日の間寝ていたんだ」
ナザレはアスの現状を語った。
ここでようやく、あの戦いから長い時が経ったのだとアスは知る。体感ではまだ数時間だったが、どうやら思っていたよりも長い時を自分は過ごしたらしい。
「……アーザ第一部隊は……どうなった?」
アスは震える唇で言った。
ナザレは苦々しげに答える。
「冒険なら、アスの代わりにコルヴォが入って問題なく行われている。エース、という立場の者はもう作っていない。それぞれが対等な冒険者として、遷移領域に挑めるように前に行ったディノニクスが出る場所で試している」
「……成果は……?」
「……大成功だ。ナダは強く、ブラミア、アマレロもそれに追従するように強い。以前のアーザ第一部隊よりも遥かに強くなった」
ナザレの言葉に、アスは目を呆然と開けて絶望した。
自分がいなくても、アーザ第一部隊は以前よりも強くなったのだ。その事実を、以前の冒険で分かっていたことを、もう一度刻むこととなった。
「そう……」
「だが、アス、みんな、アスの復帰を待っているぞ! 他の仲間だって……」
それからナザレはアスへと励ましの言葉をかけるが、既に彼の耳には何の言葉も入っていなかった。
弱い。
だから失った。
今まで築き上げたアーザの地位も意味のないものになってしまったのだ。それからアスは眠りにつく。
また数日が経った。
体は日に日によくなっている。今では上体が起こせるほどまでに体が回復した。これも全て“癒やしのギフト”を持つ医者のおかげだろう。通常の治療と比べても、短い時間で体が再生する。きっと回復薬もふんだんに使われたのだろう、とアスは思った。
それらは決して安くはない。
普通なら数ヶ月かかるような傷を、短縮して治すのだ。多くの金を積み上げないとならないだろう。それを財政難のアーザが行った。
「あっ……あっ……」
だから、未だにアーザからは見放されていない。その事実に、アスは吐きそうになり、思わず、えずいてしまう。だが、胃には何も入っておらず、水もほとんど飲んでいなかったので唾すら出なかった。
泣こうと思っても、涙すら出ない。
アスはすべてを失った気分だったのに、どうやらアーザはまだ自分を見捨てていないみたいだ。
その事実に、心が重たくなる。しんどくなった。冒険者として、復帰したくないとも思ってしまった。
体が治ってしまえば、エースの地位はもうない。ディノニクスを簡単に一人で倒せるナダがいるからだ。自分の役目はもう一度ディノニクスに挑み一人で倒せるような冒険者になるか、ギフト使いとしてサポート役に回るかのどっちかだ。
だが、どれだけ戦闘が上手くかみあおうとディノニクスに一人で勝てるように想像することもできなければ、ギフト使いとしてサポート役に徹することもしたことがないので出来るかどうか不安だった。
そもそもアーザとして活動しようと思えば、もう一度ソールに潜らなければならないのだ。憧れのフォカオンを追い越そうと思えばディノニクスを超えて、深層に到達しなければならない。
だが、あの牙を、爪を、龍鱗を、思い出すだけで体が震えた。ナダの強さを思い出すだけで、体が強張った。もう迷宮に潜れるなんて、アスは想像すらできなかったのだ。
立ち向かえない。
そう思った。
モンスターにも、ダンジョンにも、そしてナダにも、誰にも勝てる想像がアスにはできなかった。
「オレには……この風しか……でも……」
アスは弱い風を辺りに生み出した。迷宮とは違い、地上で起こせる情けない風で体を切り刻みたくなるが、そんな力はアスの風にはなかった。
無駄だと分かっていたので、すぐに風は消す。
双色として持て囃されたとしても、それ以外の強さはアスにはなかったのだ。
ギフトとアビリティの二つの風だけが、これまでのアスの実力とプライドを支えてきた。他に築き上げたものなど、アスにはない。冒険者として、“異能”に目覚めた時から、アスは常に風と共にあったのだ。それだけを鍛え、活用し、アーザではエースとして活躍してきた。
なんて無様なんだろうか。
そのようにアスは自分を嘲笑してしまった。
自分よりも圧倒的に強い冒険者の実力に気づくこともできず、あまつさえその実力を嘲笑し、マウントをとってしまった。あの冒険者から自分はどのように見えていたのだろうか、哀れなピエロだと思われていたのだろうか、そんな想像さえアスはしてしまっていた。
これまでの自分の行動が全て恥ずかしくなったのだ。
ナダの実力を知る場面は数多くあったはずなのに、自分はその全てを見逃してしまった。
例えば、ラプトルとの戦い。自分は勝手な行動をするな、とナダを責めた。だが、ディノニクスすらも一人で倒せるナダにとっては無謀でもなんでもなかったのだ。むしろ自分たちはアビリティやギフトが尽きていたのだから、大人しくナダに任せていたら良かったのかもしれない。
例えば、ティラノサウルスとの一戦だ。ナダは逃げることを提案したが、自分は勝てると驕ってしまった。その結果、このような大怪我を負い、入院している。あの時もどうやらナダがティラノサウルスを追い払ったと聞く。
そしてディノニクス相手への突貫だ。
自分が見下していた相手ができたことだから、自分にもできると自惚れたのだ。なんと浅ましい考えなのだろうか。その結果、痛い目にあった。このように怪我という形にして、その身に刻まれた。生きているだけ運がいいと言ってもいいだろう。
「アス、起きているか?」
そんなアスを見舞うように、ナザレは度々病室にやってきた。
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