第三十六話 暴虐の龍Ⅱ
「そうこなくっちゃ! 作戦はどうする?」
「いつも通りだ! アスが突っ込み、他は全員でサポートだ!」
アスとナザレの声に頷くように、他の仲間達は次々と動き出した。
まず動いたのがマルチーザとガスパロである。
マルチーザは光のギフトを使って仲間の武器に光を、ガスパロは牽制としてティラノサウルスに幾つもの『魔弾』を放った。五つの魔弾はティラノサウルスの胴体に当たるが、龍麟によって守られているモンスターの体に傷は一つもつかない。
だが、確実に、ティラノサウルスの足は止まった。
未だに見えている左目で、アーザ第一部隊の冒険者を射抜くように睨み、大きな声で吠えるのだ。
戦闘が、始まった。
一瞬でティラノサウルスにまで近づいたのが、アスだった。
風の力を使い、高く飛んだ。
風が集った剣で、ティラノサウルスの首へと斬りかかる。
だが、ティラノサウルスが首を捩る。牙の生えた口元で、アスの剣を受け止めた。そのまま振り払って、アスを退かせる。空中で無防備になったアスへ、ティラノサウルスは身を翻して鞭のような尻尾で狙う。
「まずいっ!」
ナザレは『光の鍛冶屋』を使って、杖の刃を伸ばす。三メートルはある長槍のように。それでティラノサウルスに致命傷を与え、動きを止めようとした。
だが、光のギフトの付与がなされていたとしても、ナザレの一撃は簡単に龍麟に弾かれてしまった。
ティラノサウルスの尾による一撃はアスの胴体に当たり、風に守られていたとしても遠くへ飛ばされた。さらに追撃として口から射出された大きな火の玉まで当たり、勢いが加速された状態で横の壁にぶつかった。背中は当然だが頭部も強打したアスは呻いてから地面へと落ち、倒れたまま動かない。
「アスっ!」
ナザレはその一瞬の間に、アスへと目が流れてしまった。
そんなナザレを見逃すわけもなく、ティラノサウルスは足で踏み潰そうとする。
当然ながらこの間にもガスパロは『魔弾』を何発も放つが、依然としてティラノサウルスに通用している様子はなかった。
「やれやれ――」
『鬼殺し(オーガ・スレイヤー)』によって肥大化した右腕に持った剣によって、ナザレを救ったのがコルヴォだ。
細い左腕も添えて、上からのしかかるティラノサウルスの足に、歯を食いしばりながら耐えるが、コルヴォの腰は砕けそうになっていた。
「はあ――」
そんな二人の為に、ナダが動いた。
ナダはティラノサウルスの方へと雑に飛び上がって、鼻先に剣を振るったのだ。ティラノサウルスはそれを頬の龍麟で受け止めるが、あまりの衝撃に首が後ろにぶれて足も下がる。
二人を踏み潰そうとしていたティラノサウルスの足も退くが、その際になんとか鋭い足先の爪だけを下げてナザレを斬り裂いた。
ティラノサウルスは憎しみの籠った目で、コルヴォとナザレの前に立ったナダを見た。血を流しながら膝をつくナザレを標的だと思っているのか、鼻を鳴らしている。
だが、ティラノサウルスの足は動かない。
今回の剣でのダメージはティラノサウルス自体には殆どないが、ナダへと怯えて威嚇するかのように深く唸り出した。
今にも襲ってきそうな雰囲気であるが、手負いのティラノサウルスは決してナダには手を出さず、ゆっくりと後ずさるようにその場から逃げ去った。
こうして、アーザ第一部隊の冒険は失敗に終わる。
◆◆◆
冒険が失敗した後のアーザ第一部隊の雰囲気は暗かった。
ナダが担いで迷宮から連れ帰ったアスとナザレは即座に入院した。どちらも手持ちの回復薬を使ったが、そう浅い傷ではなかった。ナザレは胸をあばらまで斬り裂かれて、アスは壁に激突した衝撃で骨折と多くの火傷を負っている。
十数日間の休養が必要だった。
そして残りのメンバーはアーザのリビングに集まっている。
ナダ、コルヴォ、ガスパロ、マルチーザの四人だ。特にクランリーダーであるコルヴォは深いため息をついていた。
「……コルヴォ、これからどうするんだ? 第一部隊も一旦は休暇にするのか?」
そんなコルヴォへ質問をしたのが、ガスパロだった。
二人は大怪我を負ったが、命に別状はない。時間さえ経てば復帰できるだろう、と医者から言われたので、第一部隊の冒険もそれまでお預けだろうと考えていたのだ。現にガスパロは意識を取り戻したアスやナザレとも、そのような話を病室で交わしていた。
「いや、冒険は続けるつもりだ」
コルヴォは、焦燥しきった顔で言った。
「……ナザレとアスはいないんだぞ」
「分かっている。だがな、ガスパロは知らないだろうが、アーザはこう見えても自転車操業でね。そう余裕があるわけじゃないんだ。第一部隊は先のエリアの開拓も必要だけど、カルヴァオンを稼ぐのも急務なんだ。お前たちをフリーに出来るような状況じゃない」
「……」
ガスパロはコルヴォを睨むように押し黙った。
アーザの古参メンバーであるガスパロは、現状をそれなりに把握していたからだ。
アーザは、他の二つのクランとは違い、貴族による大規模な支援がない。だから大まかな資金はアーザ全体で稼ぐカルヴァオンによって賄っているのだが、それでも足りない時は借金をしている。だからその返済の為にも、アーザは常に稼がなければならない。
「メンバーはどうするんですか? この四人で挑むのも……」
迷宮に潜ることに反対のないマルチーザは、パーティーメンバーをどうするかが目下の疑問だった。
四人での冒険はよくある人数だが、そうなると浅層で我慢するのか、それとも中層まで足を伸ばすのか、が分からない。特に第一部隊の屋台骨であったアスとナザレの二人が抜けたのだ。戦力の低下をどうするのだろう、と思っていた。
「……一人、補充するつもりだ。最近アーザに入ろうとしている冒険者がいるんだ。第二部隊か第三部隊に所属させるつもりだったが、予定を変えこの第一部隊に仮メンバーとして入れようと思っている――」
「一人だけで、ナザレとアスの代わりが務まるとでも?」
ガスパロがコルヴォを睨む。
それだけガスパロはナザレとアスの実力を信頼していた。それだけではなく、二人の後釜が一人では足りないとも強く思っている。
「……それは務まらないだろうな」
「そんな状態で、“第一部隊”として冒険に行くのか?」
「当然ながら行くさ。ひとまずアスの代わりは、ナダが勤めてくれる――」
コルヴォの言葉に、ガスパロは黙った。
ナダに視線が集まる。前回の冒険で唯一ティラノサウルスと正面から対峙して、一方的に一撃を入れた冒険者である。アスやナザレ、コルヴォによって動きに制限がかかっていたとはいえ、一人でティラノサウルスを剣で薙ぎ払ったのである。その威力は、単純にアスの風の剣よりも強い、とガスパロやマルチーザは思っていた。
「……ナダは、アスに比べると足りないものが多すぎる気がする。だが、誰もいないよりは、マシか――」
「そうだよ。この状況で他に“代わりの冒険者”がいるとでも? もしも有望な冒険者がいたとしたら、もう他のクランに取られているさ。特にオレやガスパロ、マルチーザも、引き抜きの声がかかっているんだから」
「そうだな――」
天井を仰ぎ見たガスパロは、現状を思い知る。三つのクランの中で最弱のアーザは、求心力も少なく、一発逆転を狙うような“一癖も二癖もある”冒険者しか集まらない。まっとうに実力のある冒険者なら、他のクランでそれなりの地位を貰えるからだ。
もしも別のクランに所属すれば、ガスパロ自体も最も攻略の最前戦にいる第一部隊ではなく、第四部隊や第五部隊などのパーティーに所属して、別のパーティーの手助けをすることになる。
それはマルチーザも同じだろう。
それが嫌で、アーザに微かな希望を見出したからこそ、ガスパロは未だにアーザに留まっているのだ。
「ナダ、お前が今からアスが戻ってくるまではこのパーティーの、ひいてはアーザの“エース”となる。アスのような冒険が出来るか?」
コルヴォは不安そうな顔で、ナダへと覚悟を聞いた。
「俺はいつだって、『ソール』の攻略を目指している。言っておくが、俺は付いて来ないなら平気で置いてくぞ。お前たちこそ付いて来れるのか?」
ナダは、未だに無事なアーザ第一部隊に発破をかけるように言った。
微かに、ナダは口角を上げている。今までのアーザでは、ナダが見せた事のない顔色だった。
アーザのエースであるアスの様にどこまでも先を見ていて、確かに迷宮を突破したい者の目だった。攻略に飢えた目のように感じていた。それは今までの冒険の時のようにやる気が無いわけではなく、確かな獣性がナダには存在していた。
「お、おう……」
「頑張るわ……」
ガスパロとマルチーザはそんなナダの獣性に、戸惑ったように返事をした。急激なナダの変化についていけていないのだ。
(さて、どうなるかな?)
そんな様子を見ていたコルヴォは、一抹の不安を感じながらも期待がナダにはある。
コルヴォは過去の冒険を思い出す。ナダとの冒険は刺激に溢れていた。
未知の迷宮、困難な敵、頼りになる味方だが一癖も二癖もある仲間達、そんな冒険を経てパーティーは一丸となり、仲間達も成長した上で迷宮を攻略するのだ。
そんなナダを見ていたコルヴォは、過去の英雄伝説を思い出す。
――英雄には、輝く仲間達が集まる。どんなうだつの上がらない冒険者であっても、英雄と共に冒険することで自分の輝かせ方を知り、より強く輝くのだ。英雄の傍にいれば、自ずと冒険者の力は引き上げられるという。
ふと、そんなことをナダに思ってしまった。
コルヴォは、ナダが英雄だと知らない。
だが、どうしてもナダの姿が英雄――アダマスと重なってしまうのだ。過去の伝承においてあらゆる迷宮を超え、様々な英雄たちの礎の切っ掛けにいたとされる大英雄の姿に。
同じような魅力をナダに感じていても、未だにコルヴォはナダを英雄だとは思っていない。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
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