第四十八話 復帰Ⅴ
「確かに、何も聞こえない。これは凄いな――」
少し先を歩くアスへ、ナダは心からの賞賛を送った。彼の姿ははっきりと見えているのに、その存在感はまるで朧月の様に不確かだったからだ。風がない影響もあるのだろうか薄れかかっているような印象を受け、目で見ればそこに存在しているはずなのに、他の感覚ではアスはいないものだと認識している。
なるほど、とナダは唸ってしまう。
確かにこれを使えば、モンスターには見つからないだろう。特に目以外の感覚に頼るモンスターであれば、きっとアスは無双できると思うのだ。
そんなアスの先に、パキケファロサウルスが現れた。
一匹だけだった。
どうやら今回のモンスターは群れていないようだ。そう珍しい話でもない。どうやら今までの中層での遭遇実績で言えば、複数体よりも単体の方が発見例が多い、とナダは聞いた事がある。この前のナダの冒険はとても運が悪かった、と言えるだろう。
「行くぞ――」
未だに首をうろうろとさせてアスに気づかないパキケファロサウルスへ向けて、彼は誰にも聞こえない声を呟いた。
そのまま、風に剣を集める。いつもの最強の一撃――『竜巻の如き一撃』だ。だが、本来剛風のような音を流すのに対し、今回は凪を使っているので、その音は誰にも聞こえない。
そんなアスの戦闘準備を見たブラミア達は、すぐに前傾姿勢になっていつでも加勢できるように準備をした。
ナザレも杖へ槍の様に光の刃を出し、戦闘態勢に入っている。
ナダも一応、剣だけは抜いていた。ナザレの目が厳しかったからである。
そして、アスが呑気に首を上げているパキケファロサウルスへ向けて、壁を走り抜けて頭上から迫った。その間も、モンスターはアスに気づいていなかった。
「いっけええええ!」
アスの『竜巻の如き一撃』は見事にパキケファロサウルスの頭にまともに当たる。
パキケファロサウルスは、首が下にがくっと下がった。折れたのか、と思ったが、すぐにパキケファロサウルスは首を上げた。だが、その首はよろめいている。どうやらダメージはあるようだが、まだ死んではいないようだ。
「なら、次!」
既に『凪』は解いており、アスの声は迷宮内に響いた。
「よし、行くぞっ!」
「よっしゃあ! オレの番が来たぜ!」
「拙者も動くでござるよ!」
ナザレの声と共に、ブラミアとアマレロも敵へと走り出す。
その間に、アスの風がパキケファロサウルスを襲っている。幾つかの風は刃となって龍麟を撫でるが、いずれも浅く鱗を傷つけるだけで肉にすらその刃は届かない。だが、あくまでそれは牽制だった。必殺はアスの剣だ。身軽のアスの体は風を纏うことによって、迷宮内を縦横無尽に駆ける。そして、パキケファロサウルスの首を狙うのだ。
そんなアスの攻撃に、未だによろめいているパキケファロサウルスは後退するように後ろに下がるだけで精いっぱいだった。
ブラミアとアマレロ、それにナザレもそんな戦場に到着する。
「皆はアスのサポートだっ!」
ナザレはそんな命令を出しながら、光の槍をパキケファロサウルスへと突き出す。脇腹に浅く刺さった。
ブラミアとアマレロも命令通り、パキケファロサウルスの太い足へと斬撃を浴びせて、機動力を削ぐ。
度重なる猛攻に、パキケファロサウルスの足が止まった。
「その隙は見逃せないっ!」
アスの『竜巻の如き一撃』が、今度こそ、パキケファロサウルスの首の下の龍麟が薄い場所を狙い、首を跳ね飛ばした。
「やった……?」
アスがパキケファロサウルスを倒した時、仲間達へと振り返ると、そこには――別のパキケファロサウルスの首を単身で跳ねた後のナダの姿があった。
「おや、後ろから来ていたでござるか?」
アマレロが驚いたように笑った。
「ああ。どうやら後を付けていたみたいだな。まあ、そんなに強くなかったから簡単に倒せたが、まあ、一度倒した相手だからこんなものだろう」
「そうでござるな。確かに強いモンスターでござるが、攻撃がワンパターンすぎる。ほぼ頭突きしかないから動きを読めれば簡単に勝てるでござるな」
「その通りだな」
ナダもあくびをしながらパキケファロサウルスの腹を斬り裂いて、カルヴァオンを取り出していく。
「おい、こっちのカルヴァオンはオレが取るぞ」
一方、ブラミアが呆然とその場で立ち尽くしているアスへ声をかけるが、当の方人は聞こえていないようだった。
「あれが、楽……? 首を狙えば倒せるけど、あんなに素早くてタフなのに?」
初めて戦うパキケファロサウルスに苦労していたアスにとってナダの発言は、信じられなかった。
「おい、アマレロ。もう一体、血に引き寄せられたようだぞ――」
そんな時、ナダが後ろからもう一体のパキケファロサウルスを見つける。溶岩の光が反射し、二つの赤い目が眩闇に浮かんでいた。
「まずいっ、ナダ、アマレロ、一旦引け! 大勢を立て直すぞ!」
そんなナザレの命令よりも早く、ナダとアマレロは視線を交わしてから、ナダが暗闇の中に身を投じる。アマレロも無言で頷きながら木刀を抜いた。
風で辺りがよく見えているアスには、ナザレ達が殆ど見えていないその戦闘が手に取るように分かった。
ナダの地を這うような薙ぎ払いがパキケファロサウルスの膝を砕き、体勢が崩れたところをアマレロが下から跳ね上げるような鋭い一閃で首を跳ねるのだ。そんなアマレロの一撃は誰よりも早く、誰よりも鋭かった。
「ちっ、剣が折れやがった――」
「ナダ殿は相変わらず馬鹿力でござるなあ――」
二人は大した苦労もせずにパキケファロサウルスを倒していた。
「おいおい! 二人だけで楽しんでんじゃねえぞ! 来たんならオレにも譲りやがれよ! 戦い足りねえんだよ!」
そんな二人へ、ブラミアが抗議するように言った。ブラミアにとってはやっとエンジンがかかってきたのだ。体があったまり、動きが良くなってくる時だ。もっと、もっと戦いたいとブラミアの本能が叫ぶのだ。
「じゃあ次に現れたらブラミアが先行しろよ。どうだ、ナザレ? それでもいいか?」
「……いや、駄目だ。先行できている場合には、やはりアスに行ってもらう。さっきの戦闘がうまく行ったんだ。怪我もない。時間も早い。他の選択肢なんて、あるわけがないだろう?」
ナダとアマレロの戦闘があまりよく見えていないナザレは、そんな風にナダの提案を断った。
「……ナダ、だけじゃない……? アマレロも……強い……?」
アスは新たな脅威が現れた事に戦慄していた。
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